第七十五話 バトル! ――カイVSドルク 前編
――カイとシェルマルのバトルは、なんとカイが戦意喪失のため強制終了となった。一方、なんの前触れもなしにギルドを飛び出した親方・ウィントはと言うと……?
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ウィントは高速で流れていく景色をもろともせず、空中を音速に近い速度で移動していく。目指すはビクティニのギルドから南西の方角、かの有名なプクリンのギルドがある近くである。
どうしてそちらに向かうのかはウィント自身もわからない。だが、今まで空間の綻びを紡ぎ直してきた彼が本能で向かう方角というのはすなわち、この空間を支配している違和感の元凶、もしくは解決策が眠っていることと同意義だ。
そんなおり……。
「あ、いたいた! おーい!!」
ウィントは流れていく景色の先に、三匹のポケモンが歩いていく姿を目撃した。彼は叫びながらそちらに駆けていく。その姿とは、ワルビアル、ドクロッグ、ズルズキンの三匹だった。
「ん……なんか聞いたことがあるような叫び声がした感じだぜぇ」
一方、いまだにカイの姿を追っていた“ヤンキーズ”のリーダー・サスケは、彼方から聞き覚えのある声を聞いたような気がして、サングラス越しに辺りを見渡す。
――いや、だがあの人が今ここに居るわけがねぇ。
サスケは頭……というか顎を振り、脳内からクリーム色の体をした某親方を追い出す。
「空耳かねぇ……」
「――うわぁあああッ!! 避けてぇえええええ!!」
「ああん!?」
背後から叫び声が降ってくる。そして次の瞬間――。
ごぃいん!
「のぉおおおおッ!?」
振り向きざまのサスケの顔面に、同じくV字の顔面が正面衝突した! 衝撃に耐えられなかったサスケは、シャナの“ブラストバーン”を受けたとき以来の叫び声をあげながら後方へ倒れる。
「「あ、兄貴ぃいいいい!!」」
弟二人は、なにかにぶつかりノックダウンした彼にすかさず駆け寄った。ぶつかったもう片方はというと……。
「あ、ぶつかっちゃったぁ。ごめんなさいっ、てへっ!」
額をさすりながら申し訳なさそうに舌をペロリと出す。
「「おぃいいいい!!」」
無論これにはカガネとギンジも親方に突っ込まざるを得なかったようだ。
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「お、親方……なんであんたがここにいるんだい」
ひとまず混乱が落ち着いたところでサスケが本題を切り出す。親方、つまりウィントはサスケと顔面衝突事故があったにも関わらずけろりとした表情をしていた。だがその表情は本題に入ったところでキリっとした真剣なものになる。
「事態が変わったんだよー。カイ捜索依頼は中止! 君たちは至急ギルドに戻ってほしいんだ」
「ちょっ、ちょっと待ちな! どういうことだい、そりゃあ!」
「この大陸の空間に異常が見られるんだ。カイ捜索はひとまず僕がやっておくから、君たちは戻って!できればラゴンに『できるだけ探検隊をギルドから出さないように』と伝えておいてくれると嬉しいなぁ」
「い、いや、だがよぉ――」
「――探検隊“ヤンキーズ”、これは“お願い”じゃないよ」
「……!」
ウィントの声音が変わった。サスケは我が耳を疑うと同時に、その真剣さに後退りすらしたくなる。
「これから何が起こるかわからない。僕は、君たちのために言ってるんだよぉ?」
「……」
少しだけ口調が戻ったようだが、ウィントの意見は変わらなかった。サスケはしばらく沈黙した後、弟二人の方に振り返る。
「弟ども……引き上げるぞ」
「「へ、へい、兄貴……」」
カガネとギンジも、ただならぬウィントの気迫にたじたじになりながら、今は彼に従うべきだと感じていう通りにした。
「いやぁ、ごめんねぇ! 終わったらグミちゃんあげるからぁ!」
本来なら微笑ましい口調だが、背中に受けた三匹が微笑むことは出来なかった。後にサスケは、このときのウィントの様子を、このように語った。
――あんな冷や汗が出るような親方は見たことなかったぜぇ。
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「――これは、全く予想外だった」
カイとシェルマル、さらにその二人についていったミネラがいなくなったバトルフィールドに、ラッシュの低い声が響いた。
予想外というのはすなわち、カイがバトル途中に攻撃をできなくなったことに対してだ。
「自慢じゃないが、俺はかなりの数のポケモン、そしてバトルを見てきた。だが、攻撃を“できない”ポケモンはカイが初めてだ」
「技が打てない訳じゃねぇ、攻撃することを嫌がっているんだ。確かに、俺もそんな奴は初めて見た」
ドルクは低く唸りながら両目を伏せた。そんな彼に心配そうな表情をしながらシルムは尋ねる。
「どうしようか、ドルク?」
「……カイに何があったかは知らねぇが、このままじゃあいつは強くなれねぇ。体を鍛えるよりさきにあいつの考え方を変えなきゃな……」
ドルクは伏せていた両目を見開き、衝撃ともとれる一言を放った。
「――俺がカイとバトルする」
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シェルマルとのバトルから一夜明けたギルド『ブレイブ』滞在二日目。
カイはドルクに呼び出されて、再びバトルフィールドへ立たされていた。
「ど、どうしてまた……」
カイは完全に逃げ腰気味になっていた。シェルマルとのバトルを放棄した今、自分は誰とバトルしても勝てないと思っている。しかし、それでもドルクはお構い無しにフィールドへ立たせたので、カイは彼の意図が全くわからなかった。
いや、ドルクの意図を理解できないのは彼だけではない。シルム、シェルマル、ミネラも、ドルクが何のためにもう一度バトルをさせるのか解せなかった。
――昨日のように、同じ結果になるのでは?
