第八十三話 “ソオン”
――ローゼさんにただ一つ、質問する権利を得た僕。だが、聞くことはすでに僕の中で決まっている。それは……。
★
「さて、カイ君。あなたの聞きたいことはなんですか?」
ローゼさんは僕に向かってそう聞く。まるで挑戦状を叩きつけられたみたいだ。こっちが質問できるのは、一回のみ。
僕が聞きたいことは、そう……。
『やはりあれは でしたか……!』
“眠りの山郷”で、スバルがなぜかトニア君の傷を代わりに受けていた、あの不思議な力。あれを、ローゼさんは知っているのだ。
「……ローゼさんは、スバルの能力について知っているんですよね」
「……」
「……」
「……五点」
「……は?」
暫くの沈黙のあと、ローゼさんは興醒めした口調でボソリといったので、もちろん僕は意味が分からなくて、柄にもない声をあげてしまった。
「ですから、あなたのその質問は五点、と言ったのです。ちなみに百点満点中で」
「え……なんで?」
思わず敬語も忘れて叫んでしまった。するとローゼさんはため息をつく。
「あなたのその質問では、わたくしは『はい』か『いいえ』で回答を終わらせてしまいますよ。スバルさんの能力を知っているか、否か……ただそれだけに答えればいいのですから」
「あ……」
そ、そんなの屁理屈じゃないか! じゃあどんな質問をすればいいって言うんだ!!
「いいですか、『よく考えてください』と言ったはずです。もう一度だけチャンスをあげます……これが最後ですよ」
「……」
僕はスバルのことも、ついでにローゼさんのことも知りたい。どうやったら、一度の質問ですべてを聞き出せる?
いや、待てよ。ローゼさんがスバルの能力について知ってるということは、彼は記憶を失う前のスバルに一度でも接触したことがあるということ――?
「ローゼさん」
「なんでしょう」
「『あなたは、今までスバルとの間にどんな接点があったんですか?』……これが僕の質問です」
「……ほう!」
さきほどの反応とはうって変わって、今度の彼は出来の悪い生徒がミラクルを起こして喜んでいる教師のような表情になった。
「なるほど、『今まで』とは……そう来ましたか」
「……やっぱり、あなたは知っているんですね。――スバルが“ニンゲン”だったということを」
「……」
彼は微笑しながら目を伏せる。僕は彼のその動作を肯定と受け取った。
「いつ、わかったんですか」
「……早くから予感はありましたがね。決定的に気づいたのは、彼女がわたくしの知る“スバルさん”と同一人物だと気づいたときから。つまり“眠りの山郷”ですね」
「やっぱりあなたは、ニンゲンだったころのスバルを知っている……!」
それでこそ、僕の質問が意味をなすんだ。過去のローゼさんとスバルの間ににどんな接点があったかは、二人のことを説明しなくてはいけなくなる。それはすなわち、スバルの能力について説明した上にローゼさんの身の上も説明しなくては、僕の質問に答えられないのだ。
「百点満点です、エクセレント!」
彼は小さく叫びながら手を叩いた。
「じゃあ、話してくれるんですね」
「ええ。全てお話ししましょう。わたくしの知っていることの全てを、ね」
★
「やはりまずは、スバルさんの能力について話しておくべきですね。ですがその前に、スバルさんの能力について、あなたが体験したことを話していただけますか?」
僕はゆっくりと頷き、いままでの話――サスケさんの心を読んだあの時と、トニア君の傷を自らに移動させた時の話をできるだけ細やかに話した。
「……なるほど」
話を聞き終えたローゼさんは大きく息を吐いた。どこから話せばいいのか整理しているかもしれない。が、僕にはまるで彼が心を落ち着かせているように見えてならなかった。
「ローゼさん、スバルの能力(ちから)って、いったい……」
「……彼女の能力をすっぱり一言で言うと……“願いを叶える能力”です」
「願いを……叶える……?」
予想はしていた。だけどやっぱり、どこか現実味のない話だ。
「ただ、叶える願いは彼女自身が願ったことに限定されますがね。しかし勘違いしないでいただきたいのは、その能力が彼女自身に“備わっている”ものではなく“与えられた”ということです」
「“与えられた”って、どういうことですか?」
「スバルさんのような能力を持った人間――今はポケモンですが――は、なにも彼女が初めてではないんです」
「え?」
スバルが初めてじゃない? ますますわからないよ。
「大昔の伝記、おとぎ話とかでは“願い人”という名前で彼女と同じ能力を持った者が出てきます。つまりスバルさんは――」
ローゼさんが眼光を強める。
「――“能力”に選ばれた“器”なんですよ」
「器?」
ふと“眠りの山郷”で見た透明な宝玉が、僕の脳裏に浮かんだ。するとローゼさんは、僕の心を見透かしたのかクスリと苦笑する。
「“眠りの山郷”にあった器とは全くの無関係ですよ。わたくしが言った“器”は“宿主”という意味です。願いを叶える“能力”が、遥か昔から宿主を選び、取り付き、宿主の願いを叶える」
「まるで、能力が生きているような言い方ですね」
「あながちその表現は間違っていませんよ。わたくしはあの能力をひとつの生命体と考えていますから」
「生命体」
僕は彼の言葉を反芻する。僕らポケモンと同じように、生きている生命体……。
「あの能力には名前があります。その名を――“ソオン”。異国の言葉の“願い”と言う意味から来たそうです」
「ソオン……?」
「ソオンは、文明もまだない大昔からポケモンや人間を器とし、宿ってきました。そしてその器の人格を借り、“裏の人格”を形成し、器が強い感情に揺さぶられたとき……囁きかけるんです。――“願って”、と」
「……」
じゃあスバルはあの時、トニア君を救いたいと言う強い想いから、その能力を使ってしまったのかな……。
「……ローゼさん、あなたはそんなことまで知ってるんですか?」
「ええ、まぁ。一時期わたくしはソオンについてばかり調べていましたから」
「はぁ」
「しかし。無から有が生まれないように、ソオンは願いをただで叶えるわけではありません。ソオンが宿主の願いを叶えるためには、宿主が、その対価を支払わなくてはなりません」
「対価って……」
もしかして、スバルがトニア君の傷を受けてしまった理由って……!
