へっぽこポケモン探検記




















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第六章 探究と追究編
第六十九話 僕と“僕”1
 ――眠りの山郷での騒動から二日が経った。だが、次なる騒動が彼らに息をつく間を与えることを許さなかった。その騒動とは……。





 心地よい風が頬を通り抜けた。
 芝生の上に寝転がっていた俺は、静かに目を開ける。目の前に広がるのはどこまでも青い空だ。雲が視界の端っこに尾を引いている。俺はどちらかと言うと快晴より少し雲が残った晴れが好きだ。なぜだろうか、逆に何もない空を眺めていると不安になってくる。
 つまり、今日の天気は俺にとっては最高のコンディションだ……。

『――おい』

 俺が再び目を閉じたと同時に、誰かが俺に向かって呼び掛けた。俺が目を開けると、そこには二つの顔が。
 片方は、今でも何回も俺の前に現れる赤い双眸。そしてもう片方は――。
 ――二度と見ることがないと思っていた顔――。
『お前こんなところで何やってんだよ?』
『風邪引くぞ』
『……なんだ、二人して? 俺の安眠を妨害しに来たのか』
 すると、片方がニヤリと笑った。
『そうとも言えるなぁ』
『やめろよ、ルテア。……いや、起こしに来たのは事実だがな。親方が呼んでる、ギルドに戻ろう』
『ああ……そうか』
 俺は上半身を持ち上げて数回まばたきをする。
『俺が技で眠気を覚ましてやろうか?』
 ズイッ、と嫌らしい笑みを浮かべた馬鹿が俺にとんでもない提案をしてくる。やめろ、もれなく三途の川までまっしぐらだ!
『遠慮しておく!』
『遠慮するなよ、ほら行くぜ!』
『……やめとけって』
 横で控えめに助け船を出してくれているが、こいつはそんなことでは止まらない。
『おいっ! 待て! 早まるなッ! お――』

『――“十万ボルト”!』





「――のわぁッ!?」
 自身の本能が超危険信号を発令した! 今まで熟睡していた俺だったが慌てて横に転がる。すると、今まで俺がいた場所に何かが落ちたかと思うと、その場所が黒こげになった。
 そうなった原因は簡単だ。……“十万ボルト”が落ちたからだ。何しやがる! 心臓に悪い……!
「お前、これで起きるんなら最初から起きろよ!」
 俺がバクバクと鳴る心臓をなだめていると、横から豪快な音量の叫び声がした。俺が覚醒しきっていないままその方を見ると……ルテアだ。かなりご立腹の様子である。
 ああ、そうか……。俺はすべてを理解した。
 ――寝過ごしたのだ。
 ルテアがいつまで経っても降りてこない俺を起こしに来た。そこまでは良い。だが、いくら声をかけても起きない俺に、こいつの“堪忍”という名の袋の緒が切れたようだ。それで“十万ボルト”という強行手段に出たらしい。俺は頭をかいた。
 ――あんな昔の夢なんか見るから寝過ごすんだ! まだ、俺が何も知らなかった頃の夢を……!
「おい、シャナッ! ぼーっとすんなよ、大変なんだ!」
「……は?」
 ルテアの慌てようが半端じゃない。こいつがこんなに慌ててるってことは、何か問題でも起こったのだろうか?
「何が大変なんだ」
「いいか、落ち着いて聞けよ……!」
 ルテアはゴクリと唾を飲んで神妙な顔つきで間を置く。こんなルテアは久しぶりだ。こっちまで緊張してくる。すると……。

「――カイが……家出したッ!!」

「………………な」
 なんだとぉおおおッ!?





