へっぽこポケモン探検記




















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第七章 英雄祭編
第百十二話 ボスの正体
 ――絶好のタイミングで巨大な炎を放ったファイア。そしてシャナは、エルザを掴んだままその炎の球に突っ込んだ。その一方では……。





 カイ――もといルアンのいるトレジャータウン中央、そこから見て右手の遠方に、真っ黒い煙が立ち込めている。シャナとファイアが向かった場所だ。二人とも大丈夫なのかと、ルアンは自然と視線がそちらに向いた。
「大丈夫よ」
 と、前を走るリーフが、彼の心を見透かしたようにそう言う。
「シャナさんは強いんでしょ? それにファイアだって、本人が思っているよりももっとずっと強いんだから」
「……」
 ルアンは先程全員と顔を合わせたときのマグマラシを思い出していた。確かに、秘めたる強さのわりに自信が無さそうにも見えたが……。
「それよりも。ルアン、あなたは気づいてる? この気配に」
「……ああ」
 ここより少し先から、尋常ではない強さを持ったポケモンの気配がする。相手は恐らく気配を殺すことすらもしないほどに余裕があると見える。二人は、この先にいる者が、“イーブル”の誰よりも強い相手だということを感じ取っていた。
「恐らく、この先にいるのは組織の頭だ。気を引き締めよう」
「ええ……」

 ルアンとリーフは、中央の広場にたどり着いた。
 開会式を行った仮設ステージは、今や見る影もなかった。マイクとスピーカー、そしてステージ自体の損傷は無さそうだが、周囲のテントは焼け跡と煙で塗り替えられており、ポケモンは誰もおらず辺りは静かすぎた。その様子には一種の恐ろしさすらも感じるほどである。
 二人は広場の中央に向かう。仮設ステージが正面に広がるほど近づいたとき、二人は同時に足を止めた。
 ステージのすぐ下に、誰かがいる。
 フードで姿が隠れているが、その者が四つ足であることはすぐにわかった。何者かわからないそいつは、リーフとルアンが現れるのを待っていたかのように振り返る。
「あなたも、“イーブル”ね……」
 最大限の緊張を保ちつつ、リーフが問うた。相手はすぐに攻撃するそぶりを見せない。まるで、存在を知らしめることをその目的としているようだ、とルアンは思った。
「四本柱? ……いえ、違うわね。あなたは何者? 答える気がないなら私たちがここで倒すまでよ」
 ルアンの波導が全身に警笛をならす。こいつは、危険な相手だ。
「……私は、“イーブル”のボス」
「!」
 相手が名乗りあげた刹那、ルアンは“サイコキネシス”でリーフを横へ吹き飛ばし、自身も飛び上がった。
「きゃッ……!」
 ズドンッ!
 先程まで二人がいた場所の地面が、狭く、そして深くえぐられた。
「あ、あれは……“かまいたち”!」
 間一髪、乱暴にルアンに助けられて地面に倒れていたリーフが、地面の跡を見て呟く。そして二人は、相手を見た。
 技を出すときの衝撃のためだろうか、フードはすでに落ち、風にもてあそばれている。
「それが、ボスの正体か」
 くすみのない純白の体毛に、血と見まがうばかりに赤く輝く双眸。そして、その額からは藍色に染まった鋭い鎌があった。
 災いポケモン、アブソル。
 それが、“イーブル”のボスの正体であった。





