第七十七話 すれ違う想い
――ドルクさんとのバトルの間で、また僕の記憶が途切れている。夢中で何かの技を繰り出していたことは辛うじて覚えているんだけど……。
★
頭が重い……。脳内でガンガンとなる痛みが目覚まし代わりとなって、僕はゆっくりと目を開ける。ここは……。
「カイ、起きたか」
僕の近くで低い声がする。上半身を起こしてその方を見てみると、ラッシュさんが座っていた。あれ? 僕ってどうなったんだっけ……。
「気分は?」
「……最悪です。頭痛が……!」
そう言いながら辺りを見回してみると、ここが僕にあてがわれた部屋だということがわかった。
「そうか。まぁ、仕方がないな。あんな無茶をしたんだ。……あのあとどうなったか覚えているか?」
「えーっと……」
ドルクさんとバトルして、僕が何かの技を使ったことまでは覚えているんだけど……。
「やっぱり、負けちゃいましたよね」
「ああ、負けたな。ドルクに」
「ははは……」
そうだよね。最初から僕がドルクさんに勝とうとするなんて無理があったんだ。『ドルクさんを倒す』なんで、我ながら恐ろしいことを考えていたものだ。
まあ、今さらそんなことを悔やんでも仕方がないので、ひとまず僕はラッシュさんに向き直る。
「ラッシュさん、僕のあの技はいったい……?」
「自分で出したのにわからないのか?」
「いや、何というか……僕、どうしちゃったんだろうって感じで……無我夢中だったんであんまり覚えてないんです」
でも……。今までに感じたことのない感覚だった。こう、心の底から何かが沸き上がるような……力が爆発したような感覚……。ラッシュさんは僕の言った言葉を吟味するようにしばらく考えた後、僕に視線を戻し言う。
「あれは……“ソウルブレード”は、正真正銘カイ自身の波導で放った技だったぞ」
「えっ、そうなんですか?」
僕は思わず聞き返した。波導が読めるラッシュさんの言っていることだから確かなことは間違いないんだけど、やっぱり今まで波導が使えなかったのに急にそんなことを言われると困ってしまう。
「僕って、今まで波導は使えなかったんですよ?」
「それは、ルアンの魂を繋ぎ止めるために波導を使っているからだろ? 波導っていうのは鍛えれば強くなる。魂を繋ぎ止めるに必要な波導よりその量が増えたら、カイ自身も波導が使えるようになるのはある意味当然だ」
そうだけど……。僕は別に修行したわけでもないし、急に技が使えるようになるなんて。それなら何で今まで使えなかったんだろう……?
「波導っていうのは、自身の感情と密接な関係がある。想いが強ければ強いほど波導も強まるわけだ。やはり今までは覚悟が足りなかったんじゃないのか?」
覚悟……。
「さっきのドルクとのバトルで想いを爆発させたことで、自身の波導も一時的に増えたんだろう。本来なら修行で増やす分を一瞬でやってのけたわけだ」
「……」
なんかピンと来ないけど……取り合えず、ドルクさんに感謝しなきゃいけないことはわかった。そしてもうひとつ。
僕の強くなる覚悟が足りなかったことも、よくわかった。まだ僕は甘えていた。強くなるといいつつ、修行がどれだけ厳しいかとかそんなことばかり考えていたんだ。でも、それをドルクさんが気付かせてくれた。
「ラッシュさん」
「なんだ?」
「僕、頑張ります」
「……」
彼は少し目を丸くして、僕の意味不明ともとれる言葉に、しばらく沈黙した。だがそれも少しの間だけで、すぐにいつも通りの顔に戻る。
「そうか。今日はひとまず体を休ませておけよ。そのかわり……明日からはキツいぜ?」
「……はい」
……僕はもう逃げたりなんかはしない。明日から、がむしゃらにやってやる!
