へっぽこポケモン探検記




















小説トップ
第七章 英雄祭編
第百十話 父として
 ――スパークさんと私の前に現れた、四本柱の一人……ランクルスのラピス。彼は種族に似合わない俊敏さで私たちに迫るけど、それには必ずカラクリがあるはずなの!





 息が上がる。
 私たちとラピスが戦い始めて、もうどれぐらいになったんだろう……。相手側がほぼ無傷に近い状態である一方、私たちはもう立っているのも正直辛い状況だ。なぜなら……。
「スバル、挟み撃ちだ」
「“電光石火”っ!」
 “電光石火”でラピスの背後を取る。そして、意識しなくても呼吸がぴったりな私たちは、同時に技を炸裂させた。
「「“十万ボルト”!!」」
「学習能力の無いやつらだわさ」
 ラピスはもはや戦闘をする体勢ですらなかった。欠伸を何とか噛み殺す、といった表情をしながらひょいと軽いフットワークで前後に迫る電撃をよける。やっぱりその俊敏さは、私の記憶の中のランクルスと大きく違っていた。私の記憶は頼りにならないかもしれないけど……。
「なめないでよ……ねッ」
 ラピスが避けた先に向かって、私は先ほど撃った電撃の軌道を逸らした。くんっ、と曲がって再びラピスに迫る。コントロールはそれなりに優秀な精度になるまで練習したつもりだよ!
「“シャドーボール”」
 だがラピスは、そんな私の電撃も素早く生成した黒い塊によって防がれた。相殺したときの衝撃で小さな煙が上がる。来た……!
「“十万ボルト”!」
 私の電撃に気を取られているうちに、さらに煙の中からスパークさんの追撃がラピスに迫る! いくら謎の素早さを身に付けているラピスでも、この強力な電撃を避けられない。
「だわああッ!?」
 やった! “十万ボルト”を受けてラピスのゼリー状の体が所々焦げて怯んでる!
「休む隙を与えるなよッ! “十万ボルト”!」
「だわぁあああ! やってくれたんだわさ“サイコキネシス”ッ!」
 明らかに私たちが攻撃した後で、ラピスがそう叫んで私たちに衝撃波を放ってきた。その威力と言ったら、スパークさんが放った“十万ボルト”など簡単に散らしてしまい、そのまま私たちの方へ迫ってくる始末だ。
「きゃあああッ!」
「ぐわぁあああッ!?」
 ど、どうして……!? 四本柱と言われているぐらいなのだから、“サイコキネシス”の威力は充分過ぎるぐらいにわかってる! でも、私たちが避けられないぐらいの早さなんて……!
「く……うっ……!」
 ……起き上がることができない。ラピスの一撃一撃が大きすぎてダメージを受けすぎたのもある。でも、でも……! それ以上に目の前のこの相手には勝てる気がしない……! 私たちの攻撃が当てられないし、ラピスの攻撃は避けられない。そんな状況でいったいどうやって勝てと言うの……!?
「……う、さん……お父さん……!?」
 私のすぐそばで同じように倒れているスパークさんにかすれた声をあげた。しかし、うつ伏せの彼が目を覚ます様子はない。そんな……。
 と、倒れている私の視界の先に、ゼリー状の手が見えた。
「ふわぁ……。まったく無駄な労力を使ったんだわさ。忠告はしただわさ。あんたらはもう負けているって」
 ラピスだった。動けない私たちのほんの数歩先で、面白くないように欠伸をした。そして、値踏みするように私の事を見た。
「あんたが、もともと僕らの邪魔をしていたピカチュウだわさ? じゃあ、この中年ピカチュウは……」
 ラピスが大きなゼリー状の腕を伸ばして、気を失っているスパークさんを小突いた。
「お父さんにっ、近づかないでッ!」
「“お父さん”?」
 全身をかたどっているゼリーが、彼の感情を表すかのように一瞬うねった。まさか、そんな反応をされるかと思っていなかった。攻撃でもしてくるのかしら……!
「はっ! ……こいつはあんたの本物の父親だわさ?」
「え……?」
 だけど、彼から放たれたのは攻撃でもなく、鼻から出た失笑だった。な、何がおかしいって言うのよ……?
「あんたは確か天涯孤独の身だったはずだわさ。所詮こいつが勝手に自分の父親になるとか言ったんだわさね」
 祭りでの一部始終を覗かれているかように、ラピスはピタリと言い当てた。そう、目の前のスパークさんは、今さっき父親になってくれると言ってくれた人――。
「――まさか、こいつがあんたの父親になれると本気で思ってるだわさ?」
「なッ……」
 そんな、スパークさんは、確かに私の父親になってくれると言った。私はそれにどれだけ救われたかわからないのに。なのに、どうして私は、敵であるはずの四本柱から放たれた言葉に心が締め付けられているの……?
「とんだ茶番なんだわさ。まさか、まだ会って数時間しかたっていないピカチュウに、父親なんていう大役が勤まるわけがないだわさ。笑わせるんだわさ」
「あなたに……何がわかるって言うの……ッ」
「あんただって、本当はわかってるんじゃないだわさ? いきなり現れて、『父親だ』と言われて……誰がそんなやつに心を許すんだわさ? たとえそれでつかの間安心できたとしても、所詮そんなものは仮初めだわさ。傷の舐め合いっこだわさ」
「いったい……何が言いたいのよッ!?」
 心ではそう訴えかけているのに、私の意識は自然とラピスに向けられてしまう。
 これは、相手の作戦だ。罠に違いない。耳を傾けちゃ駄目だ……!
「どれだけ家族ごっこをしたところで、血の繋がりを越えることなんか不可能だわさ」
 違う、違う違う! スパークさんは、私の気持ちをわかってくれた! 確かに私の寂しさを癒してくれたはずだよ!
「あんたはちゃんと、その上っ面だけの家族にすら、ちゃんと受け入れられてもらっただわさ?」

