第七十三話 二つの予感
――ギルド“ブレイブ”の親方・ドルクさんの気迫に押されて、僕は今までのできことをことごとく吐き出した。ラッシュさん、シルムさんを含む三人は僕の話に対して口を挟まず最後まで聞いていてくれた。
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「つまり、お前はいきなり“イーブル”とやらに襲われて……」
「仲間と一緒にギルドで探検隊をやってたけど……」
「“もう一人の自分”とやらの力を借りすぎたために仲間を傷つけちまったから……」
「他の力を借りずに強くなる術を探しにギルドを飛び出してきたって訳か」
ドルクさん、シルムさん、ラッシュさん……一周回って再びドルクさんが僕の話を聞いてそう言った。
「なーるほど、だからあのヤンキーみたいな三人組がカイを連れ戻そうとしていたわけか」
ラッシュさんが心底納得した様子で腕を組み頷く。彼も僕が同じ探検隊に追われている妙な境遇を理解してくれたみたいだ。しかし、シルムさんは腑に落ちない顔でうーんと唸る。
「でもさ、“イーブル”なんて集団……オイラたちは聞いたこともないよ?そんなに好き勝手やってるならこちらまで名が知れていてもおかしくはないのに」
確かに、ギルド“ブレイブ”は“イーブル”のことを今まで知らなかったみたいだ。すると、ドルクさんは……。
「それに、なんだ……? “ナイスなダイケンキ”だったか」
「“ナイトメアダーク”だよ、ドルク」
「おう、それそれ。それの被害にあってるって奴もこの近くでは聞かねぇな」
なんと、彼らはナイスなダ……ナイトメアダークの存在も知らなかったようだ。
ルテアさんが言うには、NDの被害は大陸の至るところに広がっているらしいはずなのに、ここには被害はおろか名前すら知れ渡っていない。これはいったいどういうことか?
「まぁわからねぇもんは仕方ねぇな。取りあえず……カイ!」
「は、はいっ!」
ドルクさんが僕の名を呼ぶ。この人の声を聞くたびになぜか僕の背筋が伸びるのはなぜだろうか。すると、彼は……。
「――お前、ここで修行しろ」
……。
「……え?」
なっ……なんだってぇえええ!? いきなりのドルクさんの爆弾発言に、僕は叫びそうになった。
「え、ちょっ、それってどういう……?」
「まぁ、確かにここは安全かも……」
「俺たちがいるから“イーブル”が来ようが追い返せるし、ここなら探検隊も迂闊にカイを連れ戻せねぇし」
「つまり、修行にはうってつけの場所なんだよ、このギルドは」
シルムさんとラッシュさんもお互いに頷き合う。え、で、でも心の準備が……!
僕がオロオロしていると、ドルクさんがバンッ、と前足で地面を叩く。
「いいか、カイ! 敵はお前を待ってはくれねぇんだ。俺たちが数日で、お前を“イーブル”と最低限戦えるまでの強さに鍛えてやる! ありがたくハートに刻んどきな!!」
「え、ぇえええ……!?」
「まぁ、どっちにしても今日はここに泊まっていきなよ。もう遅いからさ」
僕の叫びは誰も取り合ってくれなかった。その横で僕の気持ちを知ってか知らずか、シルムさんが優しい声で言う。すると……?
「おい、シェルマル!! いるか!?」
ドルクさんはありったけの音量で誰かの名を呼んだ。するとしばらくしてパタパタと忙しなくこちらに向かってくる足音が……。
「な、なんでしょうか親方っ!?」
現れたのは、青系統の体の色をしていて、両腰に貝のようなものをつけたポケモン――フタチマルだった。走ってきて少々息を切らしているのか、顔の白い髭が上下していた。フタチマルが現れたのを確認すると、ドルクさんは僕を見ながらフタチマルに言う。
「しばらくこいつをギルドで修行させるから、部屋へ案内してくれ」
「えっ!? 修行、ですか?」
『修行』と『ですか』のあいだに若干の間があった。な、なに!? その間は! すごく気になるんですけど……! しかも狼狽したような口調だし……!
「……わかりました。えっと、じゃあ俺について来て」
フタチマルさんが僕に向かって言った。このギルドで修行……嫌な予感しかしない……!
