第百二話 敵襲……?
――スパークさんの予想だにしなかった提案により、リーファイファミリーとして迎え入れられることとなった僕とスバル。さっそく家族みずいらず(?)で屋台の食べ物を堪能していたんだけど……。
★
「ん、次は……あれとこれとそれかな」
『……』
僕たちの目の前で、屋台の食べ物がみるみるうちに吸い込まれていく。その吸い込まれる先は……リーフさんの口の中だ。
「す、すごい……」
スバルが彼女を見ながら感嘆とも驚愕ともとれる反応を見せた。いや、僕ももちろん驚いた。リーフさんの食べっぷりは、あの大食いのローゼさん以上だ。
「ったく、よくそんなに食えるもんだぜ……」
慣れというものは怖いもので、すでに長い付き合いのあるファイアさん、ウォーターさん、ルッグさんは、呆れ顔でリーフさんを眺めていたけど……。
「…………」
お、お父さん――スパークさんは、風が吹けば簡単に飛ばされそうな財布を握りながら涙目になっていた。僕は今、一家の大黒柱の辛さを垣間見たような気がする……。
そんなこんなで、各々屋台の食べ物を堪能していた僕たち。だが、その時……。
「――た、たいへんだああああああぁっ!」
『!?』
とんでもない大音量で声を撒き散らしながら、トレジャータウンの住民とおぼしきポケモンが走ってくる。
……この光景は……。
僕は、スバルの町で起きた、あのときの光景を思い出した。そう、彼らが奇襲をかけてきたときの光景を……!
僕はスバルと目を見合わせた。やはり、スバルも同じようにあのときのことを考えているようだった。
「どうしたんですか?」
行きなり現れた住民の反応に困惑するなか、ルッグさんがひとり冷静に状況を把握しようと尋ねた。すると……?
「どうしたもこうしたもんじゃねぇ! あんたらも命が惜しくなかったら早くここから離れろッ! うわあああああああぁっ!」
い、命が惜しかったら……? ちょ、ちょっと待ってよ……!
その人は、僕たちが詳しい話を聞く前に、ミミロルのごとく走り去ってしまう。
あっちで何が起こってるかはわからないけど、あの慌てぶり……やっぱり――。
「――“イーブル”……!」
僕がポロリと呟いたそのワードは、リーファイメンバーに聞こえたようだ。聞いたことのないその単語にスバル以外全員が首を捻る。
「何? 進化ポケモンがどうしたの?」
「リーフ……そりゃイーブイだろ……」
ずるっ。
僕は内心でずっこけそうになった。なんだイーブイって! リーフさんって、そんなボケをかます人だったの!? ウォーターさんが突っ込んでくれたから、収拾がついたけど……。
「とにかく行ってみよう。敵襲なら放っておくことはできない。行くぞ!!」
さすが、というかやはりここはお父さん。スパークさんが一言そう言って、全員が騒ぎの元凶がある場所へと向かっていった。
「あっ! でもリンゴ飴が!!」
……訂正。
ただひとり、リーフさんだけはリンゴ飴食べたさに席を立とうとしなかった。そんな彼女に、リーファイメンバーは全員でため息をつく。……リーフさんっていっつもこうなのかな。
スパークさんが「こいつを連れていくのを手伝ってくれ!」と言うから、スバルも含めた六人総出で、彼女をどうにか動かそうとするけど……。
「うぐぐぐぐぐっ……! 全然動かねぇ……」
「メ、メガニウムってここまで重かったっけ……」
そう、ウォーターさんやスバルの言う通り、リーフさんは全くといっていいほど動かなかった。こ、こっちは六人係りなんだけど……!
と、僕たちがリーフさんの扱いに困った、その時。
「――ガハハハハ! 相変わらずの間抜けっぷりだな、リーフよ!!」
ん?
僕らの背後から、ドスがきいたと言うか、なんというか……とにかく僕が知らない低音ボイスが響いたので、僕らは一斉に振り返った。
するとそこには、黒っぽい紺色と白の体、口に鋭いノコギリのような歯を持ったポケモン――サメハダーが、背後に手下らしき大量のポケモンを連れて立っていた。一気にスバルと僕の警戒がそちらの方へ向く。
「よぉ……久し振りじゃねぇか……」
まさか、“イーブル”の新手……?
「――なんだジェットか! おどかさないでよ!」
やっぱり、町を脅かしているのはこいつの仕業……って、えぇえええっ!?
な、なんとリーフさんがサメハダーに親しげに近づいて、笑顔でその頭を蔓で撫でたではないか!
