第百四話 バトル! ――VSバクフーン
――手下たちの足止めをかいくぐり、バクフーンを追うためジェットさんを一人残して、僕らは幸せ岬の奥地へと向かった。
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バクフーンが逃げた方向へしばらく向かっていると、普通のダンジョンとは違って少し開けた場所へ出た。なんのことはない、幸せ岬の奥地にたどり着いただけのようだ。
リーフさん、スパークさん、スバル、僕の四人は、目をきょろきょろさせてバクフーンの姿を探すが……。
「! あそこよ!」
一番先にバクフーンの姿を見つけたのはリーフさんだった。しかし、バクフーンを見つけたまではよかったが、彼はダンジョンの出口ともいえるワープゾーンへ、足を踏み出そうとしているところだった。
「待て!!」
「!!」
スパークさんは声を張り上げてバクフーンに待ったをかけた。すると、息を切らしている彼は、うっとうしそうにこちらを睨みつける。だが、その顔に狼狽は隠せないようだった。そしてこう言う。
「ぬっ! ジェットはどうした!? 見捨てて逃げてきたのか?」
「貴様のような下劣なお尋ね者と一緒にするな!」
挑発的なバクフーンの言葉は、スパークさんの怒りを少なからず買ってしまったようだ。スパークさんが彼にそう言って一歩踏み出そうとする。が、そんな彼を腕で止める者がいた。
リーフさんだ。
「わたしが前に出て戦うから、みんなは援護をお願い」
出会ってすぐの頃のような間延びした声もなし。モンスターハウスに入ってしまった時のようなふざけた声もなし。今の彼女には、ただ目の前のバクフーンを捕まえようとする真剣な眼差しがあった。そんな彼女の提案に、スパークさんは一瞬この状況を考えた後、コクリとうなずいて……?
「わかった……。まかせる……」
「お父さん!?」
スパークさんの言葉に、スバルが少々裏返ったような声を出した。それも当たり前だ。メガニウムのリーフさんは草タイプ、対するバクフーンは炎タイプ。相性で見たらリーフさんが圧倒的に不利なのに、スバルも僕も、ましてはスパークさんまでも援護に回すのは危ないのではないか?
と、スパークさんがそんな僕たちの表情をくみ取ったのか、僕らに向かって言う。
「大丈夫だ。あいつを信じるんだ」
百パーセントリーフさんを信じ切っている彼の言葉に、僕もスバルも、スパークさん、そしてリーフさんを信じることにした。二人そろって首を縦に振り、さっそくピカチュウ二人は援護の姿勢を取る。
そう、確かにバクフーンは僕らでは到底かなわない相手だろう。そうなれば、リーフさんにの邪魔をするよりも、ここは彼女に戦闘を任せ……。
――ドクンッ!
「っ……!?」
なッ……なんだッ……!?
いきなり僕の心臓が、一拍強く鼓動を打った後、そこに締め付けるような激痛がおとずれた。まったくもって急な出来事だったので、僕は何が何だかわからずによろめきそうになる。
「ぐっ……!」
なんだかっ、苦しいッ……!
僕は目をつぶってその痛みをやり過ごした。待ってよ、なんだかまったくわからないけど、今倒れるわけにはいかないんだ……!
「カイ?」
スパークさんがこちらを見て怪訝そうに名前を呼んできた。その瞬間、今まで僕を支配していた痛みがスッと引いていく。
「……あっ! すいません! リーフさんの援護……ですよね!?」
とりあえず僕は彼にそう返した。スパークさんはいまだに不思議そうに(というか疑いながら)僕を見るけど、それ以上は何も言ってこなかった。
だめだ、今はバクフーンを捕まえることに集中しなきゃ……。
「“火炎放射”!!」
リーフさんが何かを叫んだあと、いつの間にかバクフーンが「愚か者め!」とかを叫びながら“火炎放射”を正面に放ってきた。本来ならよけなければ大ダメージの技だが、リーフさんはなぜか動かない。
え!? よ、よけないの!?
と、彼女に“火炎放射”が触れた瞬間、炎を受けたのにもかかわらず、無傷なリーフさんがそこにいた。
え!? なんで!? 確かに技はリーフさんへあたったはずなのに、無傷なんておかしいじゃないか!
