第百三話 現れる裏切りの兄
――ファイアさんのお兄さんを捕まえるために、僕とスバル、リーフさん、スパークさん、ジェットさんの五人で“幸せ岬”へ向かうことになった。
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ダンジョン・“幸せ岬”。
このダンジョンは比較的柔和で優しそうな顔をしたポケモンたちが多く生息している。だからといって、侮ったらとんでもないことになるから、僕らは慎重に先へ進んでいたんだけど……。
「――だったらなんでさっさと言わないのだ!!」
「そっちが勝手に進んでいくから落ちるんでしょ!!」
……今のはジェットさんとスバルの声だ。初対面から某(なにがし)かの時間しか経っていないこの二人が、なぜ言い争っているかと言えば……。ジェットさんが、さっき崖から落っこちたことに対して食って掛かったからなんだよね。
スバルはやっぱり、味方だとは言えお尋ね者と行動を共にするのは気に食わないみたいだ。そんなこんなで、ポニータの合わない二人は僕らをよそに口喧嘩を続けているわけだ。
「二人共、気をつけてよ。そんなに騒いで敵が来たら……」
その様子を見るに見かねたリーフさんが、二人の喧嘩の仲裁に入る。言っていることはごもっともだ。びくびくして二人を止められない僕からしたら、リーフさんの仲裁はとてもありがたい。……んだけど。
「あっ……」
あれぇええッ!?
僕は危うく盛大な叫び声をあげたくなった。リーフさんが一歩を踏み入れたそのフロアは、なんとモンスターハウスだったのだ!
「リーフ……!」
スパークさんが、大量のダンジョンポケモンの雄叫びをビージーエムに、深い溜め息をついた。
モンスターハウスとは、踏み入れた途端に、その敷地中を野生のポケモンが埋め尽くす、地雷のようなフロアなのだ!
「ははははっ……。ごめんちゃい」
ご、ごめんちゃいって……。
その間にも、野生のポケモンがにも僕らにジリジリと迫ってきている。にもかかわらず、リーフさんのおてんばっぽい声音がなんともギャップを誘っていた。
「まったく、何をやっているんだお前は! リーフ、お前が招いたことだ、一人で処理しなさい!」
そう言ったのは、リーフさんの様子にホトホトと呆れ果てたスパークさんだった。……え、一人で!? 待って、モンスターハウスのポケモンたちは、見ただけでかなりの数だけど……。
僕はそう思ってスパークさんに声をかけた。
「でもスパークさん、リーフさんでもあれだけの数を相手にするのは……」
「心配するな」
僕の懸念の声にも、スパークさんは一言そう返すだけで、すぐに敵の方に視線を戻してしまった。リーフさんの周りにはナッシーにノクタスなどの草タイプのポケモンがウジャウジャといる。だがリーフさんは……。
「さて、軽くもんでやりますか!」
陽気という表現ふさわしい声音で、彼女は気合いを入れた。それを聞いたスバルは耳をピクピクさせる。
「軽くって、これだけの数をどうやって……?」
リーフさんは草タイプであるメガニウム。普通なら草タイプに草タイプの技は少しのダメージにしかならないはず。お互いに同じ条件なら、多勢に無勢でリーフさんが圧倒的に不利なはずだ。
と、僕がそう思っている間にも、リーフさんは行動を起こしていた。彼女の口に赤いエネルギーが溜まっていく。あれは……?
「――“めざめるパワー”!!」
そう叫んだ彼女は、溜めていたエネルギーを口からフロアに放った! 赤いエネルギーは炎となって敵に迫り、あっという間にモンスターハウス内を一掃してしまった! すごい……!
「よっし!!」
リーフさんはガッツポーズ。その横でスバルが首をかしげてスパークさんに声をかけた。
「ねぇお父さん。メガニウムって普通、炎技は使えない筈じゃ……」
「“めざめるパワー”は使用者によってタイプと威力が変わる特殊な技だ。リーフが使うと炎タイプになり、通常メガニウムがつかえない炎技をあいつはそれで操ることができるんだ」
「へぇ……」
スバルが妙に納得した様子で頷いていた。……この顔は。もしかしてスバル、この技を覚えたいとか考えてる……?
「もう解説は終わりでいいか!! さっさと向かうぞ!!」
おっと、技の会話で少し時間を食ってしまったみたいだ。ジェットさんがそう叫んでつかつかと先へ行ってしまったので、僕らは慌てて彼の後を追った。
★
リーフさんたちがいるというのもあって、比較的スムーズに幸せ岬の奥地へたどり着くことができた。だが、スパークさんの体にこの探検は堪えたようで、少し息を切らしていた。
「大丈夫お父さん?」
「フン! そんな年食ったネズミが粋がるからすぐにバテるんだろうが……」
リーフさんが心配そうに声をかけた後、突き落とすかのようにジェットさんが吐き捨てる。と、その時。
「隠れろ!!」
うわぁっ!?
いきなりジェットさんが叫んで、僕らを近くの草むらに隠れさせた……というか、押し込んだ。
「ど、どうしたんですか、ジェットさ――」
「黙っていろ!」
僕の声も小声で鋭く遮られる。そして彼は、草むらから奥地に鋭い視線を投げ掛けた。
「あ、あいつは……!」
スパークさんが声を震わせた。ジェットさんの視線の先には、紺に近い深緑の毛と白に近い金の毛で覆われた、ファイアさんを大きくしたようなポケモン――バクフーンがいた。
「もしかしてあいつが……」
「あぁ。散々言っていたあいつが、あのバクフーンだ」
「そ、そんな……」
バクフーン……ファイアさんのお兄さん……!
