へっぽこポケモン探検記




















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第七章 英雄祭編
第百七話 ルッグとミーナの相手
 ――弟子の一人であるマルマンに急かされて、一同はギルドの外へ飛び出した。そこには……。





「くそッ! 油断していたッ!」
 シャナは珍しく強い口調で吐き捨てた。ギルドの外では、数にして数十は下らないであろう狂暴なポケモンたちが、屋台やテントを破壊している。この光景を見たスバルはある場面との既視感を覚えた。
 ――カイと出会ったとき……私のいた町……あれは……!
「“イーブル”……!?」
「まさかこんな時にと思ったのが馬鹿だった!」
「シャナ、どうする!?」
 シャナの放った悪態に重なるようにルテアがほとんど怒鳴るように指示を煽った。シャナは現在集まっている者たちを一瞥する。
 ――まともに戦えるのは俺とルテアと、キース……? いや、彼は医療班……。まさかここのギルドではない彼らに協力を仰ぐわけにも……。

「――当然、私たちも行くわよっ!」

 と、そんな叫び声がシャナの思考を中断させた。……リーフだ。彼女はまるでシャナの思考を読んだかのように、彼のことを真っ直ぐに見た。
 いや、リーフだけではない。チーム“リーファイ”も(ジェットは渋々だが)、スバルも、ルテアも――そしてルアンも。全員が全員、覚悟の決まった顔でシャナの指示を待っている。
「……よし」
 そしてシャナも、彼らに背中を押されて腹を決めた。この際、外部も内部も関係ない。
「今からこの全員で事態を沈静化する! みんな、よく聞いてくれ!」
 シャナは彼らをぐるりと見回す。
「リーフはルアンと一緒に町の真ん中、スパークさんはスバルとタウンの東に向かってくれ。ファイアは俺と一緒に北へ向かう!」
 名を呼ばれた五人が頷くなか、ジェットは「ケッ」と吐き捨てる。
「俺は行かねぇぞ、誰が町の沈静化など――」
「ジェットはルテアとギルド周辺を!」
「って、おぃいいいいいい!」
 ジェットの叫びは全員から無視された。
「キースは負傷者の治療! マルマン、ギルドの弟子は避難誘導をしろと全員に伝えろ!」
「あの、僕はどうすれば?」
「ルッグさんは……」
 シャナはざっと回りを見渡す。他のメンバーはすでにペアを作り終わっているが、このままだとルッグが一人になってしまう。どこに入ってもらうかを思い悩んでいると……?

「――ボクとはどうだ?」

『!?』
 空から声が降ってきた。比喩表現ではなく実際にそうだったので全員が空を見上げる。するとそこには、白い手足に、黄緑色の頭、赤い花びらのスカーフをまとったポケモン――スカイフォルムのシェイミがいた。
『ミーナさん!』
 彼を知るスバル、シャナ、ルテアの三人が揃えて声をあげた。ミーナはニッと笑ってシャナの近くまで降下する。
「人手、足りないんだろ?」
「助かる! ――ルッグさんはミーナさんと一緒に行動してくれ!」
「というわけで! ボクが誰かとか説明する時間が無いけどよろしく!」
 ミーナがくるりとルッグの方を向いて言った。ルッグは一瞬ポカンとするが、ふと我に返ったように頷いた。
「あ、はい!」
「よし!」
 シャナの声に全員が注目する。
「みんなにこれだけは言っておく。深追いはするな、全員無事に帰ってくること、これが絶対条件だ!」
『はい!』
「よし、散らばれ!」
 彼の号令に、全員が四方八方へ走り出した。
 ――ん? 誰かを忘れているような……。
 走りながら、シャナはそんなことを考えたがそれも一瞬で、すぐにその事も頭の隅に追いやられてしまった。





「ねぇローゼぇ」
「なんでしょうカンナちゃん」
 資料で散らかった机の上にて高速でペンを走らせているローゼは、背後から控えめに聞こえてきたルームメイトの声に、振り返らずに答えた。すると、「僕はオスですっ」という小さな叫び声が返ってきた。
「ローゼはお祭りいかないの?」
「今少し手が離せないのでまた次回行くことにします」
「そうなんだ……」
 次に彼の背中に向けられた声は、少し力無く寂しそうなものだった。ここに来て初めてローゼは、ペンを持つ手を止めて、背後を振り返る。
「もしかしてカンナちゃん……行きたいんですか?」
「えぇ? えっと……そんなんじゃないけど……」
 カンナはモジモジしながらローゼに聞こえるか聞こえないかぐらいの音量で言ったが、探偵はそんな彼の本心をわからないはずがなかった。
「いやはや! 珍しいこともあったものですねぇ」
 ローゼはみとおしメガネを手であげる。その口元には笑みを浮かべていた。
 ――もしかして、スバルさんの影響だったりしますかね……。
「カンナちゃん……やっぱり一人じゃ行けませんか」
「むりだよぉ……僕にはできないよぉ……」
「ふむ、では少し待っていてください。これをすぐに片付けたら行きましょうか」
「本当!?」
 カンナはニョロトノ特有のふっくらした手のひらを叩いて目を輝かせた。そして「ちょっと外見てくる!」と言ってドアの向こう側に消えた。
 再び静かになった部屋の中で、ローゼは資料に向き直り作業を再開させる。
「……ねぇローゼぇ」
「なんでしょうカンナちゃん」
「なんだか外が騒がしいよ?」
「あぁ、パレードですか?」
「ううん、なんかテントとか屋台とか、みんな壊れちゃってるけど」
 ピクッ、ローゼのペンを持つ手が止まった。
「……なんですって」
 ガタッ! 彼は乱暴に立ち上がってインクの壺が倒れるのも無視して、カンナの脇を通りすぎた。
 そして、かの光景を目の当たりにするのである。





