第七十二話 到着! ギルド“ブレイブ”
――ヤンキーズの魔の手(?)から逃げる途中で出会ったリザードンのラッシュさんに、成り行きながら彼の知り合いがやっているというギルドへ連れていってもらえることになった。ラッシュさんの背に乗ってそこまでいくわけだから、つまり僕らはいま上空約百メートル地点にいるわけで……。
★
ビュオッ!
風を切る音がひっきりなしに僕の耳にまとわりつく。しかも、耳の後ろについた房がバタバタと風に煽られて痛いのなんのって……。
「ら、ラッシュさん……! もうちょっとスピードを――ぶっ!?」
「喋ってると舌噛むぜ」
そ、そういうことは早く言って欲しいです! 僕は舌を噛んだ痛みに悶えながら内心で抗議した。
……よく考えたら、数多(あまた)の闘いを潜り抜けてきたような強靭な身体を持つラッシュさんの飛行速度が普通のポケモンと一緒だなんて考えちゃいけなかったんだ! “この近くに”ギルドがあるって言ってたけど、一般ポケモンからしたらそれってどれだけの距離なのだろうか? いま考えたら……。
「カイ! ここから少し揺れるかも知れねぇからしっかり掴まってろ!」
「え!? ちょ――ぎゃぁああああッ!?」
問答無用でラッシュさんの体が傾いた! 僕の叫びは虚空の彼方に尾を引いて消えていく……。
――ああ……! 僕の人生はここで終わるかも……!
★
「……」
「着いたぜ、カイ――おい、大丈夫か?」
しばらく放心状態になっていた僕に向かって、ラッシュさんが声をかける。
「だ、だいじょばないです……」
いつのまにかラッシュさんは地面に着陸していた。僕の人生初のフライトは少々刺激的すぎたようだ……。
僕はふらふらしながらラッシュさんの背から降りると、砂の感触が足をくすぐる。砂は砂でも……海岸に敷き詰められた砂浜の感触だ。辺りには焦げ茶に近い岩盤があって、そこに登ったクラブたちが泡を吹いている。ふわふわと浮く泡を目で追っていると、いつの間にか太陽が西にずいぶん傾いていることに気づいた。あ、もう夕方なんだ。
「ここは……」
「大陸の南、ダンジョン“海岸の洞窟”近くの浜辺だ」
「それで、ギルドというのは……?」
「ああそれは、ほら……」
ラッシュさんは浜辺から離れた崖の上を指差した。そこにはまるでポケモンのサメハダーをかたどったような岩(これでも天然の岩らしい)が僕らを見下ろしている。
すると、その岩の横に……なにやらまたポケモンをかたどった建物がどしりとたたずんでいるのだった。材質はレンガのようだが、それらは緑の塗料で染色されていて、まるで甲羅のような作り、しかも甲羅の上には突起のようなものが突き出ている。このポケモンは……。
「――ドダイトス……ですか?」
「ああ、あれが俺の知り合いのギルドだ。ま、口で説明するより実際に見た方が早いだろ。行くぜ!」
「は、はい!」
ラッシュさんに連れられてドダイトスをかたどったレンガ造りのギルドにやって来た。どうやら口の部分が入り口みたいだけど……。正直、入るのが怖い。
「はぁ、ここも久しぶりだな」
だが、ラッシュさんはかってしったる何やら、といった感じで悠々と入り口から中へ入っていってしまう。ちょ、ちょっと待って……!
「カイも早く来いよ!」
「は、はいっ……!」
ちょっとまだ入るのは怖いけど、ラッシュさんとはぐれるのはもっと嫌だったから仕方なく中へ入っていった――。
ビーッ、ビーッ。
なんだか不思議な音が鳴る入り口に出迎えられたあと(それがセキュリティだったのは後で知った話だ)、僕らはギルドの一階に訪れた。一階は食堂になっているようで色々なお店からいい匂いがする。
「おーい! ……なんだ、誰もいないのか?」
ただ、一階へ来たのは良いんだけど、ラッシュさんが言うようにそこに見当たるポケモンは一匹もいない。だんだん心配になってくると……?
「――ん……? あれ? もしかして、ラッシュ!?」
二階へ続く階段から声がした。その方を振り返ってみると、そこには……。
頭から燃え盛る炎、長い四肢に、細長い尻尾……。ゴウカザルがラッシュさんの姿に気づいてこちらに近づいてきた。
「シルムか! 久しぶりだな」
「待ってたよ! 元気だった!?」
「ああ、まあそれなりにな」
しかし、シルムと呼ばれたゴウカザルさんは……格好が普通の種族のそれとまるで違った。
ジーンズに首にはごうかのマフラーをしていて、カーディガンを着ている。こっそり背後を覗いてみると、そのカーディガンにはどでかく炎の刺繍が……。これだけで僕にはインパクト十分だったが、それよりも度肝を抜いたのは彼の腰に提げた武器だ……。
左腰には何か謂れがありそうな剣がついていて、両腰には同じ形をした二つの見たことない武器(のちに本人から拳銃というものだと教えてもらった)がおさめてあった……。
「あれ? そこのリオル君はどうしたの?」
と、ゴウカザルさんは僕の姿に気づきラッシュさんに尋ねた。
「あぁ、こいつは……」
「あ! もしかしてバトル部の新しい後輩!? うわぁ、ラッシュが連れてきたんだから強いんだろうなぁ……。オイラと手合わせしてくれるかい?」
えっ? ば、ばとるぶ? なんだそれ……?