★
「“ヤンキーズ”が手ぶらで帰ってきた?」
シャナがその事実を聞いたのは、カイがギルド出をしてから三日が経ったときだった。 なぜシャナがその事実を知るのに三日もかかったかは、ラゴンに圧力をかけられた彼が、締め切り前の作家のごとく缶詰め状態で“眠りの山郷”に関する報告書を作成していたからである。そんなシャナは報告書を完成させげっそりとした様子でラゴンにそれを届けた際に、直接聞いたのだ。
「ああ……親方直々の指示とあってはな……」
そういうラゴンもシャナに負けじと劣らずげっそりとしていた。「親方」の前に「馬鹿」というオマケが微かに聞こえた気がしたが、ラゴンにかぎってそれはないだろうと思い、シャナは頭を振る。三日続いた激務で幻聴が聞こえたんだ、きっと……、と自分に言い聞かせることにする。
「親方の指示とは、いったいどういう意味ですか?」
取り合えずシャナは“ヤンキーズ”に話を戻す。親方がカイの捜索を中断させたとなるとかなり矛盾した話だ。
「わからん。親方様のことだから無駄なことはなさらないはずだが……。それに、“ヤンキーズ”は親方様に『探検隊をギルドの外へ出すな』といわれたらしい。ますます意味がわからない」
「あぁ、だからギルド内が妙に弟子たち以外の探検隊で一杯だったんですね」
報告書をここまで運んでいった際にも探検隊に何回かすれ違った。数が多く感じる理由がわかってスッキリする反面、親方の指示がまた新たな謎となってシャナたちの首を捻らせた。
「とにかく、そういうことだからお前も無闇に外へ出るなよ? 万が一を考えて、な」
親方(代理)執務室を出たシャナは、自分の部屋にいち早く戻ることにした。なにせ報告書に苦戦して三日間缶詰め状態だったのだ。ベッドに直行して倒れ込みたい気分になるのは当然だった。
だが、もう少しでそこにつく前に、シャナは誰かに話しかけられた。
「先輩ッ! せんぱーーーいッ!!」
――訂正しよう。『話しかけられた』ではなく、『叫ばれた』のだ。シャナはより一層げっそりとした表情で声のした方を振り返る。声の正体はわかっていた。
「なんなんだ、ショウ……大声出して」
声の主は、ギルドの弟子であるガーディ――ショウだった。彼はかなり息を切らしているようで、シャナはそんな取り乱したショウを久しぶりに見た。
「先輩、自分スバルの治療に向かったんですけど……」
ショウの慌てた様子、そして『スバル』という単語。皆まで言わなくてもシャナの顔が段々と青ざめる。
「……まさか」
「ええ……。スバルが、部屋にいなかったんです!!」
★
その頃ルテアは、一階から二階へ続く階段をのぼろうとしていた。ギルドから外へ出るなという指示は救助隊の選抜メンバーにも例外なく適用されたため、ND調査を中断せざるを得なかった。そのせいか彼は暇をもて余している。
と、そのとき。頭上からダダダッ、と階段をかけ降りる音がしたので上を向いてみると……?
「どいてくれルテア!」
「うおぁっ!?」
シャナがその自慢の跳躍力でルテアの頭上スレスレを飛び越えた。言葉ではどいてくれと言ったものの、彼はルテアに避ける暇を与えなかった。ルテアは、そんなシャナを見て彼が慌てふためいていることを瞬時に察した。
そして、そういうときには必ずスバルが絡んでいることも、ルテアはわかっている。
「おい、待てシャナ!」
ルテアはシャナを追いかけた。見れば彼はあろうことか入り口からギルドの外へ出ようとしているではないか。
ルテアは、これはまずいと思いひとまず先回りをしてシャナを止める。
「待て待て! いったい何があったってんだよ! ギルドから外へ出ちゃいけねぇのはわかってんだろ」
「ルテア、スバルが部屋にいなかったらしい。ギルド内をくまなく探したがいなかった。だとするとあいつは外にいる!」
「はぁ、やっぱりそんなことだろうと思ったぜ……」
ルテアはため息をひとつ。そして尻尾を素早く硬化させると、それをシャナに向けて容赦なくぶつけた!
「ぐわぁッ!?」
“アイアンテール”だ。予想外の攻撃にシャナは避ける暇もなく倒れる。
「よーし、落ち着いたかネガティブ」
「テメェ何しやがる!」
「落ち着けっつってんだよ馬鹿野郎ッ!!」
シャナが怒声をあげるとそれに被さるようにさらにルテアが怒声を放った。そして双方が沈黙してしばらくたつとルテアが静かに口を開ける。
「ラゴンさんに報告は?」
「……していない」
「スバルが消えたことを知っているのは?」
「ショウ」
「それでよく探そうとしたな、ほとほと呆れるぜ」
「……」
シャナはようやく自分が半パニックになっていることを自覚する。ルテアはシャナが立ち上がるのをみながらこう言う。
「外は暗いぞ、それに……」
「止めないでくれ、ルテア。外出禁止なのは承知の上だ」
「おいおい、誰が止めるっつった? 話を最後まで聞けよ……俺も探してやる」
「! ルテア……」
シャナはルテアの言葉がじわりと心に響いた。いつもは弄られてばっかりいたが、いざというときに頼りになるのがルテアというレントラーだ。
「ありがとう」
「勘違いするなよ? 俺が助けるのは、ほら、あれだよ……」
ルテアは満面の笑みを浮かべながら、シャナにこう言う。
「お前、鳥目だろ」
★
「はぁっ……はぁっ……」
ギルドの外は墨をこぼしたかのように黒く染まり、風がひんやりと冷たかった。
スバルは、木々の幹に片手をつけて寄りかかり、半ば体を引きずる形で歩いていた。もう片方の手は塞ぎかかっている腹の傷に添えられている。先程から心臓の鼓動に合わせて傷が脈打っているので、彼女は痛みを耐えるのに必死だった。
――カイ……どこいっちゃったの……?