『……ソウダヨ、ネェ』

 とくん……。
 心臓が小さく脈打った。頭の中に響く、少し前だか遠い昔だかに聞いた声。
 ラピスが何かを言い続けている。でも、その声は引き潮のように遠くなっていって、辺りは静寂に包まれた。この、声は……。
『ネガッテヨ。ソシタラ、ワタシガホントウノ“カゾク”ヲツクッテアゲルヨ……』
 ほんとうの、かぞく……。
 私は、本当にスパークさんや、ファイアさんやウォーターさんに受け入れられているのかしら……? たった今さっきに出会った私を……。
『ソウデショ、ネェ、ネガッテ……』
 ――スバルさんの力は、危険ですよ――。
 ローゼさんの声がよみがえる。ハッとした。そうだ、私は、この声に耳を傾けるわけにはいかない……。
 消えて! もう話しかけないでよ!
「まぁ、こんなことを言っても仕方がないだわさね。おしまいにするだわさ」
「!」
 周りの声が戻ってきた。だけど、目の前のランクルスは両手を胸の前に持っていって、黒い塊を作り出していた。あれは、“シャドーボール”!
「っ……!」
 よ、避けられない……ッ!
 頭では避けるように言っている。だけど、どんどん大きくなっていく黒いかたまりに釘付けになった私は、その場から動くことができなかった。まずい、まずい……!
 あなたなら、こういうときどうするの……! ルアン……ッ!
「消えるんだわさ!」
 ガシッ。
 ぬっ、と視界の外からいきなり手が伸びて、ラピスの腕を強くつかんだ。そしてすぐ後に、叫び声が響く。
「“十万ボルト”ォッ!」
「!!」
 “シャドーボール”を撃つためまったくの無防備だったラピスに、超強力な電撃が炸裂した! そのありったけの、長く長い電撃に対してラピスは叫び声をあげる余裕もなかったらしい。
 そして、その技を放ったのは……。
「――ふぅ……。ずいぶんと長い間寝てしまったようだな……」
「お……とうさん……!」
 先程までラピスの近くで倒れていたスパークさんが、隙を狙ってラピスに電撃を浴びさせたらしい。私はやっと追い付いた思考回路でそう状況を判断する。
「ぐっ、ま、まさかまだそんな体力が残っていただわさ……!?」
 ラピスが信じられない様子でそう呟くと、スパークさんは数回深呼吸して、キッとその方を睨んだ。

