へっぽこポケモン探検記




















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第六章 探究と追究編
第八十二話 引っ越しと“報酬”
 ――ローゼさんの引っ越しを手伝うことになった僕。だが、彼がその裏で何を考えているのか、僕にはわからなかった。





 小屋の中に入ると、まず埃が鼻についてむせそうになる。どうやらローゼさんが言った通りしばらく使われていなかったせいだ。
 部屋の間取りは、まず中央にある暖炉が目立つダイニング、そして奥の扉を潜ると書斎があり、寝室にはベッドが三つ。……三つ?
「さて、ではカイ君」
 彼は部屋の窓を開け放ち、新鮮な空気と太陽の日差しを小屋に取り込んだ。
「まずは書斎から始めましょうか」


 書斎に入ってまず驚くのはその膨大な資料の量だろう。山のように堆く積まれた紙、紙、紙。しかも驚くことに、その紙はすべてが手書きであった。
「これ……ローゼさんが書いたんですか……?」
「ええ、まぁ。研究資料だったり、今まで解いてきた事件のファイルであったり、はたまた趣味で書いたものであったり……」
 ローゼさんはそう言いながら、資料を手に取り中身を見つめる。
「カイ君、わたくしは資料の選別にかかりますが、必要と判断された資料はトレジャーバッグに入れてくれませんか?」
「はぁ」
 なんとなく、なぜ彼が引っ越しの手伝いを探検隊に依頼したのかわかった気がした。トレジャーバッグは大きさにそぐわず大量の道具を入れることができる特別製だ。(しかも重さが変わらないスグレモノ。)ローゼさんはトレジャータウンに持っていくものをすべて、トレジャーバッグに詰め込んでしまおうという魂胆なのだ。試しに僕も冊子のようにまとめられた資料を手にとってパラパラとめくってみる。
 ……よ、読めない……!
 これ、足形文字じゃないや。なんだかアンノーンみたいな文字の羅列が横に流れていっている。時に難解な図形がその文字たちの内容を手助けしてくれているけど、僕にはさっぱりわからない。
 他の資料の中には、足形文字でかかれているものも一応いくつかあった。例えば、『解決済み事件ファイル集』、『“英雄伝説”に関する一考察』、『分裂論』(ってなんだ?)、『美味しいポフィンの作り方』etc……。
 だが、やはり資料を書くのに使われた文字の大体があの謎の文字だ。ローゼさんは……いったい何者なんだ?こんな暗号みたいな文字を使うなんて。僕がそのことを本人に思い切って尋ねてみようとすると……。どうだろう、彼は真剣な表情になりながら資料を選別していたので、声をかけるのはどうも憚られた。





 次は寝室の整理だった。
 布団のかけられていない剥き出しのベッド、それがなぜか三つある。ローゼさんはベッドの横にあった引き出しからシーツとか枕とかの必要な物だけを僕に渡していく(かなり埃っぽかった)。そして次に、その引き出しの上に置かれたものに視線を移した彼は……。
 ――動きを、止めた。
 彼は目を見開いて引き出しの上にある物を凝視し、そしてゆっくりと、それを左手に取った。
「……懐かしい、まだ置いてあったのですね」
 そう呟きながら。
 そのある物とは、いわゆる絵を立てる小さい額縁のようなものだった。手のひらぐらいの正方形で、もちろん額縁というからには何かの絵が入っていた。
 懐かしい、とローゼさんが言うぐらいの物だから当然どんな絵なのか僕にも気になる。僕は後ろからその絵を覗いてみた。
 額縁の中には、二匹のフローゼルと、真ん中にブイゼルが描かれていた。どう見たって家族を描いたものだ。たぶん、絵がうまいドーブルという種族に描いてもらったに違いない。微かに笑みを湛えた三匹のポケモン。だが、描かれている二匹のフローゼルは、どちらともローゼさんじゃなかった。
「これ……ローゼさんの両親ですか?」
 僕はローゼさんに尋ねる。しかし彼の返答は予想外なものだった。
「……両親に、見えますか?」
「はい?」
 ローゼさんはそれ以上なんにも言わずに、額縁を僕に手渡してきた。その動作が、『この絵をトレジャーバッグに入れてください』という意味なのか、『この絵をもっとよく見てください』という意味なのか、僕にはわからなかった。
 しばらく僕はそれを手にとって突っ立っていた。ローゼさんのほうははさっさと次の作業に入ってしまう。そして、突然。
「……似ていないでしょう?」
「え?」
 ローゼさんがいきなりそう言って来た。
「恐らく……いえ、確実に。わたくしはその中の誰とも似ていないはずですよ」
「……」
 僕はまじまじと絵を見つめた。確かに、さっきも言ったがどちらのフローゼルもローゼさんじゃない。残るはブイゼルだが、言われてみればローゼさんの顔の面影が無いような……。
「じゃあこの絵……いったい誰なんですか?」
「さて……。誰でしょうねぇ」
 答えをはぐらかすローゼさん。彼は箒を持ちせっせと部屋を掃除を始めてしまった。
「これ、持っていくんですか?」
「任せますよ」
「え?」
「あなたの判断に任せます」
「……」
 振り向きもせずにローゼさんは即答した。そう言われても、どうすればいい? 困るんだけど……。仕方がないので、僕は額縁をトレジャーバッグに入れた。





