へっぽこポケモン探検記




















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第七章 英雄祭編
第百一話 ファミリー
 ――リーフさんとの熾烈なバトルは、一瞬勝てるかな、と思ったけどやっぱり負けてしまった。バトルが終わり、目が覚めた僕に待っていたのは……。





『……どうし……の場所を……』
『君の……は他人……う……澄んだ翡翠の……』
『わた…の、波……?』
 誰……?
 いったい誰と誰の声だろう……?
 会話は途切れ途切れだけど、この声は、どこかで聞いたことがあるような……。

『言っただろう――“必ず後から君を追う”と……』





「うぅ……」
 外からの光にまぶたを刺激されて、僕はうっすらと目を開ける。
 今のは……何かの夢?
 夢の中で僕は、二つの声が会話をしているのを断片的に聞いた。片方の声は全く知らない声だったけど、もう片方は僕が辛い時いつも助けてくれる声――ルアンの声だ。
 これは彼の記憶だろうか? だけど、どうして彼の記憶なんかが……。彼はもう僕に干渉しないはずなのに。
 いや、記憶と言えば。
 先程決勝戦をしている間にも、技を避けるときに妙な既視感を覚えた。あんなバトルは初めてのはずなのに、体が勝手に動いたあの感覚……。
 あれももしかして彼の記憶? だけどルアンは、僕によほどの危険がない限り干渉をしないはず。だから、彼が僕に手を貸したとは考えにくいんだけど……。
 僕は上半身を起こした。どうやらここはバトル大会のテントの中のようだ。僕以外には誰もいな――。
「――あっ! カイッ!!」
 と、その時。
 尻尾の割れたピカチュウ――スバルが、テントの外から中へ入ってきた。そして……。
「カイ! よかったぁ!!」
「うわぁっ!?」
 す、スバルがいきなり抱きついてきたぁッ!? い、いやちょっと待って!
「カイがバトルで怪我しちゃって心配したんだよ! もうなんともない?」
「う、うん……」
 顔に熱を帯びているのを感じる。は、離してよスバル! 恥ずかしい……!
「ねぇっ!」
 やっとのことで僕から手を離したスバルは、今度は満面の笑みでこちらを見つめてくる。
「な、何……?」
「さっきのカイ……すごくかっこよかったよ! いつの間にそんな強くなってたんだね!!」
「あ、うん……」
 こんなにボロボロになって、しかも負けちゃったっていうのに、それでも君は僕のことを“かっこよかった”って言ってくれるの……?
 僕は心のどこかがほんわかした。それなら、バトル大会に出たのも悪くなかったかも……。
「ね、テントの外に出よっ! 紹介したい人がいっぱいいるの!」
 スバルはそう言って僕の手を引いた。紹介したい人?またスバルはいつの間に知り合いをいっぱい作ったみたいだ。僕は彼女になされるがまま、テントの外へ出た。





「――父さんっ! これは一体どういうことなのさ!」
 テントから出て僕に聞こえた第一声がその声だった。見れば、どうやら僕の前にいる数匹のポケモンのうちのマグマラシ(あ、エキシビジョンマッチに出ていたヒトだ!)が放った言葉らしい。
「僕らに内緒で誰かと結婚してたなんてッ!!」
「そうよスパークさん! あの隠し子は一体誰なの!?」
「か、隠し子ぉ!? そんなのは知らん! どういうことだ!」
「じゃあなんで “お父さん”なんて呼ばせてるのさ!」
「とりあえず二人とも待つんだ……! 話せばわかるッ! なっ?」
 と、マグマラシ――ファイアさんだったかな? ……の隣には先程僕と戦ったメガニウム――リーフさんが、スパークさんと呼ばれたピカチュウに詰め寄っていた。か、隠し子? なんだか修羅場な雰囲気……。
「――まったく、あなたと言うヒトはっ! あれほど留守番と言ったのにどうしてちゃんと留守番しないんですか!!」
「だ、だってやっぱり俺だけっておかしいじゃねぇか! 俺もお祭り参加し――ぐぎゃっ!?」
「黙りなさい、その間抜けな脳天カチ割りますよ」
 こ、こっちはこっちである意味修羅場だった。
 どうやら、留守番をしているはずだったカメールさんが、約束を破ってこちらに来てしまったらしい。同じくエキシビジョンマッチに出ていたズルズキンのルッグさんが、彼の頭に棍棒を叩きつけているところだった。
 辛辣な台詞を吐くルッグさんに波導とは違う黒いオーラを感じる……。
「スバル……紹介したい人たちって……この人たち?」
「う、うん……。そのはず、なんだけど……」
 僕ら二人はしばらくの間、彼らが繰り広げる二つの修羅場をただ傍観し続けるしかなかった。





