へっぽこポケモン探検記




















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第六章 探究と追究編
第八十一話 流浪探偵の依頼
 ――私はいつから、こんなに独りがこんなに怖くなったんだろう……。カイ……今あなたはどこにいるの……?





 ――痛い……!

 今日もまた、手足はどこかに縛られて動かない。猿轡を噛まされて喋ることもできず、目隠しをされて視界は漆黒の闇に包まれていた。
 つい先程全身に痛みが襲い、飛んでしまった意識が戻ってきたところだった。
 肺が痛い。息をすることさえままならない。でも。息を止めることはできない。そんなこと、できない……!
『っ……! んッ……!』
 猿轡の間から必死に酸素を取り込む。全身が痛い。でも気にならない。私は負けるわけにはいかない……生きなければならないのだから!
『……今日でもう五日目だぞ。まだ終わらないのか、そろそろ体力が限界に近いぞ』
『意外にガードが固い。さすがは器といったところか、精神力は常人以上だ』
『だが、もう瀕死に近い状態だ。くれぐれも殺すなと言われているのを忘れたわけではあるまい?』
『あともう少しだ。これが成功すれば、我々の計画が――』
 キィィイン!
 強い耳鳴りが襲ってきた。一気に周りの音が遠ざかる。目が回る。『助けて』と声を上げたい。でも助けを期待してはいけない。私は独りだから。そして、屈してはいけない。私が負けたら……。