「ど、どういうこと……?」
困った(というか、新手のボケなのではと疑った)スバルが、ファイアさんたちに説明を求める視線を送るも、彼らは……。
「もう、脅かさないでよジェット」
「僕なんかてっきり本当にお尋ね者が来襲したのかと思いましたよ」
えぇえええ……。
なんと、リーファイメンバーも、リーフさんたちのようにジェットと呼ばれたサメハダーを取り巻いていた。えっ、お知り合い……?でも、この顔って、前にどこかで……。
「ちょ……ちょっと待ってお父さん!」
「ん? どうした?」
スバル、もう“お父さん”が定着したのかい……。じゃなくて、スバルがスパークさんにそう声をかけるが、彼は何でもない口調で聞き返した。すると、スバルはさらにこう言う。
「なんでお尋ね者なんかと仲好くしているの!?」
「お尋ね者!? あいつが!?」
「カイ! バッグからお尋ね者ポスターを!」
「えっ……? う、うん」
ちょっと待ってスバル。いつからトレジャーバッグにお尋ね者ポスターをストックするようになったんだ、僕の知らないうちに……。
しばらくバッグをゴソゴソやっていると……あ、あった。僕は写真つきのポスターをバッグから引っ張り出す。
「貸して」
すると、スバルは僕からそれをひったくってスパークさんたちに見せた。そんな彼らの顔が驚愕に染まる。
「な、なにぃ!?」
「マジかよ!」
文面はこうだった。
――お尋ね者ジェット。
大型悪の組織の重鎮で凶悪。逮捕の際はお気をつけて。
ランク ☆5――
あ、どこかで見たことがあると思ったら、そういうことだったのか……って! お尋ね者ぉ!?
「う……うそ……!」
どうやら、リーフさんたちはそれを知らなかったようで、全員ポスターに釘付けとなっていた。だが、当の本人は「けっ!!そんなことはどうでもいいんだよ」と、言い、その鋭い双眸をこちらに向けてきた。
「おいそこのリオルとピカチュウのガキ共。ききたいことがある」
「……悪いけど私、お尋ね者の質問に答える気はないから」
この人……ほんとに悪い人かな?
僕は一瞬そう思ったけど、険しい表情のスバルはあくまで強気で、ジェットさんと目を合わせようとしない。すると彼は、口元をつり上げ……?
「ほぉ、だったら……こうしたらどないするんじゃおらぁっ!!!」
ドンガラガッシャーン!!
ジェットさんは、さながらガキ大将が怒ったみたいに、近くにあった屋台に攻撃を始めた! 見れば、屋台の周りの人たちは完全にジェットさんを恐れている。
……え? 効果音が少し古いって?
「! ……よくもあんなことをっ……!」
その光景を見て、スバルは本格的に怒りを露にし始めた。バチバチ、とほっぺから溢れんばかりの電気が散る。
「やろうってのか? あぁ!? 言っとくが、こんどはさっきみたいにはいかねぇからな。お前らもそのうちあの瓦礫のようにな――あ、あれぇ?」
ん?
どうしたんだろう?
完全に脅し口調だったジェットさんの様子が一転、いきなり間の抜けた声になった。そして、ジェットさんが見ている方向を見ると……?
――ジェットさんの手下たちが、彼によって壊された屋台をせっせと修復していた……。
「なにしとるんじゃお前らは……!!」
ジェットさんは慌てて手下の方に寄り、小声で叫ぶ。まぁ、丸聞こえだけどね。
「えっ? だってジェット様、いつも来た時よりも美しくと言っていたじゃないですか?」
そう答えたのは、ドラピオンという種族のポケモン。獰猛な顔で有名だが、少なくとも目の前のドラピオンはそうでもなさそうだった。ドラピオンの言葉を受けたジェットさんは、ヒソヒソするのも忘れて彼に怒鳴る。
「アホか!! それはトイレ掃除の話だろうが!! いま我輩はあいつ等をビビらせようとしているんだろうが!!」
「えっ!? そうだったんすか?」
……トイレ掃除……?
「あぁ、くそっ……!」
ジェットさんは頭を抱えて悪態をつく。(手、無いけどね。)それを見たリーフさんたちは、腹を抱えて笑う始末だ。
「全く! どこまでも役に立たない奴らめ! ひっこんどけ!!」
ジェットさんは、部下はもう使えないと判断したらしい。彼がそう吐き捨てると……?