「当たり前だッ! 娘のピンチに、寝ている父親がどこにいるッ!?」





 スパークさんはもしかすると……いや、もしかしなくても怒っているように私には見えた。上がった息を整えつつ、彼はラピスに叫ぶ。
「油断して少しおしゃべりが過ぎたようだな、このゼリー! さっさと私たちを倒してしまえばいいものを、な」
「ぐっ……」
 ラピスの謎の素早さを持ってしても、さすがに不意打ちに近いスパークさんのさっきの攻撃には対処しきれなかったみたいだ。
「私が寝ている間……娘にずいぶんと好き勝手言ってくれたな」
「ふ、ふん! 事実を言って何が悪いんだわさ! 血も繋がっていない、会ってまだ数時間のポケモンに父親なんか勤まらないんだわさ!」
 ラピスは強がってそう言い返すけど、スパークさんの剣幕は今までとは比にならなかった。……いや、待って。ラピスはどうしてそこまでして私たちのことにこだわるのかしら……。私たちの始末を引き延ばしてまで……。
「はっ! 時間がなんだ、血の繋がりがなんだというんだ! 『父親面しても本物に勝てるわけがない』、そんな常套句は飽きるほど聞いた! 今さらそんなことも覚悟できないやつに――」
 ここでスパークさんは思いっきり息を吸い込んだ。

「――父親など務まるものかッ!!」

「お、お父さん……!」
 そう言いきったスパークさんは、それでもやっぱり受けたダメージがでかかったようで、うめきながらよろけた。私は駆け寄って肩を貸す。
「そ……そんな大口叩いたところで、もう虫の息なんだわさ! 消してやるんだわさ!」
 確かに、今のところラピスの方が圧倒的に有利だ。
 だけど、今はなんだか怖くない。今の私は、一人じゃないから。今の私には、お父さんがいてくれるから……。
「だいいち、あんたらは僕に勝てるわけがないだわさ。僕の速さにはついて来れないだわさ!」
 そう、ただラピスを倒そうとしても、闇雲に動き回ったんじゃさっきの二の舞よ……。
 やっぱりラピスにダメージを与えるには、さっきのスパークさんみたいに隙あらば大技を叩き込むしかない。私は、とっさに自分が使える技を思い返していた。
 “電気ショック”は、いくら威力を高めたってラピスに当たらなかったら意味がない。それは“十万ボルト”にしても同じことだ。いかんせんラピスが速すぎるのよ、ランクルスの癖に。あの速さに対抗できる技は……。
 “電光石火”?
 いや、ちょっと待って。そういえば、さっき私が“電光石火”でラピスを挟み撃ちにしたときは、ちゃんと私の技がラピスを先制できた……!
 そうか! もしかしたらラピスあの速さの秘密って……!
「ふん、『勝てるわけがない』、だと? ならばひとつ、ここで試してみようじゃないか!」
 傷つきながらも不敵に笑いながらそう言うスパークさんの声に、私はふと現実に引き戻された。
「お父さん、ちょっと耳貸して!」
「はい?」
「ふ、ふん! 思う存分相談したらいいんだわさ! いくら策を練ったって僕には勝てないんだわさ!」
 ラピスの強がりをよそに、私はスパークさんに耳打ちをする。
「お父さん、あいつの速さのからくりの正体がわかった」
「なんだと? それはいったい……!」
「“トリックルーム”よ!」
「……そうか」
 “トリックルーム”は、その技の空間内にいると素早さが低いポケモンから早く行動できるようになる不思議な技! 本来ピカチュウはとても素早い種族で、逆にランクルスは鈍足な種族。だから、“トリックルーム”内ではそれが逆転してラピスが異常に素早いんだ!
 だけどこの技は、“電光石火”などの先制技とかは通常通りに使える。だから、私は“電光石火”でラピスの背後を取ることができた!
「なるほど、そういうことか……」
「だけど、それがわかったところでラピスを倒せるかどうか……」
「いや、私に考えがある」
 え?
「だが、これにはスバルの協力が不可欠だ。私の指示にしたがってくれないか……?」
「……それでラピスが倒せるのね……わかった!」
「相談は終わっただわさ?」
 ラピスが、私たちを小バカにしたような口調でそう問いかけてくる。今に見てなさい、そんな余裕はいつまでも続かないから!
「いくぞスバル! 二手に別れろ!」
 私とスパークさんは同時に“電光石火”で左右に別れた。これにはラピスも驚かないわけがない。
「な、まさか……! 気づいただわさ!?」
「さっきまでの余裕はどこに行ったんだ、ゼリー!?」
「“十万ボルト”!」
 私は気をそらしているラピスに電撃を放つ。だが、やはり気づかれて素早く避けられてしまった。そして、彼の注意が私に注がれる。
「“エナジーボール”!」
「“電光石火”!」
「スバル!」
 ラピスの技を避けたところで、スパークさんが叫ぶ!