 荷物をトレジャーバッグに詰め込んだら、後の作業は簡単だった。トレジャータウンに戻った僕らは、ローゼさんの新しい家――下宿みたいに何人かが一緒に暮らしている家の一室――に荷物を移し、ローゼさんが配置を決め、置く(あの大量な資料もしっかり棚に収まった)。簡単な作業だったから二時間ほどで終わってしまった。
「ふぅ……。一通り終わったようですね」
 ローゼさんは額を手でぬぐいながらスッキリとした口調で言った。そして僕に向き直り、丁寧にお辞儀をする。
「ありがとうございます、カイ君。お陰でスムーズに引っ越しができました」
「いえ。依頼ですし……」
 僕が控えめに返すと、彼はフム、と納得したように頷いて「では、これにて依頼完了ですね」と、僕に仕事の終了を言い渡した。
「ところでカイ君」
 ……と、いきなりローゼさんは僕の名を呼んだ。
「はい?」
「……お腹空きませんか?」
「……はい?」





 お腹が空いてしまったローゼさんはもうどうにも止まらないらしい。いきなり僕を引きずって、彼は駆け込むようにカフェへ直行した。そして、ウェイター(ウェイトレス?)のベイリーフが来た瞬間、大量の料理を注文し始めた。
「えーっと、やはりここは仕事の後ですしモモンジュースに、チーゴの実のホットケーキなんかもいいですね。五人前ぐらいお願いします。あと、ブリーの実で作ったワッフル、カイスの実はそのままで食べたいですねぇ。あ、カイ君はどうします?今日はわたくしのおごりです」
「……か、カゴ茶で……」
 その後ローゼさんは運ばれてきた料理を休む暇もなくパクパクと口に運ぶ、運ぶ……。
「あのー……ローゼさん?」
「ふぁい?」
「……い、いえ、いいです……」
「ふぉうふぇふふぁ(そうですか)」
 ……僕らのテーブルに、彼の平らげたスウィーツの皿が積まれていき、その高さは彼の家にあった資料の山といい勝負だ。
 いや、冗談抜きで彼と初めて会ったときも思ったけど……。
 ――彼の胃袋は、時空ホールだ。





「ふぅ……いやはや、満腹です、はい。ごちそうさまでした」
 料理に手をつけ始めて、ものの一時間でテーブルを皿で覆いつくし、やっとローゼさんの暴走が終了した。彼はふくれたお腹をさすりながら、満足そうにそう言った。この場合、僕はなんと答えればいい?
「……よ、よかったですね……」
 結局、僕は顔をひきつらせながらそう言うしかなかった。
「さて、お腹もふくれましたし、早速本題の方に入りましょうかね」
「『本題』?」
「……“わたくしに一つだけ質問できる権利”ですよ、カイ君」
「……」
 ローゼさんの“真剣スイッチ”が入った。身を乗り出しながらそういう彼に、僕の方も他の考えを捨てることにする。同じように真剣な顔で僕も身を乗り出した。
「お、食いついてきましたねぇ、カイ君。えぇ、あなたには、他のどんな報酬よりもこの“権利”が最も価値のあるものだということを、よくわかっているでしょうね」
「……質問できるのは、一つだけですか?」
「ええ。よく、考えてくださいね」
 彼はそう言いながら手元のモモンジュースを一口飲んだ。そして、胡散臭く微笑する。
「さて、カイ君。あなたの聞きたいことはなんですか?」