「やっと……姿を現したか……」
 ルアンの口から、自ずと呻きにも似た呟きが漏れる。
「いったい、あなたは何なの……!? “イーブル”を作って、トレジャータウンを襲わせて――」
「――悪夢を作り上げ、虚ろにさせ、そしてあげくに、カイを襲った……その目的は?」
 二人は問う。アブソルは虚ろで光を通さないその瞳をルアンたちに注いだ。
「私には、目的がある。誰の邪魔も許さない。それがたとえ“英雄”であったとしても、だ」
「……!」
 ルアンの表情が微かに揺らぐ。リーフはルアンのまとう波導が、静かなものから暴力的なものへと変わっていくのを感じる。
「今日の襲撃は、その決意を私たちに知らしめるためのものか……? それとも、クレセリアの“器”を奪うためか……?」
「どちらもだ。そして……」
 アブソルも、再び鎌に風をまとい、攻撃体制に入る。
「邪魔者を消すためでもある」
 戦いの火蓋は唐突に切って落とされた。リーフとルアンは同時に飛び退く。先程と同じように、“かまいたち”が唸りをあげて通りすぎた。肌にその鋭い風を感じたリーフは思わず背筋に悪寒が走る。
「あんなの、食らったらひとたまりもないわよ……!」
「“波動弾”」
 ルアンは空中にいるままに初弾を放つ。しかしアブソルはそれを鎌の“辻斬り”でいとも簡単に相殺する。ルアンは構わず二弾目、三段目と技を放った。
「リーフ!」
「わかってる!」
 リーフは走り出した。
 ルアンが“波動弾”で鎌を使えないようにしている間に、リーフが接近し大技を放つ。そんなシンプルかつ確実な作戦を、二人はまともな言葉もなく組み上げ、認識し、実行体勢に入っている。
 リーフは“メタルブレード”を手に構える。
 だがアブソルも黙って技を相殺し続けているわけではなかった。何発目かわからない“波動弾”を飛んで回避し、鉄の刃を持ち迫るリーフに“不意打ち”を放った。
「きゃあっ!?」
 攻撃を仕掛けようとするリーフの頬へ、“影”が横なぶりに撃たれる。文字通り不意を打たれた彼女はバランスを崩す。そこに再び迫るアブソル。
「まずい」
 ルアンは足に力を込め、リーフとアブソルの方へ走る。リーフは“つるのムチ”でアブソルの足を絡めようとするが、“見切られ”ているらしい。動きを止めることができない。
 メガニウムがアブソルの速さを上回るのは不可能であった。彼はリーフの技を避けながら確実に“かまいたち”を放つ準備を進めている。お互いに放った技はステージや、周囲の機材を壊していく。途中、マイクのハウリング音が幾度となく響いた。
 しかしその時。リーフと、いままさに“かまいたち”を放とうとするアブソルの間にルアンが割って入った。もうリーフを連れて技を避ける時間はない。鎌を振るうためにのけぞるアブソル。
「ルアン!」
「“守る”ッ」
 がいぃいん!
 “守る”で作られた強固な壁が、“かまいたち”によって崩された! 放たれた刃は真っ直ぐにルアン――カイの体にのめり込んだ。
「がッ……!」
「ルアンッ! ルア――」
 辺りの音が遠のき、目の前が真っ白になった。右肩から左の骨盤にかけて、真一文字の衝撃が走る。痛みなんて生易しいものではない。彼が今までに経験した中で、“二番目”に強い衝撃だ。
 なにも考えられない。


『――ン……ルアン……!』
「……カ、イ……?」
 耳鳴りと一緒に、懐かしい声が彼の耳に届いた。
『起き……! 起きてよ……!』


「!」
 ルアンは飛び起きた。瞬間、肩から全身にかけて言い様のない痛みが走る。呻きと共に目を固く閉じた彼は、けれども無理矢理に波導のセンサーを張り巡らせ辺りの状況をさぐる。
 よろよろとした自身の前には、所々に傷を追ったリーフが、それでも自分を守ろうと盾のごとく背中を見せている。一方アブソルは無傷だった。相変わらず光のない目でこちらを見ている。
「ルアンっ、気がついた!」
 ルアンに気づいたリーフが叫ぶ。ルアンはかなり長く寝ていたような感覚があるものの、実際に彼が気を失ったのは数十秒だけのようだった。そして強いはずの彼女に傷がついているのは、気を失っているルアンを庇ってのものだと、彼は瞬時に理解した。
「あなただけでも逃げてッ! こいつは、こいつは強いッ!」
 一歩一歩確実に迫るアブソルに合わせるように、リーフと手負いのルアンは後ずさる。正直意識を保つために精一杯のルアンは、今の時点でアブソルに勝てる気がしなかった。
 ――しかし、いまここで相討ちになろうともアブソルを止めなければ……!
「駄目だ……! リーフ、君こそっ、逃げろ……!」
 キィイン……。
 リーフの足に、開会式でラゴンが使っていたマイクが当たり、それが小さな悲鳴をあげた。
「なぜ」
「「!?」」
 と、いきなりアブソルが歩を止めて声をあげる。
「“英雄”、なぜ貴様はそこまでして私たちの邪魔をする?」
「……」
「貴様は、“イーブル”を止めるという目的のためにリオルの中にいるわけではないはずだ」
「敵である私に……それを、聞いてどうする……なぜとどめを刺さない……!?」
「質問をしているのは私だ」
「!」
 アブソルは、その鎌をリーフの首に向けた。彼女は一瞬驚きつつも、気丈に表情を崩さずにいる。
「答えろ、貴様はなぜここに魂だけが存在している? なぜ“イーブル”の脅威となる? なぜカイというリオルの中に存在する? どんな秘密を持ち、どんな使命を帯びている? 後に私たちの脅威になりうることは、すべて話してから死んでもらう。話せば、あるいはこのメガニウムだけは見逃してもいい」
「ルアン、敵に話す必要なんてないわ!」
 リーフは、アブソルの突きつける鎌をもろともせずに言った。だが、ルアンにはリーフの言葉のほとんどを聞き取れていなかった。彼の中には、ある言葉だけがぐるぐると頭を回っている。
「何が……ッ」
 熱い吐息と共に漏れる声。彼の網膜に、ありし日の記憶の断片が再生される。