「ボクはミーナ、見ての通り種族はシェイミだ。ギルドのみんなとはちょっとした知り合いなんだ、よろしく!」
 叫び声と破壊音、避難誘導の声に時々悲鳴が混じったトレジャータウンを、ルッグは片手にこん棒を持ちながら走っていた。そしてミーナは彼の頭上を浮遊しながら元気よくそう言った。この状況を理解しているのか否か、この声音からは判断しにくい。
「僕はルッグです! いったいどうなっているんですかこれは!?」
「彼らは“イーブル”と言ってね。なにかとんでもないことをしでかそうとしている連中なんだけど、まさかこんなことになろうとは」
「それで、どうやってこの状況を落ち着かせるんです?」
「“イーブル”には何人かの幹部がいる! そいつらを止めれば、したっぱはみんな尻尾を巻いて逃げていくさ!」
 実にシンプルな方法だった。ルッグはミーナの提案に半分感心し、あとの半分はミーナの飛行速度に辟易していた。
「ちょ、ちょっとまってくださ……! いっ……!?」
「うわっ……!」
 ルッグは言葉の途中で立ち止まる。同じくミーナも速度を緩め、眉間にこれでもかと言うほどシワを寄せ、前足を鼻へ持っていった。
「なに……!? この異臭……!」
 鼻がもげる、という言葉すらも生易しいように感じられるとんでもない異臭が、ルッグとミーナ、二人の鼻を襲った。ルッグも慌てて両手で鼻を塞ぐが、ついにミーナはその臭いに耐えられずに、ドサッと空中から地面へ落ちた。
「うぅううう……! 臭いぃいいいい……!」
「だ、大丈夫ですかミーナさん……!」
「ボクは臭いのが苦手なんだぁあああ!」

「――グヘヘヘへ……」

 ミーナが心の底からそう叫んだ直後、彼らのすこし前から低くつぶれた笑い声が響いてきた。二人はその声に気づいて、なんとも言えないその不快な笑いに顔をしかめた。
「誰ですか!?」
 ルッグが鋭く叫んでこん棒を構える。声のした方をしばらく見つめていると、曲がり角の向こう側からのそのそと何かが近づいてくる音がする。そして。
「グヘヘへ、みぃーつけたぁ」
「うっ!?」
 現れたのは、灰褐色とくすんだ緑色の体、手は鉄の棒を繋げて、体の所々から強烈な異臭を放つポケモン――ダストダスであった。
 かのポケモンの登場に、ミーナとルッグは一歩後ずさった。今まで鼻を突いていた異臭が、さらに強くなったからだ。
「グヘヘへ、そろそろ建物を溶かすのも飽きてきたねぇ……生きたポケモンをぼくちんの毒でベチャベチャにしたいねぇ……」
 ねっとりとしたダストダスの声に、ルッグは眉間にシワを寄せた。ミーナは、さらに強くなった異臭のせいで、話を聞いているどころではない。地面に伏せて鼻を必死に塞いでいる。
「あなたはまさか……」
「多分“イーブル”だよ……! 気を付けて……! うわぁあ臭いぃいいい!」
 ミーナはそう言うために息を吸ったことで、腐臭がさらに鼻を突いたらしい。彼は地面をごろごろと転がって悶絶している。
「グヘヘへ、いかにもぼくちんは“イーブル”の四本柱のポードンだけどさぁ」
 ダストダス――ポードンは目尻をつり上げて、口元に歪な笑みを浮かべる。
「ぼくちんはそんなことどうでもいいんだよグヘヘへ。早く、早く誰かをベチャベチャに溶かしてやりたいんだよぉ。きみたち……グヘヘへ、そっちの緑の子はよく溶けそうだなぁ」
「なっ!?」
 ポードンに視線を向けられたミーナは、背筋に悪寒が走った。誰かに、大きな舌で舐められた感覚と言おうか。とにかく不快な嫌悪感を抱かせるものだ。
「グヘヘへ、ちょっとぼくちんの毒の餌食になってくれよぉ! ぼくちんは毒に苦しむやつらの悲鳴が大好きなんだよぉ!」
 ルッグ、そしてミーナは二人同時に身構えた。覚えず、二人の額には一筋の冷や汗が流れる。本能で危険信号が全身に警戒を喚起する。
 ――今度の相手は……とんでもなく危険だ!


ものかき ( 2014/06/05(木) 19:29 )