第七十話 僕と“僕”2
――家出ならぬ“ギルド出”を実行し、一人きり(?)になった僕。そんな中“もう一人の僕”が、僕が波導を読めない理由を教えると言い出して……?
★
僕が波導を読めない理由……?
体力が持たないのも、波導が読めないのも……ただ単に僕が力不足なだけかと思っていたけど……。
「理由……があるの?」
『ああ。今までそのせいでいろいろと苦労をしてきただろうが、それは私のせいだ……』
「君の……?」
正直、僕は自分の体力の問題と“もう一人の僕”を結びつけたことなんて一度もなかった。ましてや、“僕”は僕のことを何回も助けてくれたのに『私のせい』だなんて……。一度も思ったことはない。思ったことないけど……。僕は思わずため息をついていた。
『……君自身も薄々勘づいているとは思うが、私は君とは違う“魂”だ』
「たましい……」
『私は……肉体を持たない存在として、何十年、何百年もの間、魂を預けることが出来る者を待ち続けた』
何百年……。
気が遠くなるという言葉ではすまないような長い間誰かを待ち続けるというのはいったい……どんな気持ちなんだろう……?
誰とも話せず、存在すらも認識してもらえず……。僕なら、それこそ発狂してしまうかもしれない。
「そんなに長い間……」
『ああ。待ち続けてようやく現れたのが……カイ、君だった』
「どうして、僕だったの?」
『君が他人には無い特別な波導を持っていたからだ。普通のポケモンに、自分以外のもうひとつの魂を体に住まわすようなことはできない』
「そ、そうなの……?」
なんかピンと来ないなぁ。
『君が波導を読めない理由。それは、君の持てる波導のほぼ全てを使い、私の魂が君の体から離れないように押しとどめているからだ』
「押しとどめている?」
僕の波導が? 僕はそんなこと意識している試しはなかったんだけど。意識とは関係ないのかな。
『君の体力が持たないのは、私という“異物”が君の体の中にあることで少なからず負担がかかっているからだ』
「い、異物っ……?」
『生き物というのは、自身に害をなす存在――異物を排除しようとする本能がある。菌やウィルス……もちろん、私の魂も例外ではない』
それって、僕の体が無意識に“僕”を追い出そうとしてたってことかな?
『君の波導が私の魂を押しとどめている反面、君の体は私を駆逐しようとしている。その相反する行動が君の体力を削っている』
「そう、なんだ……」
体力が無いのは、僕のせいではなかった? いや、だからって、“僕”のせいにする訳じゃないけど。でも、もし“僕”がいなかったら、僕は波導が読めたってこと……?
『そこで、君が当初口にした疑問――なぜ夢の中でしか現れなかった私が今君と会話が出来るのか、だが……』
「うん……」
『今まで私のことを“異物”として認識していた君の体が、私を少しずつ受け入れ始めたからだ』
「受け入れ始めた? それって……」
『長い間君の体に潜んでいるせいか、私のことを自身の体の一部だと思い始めている。だから、夢でしか接触できなかった私も今はこうして君と会話が出来る』
僕の体が、“僕”を受け入れ始めている……。それって、良いことなのかな? 僕自身は嬉しいけど。
僕がそう言ってみると、彼は僕の予想に反して深いため息をついた。
『いや、たとえ君の体が私を受け入れても、私の魂が君に負担をかけていることに変わりはない。……一概に良いとは言えないかもしれない』
そんな……。“僕”はいつでも君を助けてくれたのに……。
なら、僕はそんな負担を上回るぐらいの強さを身に付ければいいのかな? でも、僕にそんなことが出来るのかな……。
わからない。
僕がそんな答えの見つからない問題に考えを巡らせていると、僕はふと根本的な疑問にたどり着いた。
「そういえば……。君はそもそもなんで魂だけの存在なの? ……何百年も前から待ち続けてたってことは、君は何百年も前のポケモンなの?」
そして、“英雄”という言葉と“僕”との関係は一体なんだろうか? “僕”イコール“英雄”なんだろうか?
