へっぽこポケモン探検記




















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第七章 英雄祭編
第百八話 歪んだ精神


 ――遂に正体を現した三人目の四本柱、ダストダスのポードン。それを迎え撃つミーナとルッグの脳内で激しい警笛が鳴る!





「――グヘヘェ! “ヘドロ爆弾”!」
 まずは、ポードンの初撃が二人を襲う。粘着力の高い茶褐色のヘドロが矢のように飛んできた。
「くっ……!」
 ミーナは鼻のもげそうな悪臭にどうにか耐えながら上空に避難し初撃をどうにかしのぐ。そしてルッグは棒を数回まわした後しっかりと構え、ヘドロの散弾の中を掻い潜り、ポードンを肉薄する。そして、めい一杯両手を振りかぶってしなる棒をポードンの脳天へ降ろした。
「はッ!」
「グへ、甘いねぇ」
 しかし。降り下ろされた棒は、鉄屑のついた方の手で防がれた。驚きで目を見開いたルッグに、ポードンは口先を釣り上げて笑った。
「ミケーネちゃんの愛のムチの方がよっーぽど速いねぇグヘへへ――」
「――よけろルッグ! “エアスラッシュ”!」
「っ!」
 ルッグの背後で声がした。彼はその言葉を瞬時に汲み取り後退する。彼がさがったその刹那、研ぎ澄まされた鋭利な風の刃が数発、ポードンに直撃する。「グヘェッ!?」という驚きの声と共に、いくつかの刃が地面に当たって砂を舞い上がらせた。
「助かりました!」
 ルッグは早口にミーナへ礼を言い、手に持っているこん棒に視線を走らせる。と……。
「うへぇ!?」
 彼は思わず奇声をあげてしまった。その声に驚いたミーナは「どうした!」とその方を見る。
「ぼ、棒が……腐食してます……!」
「!」
 ルッグが持っている棒の、ちょうど先程ポードンが受け止めた先端部分が、黒ずんだ青色に腐っていた。彼は目を丸くしながら地面へ腐食部分を軽く叩くと、ボロリ、とその部分が崩れ落ちた。二人は驚きを通り越して、顔に縦線が増える。
「グヘヘへ……」
「「!」」
 収まった砂塵の方からあの笑みが聞こえてきて、二人の背筋に電撃のような悪寒が走って身構える。
ポードンは、“エアスラッシュ”のダメージなどもろともせず、不気味に口許を歪めた。
「いいねぇ、いいねぇ……これでこそ溶かしがいがあるってものだよねぇグヘヘへェ!」
「ちょっとこいつ精神面大丈夫か!?」
「心配すべきは、僕たちの方かもしれません……よッ!」
 ポードンが再び“ヘドロ爆弾”を放ってきたので、ルッグは言葉の途中で飛び退いた。ミーナはその反対方向によけて、同じく攻撃をやり過ごす。が。
「グへ……」
 ポードンが不気味に、そして意味深に目元を細めた。すると、何かと思って怪訝そうにしているミーナの元に、先程避けたはずのヘドロが、方向転換をして再び迫ってきたのだ。
「なにッ――」
 くぐもった爆発音。とっさに避けられなかったミーナに当たったヘドロは文字通り容赦なくその場で小さな爆発を起こした。
「ミーナさんッ!」
 ルッグはミーナへ駆け寄った。スカイフォルムのシェイミは草と飛行タイプだ。毒タイプの技は効果が抜群である。
「大丈夫ですか!?」
「だ、だいひょうふ……」
