第七十六話 バトル! ――カイVSドルク 後編
――ドルクさんは問う。「強さとはいったいなんなのか」を。僕は……。僕の思う強さは……!
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『お前にとって強さとはなんだ? 何のために戦う? 戦うことで何を得る? ――このバトルで“お前の強さ”を俺に示してみろ!』
「ぼく、の……」
僕の強さって……一体なんだろう?
鉛のように動かなくなった体、しかし頭の方は鈍くなりながらも思考をやめない。
僕が見てきた戦いは、いずれも誰かを傷つけるようなものだった。だって、そうでしょ? リンも、アリシアさんも、トニア君や、スバル、あのエルレイドだって……。みんな強い。だけど、それが誰かを傷つける。
じゃあ、どうしてみんな強くなるの? どうして僕は、一度は強くなろうと決心したの? そしてどうして今は、強くなることを拒んでるの――?
『敵が仲間を傷つけることが強さ? だから戦うことを恐れる? ――甘えるな! 俺からしたらそんな理屈は強くなることを諦めた奴の戯れ言だ!』
強くなること諦めた? 僕はただ、守りたいだけだ。仲間を。パートナーを。
じゃあ、今までは何で守ることができなかったんだろう? 仲間が傷付く姿をひどいと思いながら、どこかでそんな相手の強さに恐怖を抱いていたのだろうか。
どうして敵は僕の仲間を傷付けるんだろう? あっちにも理由があるの……? 相手にも、攻撃する理由がある。でも、僕だって……。
あぁ、そうか。
意味のない戦いなんて無いんだ。戦うにのは理由がある。敵は、“イーブル”の目的を達成するため、戦っている。それが結果的に、仲間を傷付けている。
でも、それは間違っていることなんだ。間違っていることを、僕らは教えなきゃいけない。彼らがやっていることは、周りを巻き添えにしているということを。仲間を傷付けていることを。
だから、戦うんだ。
お互いが、主張し合うんだ。言葉ではなく、技で。力で。
そう、僕は逃げていたのかな。自分の弱さに気づいたことで、満足していたのかな。
敵が仲間を傷付けていたんじゃない。僕の弱さが、仲間を傷付けていたんだ。だけど、それを認めるのが怖くて、強くなることを拒んでいた。
敵を理由にして、逃げていた。主張することを、避けていた。
戦う理由、戦うことでの主張、そしてその手段である“強さ”――。
――僕が持つ強さとは? いま、このバトルで何を主張し、何を見いだす?
僕は、目の前にいる誰かを守りたい。守り抜く強さがほしい。そして、そのために、強くなりたい! もう……逃げたくない!
このバトルから逃げない方法はただひとつ! 目の前にいるドルクさんを――倒す!
戦うんだ!!
★
「“エナジーバスター”ッ!!」
満身創痍なカイに向かって容赦なく緑色の光線が放たれる。
「カイ君っ!」
シルムもこれには慌てた様子で懸命に名を呼んだ。だが、“エナジーバスター”に遮られ、シルムの位置からカイの姿が見えなくなった。
「くっ……うわぁっ!」
カイは腕にありったけの力を込める。まず片足をしっかりと地につけ、その膝に手を添えて立ち上がる。“エナジーバスター”はすでに目前にまで迫っている。
――僕はもう、逃げたりなんかしないッ!
カイは半ばその意志と気力だけで一歩一歩踏み出した。そして“エナジーバスター”は……?
ドガンッ!
カイの横スレスレを通りすぎ、当たった壁に大きな窪みを作った。もしカイ自身に当たっていたら、ただでは済まなかっただろう。
「……そうか」
カイがこの絶体絶命な状況でも力を振り絞り攻撃を避けたのを見たドルクは、小さく呟いた。
――カイ、これがお前の答えか!
「なら、もっと見せてみろ! お前の強さをなッ! “ストーンエッジ”!」
ドルクは先程と同じように地面を両足で叩く。しかし、先程は彼の目の前の地面がひび割れていたが、今回はカイのすぐ下の足元がひび割れ、そこから岩の破片が上へ飛び出した。
「がっ……!?」
カイは当然それを避けられるはずもない。巨大な破片の威力に負けたカイの体は宙に高く投げ出された。
「行くぜ、カイッ! 今こそお前の“想い”を“強さ”に変える時だッ!!」
ドルクは空中のカイへ激怒とも歓喜ともわからない叫び声を上げ、口に力を溜め始める。そして――。
「――“エナジーフルバスター”ッ!」
“エナジーバスター”など比べ物にならない巨大な光線が空中の避けられるはずもないカイに放たれた!!
★
体中が痛い……!
手足がもう動かない……。
意識があるだけでも不思議なぐらいだ……空中にいる今このときにもいつ意識が持っていかれるかわからない……。
「行くぜ、カイッ! 今こそお前の“想い”を“強さ”に変える時だッ!」
想い……強さ……。僕は、逃げたくない! 倒したい、越えたい! ドルクさんを! このバトルに、意味を見出だしたい!
「“エナジーフルバスター”ッ!」
――この戦いを越えた先に、僕の答えが……強さがあるんだ、だから……!
「僕はっ――越えるッ! ドルクさんを倒すッ! 戦うんだぁああああッ!!」
目を見開き、空中にいる僕に迫る“エナジーフルバスター”を見据える。
――ドクン!
