第八十話 突然の訪問者
――化石盗賊団を名乗る九匹を鎮圧するのには、ものの三分もかからなかった。正直僕がそのなかの一匹を倒したなんてまだ信じられない……。
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「おらぁ! とっとと動きやがれそこ! テメェらが壊したんだ、しっかりやりやがれ!!」
化石盗賊団鎮圧からしばらくたった後、バトルフィールドにドルクさんの叫び声が轟いた。いまバトルフィールドには僕や“ブレイブ”のメンバーのほかに、散らばった瓦礫をせっせと処理したり、屋根を修理したりする化石盗賊団の姿があった。
『トホホ……』
全員が全員、傷だらけの体に鞭を打ち、泣きそうな顔で作業をしている。この場面だけを見ると、どうも彼らは悪い人のように見えないんだけどなぁ……。
「それにしても、こいつらは何故ギルドにお宝が眠ってると思ったんだ?」
「実際に探検先で拾ったものはあるんだけどね」
「というより、何故“悪魔亀大魔王”の異名を持つドルクさんのギルドを襲撃しようと考えたんでしょう? やめとこうとは考えなかったんですかね……」
「同感ー」
ラッシュさん、シルムさん、シェルマルさん、ミネラ君が一気に話し始める。確かにこんなおっかない人たちがいるギルドを襲うなんて、正気の沙汰とは思えない……。ん? それは失礼だって?
そこに、屋根や壁の修理を監督していたドルクさんが僕たちの話を聞いていたのかこう話す。
「プテラが言うには、誰かに『お宝が眠っているいい場所がある』と言われてきたらしい」
「誰かって、誰?」
「ランクルスだと」
『ランクルス?』
シルムさんの問いに対してドルクさんの口から出た単語に驚いた僕たちは、全員で声を合わせた。
「いきなり現れたランクルスに、ここのことを変に吹き込まれたらしいな。『そのギルドにはお宝があるし、今そこには誰もいないからチャンスだ』とか言われたらしい」
……化石盗賊団が初対面のランクルスの言葉を信じるあたり、ドルクさんが先程言っていた『おつむが足りない連中』という発言も納得せざるを得ない。
「何者なんだ、そのランクルスは?」
「さあな」
ラッシュさんとドルクさんが首をかしげた。ランクルス、ねえ……。
ビーッ、ビーッ。
「ん?」
フィールド中に何者かの来訪を告げる警告音が鳴った。僕らは一斉に反応して天井に視線を投げ掛ける。
「誰だ? こんなときに」
ドルクさんが怪訝そうに首をかしげると、シルムさんは思い出したようにポンッ、と手を叩いた。
「あ、そういえば今はみんな遠征に行ってるから来客を迎えてくれる人がいないんだっけ。オイラたちが迎えにいかなきゃ」
そう言って彼はフィールドから出口へ向かおうとする。僕も誰が来たのか気になったのでついていくことにした。……ふと背後を見ると、みんな来訪者が誰か気になるのか、ギルドメンバー全員がシルムさんの後に続いていた。
★
「ごめんくださ〜い!」
僕らがギルドの入り口にたどり着くと、明朗な声が外から聞こえてきた。ん? この語尾が微妙に伸びたあの感じ……。もしかして……。
シルムさんを筆頭に、僕らは入り口を開け来訪者の姿を確認する。するとそこには……?
「ヤッホー!」
「えぇえええ!? ウィントさんっ!?」
僕は思わず大声で叫んでしまった! 僕らの目の前には勝利ポケモンのビクティニ――ウィントさんがいたからだ!
彼は僕の姿を確認すると嬉しそうにこちらに飛んできて両手を掴み、ブンブンと振り回す。ちょ、ちょっと……?
「カイぃーー! 探したんだよもぅー! どこいってたのうわぁあぁん!!」
……しまいには泣き出して、涙でグショグショな顔をこっちに押し付けて来た。あ、あの……ちょっと……?