「なっ!」
どうやら、 僕らと同じくバクフーンの方も驚いているようだった。それもそうだ。本来ならメガニウムに大ダメージを与えるはずの“火炎放射”が効かなかったのだから。
――後に、このからくりの理由がリーフさんのつけている“癒しのオーブ”というアイテムのおかげだということを知る。あれは、草タイプに限り炎タイプの技を無効化する力を持つのだという――。
「蔓の鞭!」
「ぐぼはぁっ!!」
出端をくじかれた上にリーフさんの反撃が命中したので、バクフーンは実に情けない叫び声をあげて体制を崩した。ん? 今のは逆に、なんで“蔓の鞭”がバクフーンにこんなに効いているんだろうか?
「ねぇ、カイ? 私の頼りない記憶が間違っていなければ、草タイプは炎タイプに効果いま一つのはずじゃあ……?」
「いや、君のその記憶は間違っていないはず……」
「お前は気がつかなかったか? さっきの私の出した水滴が何なのか」
と、疑問符が僕らの間に飛び交うところに、スパークさんが誰に言っているわけでもなく声を挟んだ。先ほど出した水滴というのは……。たしか、スパークさんがバクフーンに首をつかまれたとき、目つぶしのために飛ばした水滴……。
「――“水浸し”だ」
「何……ッ!」
そっか!
バクフーンがまさかの先手に驚いている横で、僕は合点がいって頭がすっきりした。水浸しは、相手のタイプを“水”に変える技。まさか、あの状況でのちに効果が出る技を出していたとは……。
「スバルッ!!」
「わかった! ――“十万ボルト”!」
スパークさんはチャンスとばかりにスバルへ声を飛ばした。スバルの方もそれを予想していたようで、ほっぺたをビリビリさせたあと、全身から大量の電気をバクフーンに浴びせようとした。
「!」
“水浸し”の影響で電気はかなり通りやすくなっているはず、バクフーンはダメージを懸念してスバルの攻撃を紙一重でかわす。しかし。
「“メタルブレード”!」
その隙を狙って、リーフさんが僕とのバトルでも使ったあの鉄の葉で、バクフーンを殴りつけた。でも、僕と戦った時とは違い、繊細さよりも力に比重がいっているようだった。 リーフさんが……感情的になっている……!
「こしゃくなぁっ!」
逆上したバクフーンの怒りの拳も、リーフさんは返り討ちにしてしまう。そして、それを見たバクフーンは……?
くるりと向きを変えこちらに向かってきた。
「「――“十万ボルト”!!」」
しかし残念ながら、スバルもスパークさんも二度目を受けるような性格ではない。リーフさんには叶わないと知って、バクフーンがこちらに向かって来たのもすでに予想済みの二人は、同時に“十万ボルト”を彼に容赦なく食らわせた。
単純に十たす十は二十……とはいかないのがこの二人(特にスバル)の恐ろしさだろうか。威力が普通のそれではない。
「小癪なぁっ!」
だが、相手側もさすがというかかなりタフなようで、二人の電撃を食らってもまだ攻撃の手を緩めようとしなかった。
バクフーンの体から赤いオーラが現れる。あれは……。シャナさんのあの技を出すときと同じモーション! まさか……!
「――“ブラストバーン”!!」
炎タイプ最強の技が、今バクフーンからリーフさんに向かって放たれ……!
――ドクンッ!!
「ぐッ……!? ぁッ……!」
ま、また……!?
先ほど去ったかと思われたあの激痛が、この状況下で再び僕を襲った。しかも、どういうわけか先ほどよりも強いっ……!
心臓が強く脈打つ。僕は思わず胸を押さえて片膝をついた。ドクン、ドクン……。今度はさっきのように一度で収まってはくれないようで……。鼓動は何回も僕の胸を叩きながら、僕から息をする余裕を奪い取る。
「――カイ君!」
え――?
どういうわけか、切羽詰まったリーフさんが僕の前へかばうように立っていた。どうして、僕なんかをかばって……!?
……いや、違う。
先ほど放たれた“ブラストバーン”が、ほかの誰に向けてでもなく、僕に向けて放たれていたのだ!僕をかばう彼女のその様子を見て、味方全員が安堵した表情を見せる。炎技は、リーフさんが装備した癒しのオーブがすべてダメージを無効にしてくれるからだ。僕も思わず安堵のため息をついた、その時――。
ドォオオンッ!!
「きゃああああッ!!」
「!?」
僕は目の前の出来事にわが目を疑った。“ブラストバーン”は爆音をあげながらリーフさんを吹っ飛ばしたのだ!