『許せ、“英雄”よ』
 愛するものと引き剥がされ、朽ち果てるこもできず。
『全てはこの世界の未来のため』
 気も狂うような痛みの後、魂だけが何千年もさ迷う。
 この苦痛は全て、自分が“英雄”であるがため――。

「何がッ、“英雄”だ……! 何が使命だッ……!」
「ルアン……!?」
 満身創痍であるはずのルアンから、禍々しい波導が放出される。それは二人に避ける間もなくふりかかり、リーフとアブソルは地面に額を当てることとなった。
 この事態を早急に把握したのはアブソルだった。種族の持ちうる“危機察知能力”が警笛をあげている。彼は四本足で地を蹴り、ルアンとの距離を取る。
 しかし、ルアンはからだの傷にも構わず、今までどこに隠し持っていたのかわからない脚力でアブソルを肉薄した。

「――全部……壊してやる……!」





 シャナは痛みを覚悟した、はずだった。炎タイプが備わっているとはいえ、迫ってくるのはあの灼熱である。エルザもろともただではすまないと思っていた。
 しかし、いくらたっても衝撃も痛みも感じない。ゆっくり目を開けてみると……。

「――やあ、“爆炎”」

 目の前にたたずんでいたのは、漆黒の体に空色の瞳を持つダークライであった……。
「なっ……!」
 シャナは一瞬で後退した。危険な相手が目の前にいる。幾度となく現れ、自分や仲間を傷つけていたポケモンだ。
 エルザも、彼の登場は予想だにしていなかったようだ。業火に焼かれると思い身構えている姿勢を、彼は今やっと解いた。
「シャナさん……!」
「来るなファイア」
 心配したファイアがこちらに駆け寄ろうとするが、ダークライに近づけさせるのは危険すぎる。シャナはファイアにピシャリと叫んだ。
 エルザが、ダークライに一歩歩み寄る。
「……なぜ貴様がここにいる」
「助けてあげたのにひどい物言いだね」
 ダークライはわざとおどけた様子で言った。
「助けを求めた覚えはない」
 エルザが非難の色濃く言うと、ぎょろりとダークライの目玉が剥いた。
「……焦げそうになった奴がいきがるんじゃないよ」
 一方シャナは、最悪のタイミングで新たに現れてしまった敵をどうするか、必死に思考を巡らせた。逃げるか、あるいは戦うか。しかし、エルザとの戦いで消耗している今、二人を相手にするなど到底無理だ。
「何をしに来た?」
 エルザが尋ねると、ダークライはニヤリと目を細めた。
「撤退命令が発令されたようだ」
「撤退命令、だと」
「どうやら、NDで凶暴化したポケモンたちをけしかけても、ウィント=インビクタから“器”を奪うことができなかったらしい。町も破壊し尽くしたし、これ以上得ることは何もないよね」
「……チッ」
 舌打ちと共に、エルザはシャナたちに背を向けて走り去った。シャナは追うことをしなかった。追いかけてもエルザを止める力が無いことは十分に承知していたからだ。
 一方ダークライは、すでに地面の陰と同化し、エルザが去った方向へ滑る。
「おっと、言い忘れていた」
 と、ダークライは陰のまま立ち止まる。シャナは再び緊張の糸を張り巡らせた。
「ここから少し離れた森のなかに、探偵、だったかな? 彼がボロ雑巾のように倒れているはずだよ」
「なに……!?」
「ククク……じゃあね」
「おい、待てどういうことだ!?」
 シャナは、エルザとの一戦の間にすら出さなかった切羽詰まった声を上げてダークライに詰め寄ろうとした。しかし、彼はそんなシャナを嘲笑うかのような低い笑い声と共に遠ざかっていった。不気味なダークライの声が尾を引いた。
「シャナさん……“探偵”って……?」
 危機が去ってやっとファイアはシャナのもとへ近づくことができた。だが、シャナは緊張を緩むことができなかった。
 ――探偵……まさか、ローゼさんが……?
 考えている暇は無いと思った。ダークライが言っていることが本当だったとすると、ローゼは今重症を負っていることになる。なぜ彼がそれを自分に伝えたかその意図はわからないが、“イーブル”に撤退命令が出た今、ダークライが嘘をつく理由も存在しない。
 助けにいかなくては、シャナがそう決意した、その時。
 ――ザッ……ザッー……ガン、ガシャンッ……――。
 トレジャータウンないに取り付けられているスピーカーが雑音を放ち始めた。
「うわ、な、なに……?」
 ファイアが身構える。どうやら、何らかの形で広場中央にあるマイクが作動したようだ。シャナはすぐに気がつく。今スイッチが入っているマイクは恐らく、ラゴンが開会式で使っていたマイクだ。
 そのマイクは、トレジャータウン内全てのスピーカーに声が入る。