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「聞けば聞くほど面白い経緯を持っているな、カイは」
カイがシェルマルと一緒に親方の部屋から出てすぐ後、ドルクは感心というよりこの状況を楽しんでるように言った。するとシルムは首をかしげながらラッシュに尋ねる。
「でもどうしてラッシュは、カイと会った時から彼をここに連れてこようと思ったの?」
ラッシュはその問いに、静かに目を閉じながら低く呟く。
「……初めてカイを見たとき――」
『……あの、なにか?』
『……あんた……』
『?』
『……いや、何でもない』
「あの時、俺はカイから二つの波導を感じた」
「“二つ”?」
「ああ。しかも、一方の波導がもう一方の波導に負担がかかっていたんだ。だから妙に気になってな。一緒にここへ連れてきたって訳さ。今思えば、あれはカイと“もう一人のカイ”の波導だったに違いない」
「なるほど」
シルムはようやく自分の感じていた疑問が解かれて満足のいった様子だった。しかし、ラッシュは逆に先程のシルムのように疑問の表情を顔に浮かべた。
「それで、俺を呼んだ本当の理由はなんだ?ドルク」
前置きもなく彼はドルクにそう尋ねる。すると、ドルクと彼の横にいたシルムの目付きが険しくなった。
「……最近、ギルド周辺の空気の流れが妙だ。なにかがおかしい」
「空気?」
ラッシュは特に表情を変えることはしなかったが、その声に若干の片眉を吊り上げた。それを感じ取ったドルクはこう説明する。
「ラッシュ、お前が長年の修行で波導が読めるようになったのと同じように、俺も探検隊の生活をして長いからなのか勘ってやつが働くんだ」
「それはわかるが……『空気』とはやけに抽象的だな」
ラッシュの発言に、二人はすぐさま言葉を返す。
「それがそうでもねぇんだ」
「ドルクがこう言うもんだから、パルサに頼んで空間に異常がないか調べてもらったんだよ」
パルサとは、ギルド“ブレイブ”に所属しているパルキアのことだ。現在彼(性別不明だが)は他のギルドメンバーと共に遠征中である。
「パルサの話によると、空間は確かに歪んでいるらしい。だが、自分が手を出さなくても大丈夫なものらしいんだが……」
「万が一のことを考えてラッシュに来てもらったんだよ。だから、しばらくギルドで様子を見てくれないかな」
「それはかまわねぇが……こんなときにカイを修行させても良かったのか?」
ラッシュのもっともな疑問に、ドルクは破顔一笑した。そして……。
「ま、これも何かの縁だろ。楽しみだぜ、カイがどれだけ強くなるのか――」
★
一方、場所は変わりビクティニのギルドの親方の部屋――。
「――なんだろう?」
一人机に頬杖をしていた親方・ビクティニのウィント=インビクタは、唐突に耳をピクピクと動かしたと思うと、辺りをキョロキョロ見渡しながらそう呟いた。
「なんだろう? ……なにかを感じる……」
背中に付いた羽根をパタパタとはためかせ、親方の部屋を飛び回る。
「空間……。空間の歪み……。二つの異空間が……。これは――」
その瞬間、ウィントはなにかに気づいたかのように息を飲んだ。そして……。
「ラゴンッ! 僕はしばらくギルドを空けるよ! 後のことはよろしく!」
誰もいない親方の部屋にそう叫び残し、その窓からものすごいスピードでギルドの外へ飛び出した。
――ラゴンが親方の消えたことに気づいたのがだいぶ後だったことは、また別の話――。
★
「……」
僕はしばらく、先を歩くフタチマルさんの後頭部をぼーっと見ていた。
修行って……厳しいのかな……? あ、そういえば、フタチマルって“修行ポケモン”って言われてるんだっけ……?
「――ねぇ、君」
「え、あ、はいっ! なんですか?」
び、びっくりした。いつの間にかフタチマルさんが僕の方を見て声をかけていた。僕は慌てて答える。
「着いたよ、ここが君の部屋だ。――俺はフタチマルのシェルマル。ギルド“ブレイブ”に弟子入りした探検隊だよ。よろしく!」
「あ、僕はカイです」
シェルマルさんが手を差し出して来たので、僕は自己紹介しながら握り返す。そして、この際だから気になっていることを聞いてみることにした。
「あの……ここのギルドの修行って、どれぐらい厳しいんですか……?」
「え――」
……フリーズ。
僕がその言葉を発した瞬間、シェルマルさんの全挙動が停止した。い、いったいどうしたのだろうか……。
「……」
「……」
「……聞きたいですか」
「……はい?」
「聞きたいですか、修行」
「は、はぁ……」
いきなり口調が短調かつ敬語になったシェルマルさんは、僕が何かを言う前にクルッ、と後ろを向く。
「……ははは、厳しい、ね。俺からしたら“厳しい修行”の方がまだマシだったよ……」
「あ、あのー……」
シェルマルさんが何かブツブツ言い始めた。小さくて聞き取れないんだけど、な、なんかまずいオーラが……!
「毎日修行の後は死んだも同然だし、あの時なんかは×××××とかして、×××を×時間……ついこの前は×××××を……あっははは……」
「しぇ、シェルマルさん……?」
「エッ、ああ、修行? そうだね、うん。厳しいかどうかはそのポケモンによるよ。あははは!」
な、何だかすいませんッ!! わからないけどごめんなさい!!
僕はここに来て初めてこの質問はしてはいけないものだということを理解した。そして、その質問によってこのギルドの修行に対する不安は和らぐどころか一層深まっていった。