へっぽこポケモン探検記




















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第六章 探究と追究編
第七十四話 攻撃できない!?
 ――ドルクさんたちの計らいでギルド“ブレイブ”にて一夜を明かした僕。だけどやっぱり修行への不安は時間が経つごとに膨らんでいく……。





「うー……」
 なんだかとても落ち着かない気持ちで目が覚めた。上半身を無理矢理持ち上げて、目を擦る。
 あぁ、そうか。
 ここはビクティニのギルドじゃなくて、ギルド“ブレイブ”の部屋だったんだ……。どうりで寝付きが悪いと思った。
 窓から外の景色を覗いてみると、太陽が丁度地平線から顔を出している時間だった。寝付きが悪かったものの、起床時間はいつもと変わらなかったわけである。別段やることもなかった僕は、部屋の外へ出ることにした。散歩をしようかとも思ったけど、自分は“イーブル”とギルドの両方から探されている身だということを思い出し、やめることにした。
 部屋の外へ出てみると、当たり前だが誰の姿も見えない。このギルドがものすごく広いのに対し人数が少ないためか、この空間がものすごく寂しいような……。

「あれ? 君、誰?」

「ひぃやぁあっ!?」
 な、ななな何ッ!?
 背後からいきなり聞いたことの無い声が聞こえたものだから、僕は飛び上がって慌てて後ろを向く。
 そこには、全身が水色の体に、赤く光る宝石のようなものが埋め込まれている胸元、そしてクリクリとした可愛らしい瞳……。背は僕より低い。このポケモン、どこかで……?
「昨日まではいなかったね! 君、誰?」
 そのポケモンは可愛らしい声で僕に向かって言う。
「ぼ、僕はリオルのカイ。昨日このギルドへ来たんだ」
「そうなの? 僕はマナフィのミネラ! ギルドの弟子で、ドルクパパの息子だよ」
「へぇ……」
 ドルクさんの息子、ねぇ……。
 ん? ちょっと待って……?
「ま、マナフィ!? ……ドルクさんの息子ッ!?」
 この子どこかで見たことがあると思ったら、昔ヤド仙人の洞窟で見た本に出ていた、伝説の海洋ポケモンのマナフィじゃないか!
 しかも、ドダイトスであるドルクさんの息子ッ!? 息子って……!
「ん? どうしたんだい? 二人して」
 再び僕の背後から、今度は聞き慣れた声が響いた。後ろを向いてみると、シルムさんが手にタオルを持ってこちらに向かって来ていた。
「シルム、おはよー!」
「おはよう、ミネラ。……カイ君、何でそんなに口をパクパクさせてるの? まるで酸欠のトサキントみたいだ」
「し、シルムさんッ! ミネラ君がドルクさんの息子ってどういうッ……!? まさか、隠し――」
「ああ! ミネラはドルクの義理の息子だよ。話せば長くなるんだけど、オイラたちが昔ミネラの卵を持ち帰ってね……」
「ぎ、義理の……?」
 な、なんだそういうことか……!
「ところで、カイ君はこんなに早く起きて何するの?」
 シルムさんはタオルを肩にかけながら僕に聞いてくる。
「いや、僕は元々この時間に起きるのが習慣で……」
「へぇ! 早起きだね」
「シルムさんは……?」
「オイラはこれから朝のランニングだよ」
「僕は朝の散歩だよ!」
 ミネラ君が僕の背中に飛び付いてきた。
 わっ!? 僕はとっさにミネラ君をおんぶする形になる。
「そうだ、カイ君! 君も早く起きたんだから一緒にランニングしない?」
「えッ!?」
 いきなりの提案に、僕はなんと答えればいいのかわからなくなる。ランニングって……つまり、走り? 体力消耗まっしぐら?
「君の基礎体力がどれぐらいあるかどうかも知りたいし」
 シルムさんが僕に笑顔を投げ掛ける。その笑顔が逆に怖い……!
「さ、行こうかカイ君」
「あぁちょっ、シルムさんッ!? 待ってください! ちょっと!?」
 ――その後僕がどうなったかは、容易に想像していただけるだろう。ランニングに出て間もなく僕はバテて意識を失う結果となった。以下の会話は、僕の意識が飛んでいた時の他の人達の会話だ。
「……なにやってんだ、シルム、ミネラ」
 ランニングに出かけて数十分後、一階へ上がってきたドルクが、濡れたタオルを乗せられたカイにうちわでパタパタと風を送るシルムとミネラに対して尋ねた。その後ろにいたラッシュは、波導から彼の様子を薄々察したのか、複雑な表情を浮かべていた。
「パパ! カイが倒れた!」
 ミネラはそう叫びながらドルクの方に走り寄る。シルムは申し訳なさそうに状況を伝える。
「いやぁ、軽いランニングにカイ君を連れていったら……彼、バテて倒れちゃってさ。慌てて運んできたんだよ」
「はぁ!? ランニングでバテただと!?」
 ドルクの音量が一回り大きくなる。彼(というか彼ら)からすればランニング|ごとき《・・・》で意識を失うなど考えられないのかもしれない。
「体力が無いとは聞いてたけど、まさかここまでとは思わなくて……」
「ちなみに、どこでぶっ倒れた?」
 ラッシュがため息の混じった声でシルムに聞く。すると彼は苦笑いを浮かべながら……?
「浜辺に降りたぐらい?」
「……走り始めてものの五分しか経ってねえじゃねぇか。こりゃ問題が山積みだな……」
「カイ体力ないねー」
 ドルクが呆れたすぐ後のミネラの言葉が、やけに際立ってギルドに響いた。
 ――と、まぁちょっとしたトラブルもあったけど、目を覚ました僕はシェルマルさんが作ってくれた朝食をもそもそと口に入れた後、ギルドのみんなに連れられて一階にあるバトルフィールドへ移動したのだった。