「リーフさんッ!!」
僕は、背筋が凍るような思いがした。また……僕の前で誰かが傷ついた。僕は何と表現すればわからない感情を抱えながら、吹き飛ばされたリーフさんのもとへ駆け寄る。
僕の……僕のせいだ……!
「リーフさん! リーフさんッ!!」
「……カイ君……大丈夫……?」
「リ……リーフさん……!」
どうやら、リーフさんは何とかまだ体力が残っている状態だった。なぜ、癒しのオーブを持っていたのに“ブラストバーン”が彼女に通じてしまったのだろうか……?そういえばリーフさんが首にかけていた癒しのオーブが、いつの間にか消えている……?
「うかつ、だったわ……。混乱に乗じて……癒しのオーブがバクフーンに取られたみたい……」
取られた……!? や、やっぱり、“ブラストバーン”が迫っているのに、僕がよけなかったせいで、リーフさんがかばう形になったとき……。あのときに奪われてしまったんだ……!
「ご、ごめんなさい……! 僕の、せいだ……!」
「……謝らないで。……ほら、スパークさんを見てみて」
僕はリーフさんの言うとおりにスパークさんの方を見た。すると、怒りが頂点に達したスパークさんは、渾身の力で“ボルテッカー(電気をまといながら突進する技)”をかましたところだった。バクフーンはそれを最後にばたりと地面に倒れる。
「ほら、ね……?」
「……」
リーフさんは自力で何とか立ち上がりながら、僕にそう言ってきた。そのまなざしには、僕を責めたり、ダメージで痛がったりするような素振りなど微塵も見られなかった。
そのまなざしが逆に、僕の申し訳なさを増幅させた。
「リーフ! カイ! 大丈夫か!?」
「えぇ……なんとかね……」
「あっ……はい……」
スパークさんとスバルが、僕らの方へ走ってきた。二人とも無事だし、バクフーンも倒れたからひとまずは安心……。
「貴様等のような奴らに――」
と、その時。ぬらりと僕らの前に影が現れた。
……あれは、バクフーン!? まだ動けたの!?
「――私を倒せるわけがな……」
ドスッ。
……へっ?
いきなり不自然に言葉が途切れたバクフーンは、そのまま人形のように前のりにドシン、と倒れてしまった。倒れたことで、彼の背後から見知った姿が現れる。
「けっ、やっぱり俺がいないとダメだな……」
ジェットさんだ! どうやら手下をすべて倒し終えたようである。だが、バクフーンの手下だというだけあって、やはり一筋縄ではいかず、傷が所々にうかがえる。
「さってと……」
全員の無事を確認したジェットさん。さりげなく彼が優しいところはさておき、彼は何をするかと思ったら、倒れているバクフーンの方につかつかと歩み寄っていった。(足ないけど。)
そして彼は……?
「おのれバクフーンめ!! よくも我輩を裏切りおったなああああああああああぁっ!!」
あ、え……ちょっと……?
ジェットさんは、今までたまった恨み、鬱憤、その他諸々をすべてつぎ込むかのように、蹴りなり罵声なりを飛ばせるだけとばして、彼を痛めつけたのだ。先ほどから『ドゴォ』とか、『バキィ』とか鳴っているのは、僕の空耳であると信じたい。
――数十分後――。
「あー、すっきりしたのだ」
とりあえず、彼の腹の虫はおさまったらしい。僕らが戦った時より数十倍ぼろぼろの姿のバクフーンを、ジェットさんは鼻歌でも歌うテンションで縛りつけていた。
「ジェット、大丈夫なの? その傷」
「フン! お前が言えたセリフか!!」
そんな彼に、リーフさんは心配そうに問うが、僕からすればどちらもお互い様といいたいぐらいの傷の具合だ。
とりあえず、バクフーン討伐はどうにか丸くおさまったようだ。後は彼を連れてトレジャータウンに戻……。
――ドクンッ!
「ッ! ……ぅっ……!」
また……ッ! また、だ……!
いきなりひとつ、心臓が強く鼓動を打ち、僕の全身を締め付けるかのように激痛が走る。まるで、見えない縄に縛られているかのような感覚。いや、心臓が誰かの手で鷲掴みにされているような……!
「っ……はッ……! はぁッ……!」
息が……息ができない。
騒動の解決に安堵しているみんな表情も、僕の視界が霞むせいで、だんだんと、見えなくなっていく。
なんでっ、いきなり、こんなことがっ……!?
いままで……こん、な、経験……なかった、のにっ……!
だめ、だ、目の前が、暗く……!
……。