「み、ミーナさん……?」
 攻撃を受けたあとどうにか体勢を建て直そうとしたミーナだが、その顔色は青くなっていてフラフラだった。とっさにルッグはあるひとつの可能性が脳内をよぎる。
「まさか……状態異常?」
 “ヘドロ爆弾”は毒タイプの技。技を受けた者を一定の確率で“毒”の状態異常にする効果がある。毒は、相手の体力をジワジワと削っていく恐ろしい状態異常だ。
「ミーナさん、あなたはこれ以上戦わない方がいいです! そこで待っていてください!」
「あ、まてルッグ……!」
 ミーナのかすれた声はルッグには聞こえなかったようだ。彼は徒手空拳ながらポードンに向かって一直線に迫る。
「“飛び膝蹴り”!」
「ぐへぇ、痛そうだなぁ!」
 ドカッ!
 ポードンがそう言ったと同時に、ルッグの膝が彼の顔面にのめり込んだ。衝撃に耐えられなくなったポードンは、ゆっくりと仰向けに倒れ始める!
 ――やりました!? 意外にあっけないような……!
「――グヘヘヘへ!」
「なッ……!?」
 ルッグの背後から、あの笑い声が響いてきたので、ルッグの背にとてつもない悪寒が走った。なぜ、後ろから? “飛び膝蹴り”を受けたこのポードンは?
 すると、ルッグの技を受けたポードンが煙のようにポンッと消えてしまった。文字通り、跡形もなく雲散霧消だ。
「これはっ、“みがわり”ッ!?」
 しまった、とルッグは慌てて振り返った。みがわりの本体、つまり本物のポードンは、すでに技を繰り出そうとしていた。
 ルッグではなく、ミーナに。
「や、やばっ……!」
「なんですって!?」
「グヘヘヘへェ! “ヘドロ爆弾”ん!」
 ルッグは全速力! 技の対象であるミーナの方へ走った。しかし、間に合わない。ミーナは、毒の辛さに耐えながらもフラフラと浮かび上がってヘドロをかわそうとする、が。
「な、なんでついてくるんだよーッ!」
 ミーナは叫んだ。ヘドロ爆弾は、さながら熱追尾機能を持ったミサイルのように、執拗にミーナを追い続けていた。
「なんなんですか!? あれは!」
「くッ……! “エナジーボール”!」
 “ヘドロ爆弾”の数発を、どうにか“エナジーボール”で相殺するが、全てをカバーしきれない。と、そこにルッグが到着、ミーナをかばうように前に立ち、拳に力を込める。
「なめないでくださいよッ! “ドレインパンチ”ッ!」
 パンチを当てた相手の体力を吸収する技を、“ヘドロ爆弾”の相殺に利用する! 彼は残りの数発に拳を当てようとするが……?
 スカッ。
「あれ!?」
 “ヘドロ爆弾”は、意識を持った生き物のごとく、あからさまにルッグのことを避けた! そしてやはりというか、なんというか、それらは全てミーナのもとへ一直線する。
「うわぁあああ!」
「ミーナさんッ!」
 効果抜群の“ヘドロ爆弾”がミーナに命中し、彼は地面に崩れ落ちた。ルッグは慌ててミーナの元に駆け寄るが、意識がない。毒のダメージもあいまって、もう戦える状態ではなかった。
「ミーナさん……! こんな……こんなことって……!」
「ぐへ……」
「ゆ……」
 ルッグはゆっくり、ゆっくりと。その場に立ち上がった。
「……許しませんよ」
 そして、ポードンがいる方角へ、ギンッ、と振り返る。そして……。