 広すぎる……!
「ほぇえ……」
 バトルフィールドについた瞬間から僕の頭の中をそんな感情が支配した。
 ビクティニのギルドのバトルフィールドも広かったけど、ここの場合、たとえ伝説のポケモン・グラードンが暴れようと大丈夫そうな広さだった。フィールドの横には観戦スペースもあるようだ。
 ドルクさんにシルムさん、ラッシュさん、シェルマルさん、ミネラ君がゾロゾロとバトルフィールドの横へ並んでいく。大型ポケモンが三匹もいるので移動だけでも迫力満点だ。
「さて、カイ。お前には早速バトルをしてもらう」
「えっ……」
「ちなみにバトルの経験は?」
 ま、待って! 急に!? ドルクさんの言葉に反論する間もなく横にいたラッシュさんが質問した。
「な、ないです……」
 情けないが、僕は弱々しく本当のことを言う。
 戦ったことが無い訳じゃないけど、あってもギンジさんとの負け戦ぐらいだ。……あれをバトルと呼んでもいいのなら、ね。
「……シェルマル、カイの相手をしてやってくれ」
「わかりました」
 ドルクさんの言葉を受け、シェルマルさんがバトルフィールドへスタンバイする。
 ほ、ほんとにやるのぉ……? ……と僕が躊躇っているとドルクさんの恐ろしい睨みが飛んできたので、僕は慌ててフィールドへ歩を進めることにする。
「行くよ、カイ君!」
「は、はいぃっ!!」
 我ながら情けないぐらいのガチガチな緊張ぶりだ……。今回のバトルはシルムさんが審判をやってくれるらしく、彼は審判の立ち位置に移動していた。
「それじゃあバトルを始めるよ。どちらかが戦闘不能になった時点で終了だ。二人とも、準備はいい?」
「はい!」
「は、はい!」
「では、バトル開始!」