「私に……“十万ボルト”だッ!」

「はっ!?」
 ちょ、ちょっと待って今のは私の聞き間違えじゃない!?
「そんなことできないに決まってるじゃない!」
「ついに血迷っただわさ!? “サイコキネシス”!」
 ラピスが念力の塊を放つ。スパークさんがすんでで避けて、よろけながら再び叫んだ。
「いいから、早くしろ!」
「でも……!」
「私を、信じろ!」
「……!」
 お父さん……!
 お父さんが今、何を考えているかは全くわからないけど……! 彼が私を信じてるなら、私が信じなくてどうするの!
「……いくよ! ――“十万ボルト”!!」
 私は最大出力でスパークさんに電撃を放った!
「ぐっ……おおおおお!」
 それを受けたお父さんは、辛そうな叫びをあげる。その様子を、ラピスは呆然とした様子で見つめていた。
「あ、頭がおかしくなっちゃっただわさ……!?」
 電撃を放ち終えた私は、今にも倒れそうでふらふらなお父さんの様子を見て、ラピスの物言いに反論できなかった。しかし。
「――いいや……」
「!」
 踏ん張りながら立っているスパークさんが顔をあげたとき、その表情は不敵な笑みに満ちていた。
「これも……あんたを倒すために大事なことなのさ……!」
 ラピスは怪訝そうな目でスパークさんを見る。
「どうだ? あんたの速さのからくり……もうそろそろ時間切れなんじゃないか?」
「!」
 それって、“トリックルーム”の効力のこと!? ならいまなら、私たちはラピスより早く攻撃できると言うこと!?
「と、“トリックル……”!」
「遅いな! 食らえ、スバルの電気で威力が底上げされた、最大出力の――」
 スパークさんの頬……いや、全身の体毛からバチバチと強い電流を帯びている、そして……!

「――“かみなり”ぃ!!」

「……!」
 今までに見たこともない巨大な、そして強力なかみなりが、まっすぐラピスに向かって迫った! “トリックルーム”の発動途中であったラピスは、目にも止まらぬ速さで迫ってくる規格外の電撃をよけることができなかった。
「だわぁあああああッ!」
 そして、電撃が終わった頃には……。ラピスは黒こげになって倒れていた。
 やった……!? 四本柱を、倒した……!?
「は、はは……! やった、な……」
「! お、お父さん……!」
 スパークさんは力なく笑って、力尽きたように前のりに倒れてしまった! は、早く手当てしないと……!
 で、でも……! せっかく倒した四本柱の一人を放っておくのも……! いや、でも今は、スパークさんをすぐに手当てしてもらうのが先決だ!
 私はスパークさんに肩を回して、どうにかして歩き出した。

 お父さん……ありがとう……!

ものかき ( 2014/06/14(土) 07:46 )