「というか、あなたは……」
「あ、聞きたいかい? 聞きたいよねオイラの事……」
えっ?
「オイラはゴウカザルのシルム! 探検隊ブレイブのサブリーダー兼ギルド『ブレイブ』の副親方だよ、よろしくね」
「は、はぁ、よろしくおねがいします……」
僕はひとまずシルムさんと握手をする。ただ、ひとつ気になることが……。
「ばとるぶ? ……って、なんですか?」
「え――?」
ゴウカザルさんの顔が驚きに染まる。すると、ラッシュさんが気まずそうに頬を掻き……?
「あー……こいつのことで少し話があるんだ。親方はいるのか?」
「え、ドルク? いるけど……」
「じゃあそこで詳しく話すぜ」
「はぁ」
シルムさんは訝しげに首を捻りながら曖昧にそう答えた。
★
僕、ラッシュさん、シルムさんの三匹は親方がいるという地下一階へ向かった。先頭を歩くシルムさんが親方の部屋の扉を開く。
「ドルク、ラッシュが来てくれたよ!」
「おっ?」
部屋の中にいたのは、大きな甲羅の上に鋭い突起物と一本の木。太く逞しい右腕にはフォレストリングという専用道具をつけていて左眼には傷がついているが見える。誰かに攻撃をされたのだろうか、見ていてとても痛々しい。
「ラッシュ! 久しぶりだなぁ、元気にやってたか?」
「それなりにいろいろあったな。そっちもしっかりやってるみたいじゃねぇか」
「あたりめぇだぜ、しっかりやらなきゃ初めからギルド建ててねぇよ。……ん? そこのリオルは……」
親方らしいドダイトスは僕の姿を凝視しながら言った。
「あ、えっと僕は――」
「ああ、もしかしてバトル部の新入部員か!? ラッシュが連れてきたんだから強ぇんだろうな。今度バトルしてみるか」
「……」
ドダイトスさんはシルムさんと全く同じ反応をして豪快に笑った。
だから、ばとるぶってなに!?
ばとるぶ――バトル部というのが、ラッシュさんが元部長をしていた部活と知ったのは大分後の話だ。ラッシュさんは部長時代にバトル部で各地に名を馳せたとかなんとか――。
「あ、あの……あなたは……」
「お、聞きてぇか? 聞きてぇよなぁ、俺の事」
「え、っと……」
「俺はドダイトスのドルク! 探検隊ブレイブのリーダー兼ギルド『ブレイブ』の親方で元人間だ!! テメェのハートに刻んどきな!!」
「も、元ニンゲンッ!?」
ま、まさか、ここにもスバルと同じ元ニンゲンがいただなんて……!
「ドルク、他のギルドの奴はどうしたんだ?」
ラッシュさんが腕を組みながら彼に訪ねる。
「あいつらはどうしても遠征に行きてえっつうから行かせてやったよ。今ギルドに残っているのはミネラとシェルマルだけだ」
「みんなの事だし、しばらくは帰ってこないと思うよ」
「はぁ、遠征ね」
「そんで? そこのリオルをどうして連れてきたんだよ?」
「あぁ、まあそのことなんだが……」
ラッシュさんはドルクさんとシルムさんに先ほど僕の身に起きたこと、そしてその背景には僕に複雑な経緯があることを話した。
「ふーん。追われてた、ねぇ……」
「しかも同じ探検隊に?」
ドルクさんとシルムさんはお互いにそれぞれの反応を示した。そんな中ドルクさんが僕に向き直り尋ねる。
「で? カイはどこのギルドの探検隊なんだ?」
「えっと、ビクティニのギルドです」
「「ビクティニのギルド?」」
ドルクさんとシルムさんが声を合わせて首をかしげた。
「え……聞いたことないね、そのギルド」
「俺も初耳だ」
「なんで?」
「しらねぇ。……まぁわからねぇもんをいつまで考えていても仕方ねぇな。とりあえずカイ、お前の話を聞こうじゃねぇか」
「え?」
ぼ、僕の話?
「ほら、ラッシュが連れてきたんだからこれも何かの縁だよ」
シルムさんが僕に優しい眼差しでそう言ってくる。ラッシュさんが連れてきたから……ってどういうことだろうか?
「彼はリザードンだけど波導が読めるんだ」
えぇ!? 波導が!? ラッシュさん、すごい……! 何者?
「多分、君から何かただならぬものを感じ取ったんだよ」
「まぁ……確かに。カイからはいろんなものを感じ取ったな」
僕の横にいたラッシュさんが頷きながら言った。
「だから……話してくれないかな? 君の今までを」
「……」
今まで……。なぜだろうか、彼らに今までのことを話すのに躊躇いを感じてしまう……。言っていいのだろうか?
“イーブル”のことを。
“もう一人の僕”――ルアンのことを。
スバルや仲間を傷つけたことを。
そして自分の弱さを――。
「――おい」
ハッ!
突然声をかけられて、僕は慌てて顔をあげた。ドルクさんが鋭い目で僕を見つめている。
「一人で悩んでるぐらいならまず俺たちに話せ。ウジウジしてたって何の解決にもならねぇだろうが!」
「えっ、あ、はいっ」
僕は、ドルクさんの気迫に思わず背筋を伸ばして答えた。
そして、僕は勢いに任せて話し始める。今までのことを、全て――。