「先手はもらいます! “シェルブレード”!」
 シェルマルさんが腰につけた貝――ホタチの右側のひとつを手に取り、剣の形をした水を纏いながらこちらに向かって斬りかかってきた!
「っ……!」
 早いッ! 遠いと思っていたシェルマルさんはすでに目前まで迫っている!
「で、“電光石火”っ!」
 僕は足に力を込めて左に大きく飛び退く。だが“シェルブレード”はぎりぎり僕の右腕をかすった! くっ……!
「気を抜かない方がいいよッ!」
 シェルマルさんは、僕が横に飛び退くのを予想していたかのように素早く左腰のホタチも手に取り僕に追い討ちをかけた。
「うわぁっ!!」
 真一文字に斬られた僕は鋭い痛みで意識が飛びそうになり、背中から擦り付けられるかたちで地面に倒れこんだ。摩擦で背中が熱くて痛い……!
 だからといってシェルマルさんは待ってくれなかった! 彼は両手にホタチを持ち、手をクロスさせてこちらに迫る。なにかまずい技が来る予感がっ……!
 避けないと……! でも立てない、どうすればっ……!
「はぁっ! ――“連双牙”!」
 シェルマルさんがクロスさせた腕を振り上げようとする! あれを食らったら……僕は終わる! 立たなくてもあの攻撃を避ける方法は……!
「くっ……!」
 足は動く!
 僕は片足を、迫ってきた彼のクロスされた腕の隙からお腹に当てる。そして両手は肩へ!
 こうして片足、両手の三点でシェルマルさんを固定して……!
「このぉっ!!」
 僕は寝たまま片足を思いっきり上げ、そのままシェルマルさんを――僕の頭上へ投げ飛ばした!
「!」
 シェルマルさんの体は放射線を描き投げ飛ばされる!
「あれは……“巴投げ”か!」
 フィールドの横で観戦していたラッシュさんの言葉が僕の耳に入る。ともえなげ……?
「なぁに? それ」
「“巴投げ”は本来立った状態から相手を掴み、自身が後方に倒れることで相手を投げつける技だが……カイは寝た状態でとっさに出したらしいな」
「カイすごーい!」
 “巴投げ”の説明を聞いたミネラ君が両手を叩いて喜んでいる……。
 だが、今まで一回も使ったことがない“巴投げ”を使えたといって喜んでいる場合ではない。投げ飛ばされたにもかかわらずシェルマルさんは両足で地面に見事に着地し、ダメージはほぼ無いように見えたからだ。
「はぁ、はぁ……!」
「“巴投げ”……初めて見る技だけど、もう見切った!」
「カイ! 攻撃してダメージを与えないと相手は倒せねぇぞ!!」
 シェルマルさんがそう言うと同時にドルクさんの叫び声がフィールドに響く。
 攻撃……!
 僕が、誰かに攻撃を……? そんなこと僕にできるの……?
 それって――。

『――リンッ!』
 突然襲ってきたあの三匹が、リンにやったことと同じことを……。
『――裏切り者は……始末する』
 四本柱のエルレイドがトニア君にやったことを……。
『――よくもその名をッ……!』
 ルアンがエルレイドにしようとしたことを……。

 ――僕がするってことなの?
 強くなるって……そういうことなの?
 攻撃しなきゃ勝てない。
 そう考えた瞬間、いっきに、僕の脳裏に今までの記憶が呼び覚まされた。
 頭が痛い。
 できない……! 攻撃ができない……。 僕にそんなことできないよ……! 僕は、強くなんかなれない……!!
 ここに来てギルドを発つ前にした決心が揺らぎ始める。
「カイ君……?」
 僕の正面で構えているシェルマルさんが、僕の異変に気づいて怪訝そうに名を呼んだ。いや、彼だけじゃない。審判のシルムさんも、観戦していた三人も、僕を見て心配そうな表情になるか、あるいは眉を潜めていた。
「できない……! 僕にはっ……無理だッ……!」
 知らないうちに僕の頬に涙が伝う。
 大切な人を傷つけるようなことと、同じことをするなんて……。
 そう思うと涙が止まらなかった。意識していないのに勝手に目からこぼれ落ちる。
「シルム! バトルは中止だ」
 僕の姿を見かねたのか、ドルクさんがシルムさんに向けて言い放った。それを聞いたシルムさんはフィールド内とドルクさんを交互に見ながらうろたえる。
「でも……」
「これ以上続けても意味がねえ! シェルマル、カイを外に連れて落ち着くまで見ててやれ」
「は、はい!」
 シェルマルさんが僕の方に寄り添って、僕を支えてくれた。今の僕が自力で立つには精神力が足りなさすぎた。涙をこぼしながらシェルマルさんとフィールドを出る。
 そのあとの僕の記憶はひどく曖昧で、どうやって落ち着いたのかよく覚えていない。

ものかき ( 2014/04/22(火) 16:34 )