「スバルさんがあの時願ったことは、恐らく“トニア君を救いたい”というものだったのでしょう。トニア君を助けるためには、その傷を癒す必要があった。そのためにソオンが取った判断が――」
「――スバルにトニア君の傷を肩代わりさせる、ですね」
「ええ。あくまでソオンの存在意義は宿主の願いを叶えることにあります。彼女(ソオン)は、スバルさんの安全より、スバルさんの願いを優先させたのでしょう」
「でも、サスケさんの時は、スバルはなんともなかったですよ?」
いきなり心を読んでしまって、取り乱してはいたけど。
「サスケさんの場合の彼女の願いは、“彼の心理を知りたい”というものだったのでしょうね。カイ君の話を聞く限り、ソオンはしっかりスバルさんの願いを叶えたようです。対価は……」
そこまで言って、ローゼさんは唸った。そして、すぐに顔をあげて見通しメガネを押し上げる。
「カイ君、あなたもサスケさんの心理をスバルさんを通して知ることができたんですよね?」
「はい。スバルに触れたら……」
「それです、それが対価です」
ローゼさんは声を張った。僕は彼の反応にちょっと驚く。
「スバルさんはソオンのお陰でサスケさんの心理を知ることができた。ですがその代わり、知り得たサスケさんの心理を誰かに伝えることがあの時の願いの対価だったのでしょう」
「……」
願いを叶えるためには、対価が必要……サスケさんの時はなんともなかったけど、トニア君の時は、死ぬかもしれないほどの大怪我を負った……。
「以上が、スバルさんの能力に関してですが……なにか文句は?」
「……ありません、今のところ」
「そうですか、それは結構です」
ローゼさんは、満足げにカップを持ち上げ、そう言った。
★
リオナはギルド内を駆け回っていた。
もしかしたら、というのもある。部屋を飛び出したスバルがまだギルド内にいるかもしれない。だが、彼女の期待も虚しく、スバルの姿は一向に見つからなかった。やはり、ギルドから外に出てしまったのだろうかという考えが頭をよぎる。
「もう……! どうしてこんなときに誰もいないのよ……!」
スバルが外へ出てしまったのなら、一人で彼女を探すのは困難だ。一緒に探してくれる人がいなければ。そう思い、リオナはだれかに声をかけたかったが、どういうわけかギルドの弟子たちはほとんど出払っているようだった。
しかし、そんな彼女を運は見捨てなかった。ギルドの曲がり角を曲がった瞬間……。
後ろ姿を、見つけた。
「……! シャナ!」
リオナはその後ろ姿に声を張り上げた。そう、幸か不幸か、その後ろ姿はバシャーモのシャナだったのだ。
「……え?」
名を呼ばれたシャナは、驚愕に目を見開きながら振り返った。リオナに呼ばれたということ、そして彼女が慌てているという二重の驚きだ。
「どうした、いきなり……?」
だが、リオナにとってはそんな反応をしたシャナを殴りたくなったとか、過去の後ろめたさに声をかけずらいとか、そんな私情を挟む暇は存在しなかった。
「シャナ! お願い、手を貸して! スバルちゃんが外に出ちゃったのよ!」
「は!? またか!?」
シャナはリオナの言葉を聞いた瞬間、そう叫んで頭を抱えた。また彼をネガティブにさせる材料が増えたようである。
「スバルちゃん、なんだか様子が変だったわ。早く探してあげないと、彼女……」
「……わかった。俺たちでトレジャータウン内を探そう」
シャナは、スバル絡みのこととなると途端に即決型になる。リオナは今の彼を見てそう感じた。
――まぁ、シャナはスバルちゃんの保護者みたいなものだし……。
リオナは内心で複雑な心境になりながら、シャナと共にトレジャータウンへ向かうのだった。