へっぽこポケモン探検記




















小説トップ
第七章 英雄祭編
第百六話 ルアン
 ――バクフーンの討伐中にいきなり倒れたカイ。ようやく目覚めたと思われたが、なんと中身は“もう一人のカイ”ことルアンだった!?





 ルアンを引っ張っていくスバルの手は、どうも握る力が強かった。彼女がどんな思いで自分を『みんなのところ』に連れて行くのか、彼には到底わからない。それと同時に、いったいスバルが自分のことをどう説明するつもりなのかも謎だし、果たして自分のような存在を、皆が信じてくれるかも疑わしい。
 わからない、わからないことだらけだ。そんな気持ちのルアンは、今はただただなされるがままにしているのが一番賢明だと思った。
 二人は階段を上がって大広間に出た。広々とした空間内は、今は“英雄祭”のための展示室に模様替えされている。そんな大広間の隅、今日と明日のためだけに設置された休憩スペースに、彼らは集まっていた。
「おいマッドドクター! 本当にカイは大丈夫なんだろうなッ!?」
 ルアンの耳へ最初に届いた声は、テーブル越しながら、白衣を羽織ったデンリュウへと詰め寄るレントラーの声だった。その声はかなりドスがきいているが、叫ばれたデンリュウの方は、ヒレのような手を額に当てて小馬鹿にしたような笑みを浮かべて言う。
「ふっ、君みたいな単細胞に心配されるなんて心外だね。私が独自に開発した電撃蘇生術に間違いはない」
 すると、席に座っていた髭を生やしたピカチュウの頬がピクピクとひきつった。
「あれのどこが蘇生だったのだ! どうしてを側で見ていたウォーターが黒こげになる!?」
「ふん、離れていろと言ったのに離れない彼が悪い。いいかい、私を誰だと思っている!? 医者貴族であるライトニング家の血を引くキース=ライトニングだ! キース=ライトニングだぞ! 大事なことだから二度言った」
「テメェそれでカイに何かあったらマジで許さねぇからなッ!」
「おい、もうそのへんにしておけ……」
 テーブルに群がったポケモンたちがワイワイガヤガヤとひと悶着を始めそうな勢いだった。バシャーモがどうにか制止しようとするが、うまくいく気配は無さそうだ。
 ルアンは、いったいどうするのか、という気持ちでスバルを目だけで見る。だが彼女も、声をかけるタイミングを完全に失ってしまってひきつった笑みを曖昧に浮かべるだけだった。だが、いつまでそうしているわけにもいかず、彼女はおっかなびっくり彼らに向かって声をかける。
「あの……」
「テメェ! 一発ぶん殴っとかねぇと……」
「ふん、単細胞が何を……」
「ここでバトルはやめろ……」
「おいウォーター大丈夫か……」
「あのッ!!」
『ん?』
 スバルはついに耐えきれなくなったようで、彼らに聞こえるように声のボリュームを上げた。が、それが予想以上の大音量になってしまったらしい。四人全員がその声に驚いてスバルたちの方を向くと……?
『カイッ!!』
 ビクッ。いきなりのことにルアンは思わず肩を震わせた。キース以外の全員が、見事ぴったりと重なった声で彼――正確には彼の宿り主――の名を呼んだからだ。いつの間にか、黒こげになっていたウォーターまでもが復活して“カイ”に詰め寄る。
「息子が無事で私は……私はっ……!」
「泣くなよバカオヤジみっともない」
「ほらやっぱり私の蘇生術に間違いはないなかっ――」
「テメェ心配かせさせやがって!」
「あ……」
 上から順にスパーク、ウォーター、キース、ルテアと、それぞれが言いたいことを同時に述べた。約一名の言葉は後の叫びに遮られたが。
 そんな予想外の出来事に、ルアンはとっさに声をあげることができなかった。そんななか、シャナが彼の前にしゃがんで心配そうに肩へ手を置く。
「カイ、もうなんともないのか……!?」
 彼が炎タイプゆえか、普通のぬくもりよりも少し暖かいその手は、ルアンの心を暖かくすると同時に、少しチクリとさせた。
 そのぬくもりの対象は、果たして誰に向けられたもなのか――?
「あ、あのね、みんな……」
 声をかけるタイミングを見計らっていたスバルは、今がその時、とばかりに控えめにそう言った。
「ちょっと話したいことがあるんだ……リーフさんたちはいないの?」
 スバルは先程から少し気になっていたことを聞いてみた。バクフーン討伐の時までは一緒にいたリーフ、ファイア、ルッグ、ジェットの姿が見えなかったのだ。そして、その質問に答えたのはスパークだった。
「あぁ、あいつらならそろそろ戻ってくる頃だとおも――」
「――あーーッ!! カイ君無事だったのねッ!」
 いきなり出口の方から聞こえた叫び声が、スパークの言葉を完全に消し去った。そしてドドドド、と重量感マックスの足音がしたかと思うと、巨大な黄緑の物体がルアンに突進する。
「カイ君ほんとに一時はどうなっちゃうのかと思ったのよーッ!」
「ぐっ!? ちょ、ちょっと待てッ……!」
 彼女は、自身の持てるありったけの力を使ってカイをギュッと抱き締めた。端から見たら微笑ましい光景かもしれないが、リーフのステータスを知っている周囲は、一気に額の縦線が増える。
「ッ……! し、ぬ……ッ」
「リーフ、カイ君が圧死しちゃうからぁッ!」
「離しなさい馬鹿」
 結局、彼女を止めたのはルッグの“かわらわり”であった……。