そう、スバルは外に出てはいけない身なのは承知で、カイを探しにここまで来ていたのだ。なぜか?
『大事なパートナー』といえば簡単だが、それはスバルにとって建前でしかない。本音はまた別のところにある。
「カイ……私、淋しいよ……一人じゃ怖い……あの悪夢がまた出てくるの……」
カイがギルドにいないことはすぐにわかった。本当ならこんなことはせずに治療に専念すべきだし、カイを探しに行く動機が自分勝手でひとりよがりなのもスバルはよくわかっていた。しかし、探さずにはいられない。
「うっ……!」
ズキィン、と傷口に鋭い痛みが走り、思わずその場にうずくまってしまった。
「うぅ……あ……!」
痛みが収まるのを待っていたが、痛みは収まるどころか強まる一方だ。額に嫌な汗が浮かぶ。と、その時。
「――スバルッ!」
背後から聞き覚えのある低い声と、同時に二人分の足音がこちらに近づいてきた。スバルは痛みで霞む視界のままその方を振り返る。
近づいてくるのは、バシャーモとレントラー――シャナとルテアだった。
彼ら、特にシャナは切羽詰まった表情でスバルの前まで走ってくる。
「スバル! 探したんだぞ、傷も治っていないのになぜ外へ……!」
シャナはそう言いながらも、スバルが無事なことを知り緊張が解けたのか途中で喉をつまらせて言葉を紡げなくなった。
だが逆に、スバルはシャナたちの姿を見たときから険しい表情を崩さないでいる。
「……どうして、カイがギルドにいないことを黙っていたの……!?」
「……すまない、それは――」
「そんなの、お前が変に心配性になるからだろ」
シャナが弁解を口にしようとしたその時、ルテアが彼を遮りピシャリと言い放った。
「シャナ、お前もなんで謝る必要もねぇのに謝る?怪我してるってのに勝手に外へ出たスバルが今回は悪いんだ」
「! ルテア、お前……」
「スバル! 俺たちがカイを探してるのに、そんなに俺たちやギルドが信用ならないか? 自分じゃなきゃカイを見つけられないとでも思ってるのか?」
ルテアの畳み掛けにスバルの顔が歪む。
「そ、それは……」
「お前を探すこっちの身になってみろ。はっきり言って迷惑なんだよ。怪我人なら怪我人らしく、早く復帰できるように安静にしてろ」
「……」
「わかったな?」
しばらく納得できない様子でいたスバルだったが、ルテアのその眼差しについにはゆっくりと首を縦に振った。それを見たルテアは満足げに頷く。
「よし、じゃあ戻るぞ」
★
「……すまない、ルテア。助かったよ」
無事にスバルをギルドへ連れ戻した後、シャナとルテアは自身の部屋に戻るために廊下をとぼとぼと歩いていた。そのときにシャナはポツリと漏らすと、ルテアは盛大なため息をついた。
――また謝った。
「お前なぁ……先に折れてどうするんだよ? そんなんでスバルを連れ戻せるかっつうの」
「……そうだな……」
シャナの返答はどこか気の抜けたものだった。心ここに在らずという感じのする彼に、ルテアは顔をしかめてこう言う。
「……なんか最近、お前見てるとイライラする」
「……は?」
ルテアの、予想だにしなかった発言にシャナは思わずすっとんきょうな声をあげた。
「なんだって?」
「お前見てるとすんげぇイライラするつってんの! 何? なんかあったのかよお前? 俺になんか隠してんだろ」
ルテアは早口に捲し立てる。そんな彼にシャナは目を閉じ、そしてすぐに開くと複雑な表情になる。
「……疲れてるだけだ。寝れば治るから構わないでくれ」
「嘘つけ、ギルドに戻ってきてずっとじゃねぇか。それまでお前何回寝た?」
「うるさいな!」
「……」
「……」
自分でも知らないうちに大きな声が出た。シャナは叫んだ後にハッとして、すぐにバツが悪そうな顔になる。
「……いや、すまないそんなつもりは――」
「――わかった。お前疲れてるんだな、んならさっさと寝ちまえ!」
慌てて謝ろうとしたシャナだったが、遅かった。ルテアは声をあらげてシャナにそう吐き捨てると自分はさっさとシャナとは反対方向に歩いて行ってしまう。
「おい、ルテア……!」
シャナは、そんなルテアの後ろ姿をただ見ていることしかできなかった。