でもじゃあ、なぜ“僕”を“英雄”だと言い当てた、“イーブル”の四本柱であるエルレイドにあんなことをしたのだろう?
“もう一人の僕”について考え始めたら、いろいろな疑問がひっきりなしに出てくる。
『……すまない。その事についてはまだ私自身も感情の整理ができていない。……時が来たら必ず話す。だから、それまで待っていてくれないか』
そう僕の心に語りかける彼は、すごく辛そうだった。なんだか僕は居たたまれない気持ちになる。
「ご、ごめん……」
『いや、こちらこそ……すまない……』
「……」
『……』
しばらくの間沈黙が続いた。お互いに何をしゃべればいいのかわからなくなってしまった。すると何分かたったあと、“僕”が静かにこう語り出す。
『……私は出来るだけ君には干渉しないことにしようと思う』
「干渉?」
それって、僕に出来るだけしゃべったり関わったりしないようにするってこと?
『私はあくまで場所を借りているだけであり、この体もそれに宿った心も君のものだ。そして、一度しか無いこの人生も……また君だけのもの。私が関わったことで、君の信念や主張が揺らいだり弱くなってはいけない。……たとえそれが正しくても、そうではなくても……。だから私は、よほどのことがない限り君に干渉はしない』
「でも、それは……」
『現に、私は干渉をしすぎた。だからこうしてお互いに会話をするのも、これが最後かもしれない』
さ、最後だなんて言わないでよ! まだ君のことを最後まで聞いてないじゃないか!!
僕はできればそう叫びたかった。でもその瞬間、僕は彼がエルレイドに攻撃をしたときのことを思い出してしまった。
“英雄”と口にした瞬間、何かの逆鱗に触れた“僕”……。しかし、エルレイドを殺めようとしたその手は、紛れもなく僕の手で――。
『わかるだろう、カイ。私が干渉するのは君にとってよくないことなんだ』
「で、でもっ……!」
『私がいなくても、君は十分に強い。腕ではなく、心が。……“あなたは、決して弱くなんかありません。危機に陥ったスバルさんを全力で守ろうと一歩踏み出したあの勇気こそが、紛れもなくあなたの強さです”』
「その言葉は……」
『異世界の彼が言っていた言葉だ。私はもう……意識を奥底に潜める。時が来るまで』
「ま、待って! 最後にひとつだけ! 君にも名前はあるんでしょ? それだけは教えてくれないかな。僕、君のことを名前で呼びたいんだ!」
それぐらいは許されるはずだ。じゃなきゃ、僕はこれから君のことをどう呼べばいいんだろう? 君は僕とは違う……“もう一人の僕”じゃないんだ!
『名前……か。私の名前は――』
そういっている間にも、彼の声は薄れていく。ああ、本当に意識を奥底に潜めるんだなぁ、という、どこか実感のわかない考えが僕の頭をよぎった。そして、最後に聞き取った名前は……。
『――ルアン』
★
――ビクティニのギルド。
“とある探検隊”にカイを捜索させることで話が決まったシャナたち。そんな中、シャナはスバルのいる部屋に訪れていた。
「――スバル……?」
スバルの部屋の中に入ったシャナは、返事がないとわかっていつつも静かにその名を呼んだ。もしかしたら、起きているかもしれない……。そんな浅はかなことを思いながら。もちろん、ベッドの上で静かに呼吸を繰り返すスバルが、返事をすることはなかったが。
シャナは、寝ているスバルの横に座り、しばらく寝顔を眺める。
そして、片手で握った拳を額に当てる。
『――シャナ、お前は二人を守れたか?』
『――あれから五年が経った。何があろうとおかしくはない』
――もう、何がなんだかわからない……。
「俺は……どうすればいいんだ……」
シャナは、ここ数日にあった事柄たちを思いだし、思わずそう呟いていた。
五年前に死んだと思っていた――ギルドでは死亡扱いされているエルザの出現。彼が敵として再び探検隊の前に現れたことを、シャナはギルドに報告することができなかった。報告する勇気がなかった。
そして、そのエルザを手にかけようとしたカイ……いや、“もう一人のカイ”。そして、スバルの瀕死の怪我。
自分は、何一つ守れやしなかった。過去も、そして現在も。
――情けない……。俺はいったい何をやっているんだ……!!