『――“英雄”、貴様はなぜそこまでして私たちの邪魔をする?』

「「!」」
 聞きなれない声に、ファイアたち二人は同時に反応した。
「誰の声だ……?」
「シャナさん……確か中央広場に向かったのって、リーフとカイさん……」
「……!」
 ゾクリ、とシャナの本能が警戒指令を発した。
 これはまずい、これはなにか、とんでもなく悪いことが起こる。
 シャナがそう思っている間にも、スピーカーはマイクに拾われた声を忠実に拡声していく。リーフの声、ルアン……いや、カイの声、そして、再び誰かの声。そして――。

『……全部、壊してやる……!』

「ファイアッ!」
「は、はい!」
 シャナの切羽詰まった声に、ファイアは慌てて答えた。ファイアには今のこの状況が何が何だかわからなかったが、事態がとんでもない方向へ向かおうとしていることだけはわかった。
「広場へ行ってくれッ! 頼む、全速力だッ! 俺はローゼさんを助けた後にすぐ向かう!」
「ろ、ローゼさんって誰……?」
「早くッ!」
「は、はいッ!」
 シャナはファイアの返事が終わらないうちから駆け出していた。この付近に詳しくないファイアではローゼのいる場所までたどり着けない。なので、彼を助けるには自分が行くしかない。
 ――頼む、ファイア……! 最悪の事態を招くより先に、ルアンたちを助けてくれ……ッ!





「……全部、壊してやる……!」
「ルアンッ!」
 アブソルへ肉薄したルアンへ、リーフが叫ぶ。彼の中で何かが壊れかけていることは……いや、すでに壊れていることは確実であった。
 先ほど食らった“かまいたち”の傷口から鮮血が流れている。だがルアンはそれでも構わずに拳へ力を込めた。今ここで壊れても構わない。自分の運命全てを、今ここでアブソルと一緒に壊してやりたかった。
 “はっけい”の構え。
 アブソルは避ける素振りを見せなかった。いやそれどころか、ルアンのことを嘲るかのごとく、薄ら笑いを浮かべているのだ。
「だめよ、ルアンッ!」
 リーフの声が裏返っている。彼女も必死だ。だが、ルアンの耳には入らない。 意識が朦朧とする。血を失いすぎている。痛みと眠気と、そして、破壊衝動のみが今の彼を支配している。
「ルアン……!」
 リーフはなんとしてでもルアンを止めなければななかった。彼女は息を吸う。ありったけの音量で。ルアンの耳に届くまで。

「このままでは、カイが死んでしまうッ!」

「!」
 今にも攻撃しようとした瞬間、ルアンの動きが止まった。一瞬の隙だった。だが、十分すぎるその隙に、アブソルは無情にも鎌を降り下ろす。
 その瞬間が、全てスローに見えた。
「死に急ぐか……ならば、望み通り」

 二回目の“かまいたち”が、ルアンの肩を裂いた。

ものかき ( 2014/06/19(木) 10:46 )