『――数日間ギルドを空けます。いきなり勝手なことをしてすいません。でも、しばらく一人で考える時間をください』
 親方の執務室にてウィント親方から渡された紙切れには、このような文面が書かれていた。もちろん、書いたのはカイだ。これを読んだ俺の頭の痛さが三割増しになったのは言うまでもない。
「う゛ぁあああん!! カイが出ていっちゃったよぉー!!」
「……」
 俺の目の前ではクリクリと殺人的な可愛さを誇る目を大粒の涙で濡らした親方が……。
「……親方様、お願いですから涙でグショグショにした顔を俺に押し付けないでいただけますか!」
 ラゴンさんは嫌そうな顔で顔を埋めているウィント親方を睨んだ。色違いの緑の体毛が涙やら鼻水やらでまずいことになっている。
「――と、言うことだ、シャナ、ルテア。これが何を意味するかわかるか?」
 ラゴンさんは出し抜けに俺らの方に向き直って切り出す。“これが何を意味するかわかるか”だと? つまり……。
「『危険』だ、と。そういうことでしょう」
 俺はラゴンさんが望んでいた答えを口にした。すると後ろにいたルテアが言葉を繋ぐ。
「カイは“イーブル”からすれば危険因子レベルから脅威レベルのポケモンだ。そんなカイが家出ならず“ギルド出”をしたと知ったら、すぐに消しにいくよな」
 ことは思った以上に深刻だ。早く見つけなければまずい。なぜギルド出なんかしたんだ、カイ! スバルはどうするつもりだ!
「カイぃー!! 戻ってきてよぉー!! グミちゃんあげるからぁ!!」
「今からでもギルドで捜索依頼を出すべきだな。誰かカイを探してくれる探検隊を募らなければ」
 ラゴンさんは完全に親方を空気と見なし話を続ける。
「俺が行きましょうか」
 俺が手を挙げて提案すると、ラゴンさんは「はぁ?」と呆れたような口調になる。なぜだ?
「お前、忘れたわけではないよな? “眠りの山郷”についての報告書を一ページももらっていないぞ!」
「……」
「あーあ」
 ルテアが俺を見て声をあげた。
 忘れてた。そう言えば、まだ報告書は手付かずの状態だ。まずい、俺としたことがあるまじき失態だ。今まで報告書の提出は遅らせたことがなかったのに。
「お前にしては珍しい。だがな、もちろん珍しいからといって譲歩はしないぞ。お前はまずカイを探す前に報告書を出せ!」
「はい……」
 くそっ。いまほど報告書が邪魔だと感じたことはない。だが、眠りの山郷に向かった者の中でまともに報告書が書けるギルドのポケモンは俺しかいないんだからしょうがない。カイやスバルはあんな状態だし、俺の横にいる赤目は論外だ。
「俺は……行きたいのは山々だが、あいにく例のND調査がまだだ」
 そんな赤目もカイの捜索は無理らしい。ND調査……魂を奪われた三匹の調査か。あれは“フォース”と一緒にしていたはずだが、まだ調べきれてなかったか。
「リオナ、誰か手が空いている者たちはいないか? カイを探せて、“イーブル”と鉢合わせても対処できるポケモン……」
 ラゴンさんは、今まで一緒にいながら一言も発しないリオナに水を向ける。というか、いたのか。彼女は手元の資料をめくり、静かに言った。
「ほとんどがNDの調査や敵情視察で手が空いていませんが、カイ君を探せる力量を持ったポケモンたちは二組います」
「一組目は?」
「流浪探偵のローゼ氏です」
「却下だ」
 見事な即答だ。当たり前だがな。一本道ですらラビリンスなローゼさんに捜索を任せた日には、カイの身は間違いなく破滅だ。
「もう一組は?」
 ラゴンさんが先を促すと、リオナは何かを含んだ笑みを漏らして口を開いた。
「もう一組は――」





 トレジャータウンを後にしてもうどれぐらい経っただろうか?
 ギルドを出た僕は、できるだけ離れた場所に行くために歩を進めていた。しかし……。
「はぁ……はぁ、ちょ、ちょっと休憩しよう……」
 やっぱり例のごとく僕は息切れを引き起こす始末だった。まったく、お先真っ暗だね……。
 僕が休憩場所に選んだのは小高い丘だった。いや、丘というよりは岬と言った方がいい場所で、遠方には海が見える。そういえばビクティニのギルドは大陸の極東にあったはずだ。少し歩けば海があるのは当然かもしれない。
「はぁ……」
 腰を下ろして一息ついた僕の頬を風がすり抜ける。
 前よりは少し体力がついたかな……。僕はぼんやりとそんなことを考えた。自己検証だからもしかしたら変わってないかもしれないけど。
「……“僕”……聞こえる?」
 僕は静かに呟いた。
 あの件の後の夢を見てからというもの、“僕”は一言も僕に語りかけなくなってしまった。少し前は夢の中でしか会話ができなかったけど、眠りの山郷では直接僕に語りかけた。しかも、あのときは体を譲った後も僕に意識があった。確実に僕は何かの変化をとげているけど、その変化の理由がわからないからすごく不安だ。でも、“僕”はいまだにふさぎ込んだままで、なんにも教えてくれない。
「……聞いてよ。僕、ギルドを飛び出しちゃったんだ。あはは……」
 まるで独り言のように僕は続ける。たとえ、返事が無いとわかっていても、語り出してしまう。
「今ごろシャナさんたち心配してるんだろうなぁ……。」
 いや、シャナさんたちだけじゃない。スバルを置いて、僕は飛び出してしまったんだ。
「でも、僕が一人で強くなるため――君の力を借りずに強くなるためだから……しょうがないんだ……」

『――よくもその名をッ……!』

 “英雄”――。
 この言葉と“僕”にどんな関係があるかはわからないけど……。
 そう。
 僕が“僕”の力を頼ったばっかりに、“僕”の傷をえぐってしまったことは、いけないことだったんだ。だから、僕は一人で強く……。
「ははっ……でもさ、いざ強くなろうって思ってら、何から手をつけていいかわかんないや。これからどうしようか?」
『……カイ』
「!」
 僕の脳内に誰かの声が響いた。“僕”……!?
「聞いてたの……?」
『……ああ』
「“僕”! ……あのね」
『わかっている……私も、すまなかった』
 “僕”は静かに僕に向けて謝った。たぶんあの時僕の体でエルレイドを殺めようとしてしまったことに対する謝罪だろう。でも、それより……。
「“僕”……君に聞きたいことが一杯あるんだ……!」
『……わかっている。できるだけ答えよう』
「……」
 思わず唾を飲んだ。今まで聞きたいことが山ほどあったのに、いざ聞こうとすると言葉に詰まってしまう。
「今まで、君とは夢でしか話せなかったけど、今はちゃんと起きてるときでも意思「疏通」ができるんだね。どうしてかな」
『……それを説明するのは長くなる。恐らく君が他に抱いているであろう疑問も一緒に説明しなければならないからだ』
 他の疑問……。
『……話そう。君の体力が他より持たない理由、そして……君が“波導”を読めない理由を――』

ものかき ( 2014/04/17(木) 16:48 )