額につけた拳を握りしめ、固く目を閉じる。
もう一度エルザに会う日まで残された日にちは十二日。シャナはどうすればいいのかわからなくなってしまった。
「はぁ……」
「――ん……だれ、か……いるの……?」
「えっ……」
自分以外に声が聞こえたので、シャナは慌てて閉じていた目を開いた。
「スバル……」
「ぁ……ししょ……?」
シャナがその名を呼ぶと、スバルは消え入りそうな声ながらも、ベッドに仰向けで伏せている体制から小さく微笑みかけた。
「悪い。起こしちゃったか……?」
「ううん……だいじょぶです……」
スバルの額にシャナはそっと手を触れる。そこから彼女の体温が手に伝わってきた。
――まだ熱があるな……。
シャナが一人でそんなことを考えていると、スバルは自身の額に置かれた彼の手を物珍しそうに見つめていた。
「ししょ、う……どうしたんですか……?」
「えっ? ――あ、すまない、つい……」
シャナは我に返ったように慌てて手を引っ込めた。な、何をやっているんだ俺は、と恥ずかしさにさいなまれる。
「べ、別に深い意味はないんだっ、俺がものすごく幼い頃によく両親がやっていて……!」
取り繕うように早口でシャナは言った。するとスバルはゆるゆると首を振る。
「師匠の手……冷たくて気持ち良いかも……」
「そ、そうか?」
わからない。
シャナは自分の手をまじまじと見つめてみる。そんなシャナの様子を見ていたスバルは、ふとこんなことを尋ねた。
「ねぇ、師匠……」
「なんだ」
「私って……いつ治ります……?」
「……はぁ?」
シャナは、スバルな予想だにしなかった質問に思わずヴォリュームが上がる。
「あのなぁ、スバル。今はそんなこと考えるな。焦ったら治るものも治らない」
「だって……カイが心配なんだもん……」
ギクッ。シャナの表情が一瞬ひきつる。
いまカイは絶賛ギルド出中だ。それをスバルが知ったら、彼女は間違いなくカイを心配する。そんな精神状態でいたら、まさに『治るものも治らない』。
シャナは、カイのことはスバルに黙っておこうと誓った。
――頼むぞ……!! 早くカイを見つけてくれ!
シャナはカイの捜索に行った“とある探検隊”に向けて切実に願った。
★
「――見つけたぜぇ……坊主」
光がサングラスに反射して、サングラスの主が見ている映像を映し出した。
そこには、青と黒のからだ、垂れ下がった二つの房……――リオルだ。
彼はサングラスをずらし、遠くに座っているリオル――カイを裸眼で確認する。
「意外と簡単に見つかったっすね」
「ケッ、兄貴ぃ。手っ取り早く終わらせましょうぜ」
彼の周りにいる二匹のポケモン――ズルズキンとドクロッグがサングラスに向かってそう言った。
「坊主を無事にギルドへ連れ戻す。それが俺たちに課せられたギルド直々の依頼だ……」
兄貴と呼ばれたポケモン――ワルビアルは、ひっそりと呟いた後に後ろの二匹に向かって朗々と叫んだ。
「気を引き閉めてかかるぜぇ、弟ども!」
「「へい、兄貴!!」」
そして、三匹――探検隊“ヤンキーズ”のサスケ、カガネ、ギンジは、カイを連れ戻すべく歩き出すのだった――。