「カイ君……知り合い?」
僕らのやり取りを見ていたシルムさんが若干引きぎみな様子で僕に尋ねた。するとドルクさんがなにかを思い付いたような顔つきになって一歩前に出る。
「もしかして、お前がカイの言っていた“ビクティニのギルド”とやらの親方か?」
「うん、そうだよぉー? 僕はウィント=インビクタ。ビクティニのギルドの親方でーす!あ、もしかして君がこのギルドの親方ー?」
「ああ。聞きてぇよな、俺のこ――」
「うわぁい! 新しい友達ー! グミちゃんあげるー!」
ドルクさんが自己紹介をしようとした瞬間、ウィントさんはどこからか取り出した若草グミをドルクさんの口に押し込んだ。
「な、なん……もぎゅ!?」
うわぁ……。ウィントさん、恐ろしいことをしている……! しかも、ここで終わりかと思ったら、彼は他のみんなにもグミを押し込もうとしていた。
「はい、君たちにもー!」
「え、ちょっ、もぎゅ!?」
「なんだこいつはもぎゅ!?」
「ぐ、グミもぎゅ!?」
「わっ! やったもぎゅ!」
順番に橙グミ、赤いグミ、青いグミ二個がそれぞれの口に押し込まれた。ミネラ君は嬉しがってたけど……。
全員がモグモグと口を動かす平和的な光景を見ていると、いったいウィントさんがこのギルドへ何をしに来たのか、本気で本人に尋ねたくなる……。
「カイもグミちゃん食べるぅ?」
「いえ、遠慮しておきます……」
★
「それにしても、何故カイのいるギルドの親方が直々にこのギルドへ来た?」
親方の部屋に入った僕たちに、ドルクさんが早速本題を切り出した。でも、ウィントさんが来た理由って、まさか……。
「カイを連れ戻しに来たの?」
そうなるよね、やっぱり……。その事を裏付けるかのように、ウィントさんは首を一回縦に振る。すると今度はラッシュさんがウィントさんに向かって声をあげた。
「カイから事情はあらかた聞いた。“イーブル”に狙われてるんだろ? このギルドにいる限りカイの身は保証されているし、なによりいま連れ戻すのはカイ本人が納得しないだろう」
「それに、親方直々に連れ戻しに来たのもまた妙な話じゃねぇか」
ラッシュさんに続いてドルクさんの言葉を受けたウィントさんは、「うーん、そうだねぇ……」と相づちを打って、『どこからどう説明しようか』といった感じの思案顔になった。
「そりゃあ、僕だってカイの捜索は最初探検隊に任せてたけど、そうも言っていられない事態になっちゃってねー」
「どんな事態?」
そう聞いたのはシルムさんだ。ウィントさんはそのクリクリとした目に真剣な眼差しを湛えながらもう一歩分僕らに近づいた。
「君たちは気づいているかな、僕やカイが君たちとは違う世界のポケモンだということに」
『違う世界のポケモン!?』
違う世界のポケモン!? それって、つまりドルクさんたちは僕たちとは違う世界に住んでるってこと?でも、なんで僕は普通にラッシュさんと会えて、ギルド“ブレイブ”に来ることができたんだろう……?
「それって、ドルクが一昨日言ってた“空気の流れ”と関係があるのかな」
シルムさんたちにはなにか心当たりがあるようだ。でも……。
「僕はラッシュさんの背にのって、飛んでこのギルドへ来たんですけど……他の世界のポケモンとはどうも納得が……」
「俺も時空を渡った覚えはないぞ」
ラッシュさんが、僕の発言を裏付けるようにさらにそう付け足してくれる。だがウィントさんは僕らの話をうんうんと聞きながら、さらりとこんなことを告げた。
「うん、だって――二つの世界が融合しかかってるんだもん」
★
「ゆ、融合!?」
……なんてこったい! 二つの世界が融合って……! え、いったいそれってどういうこと? ダメだ頭がこんがらがる……!
「融合……つまり、ドルクたちの世界とカイたちのいる世界が、一つになりかかっているということか」
ラッシュさんがそう言うと、ウィントさんが大きくうなずいて「あったまいい〜」とVサインを出した。
「仮に僕らが住んでる世界――次元をA、君たちが住んでる次元をBとするよ。今時空ホールの中で交わることなく均等な距離を保っていた次元Aと次元Bが、何かの拍子に衝突してしまったみたいなんだ」
次元同士の衝突……。ぶつかった拍子に世界が融合しちゃったってこと? でも、融合したら具体的にはどうなるんだろう……?