「なんでミーナさんにだけ攻撃するんだこの変態がぁあああああッ!」

「グヘェエエ!?」
 ポードンは、振り返ったルッグのその形相に、一歩後ずさりをした。彼の雰囲気はただものではなかった。背後に阿修羅の顔すら見える錯覚に陥る。
「ちょっと見てみればなんなんですかあなたは……えぇ!? フェミニストかロリコンか知りませんがさっきからミーナさんばかりに攻撃して僕は無視ですかえぇ!? いい度胸だてめぇのその腐った性根叩き直してやるよぉおお!」
 話の脈絡、というか言葉の敬語に統一性が無くなってきたルッグの剣幕に、ポードンは冷や汗を流す。そして、うっすらと目を覚まして「ぼ、ボクは……メスじゃない……!」という突っ込みは誰にも聞き取られなかった。
「ぐへ、いや、ぼくちんそんなつもりは……!」
「なぁあにが『そんなつもりは』だ! じゃあなんで“ヘドロ爆弾”をわざわざ僕ではなくミーナさんに当ててやがるんだよぉおお!」
「な、なんだこいついきなり性格が変わったよぉおお! へ、“ヘドロ爆弾”!」
 混乱したというよりルッグにある種の恐怖を覚えたポードンは、闇雲に“ヘドロ爆弾”を放った。しかし、鬼の形相をしている今のルッグには通じなかった。
「その技でまたミーナさんにだけ攻撃するつもりですかぁあッ!」
 ルッグは、怒りに任せて片足をダンッ、と踏み鳴らした。そんなルッグの怒りを具現化するかのように、彼を中心に黒い衝撃波のようなものが、迫るヘドロを押し返した。
「グヘェエエ!」
 “悪の波動”だった。ルッグは、意識していないうちに怒りに任せて“悪の波動”を撃てるようになってしまったらしい。
 “悪の波動”でも相殺しきれなかった“ヘドロ爆弾”が、そのままルッグの方に迫る。だが、今度はミーナの方へ方向転換するヘドロは一発もなかった。
「……これは」
 残りのヘドロを“ドレインパンチ”で相殺しながら、ルッグはそれに気づいて首を捻る。
「なんですか……今度は僕に攻撃することにしたんですか……!?」
「ひぃっ!?」
 ゆらり……。ルッグがポードンに向かって一歩踏み出すと同時に、逆にポードンは一歩後退する。
「ち、ちがうんだよぉー! ぼくちんは、ぼくちんはぁ!」
「あぁん? なんですかはっきり言いなさいッ!!」
 ルッグは“怖い顔”をしながらさらにポードンに詰め寄る。
「ぼ、ぼくちんは、“ヘドロ爆弾”を“サイコキネシス”でコントロールしていただけなんだよぉおお!」
「ん? “サイコキネシス”……?」
 ルッグの動きが止まる。
「そうだよぉおお! “サイコキネシス”でヘドロをよけられないようにしてたんだ! だけど、あんたは悪タイプで効かないからぁあ! さけてただけなのにぃいいい!」
「……」
 ルッグは、ふと冷静になって考えてみた。そういえば、“悪の波動”を受けた“ヘドロ爆弾”は、確かに方向転換をしなくなった。エスパータイプである“サイコキネシス”で、方向をコントロールしていたのだから、“悪の波動”を受ければ、その効果がなくなってただの“ヘドロ爆弾”になるのは当たり前だ。
「なるほど……いいことを聞きましたね……」
 バキッ、ボキッ。っと指の関節を鳴らしながらルッグはゆっくりと口角をあげた。しかし、ルッグのその笑みに怯えるかと思ったポードンだが、彼は意外にもニヤリと笑みを浮かべた。
「グヘヘヘへ……残念だけど、時間切れだねぇ」
「……なんですって」
「グヘヘヘへ、じゃあねー。ぼくちんは君とはまた会いたくないけどぉ」
「ちょ、あなた待ちなさいッ!」
 ポードンはのしのしと、種族に似合わぬ意外に早い速度でその場を離れようとした。
「ぐへ、グヘヘヘへ……!」
 ルッグは慌ててポードンの後を追いかけようとする。しかし、その時。

 ――ザーッ、ザー……ガン、ガシャッ……――。

「!?」
 “英雄祭”のために、至るところに取り付けられたスピーカーが、同時に雑音を放ち始めた。しばらくは、聞く度に耳をつくような音ばかりであったが、少しすると、ルッグにとって聞き覚えのある声が響き始めた。

「この声は……!」


ものかき ( 2014/06/07(土) 21:09 )