「――えーっ……と、改めて自己紹介するわね」
 ようやく彼ら同士のいざこざが一応終わったらしい。僕らは屋台の横にある適当な椅子に座って、お互いに自己紹介することになった。
「私はメガニウムのリーフ、探検隊よ。チーム“リーファイ”のリーダーをやってるわ。そして――」
 リーフさんは、彼女の近くに座っているマグマラシさんたちを順に指さす。
「チームのメンバーを紹介するわね。マグマラシのファイア、その横のカメールがウォーター、ズルズキンのルッグさん。そして、ピカチュウのスパークさん」
 あれ? カメールのウォーターさんとは初対面のはずなのに、どこかで見たような気が……。
「あ、あの」
「なんだよ?」
 僕が控えめに話しかけると、ウォーターさんは不機嫌そうに返す。
「ウォーターさんでしたっけ? 以前あなたとはどこかでお会いしませんでしたっけ?」
 僕がそういうと、ウォーターさんはなんだか落ち着かない様子で“会ったことはない”と否定の言葉を口にした。
 じゃぁ、僕の気のせいなのかな。
「……ちなみに、スパークさんはファイアこれのお父さんよ」
「って、おい! 何がこれだ! 名前で呼べ! 名前で!」
「えっ?」
 お父さん?ピカチュウの親からマグマラシやカメールは産まれないんじゃ……。
 僕と一緒で、二人には本当の親がいないのかな……。
「次はこっちだね」
 スバルはそう言って僕に肘うちをして来た。ああ、僕が紹介しろってことね。
「えっと、僕はリオルのカイです。そして、僕の隣にいるのがピカチュウのスバル……探検隊“シャインズ”のやっていて、最近ブロンズに昇格したばかりです」
「えっ! ブロンズなの!?」
 リーフさんが大袈裟なリアクションで叫んだ。ど、どうしたんだろう?
「はぁ、リーフが決勝戦であんなに苦戦するとはねぇ」
「本当に、ブロンズランクなんて信じられませんよ。その実力ならダイヤモンドでも十二分に通用します」
 ファイアさんとルッグさんが唸りながらそう言った。い、いやぁ……それはちょっと買い被りすぎなんじゃ……。
「私も油断してたわ。あんなに良いバトルは滅多にできない。ありがとう、カイ君」
「こ、こちらこそ……」
 対戦相手からお礼をされるというのは初めての体験だった。僕は半ば緊張ぎみに挨拶を返す。
「――で、話を戻すけど。父さん、隠し子ってどういうことか説明してくれる?」
「はっ!? 隠し子ッ!? どういうことだ! 親父に隠し子なんて俺は認めねぇぞ!」
 か、隠し子……。
 息子さん二人の視線がスバルの方に注がれている。え、何? 隠し子ってスバルのことなの? いや、でもスバルは記憶喪失の元ニンゲンだから、お父さんもニンゲンのはずじゃあ……。
「だから、隠し子じゃないと言ってるだろう!?」
 スパークさんはそう言って、彼とスバルが会うことになった経緯を話し始めた。僕とはぐれてしまったあと一文無しになったスバルは、偶然その場にいたスパークさんに屋台の食べ物を奢ってもらったという。そして、一緒に連れを探しているうちに、スバルが親の温もりを知らないことを知ったスパークさんは、自分を“お父さん”と呼ばせるに至ったらしい。
 ど、どんな会話をしていたら『スバルが親の温もりを知らない』という話題になるんだ……。
「……リーフ」
「お前らしいと言っちゃお前らしいが……」
「早とちりもいいところですねぇ」
 ど、どうやら隠し子騒動はリーフさんの早とちりだったようだ。ファイアさん、ウォーターさん、ルッグさんが半目で彼女をにらんでいた。
 と、そんな彼らをよそにスパークさんは拳を強く握って雄弁し始める。
「親がいない苦しさがどんなに辛いかみんなわかるだろう!? だから呼ばせたんだ、文句あるか!?」
「開き直らないでよね」
「うーん、まぁ気持ちはわからなくはないわね……」
 ファイアさんはそっぽを向き、リーフさんは唸った。スバルは何とかこの雰囲気を変えようとしきりに話題を考えているようで、耳がぴくぴく動いている。すると……。
「そう言えば、カイの両親の話は聞いたことがないんだけど……」
「え? 僕の……?」
 スバルがいきなり僕にそう話を振ってきた。
「僕の両親は、産まれたときから、見たことないです」
 僕が曖昧に返事をすると、リーフさんが首を捻る。
「自分の両親が誰か気にならなかったの?」
「親代わりがいましたから。でも……無事かどうかわからなくて」
 僕は、その後の言葉が紡げなくなった。
 リン……リンは今どこで何をしているんだろう? リンは、僕の親のことを知っているの? 今まで一度もその話をしないまま、僕は、“イーブル”に襲われたリンを置いて行っちゃったんだ。そして、今までリンのことはほったらかしにしていた……。
 ――僕は果たして、自分だけこのまま平和な生活をしていても良いんだろうか……? リンは今も、どこかで苦しんでいるかもしれないのに……。
「会いたい……」
 会って話をしたい。
 声を聞きたい。
 僕がいったい何者なのか、どうして親が僕のそばにいないのか、知っていたら教えてほしい。いや、そんなことより……せめて一言でもいい。無事だと僕に教えてほしい。
「やっぱり、親がいないとが……ちょっと寂しいな……」
「カイ……」
 僕の言葉に、スバルやリーファイのメンバーは、複雑な表情をしていた。あ……まずい、場の雰囲気を悪くしちゃったかな……?
「ご、ごめんなさい。僕のせいでみなさん気を悪くしちゃいましたね……」
「――いや!」
「え?」
 ガタッ!
 いきなりスパークさんが僕の言葉に被さるようにそう言って席を立った。
「みんな、私は決めたぞッ!」
 スパークさんは、リーフさん、ファイアさん、ウォーターさん、ルッグさんを見渡して、こう宣言した。