 スバルの提案により、ギルドに集まったメンバーたちは大広間のテーブルに全員が腰かけた。意外と人数が多いので、一気にテーブルが狭くなったような感覚に陥る。
「んで? 話ってなんだよスバル。そんなに深刻なことなのか?」
「ふん、愚問だね。深刻じゃなかったら全員を集めてテーブルを囲ったりしないじゃないか」
 ルテアの質問にスバルは答えようとしたが、その前になぜかデンリュウのキースがそう言った。
「うるせぇな! って言うかお前はなんでまだいるんだよ! 帰れ!」
「ふっ、なんだか気になる話のようだからね。帰るなんてもったいない」
 二人が再び言い争いを始める勢いになった。リーフたちの方もお互いに何かを言い始めて、辺りが少し騒がしくなったのでシャナが咳払いをして静める。
「それでスバル、話とは?」
「は、はい。実は、カイのことなんだけどね……」
 スバルは次の言葉を放つ前に唾を飲み込んだ。果たして、今からする話をみんなが信じてくれるかどうか。そう思うとおのずと緊張してしまう。
「……今、ここにいるカイは、カイじゃないんだ」
『はぃい!?』
 やはり、周囲の反応は予想通りであった。とくに、事情を全く知らないリーファイメンバーは、一際驚きの声が大きい。
「意味が全くわからん。このリオルがリオルではないなどあり得ないではないか」
「うん、まぁジェットの言う通りなんだけど……」
 ジェットの突っ込みにスバルは少し萎縮した。だが、その横のシャナは事情をいち早く察したようで、ハッと言う顔になる。
「まさか、“もう一人のカイ”か……?」
『もう一人のカイぃ!?』
 再びリーファイメンバーは大合唱した。そんな彼らに、スバルは「これほんとは秘密なの」と前置きをして、カイがピンチになったときだけ現れる“もう一人のカイ”の存在を、簡単に彼らへ説明した。
「でね、今のカイは、見た目はカイなんだけど意識は“もう一人のカイ”なの」
 スバルがそう締めくくると、ルアンは小さくうなずく。するとその場にいる全員が自分のことを凝視してきたので、彼は少し驚いた。
「というとこは、今は“空の頂き”で現れた“カイ”ということか……?」
「ダメだ頭がこんがらがってきた……」
 シャナとファイアが同時に小さく呟いた。すると、ルッグ「はい」と手をあげたので、スバルは先生よろしく「はい、ルッグさん」と言った。
「その、“もう一人のカイ”君はピンチの時だけに現れるんですよね? えっと……カイ君に負担をかけるから」
「うん」
「では、なぜ別にピンチではない今も、あなたがカイ君の代わりに“表”にいるんですか?」
「あっ、それは今から説明するね」
 スバルは、いまさっき聞いたルアンの仮説を彼らにもう一度説明した。今、自分の意識があることは全く予想外のことで、もしかしたらカイの“体”が、カイよりもルアンを本物の“魂”だと判断してしまっているのでは、という仮説だ。
「ほう、興味深いね」
 キースが口角を撫でながら怪しげに言う。ルテアはすかさず「テメェには指一本触れさせねぇよ」と釘を指しておいた。
「じゃ、じゃあ本物のカイ君は……」
 ファイアが声を振り絞ってそう口にしたが、その音量はボリュームのツマミを一気に下げたように萎んで、最後には何も言えなくなった。その横のリーフがまじまじとルアンの方を見つめている。
「君は本当にカイ君じゃないのよね……?」
「……そうだ」
 ルアンは小さく頷きながら、始めてみんなの前でまともに言葉を発した。カイの声のままで、本人と全く違った口調が発せられたことに、その場のほぼ全員がどよめく。その横でジェットが「ケッ、馬鹿馬鹿しい」と吐き捨てていたが。
 非常にやりにくい。ルアンは思わずそう思ってしまった。
「それで、君のことはなんて呼べばいいのだ?」
 そう問うたのはスパークだった。彼はまさかそんな質問をされるとは思っていなかったようで一瞬驚いた顔をしたが、やっと自分がここにいて良いと認められたようで、彼は少しだけ緊張をほぐすことができた。
「……名は、ルアンと言う」
「ルアン、か。良い名前だ」
 ルアンがスパークを見ると、彼は莞爾と笑った。と、その時。

「――大変だコラーーーーッ!」

 大広間の出口からいきなり叫び声が響いた。と思うと、ゴロゴロと紅白色をした円形のポケモン――マルマインが、猛スピードで転がってきた。ギルドの弟子の一人であるマルマンだ。
「なんなんだマルマン、そんなに大声を出して」
 シャナが呆れ気味に問うものの、彼の興奮は収まりそうになかった。そして、衝撃的な言葉を放つ。

「一大事だコラぁッー! 祭りの広場に変な集団が乗り込んできてるんだコノヤローッ!」

ものかき ( 2014/06/02(月) 23:21 )