「じゃあお祭り楽しんで来ていいっすか!?」
……と、部下たちは口々に言った。
「勝手にしろ!」
そういった瞬間、部下たちは全員別の場所へ消えていく。心なしかみんな笑顔だ……。
いつの間にか、この場にはジェットさんと僕らだけになっていた。
「――で、何しに来たの? お祭り楽しみに来たの?」
「んな訳あるかバカタレ!!」
「じゃあ観光かよ」
「それとも、旅行ですか?」
みんながみんな、ジェットさんをからかって笑いこけている。な、なんだかこの人たちって……。
と、ジェットさんは『もうバカにされるのはこりごりだ』といった様子で鼻をならして、こう言う。
「ふんっ! これを聞いてもお前らはそんな口が叩けるのか――あのバクフーンの情報でも……!!」
『!』
すると、どうだろう。今まで笑っていたリーファイメンバー――特に、ファイアさんが、“バクフーン”という単語に反応した。
「ど、どうして兄さんのことが!!」
「フン、んなもん知るか!! あの野郎が幸せ岬に逃げ込んだって情報が入ったんだよ」
ん……? いま、なんて?
「ちょっと待ってください! ファイアさんのお兄さんって……ウォーターさん以外にもいるんですか!?」
僕のその問いに答えたのはリーフさんだった。
「ファイアにはね……、血のつながったお兄さんがいるの……。でもそいつはジェットと組んでいたお尋ね者。わたしとファイアはあいつに殺されかけたこともあったの……」
「そ、そんな!!」
こっ、殺されかけただって!? 実の兄に……?
「そしてあいつは仲間のジェットさえも裏切った……。だから今わたし達はジェット達と同盟を組んであのバクフーンを追いかけてるのよ」
「……」
そ、そんなことって……。だって、それって僕だったら……。例えばスバルがいきなり僕を裏切るぐらいに衝撃的なことじゃないか……!
「あの時お父さんが言っていたこと……。あれってファイアさんとそのバクフーンのことだったんだ……」
スバルがポロリとそう漏らした。彼女には、何か心当たりがあるらしい。
「兄さんは組んでいたジェットまでも裏切っていったんだ……。どうして……」
「……言うな」
そういうファイアさんの目からは涙が流れていた。そして、同じく裏切られたジェットさんは小さく吐き捨てる。
図らずもこんな形で家族の内面を見てしまった僕とスバルは、一言も発することができない。
「あれだけ優しかった兄さんが……どうし――」
「もう言うんじゃねぇ!」
ビクッ!
いきなりの大声に、ファイアさんはもちろん、僕までも肩を震わせてしまった。ジェットさんは忌々しさからなのか、険しい表情で舌打ちをする。
その様子を見ていたスパークさんは僕とスバルへと視線を向けた。
「お前達がお尋ね者と知ってジェットに協力するのは不本意かもしれない。だが今ファイアが――わたし達の家族が、これだけ苦しんでいるんだ」
そういうスパークさんの表情は真剣そのもので……。
「だから頼む、こいつに協力をしてやってはくれないか?」
こうなったら、お尋ね者であるジェットさんに構えていたスバルも、もちろん僕も、嫌だと言うはずがなかった。いや、言えるはずもない。リーフさんの腕の中で涙を流すファイアさんを見てしまったのだから。
「うん……お父さんにそこまで頼まれたら断れないからね」
僕はスパークさんにそう言った。僕の横にいるスバルも、グッと拳を固めて……。
「実の弟をそんなに痛めつけるなんて! そのバクフーン許せないよ!」
そう協力の意を露にする。
「本当か……」
スパークさんの表情が少し穏やかになった。やはり、お父さんに頼まれたから断れないのもある。しかしそれと同時に、少なくとも僕はこう思った。
やっぱり、ジェットさんは……そんな酷いポケモンには見えないなぁ。
ファイアさんが悲痛に泣いていた時の険しい顔も、リーフさんたちと同盟を結んでいることも、いや、まず、スバルが彼にお尋ね者だと指摘しながら、僕たちにすぐ攻撃を仕掛けないことも。この人は悪い人じゃないかもしれないと思える理由だ。この人は本当にお尋ね者なの……?
「よし! なら決まりだ! お前達! さっさと幸せ岬に案内しろ!」
……前言撤回。この人、態度は不遜だ。
またスバルほっぺからバチバチと電気が鳴らすが……まぁ、攻撃する気はないだろう。
リーフさんたちは、彼らで話し合ってファイアさん、ウォーターさん、ルッグさんをこの場に残していくことになった。しばらく、ファイアさんとリーフさんが会話を続け……。
「もたもたすんな! とっとと行くぞ!」
ジェットさんがみんなに発破をかけた。そして、悠々と歩いていくが……あ!
「ジェットさん!」
僕が叫んで呼び止めようとしたけど、時すでに遅し。ジェットさんは一瞬にして姿を消してしまった。
……ほら、言わんこっちゃない。
「そっち崖なのに……」
数秒後、水しぶきと共にジェットさんの悲鳴が聞こえてきた。
そのせいで、僕らがバクフーンを捕まえに向かうまで大幅なロスタイムがあったことは、また別の話……。