「――私は、この二人の父親になるッ!!」

 え……?
『はぁああああああああああッ!?』





 え、ちょ、ちょっと待って!? スパークさんが……僕らの父親になるだって!?
 みると、スバルも僕と同じように目を丸くして狼狽していた。
「なっ、どういうことだよ親父!?」
「そうだよ! どうしていきなり……!」
「スパークさん、まさかあなた酔っているんですか!? あれほど禁酒と言ったでしょうが!」
 メンバーの中で最初に食って掛かったのは、やはり息子であるウォーターさんとファイアさんだった。その横でルッグさんが、なんだかずれた話題で怒っている。……お母さんみたいだ。
「アホかッ!! 私は酔ってはいないっ! いいか、リーフもルッグも……全員よく聞きなさい!」
 スパークさんは立ったままテーブルに手をつけて全員をぐるりと見回した。
「スバルもカイも、親の温もりに触れることなく育ってきた。そんななか、この英雄祭で私たちと偶然、しかもこの人数のかなでなぜか私たちは出会った。だが、これを偶然で片づけられることか? いや、違う。これは、そう――運命だとは思わないか?」
 今にも立ち上がりそうだったウォーターさんやファイアさん、そして状況をいまいち飲み込めていない僕たちも、スパークさんのその言葉に沈黙して聞き入った。
「私は、この出会いでうっすらと感じたんだ。私“たち”ならカイとスバル、この二人に“親の温もり”を与えられることができる。ファイア、ウォーター。お前たち二人なら“兄弟の温もり”だな。全員が揃えば、“家族の温もり”だ。私たちは出会うべくして出会った。だとしたら、この二人を家族に迎え入れてもいいんじゃないか? ――リーフ、どう思う?」
「えっ? 私?」
 行きなり水を向けられたリーフさんは、一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに真剣な顔つきになって言葉を紡ぐ。
「私は……とてもいい考えだと思うわ。それに、“仲間”としても悪くないし。家族が増えるのは嬉しいしね! ファイア、ウォーター……どう?」
 二人はあまり明るい表情をしていなかったが、そっぽを向いていたウォーターさんが、ちょっとこちらに視線を向けてぼそりと言う。
「俺は……親父がそう言うんなら構わねぇよ。どうせ親父が決めたらテコでも動かねぇんだからな」
「ファイアは?」
 スパークさんが先を促す。
「僕は……最初は嫌だと思ったよ。だって、父さんは僕たちの父さんだから。でも、二人が家族になったら、僕に弟と妹ができるってことだよね。なら……いいかな……」
「!」
 その瞬間、スバルの表情がパッと明るくなった。あぁ、やっぱりスバルはスパークさんをお父さんと呼びたいんだなぁ、と僕は思った。
「よーし! なら決まりだな!」
 スパークさんは満面の笑みを浮かべてみんなに言った。
「今日からスバルとカイは私たちの家族だ。みんな、仲良くしろよ!」
 こうして、僕たちはスパークさんのお陰でリーファイメンバーの家族の一員になった。
 スバルはしきりに喜んで、「よろしくお願いします!」と頭を下げた。
「これからよろしくね!」
 リーフさんが僕たちと握手をする。さっきまで険しい表情だったウォーターさんおファイアさんだったけど、ちょっと表情を崩してよろしくと言ってくれた。
「よーし、そうと決まったらこうしちゃいられないわね!家族みんなで屋台の食べ物を食べにいくわよー!」
「まだ食うのかよ!」
 リーフさんの掛け声に、ウォーターさんが突っ込んだ。
 すると彼女は「もちろん!とーぜんお父さんのおごりよね!」といってスパークさんを困らせていた。
「それじゃ、行きましょ!」
 ルッグさんのその声をきっかけに、僕たちはぞろぞろと席を立った。
 なんだろう。
 僕は今、胸の中がちょっとほんわかしている。さっきまでの不安も、ちょっと解消されたような気がした。リンはどこにいるかわからないけど……見つけるまでの間は、この家族がいてくれるんだ。
 その安心感が、僕の心をこんなにほんわかさせている。
「カイくーん!? 置いていっちゃうよ!」
「あ、はい! 今いきます!」
 リーフさんの掛け声で、僕はみんながいる場所へ走っていった。
 こうして、僕らはしばらくの間、お祭りのイベントや屋台の食べ物を堪能していた。

 ひそかに忍び寄る影にも気づかず――。

ものかき ( 2014/05/28(水) 23:04 )