その時、誰もがそう感じた。
「それじゃ、バトルを始めるとするか。審判は俺がやる」
ラッシュが審判の立ち位置でそう言い放つ。そして、カイの向かい側に立ち、彼の相手をするのは――。
「本当にいいんだな、ドルク」
昨日彼が宣言した通り、親方自らがカイのバトル相手だった。ラッシュは確認のためドルクに再度尋ねる。
「お前とカイじゃ、力の差がありすぎるぞ?」
「いい。このまま俺がカイとバトルする」
「カイ君……大丈夫かな」
フィールドの横で待機していたシェルマルが見るに耐えない、といった様子で呟く。するとシルムは心配そうな表情は崩さないままこう言った。
「まぁ、ドルクのことだから何か考えはあるんだろうけどね……」
そしてついに、審判のラッシュが二人を見渡した後――。
「バトル開始!」
――戦いの火蓋を切って落とした。
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「“エナジーボール”!」
先手をもらったのは、やはりドルクだった。彼はなんの掛け声も前振りもなく、緑色に光るエネルギーの塊をカイに撃ち込む。
「……はや――」
ドカァン!
高速で放たれた球体は、カイに「はや『い』」と言う間すら与えなかった。
「うわぁあッ!!」
“エナジーボール”はカイの腹に撃ち込まれ、彼を容赦なく吹き飛ばす。吹き飛ばされたカイは地面へうつ伏せに倒れた。
「ぐっ……うぅ」
――立てない。
たった一回の“エナジーボール”でカイは実質ダウン寸前に追い込まれた。カイの体力以前に、ドルクの技の威力が高すぎるのだ。
「立て」
ドルクはカイに向けて短く、その一言だけを言う。
カイは顔だけをなんとか持ち上げてドルクを見た。彼は双眸を鋭くしてカイを睨み付けている。
「もう終わりか? 立って俺を倒してみろ!」
「うぅ……そ、そんなことっ……!」
「『できるわけない』ってか? はっ、こっちはテメェが攻撃しようがしまいが容赦しねぇぞ!! ――“ストーンエッジ”!!」
ドルクがフィールドに向かって両足を叩きつける。すると、割れた地面から破片が飛び散り、カイに向かって放たれた! 避けなければ確実にカイはやられてしまう。
「きゃー! カイ倒されちゃうよー!」
ミネラが手で目をおおった。カイが岩の破片の餌食になるところを見ることはできないと思ったからだ。
「はっ……はっ……! “電光石火”ッ……!」
カイはありったけの筋力を使い、フラフラになりながらも岩の破片の射程距離からそれようとする。しかし、完全に避けるには時間が足りなかった。破片の先端が腕や足を掠める。
「うっ、ぐわぁっ!!」
再びカイは膝をつきながらフィールド上へ倒れ込んだ。そんなカイに、ドルクは更なる叫びを放つ。
「『強くなりたい』んじゃなかったのか? テメェの覚悟はそんなもんか!!」
ドルクの言葉にカイはビクリと震える。
――そう、僕は確かに誰の力も借りずに強くなるためにここまで来た。だけど……。
「……っ、攻撃することはっ……“強さ”とは……誰かを傷つけるということなんですかっ……!?」
うつ伏せになりながらも、カイはドルクにはっきりと聞こえる声でそう呻いた。腕に力を入れ体を起こす。
「なんだと?」
一方ドルクの方は、語尾をあげながら聞き返す。カイの質問(というよりは反語に近かったもしれない)を聞き取れなかったわけではなく、彼の発言の意味を疑うことを強調したものだ。
「何が言いたい?」
「はぁっ……僕はっ、強いポケモンが攻撃してきたとき、仲間が傷付く姿しか見たことがなかった……。っ、強くなるということは、僕もいずれ彼らのようなことをするということなんですか!?」
「テメェは、そんなことを考えて戦うことを恐れているのか? だから、“もう一人のカイ”に攻撃を引き受けてもらっていたのか?」
ドルクの口調がさらに厳しくなる。カイはまるで、ドルクの言葉ひとつひとつに鋭く尖っているように思えた。放たれるたび、彼の心を穿つ。
「ち、ちが――」
「何が違うんだ、言ってみやがれ!! テメェは結局強い敵が現れたらルアンに頼ってるじゃねぇか! テメェにとってルアンはなんだ! 敵を倒してもらう便利屋か!?」
ドルクはそう叫びながら再び“エナジーボール”――気を失わない程度に威力を下げたもの――を放つ。それはカイに当り、カイはフィールドの上をゴロゴロと転がって、止まる。
「敵が仲間を傷つけることが強さ? だから戦うことを恐れる? ――甘えんな! 俺からしたらそんな
理屈は強くなることを諦めた奴の戯れ言だ!」
ドルクは倒れて動かないカイに一歩近づく。カイは喋ることはできなかったが、意識は失っていないようだった。
「カイ、お前にとって強さとはなんだ? 何のために戦う? 戦うことで何を得る? ――このバトルで“お前の強さ”を俺に示してみろ!」
ドルクはフィールド中にその叫び声を響かせ、緑色をした光線をカイに向けて放った。それはさながら、緑を帯びた“破壊光線”のようだった。
「“エナジーバスター”ッ!!」
緑の光線――“エナジーバスター”は真っ直ぐカイに向かっていった!