「次元同士の衝突のせいで、本来次元Aになかったギルド“ブレイブ”があったり、次元Bにいなかったカイがそちらに迷い込んだり……」
淀みなく説明するウィントさんだったが、何を思い出したのか急にポンッと手を打った。
「あ、そうそう! そっちに僕たちの世界のお尋ね者が迷い込まなかった? “化石盗賊団”って集団なんだけど」
「あの人たちって、そっちのお尋ね者だったの?」
シルムさんが目を丸くした。確かに、驚きだよね。あの辺な集だ……化石盗賊団が元は僕たちの世界のお尋ね者だったなんて。
「だが、まず何故次元同士の衝突が起きたんだ? こんなことは滅多にあることじゃないだろう?」
ラッシュさんの問いに、ウィントさんはにっこりと笑う。その笑いはやけに意味深で、僕はちょっと怖くなった。
「いまの君たちのほうの世界って……とても不安定な状態なんじゃないの?」
『!』
彼の言葉にドルクさんを始めとするギルドメンバー全員が反応した。な、なに? 世界が不安定ってどういうこと?
「……世界樹、か……」
ドルクさんがボソリと呟いた。え? 今なんて言ったの? よく聞こえなかったんだけど……。
「それにしたって、もうちょっとカイ君をここに置いたっていいんじゃないですか?|パルサ《パルキア》さんも別に自分が手を出すほどじゃないと言っていましたし……」
シェルマルさんが控えめにそう言ってくれた。確かに僕自身まだここでもっと修行したい気持ちがある。シェルマルさんも、もしかしたら……。だけどウィントさんは残念そうに首を横に振る。
「いままでは二つの世界が重なろうとしていたんだけど、ここ数日はちょっとずつ元に戻ろうと離れてきてるんだよ」
「離れてきてるのー?」
ミネラ君の言葉を受けウィントさんは神妙にうなずいた。
「君たちの世界のパルキアさんが『手を出す必要がない』と言ったのは、今言ったみたいに重なろうとしていた二つの世界が自然と元の状態に戻ることを知っていたからじゃないかなぁ?」
ドルクさんは納得したようにうなずく。
「なるほどな。じゃあお前がカイを連れ戻そうとしているのは……」
「直に僕らの世界とと君たちの世界は絶対に交わらないパラレルワールドへと戻るから、カイがこのギルドにいたまま離れてしまったら、一生僕らの世界に戻ってこれなくなっちゃう」
一生!?
僕がこのギルドにいたまま世界が二つに戻ったら、ドルクさんたちがいる世界で暮らすことになるの!?
「それじゃあ本末転倒だよ。カイ君は自分の世界の仲間を守るために強くなろうとしているのに」
まったくもってシルムさんの言う通りだ。僕は、みんなを……スバルを、守るために……。するとドルクさんは、僕に視線を移しこう言った。
「カイ、すぐにここを発つ準備をしろ! ウィントと言ったか、悪いがあの化石盗賊団を引き取ってくれ。さすがにずっと面倒を見る気はねぇからな」
「はいは〜い!」
「残りは先にギルドの入り口に行って待ってろ!」
彼の号令を受けた僕らは一斉に動き出した。僕からすると、これがドルクさんからの最後の号令だ……。
★
数十分後、僕らは全員でギルドの前に立っていた。
「……もう、行っちゃうんだね……」
シェルマルさんが名残惜しそうに言う。
「カイー!」
「うわっ!?」
ミネラ君が僕に飛び付いてきた。僕は慌てて彼を抱きかかえる。
「カイ、あっちでも頑張ってね! 僕応援してるから!」
「うん……ありがとう」
僕はミネラ君をちょっと強くギュッと抱いた。そして、すぐにミネラ君は僕から離れてドルクさんの元に駆け寄った。
「カイ君」
今度はシェルマルさんが一歩僕の方に踏み出す。
「シェルマルさん……」
「実を言うと、俺って誰かに何かを教えることってほぼ初めてだったんだ」
「え、そうなんですか?」