お尋ね者のオーラを惜しげもなく放つバクフーンのその顔は、同じ兄弟であるはずのファイアさんの顔の面影の『お』の字もなかった。
「よし、奴はまだ気がついていない。今のうちに奇襲をかけるぞ」
そう言ったのは、いつの間にかリーダーシップを発揮しているジェットさんだ。それに頷いて僕らが動こうとした、その時。
――ガシッ!
「うぐぅっ!!」
僕らの近くで苦悶の声が上がった。なっ、この声は……!
僕らが急いで振り返ると、なんとスパークさんの首を、後ろからあのバクフーンがつかんで中に浮かせているではないか!
ど、どうしてだ! 何で僕らの背後に……!?
「……愚か者め。私がお前達の気配に気がついていないとでも思ったのか」
「身代わりかッ……!」
“身代わり”……!
自らの体力を削る代わりに、文字通り自分の身代わりを作る技! さっき僕たちが見ていたバクフーンは、本体ではなかったのか!
「ぐっ!!」
「「お父さんッ!」」
スバルと僕が叫び、リーフさんが「このっ!」とバクフーンに向かって突進しようとするが……?
「いいのか? こいつがどうなっても」
なんと、バクフーンはスパークさんを人質に取り始めた! リーフさんは慌てて足を止めて顔を歪ませる。
「探検隊め……悪いが邪魔をされる訳にはいかないのでな。そこで大人しくしていることだな」
バクフーンは冷徹な表情を崩さないまま僕らに言った。だが、それに答えたのは僕たちではなく……。
「それは……おことわりだッ!」
スパークさんは、体から大粒の水滴を飛ばして、それをバクフーンの目に当てた。いわゆる目潰しを受けたバクフーンは、呻き声をあげて反射的にスパークさんを離す。あの技は……!
「大丈夫お父さん!?」
「あぁ大丈夫だ。すまない」
僕らはすぐさまスパークさんの方に駆け寄り、同時にバクフーンに攻撃をする準備にはいった。
人質を失って形勢逆転したバクフーンは、焦ったように周りを見渡していたが、ある一点を見ると、口角をつり上げた。その視線の先には――スバルっ!?
「!」
させるもんかぁっ!!
僕はすぐに彼女の元へ走ろうとして、スパークさんはリーフさんの名を叫んだ。「わかってる!!」と、彼女も走ろうとするが、その前に、僕の背後から誰かの影が躍り出る!
――ガブリ!
「ぐわあぁっ!!」
ジェットさんだ! 彼がバクフーンの右腕にその鋭い歯で噛みついたんだ! 先ほどまで言い争いをしていたジェットさんがスバルをかばうように立っている。これには、構えていた彼女も驚きが隠せない。
「貴様はジェット! なぜ探検隊の味方をする!?」
「ケッ、確かに俺は探検家は嫌いだが貴様のような姑息な悪党の方はもっと嫌いなんだよ」
「おのれ……!」
バクフーンはジェットさんを離そうと腕を振り回すが、相手はあのサメハダーだ。そう簡単に離れない。
「そぉらよっと!」
そんなバクフーンをくわえたまま、ジェットさんは相手を投げ飛ばして壁に叩きつけた。激突したバクフーンは呻き声を漏らし、それでも上半身を起こす。
「小癪な真似を! これでどうだ!」
バクフーンは叫んだ後、青く透明な玉を掲げた。
あれは……不思議玉!
玉は眩い光を発し、僕らは思わず目をつぶる。それが止んだときには、モンスターハウスなどは非にならないほどのポケモンに囲まれてしまっていた!
「バクフーンめ! 手下のポケモンを呼びだすとは卑怯だぞ!」
「けっ! 卑怯も妥協もあるものか!! お前らにかまってる暇などないのだ!」
バクフーンはポケモンたちを使って逃げようとする気だ! 確かに、この数を相手にしていたらバクフーンどころではない。そう考えたら僕もみんなも焦りを隠せないでいた。
だがそんな中、ただ一人だけ叫びをあげる者がいた。
「何をしている! さっさと行け! ここは俺がカタをつける!」
ジェットさん!?
なんと彼は、この人数の数を一人で相手にする気だ!
「えっ!? でも……!」
狼狽気味に声をあげたスバルも、もちろん僕らも、驚きを隠せない。だって、こんな数をジェットさん一人で任せるなんて、無茶な……!
「あいつを取り逃がしたら、今までの苦労が無駄に終わるまでだ! 雑魚共の気は俺が引くからその隙に行け!!」
まるで僕たちの心配も意に介さないかのようにジェットさんは言い放った。
僕とスバルは複雑な表情になるが、ここは確かに言う通りにした方がいいみたいだ。
「わかった。ここはジェットに任せるわ」
リーフさんも同じように考えたようで、ジェットさんにそう言った。
「おらぁっ! “冷凍ビーム”!!」
ジェットさんが“冷凍ビーム”で道を開いてくれた。その合間を縫って、僕らはバクフーンの後を追う。
ジェットさん……無事でいてください!