どこからか力が沸き上がってくるような感覚がする。僕はその力を両腕に込めた。腕についている白い突起がさらに白く光り始める!
そしてその腕から、白い刃が現れた――。
「いっけぇええええッ!! ――“ソウルブレード”ォッ!」
★
「なんだ……あれは……!?」
審判席にいたラッシュは、“エナジーフルバスター”と対峙するカイの全身から、一気に溢れんばかりの波導が放出されるのを感じ取った。
「……白い、波導……! あれが、カイ本来の波導なのか……!?」
そしてその波導は彼の両腕に集まり、白い突起が光り輝き始める。すると、彼の腕に、白く光る剣のような刃が現れた。
まるで、カイの想いを具現化したかのような、神々しく光る両腕の剣。カイは空中から、まず右手を“エナジーフルバスター”に斬りつけた!
「いっけぇええええッ! ――“ソウルブレード”ォッ!!」
“エナジーフルバスター”は、白く光る剣――“ソウルブレード”に触れた瞬間、その斬り口から真っ二つに一刀両断される! これには、ラッシュのみならずシェルマルもミネラもシルムも、あのドルクですらも驚愕した。
「“エナジーフルバスター”を……一刀両断しただと……?」
二つに両断された“エナジーフルバスター”はそれぞれ天井にぶつかり先程のように窪みを作る。そしてカイは“エナジーフルバスター”の軌道に沿って落下し、ドルクに急接近した。ゼロ距離になった時点で、左手の剣をドルクに向けて叩き込む!
ドッ!
「くっ……!」
ドルクは“ソウルブレード”をもろに受けた。しかし、若干の呻き声は出たものの、技の衝撃でその場から動く、というのはなかった。ドタイドスという種族、そして“ブレイブ”の親方としての名に恥じぬ不動の受け身だった。
「……はぁっ……はぁっ……!」
最後の一撃すら耐えきられてしまったカイは、もはや気力だけで立っている状態だった。目はうつろになり、肩で息をしていると言うよりは全身で必死に酸素を取り込んでいるように見受けられる。
「……カイ」
ドルクは、目の前で光りの剣が消えた左腕を構えたままのカイの名を呼ぶ。
「カイ、大丈夫か?」
「……っ」
カイはその言葉で緊張がほぐれたのか、ぷつりと糸が切れたからくり人形のように前のめりに倒れた――。
★
「カイ? おいっ、カイ! 大丈夫か!?」
目の前で倒れたカイを見て、ドルクは滅多に聞くことのない焦った声を上げた。倒れたカイは息づかいが激しかった。苦しそうに腹部を上下させ、荒い呼吸をする。
「カイ君!」
フィールド横にいるシルムたち、審判をやっていたラッシュもドルクとカイの周りに寄ってきた。
「パパ、僕に任せて!」
ミネラがドルクに大きな瞳を向けながら叫ぶ。
「ああ、頼む」
「行くよ! ――“アクエリアガーテン”!」
ミネラが技の詠唱をする。すると、カイやドルクの周りから水のカーテンが出現した。そのカーテンに包まれたカイの傷が回復していく。荒かった呼吸も少し和らいだようだ。しかし、彼がまだ目を覚ますことはない。
「カイは大丈夫なの?」
シルムは誰に答えを求めるわけでもなく聞いてみる。彼が不安がっていることが見えた。だがその質問に答える者がいた――ラッシュだ。
「一応カイの波導は正常だ。あまり力を解放しすぎて反動がキツいんだろう。休ませれば大丈夫だ」
「ラッシュさん……カイ君のあれは一体なんだったんでしょう?」
シェルマルがラッシュに問う。
「カイの意志の形だろうな。絶体絶命に追い込まれたことで想いが波導を通じて爆発したんだ。それが“ソウルブレード”……」
ラッシュは一瞬目を閉じた。だが、すぐに思い直してカイを抱き上げる。
「取り合えず、考えるのは後だな。カイを部屋に連れていくのが先だ」
「頼んだよ、ラッシュ」
シルムの声を背に受けながらラッシュはバトルフィールドから退場する。ミネラとシェルマルもドルクから「昼飯頼んだぞ」と言われ、その準備に取りかかるためにフィールドを出る。残ったのはシルムとドルクの二人になった。
「ねぇ、ドルクはこれを狙ってたの?」
唐突にシルムが尋ねる。
「……半分イエス、半分ノーだな。カイの考えを正そうと思ってやったバトルだ。思った通り、カイは自分の間違った考えを正した。だが、“ソウルブレード”は予想外だった」
「だからカイをあんなに追い詰めたんだね。さすが“悪魔亀大魔王”! 悪魔のようなスパルタだ」
ズルッ。
シルムの予想だにしていなかった発言に思わずずっこけそうになるドルク。
「なっ……お前なぁ。あんま関係ねぇだろそれは!」
「ははは!」
“悪魔亀大魔王”。
ドルクのお尋ね者を捕まえるときの情け容赦ない攻撃から、彼等から恐れられる別名である。だが勘違いしてはいけない。ドルクは子供には基本優しく、かつ仲間想いなのだ。
「ドルク、オイラたちももどろうよ」
「そうだな」
ドルクとシルムは出口へと歩を進める。だが、ドルクは一瞬だけ立ちどまった。
「カイ、最後のあの一撃は……効いたぜ」