「……うっ……」
 ――頭が、痛い。
 スバルは、どうやらどうやら自分が地面に倒れていることに気が付いた。重い頭をなんとか持ち上げ、周りを見回してみる。
 ――ここはいったいどこだろう……? 私はいったい、何をしていたの……?
 周りを見回しても、広がるのはひたすら暗闇だけだった。彼女は妙に不安になって、誰かいないか探すために歩き出す。
 独りぼっち、だ。
 どんなに歩いて行っても、知り合いはおろかポケモンも、人間もいない。
 誰も、いない。
「いやっ……! 誰か、誰かいないの……!?」
 不安に押し潰されそうになって、自然とそう口に出した、その時。
 コツン。
 足元に、何かが当たった。スバルは恐る恐る、下を向いて足元を見てみる。
 ……何かが、倒れていた。それは、一度も見たことがないモノだった。だが、なぜかこれを自分はよく知っていた。
 ……人だ。だが、その人物は、自分が普段見知っているそれとあまりにもかけ離れている。すでにその身体は冷たい。目視できる状態ではなかったのだ。
 ――これ、なに? からだ……? ひ、と……? でも、かおが……ち、が……?
「ぁ……!」
 彼女は全速力で走った。
 少しでもこの場から離れたかった。頭が混乱して、叫びだしたいのを抑えるので必死になっていた。
 あれは、なんだったのか? 死んでいたのか? あれは、誰がやったのか……?
 あふれる疑問、だがそれに答える者がここにはいない。

『あなたじゃないの?』

 ふと、頭に声が響いた。すぐ近くで囁いているように、遠くから叫ばれているように。
「誰……? いったい誰なの……?」
『あなたが“願った”んじゃないの?』
「……ねがっ、た……?」
 ――なにを……? 私が、あの人に、なにを願うって言うの……?
『痛いんでしょ? 苦しいんでしょ? あなたを縛って痛めつける誰かが、憎いんじゃないの?』
 確かに、彼女はここ最近毎日夢を見る。どこかに縛られて、痛みだけを感じる悪夢を。だが……けっして自分の記憶には人を殺めた経験などない。
「ちがう……ちがうっ……! 私じゃない……!」
 必死に走って声を振り払おうとした。しかし、頭の中の声は、スバルににまとわりついてくる。
『あなたが“願った”の。【殺したい】って』
「違うッ……違うッ! 私じゃないッ!!」
『どうして? 記憶がないのに、どうして違うと言い切れるの?』
「信じてッ……! 私じゃないッ……!」
 走っては声を振り払えなかった。スバルはその場にしゃがんで耳を塞ぎ、目を固く閉じる。
「来ないでッ! 私に構わないでよぉッ!!」

「――スバル」

「!」
 今度はしゃがんでいたスバルの少し前の方から声が聞こえた。この声は、スバルの知っている声である。彼女は起き上がって必死に周りを探る。彼の姿を探しに。
「カイぃッ! どこッ!? どこにいるのッ!?」
「スバル……!」
 いた。
 目の前に、彼がいた。こちらに向かって、歩いてくる。だが。
 どこかおかしい。
「カイ!」
 スバルは彼に走った。もう少し。あと数センチ。あともう少しで彼に触れられる。
 その時。
 ドサッ。
 カイが、倒れた。目を見開いたまま、壊れたマリオネットのように。
「きゃッ……!」
 すでに、事切れている。
『ほらやっぱり。あなたね』
「ぇ、カイッ、ちがッ……! わたし……わた、しッ……!」
 スバルは顔を覆う。崩れ落ちて、喘ぐ彼女に、声が言ったことは……。

『――これはあなたが“願った”ことよ』





「いやぁあぁああああッ!!」
「! スバルちゃん!?」
 ガバッ、といきなり飛び起きて叫びだしたスバルに、そばで作業をしていたリオナは驚きで飛び上がった。彼女はすぐにスバルの方へ駆け寄る。
「どうしたの!? 大丈夫!?」
「いやぁッ!! 私じゃない……ッ! 違うッ、違うのッ!!」
 スバルが手で覆った目元から涙が溢れ出る。
「落ち着いてスバルちゃん! 夢よ、あなたが見たのは悪い夢……!」
「あぁああ……!」
 スバルは暫く荒い呼吸を続けて、そして突然ヨロヨロと立ち上がって部屋から出ようとした。
「待って! スバルちゃん! ダメよ!」
 リオナはスバルの腕をつかんだ。まだ完治していないその体で外に出たら倒れてしまうと思ったからだ。だが……。
「【離して】ッ!!」
「!」
 パッ。
 意識していないのにリオナの手の力が抜けた。そこからスバルの手が滑り抜ける。そして彼女はそのまま走り出してしまった。
「スバルちゃん……!」
 リオナは慌ててその後を追うのだった――。

ものかき ( 2014/05/03(土) 14:19 )