 ――そして、また激痛が私を襲う。

 いったいなぜ。
 私は動けないのか。
 私の身に激痛が襲うのか。
 私が戦っているのか。
 私は負けてはいけないのか。
 いったいなぜ。
 今となっては。

 過去の自分すらもわからない――。





 朝が来た。
 スバルはいつものように朝日にまぶたを刺激されて目を覚ました。傷がまだ痛むが、動けるぐらいに回復はしている。彼女がゆっくりと目を開けると……。
 そこに、いなくなったはずの彼の姿があった。
「……カイ?」
「……うん」
 彼――カイは、いなくなったときと同じようにスバルの手を握ってそばに座っていた。
「カイ!」
 スバルは怪我も忘れて思わず起き上がり、カイを強く抱き締めた。だが、抱き着いたときの感覚が以前と少し違うような気がした。少し見ない間にちょっと体が大きくのだろうか。
「心配したよ! どこいってたの、カイ……!」
「ごめんスバル。ちょっとね……」
「カイのバカ! なんにも言わずにッ……! 私、寂しかったよ……!」
 しばらくの間スバルになされるがままになっていたカイは、何かに気づいて顔を離し、まっすぐにスバルに視線を合わせた。その顔はすごく真剣な顔つきだった。その顔は彼女を少なからず不安にさせた。
「どうしたの……?」
「スバル……。また怖い夢を見たの?」
「えっ……どうして……?」
 自分が夢を見たことを、カイがどうして知ってるのか。不思議になって彼女は少し怖くなった。なので、彼にそう聞き返してみるとカイはスバルの頬にそっと手を触れた。すると、彼のその手に水滴がついている。
 スバルは呆然とした。そして、自分でも頬に手を触れる。もう少し乾いているが、そこには確かに涙が伝った跡があった……。
「自分で気づかなかった?」
「……」
 ――どうしてだろう?
 今の今まで自分が泣いていることに気づかなかった。夢でうなされていたのだろうか? あるいは、自分で感情の制御ができていないのか……。
 怖かった。自分なのに、涙の理由が全く分からない。
「カイ、私……」
 スバルはどうにか言葉を紡ごうとする。こういう場合はどうすればいいのかわからない。言い訳をすればいいのか、それとも、『心配しないで』と心にもないことを言えばいいのだろうか? しかし、ずっと黙ったままはよくないと思ってカイの顔を見る。
 と、ここに来て初めて彼の右頬が大きく腫れていることに気づいた。
「カイ、どうしたのその顔……!」
「え? ああ、これ」
 カイは腫れてしまった右頬をさする。どうやら口も切ってしまったようでしゃべる度に少し顔をしかめていた。
「ちょっとトラブルがあってね。心配しないで、そんなに痛くないから」
 カイは苦笑いをしながらそういった。嘘をつくのが下手だ、とスバルは思った。
 本当はすごく痛いのに、なんでなんでそう言ってくれないんだろう?理由もしゃべらないでお茶を濁してしまうカイに、彼女はもどかしさを覚えた。
「お取り込み中に悪いんだけど」
 スバルがそれを追求しようとしたその時、部屋の外から声が響いた。この声は……リオナだ。
「なんですか?」
 カイは特別驚くこともなく自然に声を上げた。すると、リオナは部屋の中に入ってくる。
「カイ君、ローゼさんがあなたを呼んでたわよ。なんだか重要な話があるんですって」
「ローゼさんが?」
 スバルはあの人の名前が出た瞬間、何か嫌な気持ちになる。なぜだかわからないが、彼女はとことんあの人を嫌いになってしまったみたいだ。カイから、ローゼはスバルの命の恩人と言っても過言ではないと聞いてはいるのだが。
「と、言うことで。今からスバルちゃんは私が見るから、カイ君はローゼさんに会ってきてね」
「え? リオナさんがスバルを見るんですか?」
 カイは不思議そうに尋ねた。確かに、一日中誰かがスバルの面倒を見るのはおかしい。今まではそうではなかったので、そのことを変と感じるのは仕方がない。すると、リオナは苦笑いをしてこの状況の理由を話した。
「シャナがね、スバルちゃんが脱走しないように監視を立てちゃったのよ。ギルドメンバー交代制で」
「だ、脱走……?」
「あー! 別になんでもないから! カイ、早く行ってきて!」
「え、あ、うん」
 スバルはカイの背中を押して半ば強制的にカイを部屋から追い出した。気まずい。非常に恥ずかしくてこれ以上カイに追求されるのが嫌だった。すると、ズキッ、とカイを追いだすときに力を入れすぎて、傷が痛んだ。
「スバルちゃん、大丈夫?」
「は、はい……」
 ――カイを探しにいくために勝手に外に出てしまったのがバレて監視されることになっただなんて……。言えるわけじゃない!





 ローゼさんが僕を呼んでるってどういうことだろう? でも、丁度いいや。僕も彼に聞きたいことがいっぱいあるからね。
 彼はギルドの入り口付近の壁にもたれ掛かって待っていた。僕が来たのを確認すると、彼は壁から背中を離し僕の方に近づいてくる。
「お帰りなさいカイ君。聞けば修行にいっていたそうじゃありませんか。……おや、その頬はどうしたのです?」
 目敏いローゼさんは、やはり僕の腫れた右頬を見てそう尋ねてきた。
「推理してみてくださいよ」
 僕は正直答えるのが面倒になってしまって、軽い気持ちで彼にそう言った。すると彼は「ふむ」と唸って顎に手を当てる。そして一言。
「ルテアさんに鉄拳制裁でも食らったんですか?」
 ……彼の推理がいきなり僕の図星ど真ん中にクリーンヒットした。
「……何でわかったんですか」
「いやぁ、わたくしこれでも探偵なので。おおかた、あなたがなんにも言わずにギルドを飛び出してスバルさんを心配させた、とかなんとかの動機で“アイアンテール”を食らったのでしょう。台詞は恐らく『テメェよくもスバルに心配かけやがったな歯ぁ食いしばりやがれ!』」
「や、やめてくださいそれ以上はいいですッ!!」
 “アイアンテール”を受けて意識が飛ぶ前のルテアさんの顔が脳裏にちらついて、僕は思わずよろけそうになった。
「そ、それで、いったい僕に何の用ですか?」
「あぁ、そうでしたね」
 本題を忘れていたみたいだ、この人は。
「カイ君、わたくしの依頼を受ける気はありませんか?」
「え……?」
 依頼……? ローゼさんが、この僕に……?
 なんで?
「依頼内容は一日わたくしを手伝うこと。難易度はそんなに高くはありません、しかし報酬は弾みます」
「いや、あの……どうして僕なんですか?」
 淀みなく、それはもう立て板に水を流すかのように喋るローゼさんに、僕はなんとか言葉を食い込ませる。すると彼は胡散臭かった笑みから少し真剣な顔つきになる。
「……まぁ、あなたが一番信用できるから、ですかね」
「し、“信用”……?」
 意味がわからない。ローゼさんは僕以外に信用できるポケモンがいないってこと?
「とにかく、やるかやらないかですよ。どうしますか?」
「……い、いや別にやりますけど……」
 気になる。
 ローゼさんはいったい何がしたいんだろう? 僕に依頼をして、いったいその裏では何を企んでるの?
「あ、そうそう。ちなみに報酬ですが……」
 ローゼさんはここぞとばかりに胡散臭くニヤリと笑い僕を見下ろす。
「“わたくしに一つだけ質問する権利”……なんてどうです?」
「……やります」
 その言葉を聞いた瞬間、僕の心は決まった。