すごく慣れた様子で教えていたような気もするけど……。するとシェルマルさんは「俺は新弟子だからね」と言って苦笑いをした。
「俺も君から教えてもらうことが多かった。ありがとう、カイ君」
そう言って、シェルマルさんは僕に向かって手を差し出してきた。
「……僕、シェルマルさんが教えてくれなかったら、技もうまく使えなかったと思います。こっちこそ、本当にありがとうございます!」
僕はシェルマルさんの手を握り返し、強く握手を交わす。
「頑張って、カイ君! 大切な人を守ってあげて」
「はい!」
僕らは手を離した。入れ替わりで今度はラッシュさんが僕の前にやって来る。
「思えば、この中でカイが初めて会ったのは俺だったな」
「あ、そういえば……そうでしたね」
“ヤンキーズ”に追いかけられているところをラッシュさんに助けてもらったんだっけ。
「カイ、その時のお前と今のお前じゃまったく違う。波導……いや、それだけじゃない。体も、そして意志も」
「ラッシュさん……!」
「あっちに戻っても絶対に俺たちとやって来たことを忘れるな、そして鍛練を怠るな。……しっかり、みんなを守ってやれ」
「はい」
そして僕は、ラッシュさんともしっかり握手を交わした。僕の手は、がっしりとした彼の手にしっかりと握られた。
「カイ君」
シルムさんが僕の前に来る。
「短い間だったけど、オイラたちの修行によくついてきたね。たぶん今までの君じゃ無理だった」
「ははは……そうですね」
僕らはお互いに笑う。本当に、今までの僕じゃ無理だったよ。
「でも、君はもういままでのカイ君じゃない。たとえどんな危機だろうと乗り越えられるはずだよ」
「それも、シルムさんたちのおかげです」
「でもついてきたのは君自身の力だよ。自信もってねカイ君。……オイラたちのこと忘れないで」
「はい。忘れません、絶対に」
シルムさんと握手を交わし、彼は次の人のために道を譲った。最後に僕の前に出たのは、ドルクさんだ。
「ほんと、見違えるな。一週間前に比べたら」
「そ、そうですか……?」
ドルクさんはニヤリと笑う。
「だが、わかってるよな? まだまだお前は強くならなきゃいけねえ。敵はその数十倍強いはずだぜ」
「はい」
ドルクさんには本当に、色々なことを教えてもらった。からだの強さだけじゃない、強くなることの本当の意味――。
「だがな、カイ。このギルド“ブレイブ”で、俺たちと一緒に修行したこと、これだけは誇ってもいいぜ。よく弱音吐かずについてきた!」
「ありがとうございます!」
「たとえ二度と会えないとしても、カイはいつだってこのギルドの弟子だ。しっかりテメェのハートに刻んどけ!」
「はい!」
ドルクさんとの会話が終わったとき、僕は不覚にも喉から何かが込み上げた。目がうるんで視界が悪くなる。でも、僕はそれを隠した。確かにこれは別れでもあるけれど、僕はこれからがスタートなんだ!
「じゃあ、カイ……行こう」
ずっと僕らのやり取りを見守っていてくれたウィントさんが僕にそう言う。僕はさっと目を擦り、顔を上げ、みんなに向かって叫んだ。
「――行ってきます!」
★
ギルドは歩く度にどんどん小さくなっていく。
僕は一度前を向いた。けど、もしかしたらまだみんなが見送ってくれてるんじゃないかと思って振り返ってみた。立派に建てられたドダイトスの顔は……。
なかった。
サメハダ岩の横に立てられていたあのギルドは、まるで初めから存在しなかったかのように跡形もなく消えていた。
「二つの世界が、もとに戻ったんだね」
ウィントさんがしみじみと呟いた。
そうか、僕の世界には元々あのギルドは存在しなかったんだ。
彼らは、彼ら自身の世界で、彼ら自身の冒険を繰り広げているに違いない。
きっと、そのはずだ――。