 僕がギルドから外へ出てトレジャータウンの入り口にあるアーチにたどり着いたときには、ローゼさんはすでにそこで待機をしていた。彼は僕の姿を確認すると、まるで千秋(せんしゅう)待ち続けた待ち人を見つけたかのような表情でにこやかに笑った。
「お、来ましたね。では行きましょうか」
 そんな彼の声は遠足前の子供みたいで僕はクスリと笑ってしまう。ローゼさんって意外に子供っぽい。
 彼は入り口のアーチを潜り抜け、森が生い茂る方向へとスタスタ歩いていく。
「あの、今からどこへ向かうんですか?」
「ああ、そういえば言っていませんでしたね……わたくしの家ですよ」
「……え?」
 家?
 僕は彼の口からそんな単語が出るとは思わなくて、思わず呆けた声をあげる。
「わたくしに家があることがそんなに不思議ですか?」
「ごめんなさい、そんなつもりは……」
 僕は素直に謝った。確かに、野生的なポケモンじゃああるまいし家がないのはおかしいかもしれない。
「あっはっは、いえいえ、良いんですよ。この森の中にね……ポツリと建ってるのですよ、わたくしが住んでいた家がね」
「『住んでいた』?」
「ええ……」
 ローゼさんは急に遠い目になる。まるで、心だけどこか遠いところに行ってしまったみたいに。
「流浪探偵として旅に出て以来、もうあの家はほぼ使っていません。それでね、“イーブル”壊滅に協力するためにトレジャータウンに長期滞在しようと思ったのですが、この際ですからあそこに腰を据えようかと思いまして」
 つまり、移り住むということか。
「ってことは、僕はいまからローゼさんの引っ越しを手伝うんですか?」
「ええ。なんだかすいませんね」
「いえ、それはいいんですけど……」
 移り住むだけでローゼさんはどうしてそんなに憂いすら含んだ複雑な表情をするんだろう? ただ元の家が名残惜しいだけで、あんな表情になるだろうか?





「見えてきましたよ、あれです」
 途中道に迷うというトラブルも無く、しばらく森の中を歩いていた。すると、いきなりぽっかりとした空間に出る。どうやら茂みが人為的に刈られたらしい。そして、そこのど真ん中に茶色い木製の家が建っていた。ログハウスとでも言えばいいのか。意外に小さくて可愛らしく、家というより小屋と言う方がふさわしい。
「ここも久しぶりですね」
「この小屋がそうなんですか?」
「ええ。……入りましょうか」



ものかき ( 2014/05/01(木) 21:32 )