へっぽこポケモン探検記




















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第六章 探究と追究編
第九十一話 バトル!?――“爆炎”VS“槍雷” 前編
 ――シャナさんはやっぱり強いヒトだった。彼は瀕死の攻撃を受けたのにも関わらず、死の淵から無事に這い上がってきたんだ。





「カイ! 行くよほら早く!!」
「あ、ちょっとスバル待っ――痛い痛い!」
 僕らの部屋の入り口にいたスバルがこちらへ来て、まだ準備中の僕の腕をぐいぐいと引っ張る。う、腕が千切れるッ!
「す、スバル……そんなに急がなくてもいいんじゃ……!?」
「えー? だって――」
 スバルは僕の言葉を受けて、やっと腕を離してくれた。ふぅ……。僕は引っ張られた腕をほぐしながらスバルを見る。と、彼女の瞳はキラキラと歓喜の輝きを放っていた。

「――やっと師匠のお見舞いに行けるんだもの!」

 シャナさんが無事に意識を取り戻したのは、彼がギルドに担ぎ込まれてから数日後のことだった。ショウさん曰く、彼の生存確率は五分五分だったらしいから、これは“奇跡の生還”と言っても過言じゃないだろう。
 だが、しかしと言うか、やはりと言うか、彼が目を覚ましても『面会』となるとそれはすぐには無理で、数日間はギルド関係者でも面会謝絶だった。それほど彼の傷が深かったということだろうか。想像しただけで痛々しい。
 これで、スバルがさっき喜んでいた理由をわかってくれるだろう。そう、今日から僕らでもシャナさんのところへお見舞いに行けるようになったから、彼女はあんなテンションだったんだ。
 だからって、僕の腕を引っ張るのはやめてほしかったけどね。





 というわけで、僕らはシャナさんの部屋の前にやって来た。スバルが扉の前に立って慎重に声を上げる。
「……ししょー?」
 ……語尾を微妙に伸ばして。
「……はいりますよー?」
 しばらくの間、複数の声が部屋の中で何かの会話をしていたが、その後すぐに返事が返ってきた。
「ああ、いいぞ」
 ……シャナさんの声だ。
「入りまーす」
 ガチャ。スバルが背伸びをして部屋の扉を開けた。するとそこには、ベッドに寄りかかったシャナさんと――。

「――ルテアさん??」

 僕は思わず声をあげた。
 シャナさんの横には、ルテアさんにそっくりの……だがルテアさんよりも一回り年を取っているレントラーがいたからだ。なんというか、未来のルテアさんが時渡りして現代に来た感じの人だ。
 未来のルテアさん(?)は、部屋に入ってきた僕らをまじまじと見つめた。そしてその視線視線がスバルで止まると……?
「スバルちゃん! 久しぶりじゃないか!」
「ロディアさんっ!」
 どうやらスバルは、ロディアと呼ばれた未来のルテアさんと知り合いらしかった。彼女はすぐに彼の方へ走り寄る。
「お久しぶりです! いつからこっちに来ていたんですか? 驚いちゃった!」
「いやぁ、彼のことを聞いて心配でね。仕事を蹴ってこっちへ来てしまったんだ、ははは!」
 ロディアさんはそう言いながらルテアさんのように豪快に笑う。置いてきぼりを食らった僕はさりげなくシャナさんに近づいて小声で聞く。
「あの、シャナさん……? あのヒトは一体……」
「あぁ。……俺の父さんだ」
「……」
 父さん? え、でもシャナさんのお父さんって、ずいぶん前に亡くなっていたんじゃ? じゃあ、この人はつまり……?
「えぇッ!? ドッペルゲンガーッ!?」
「いやそんなわけないだろ。というか意味違うだろ。義理の父親だ、義理の」
 そういうシャナさんの表情は、僕の反応に若干呆れ気味になっていた。
 ああ、義理ね。そういうことか。……恥ずかしい……!
「そこのリオル君はスバルちゃんの友達?」
 スバルと会話をしていたロディアさんは、僕の方を見るとスバルに向き直って彼女に聞いた。スバルは大きく頷く。
「そうです! 私たち、二人で探検隊してて……」
「そうか! へぇ、スバルちゃんにも同年代の仲間ができたのかぁ」
 しみじみと、まるでスバルの本当の父親のような優しい声音で呟いた。そして彼は僕を見て改めて姿勢を正す。
「私は隣町で町長をやらせてもらっているロディアという。よろしく」
「あ、僕はカイと言います」
 ロディアさんが僕に手を差し出してきたので、僕は自己紹介をしながらその手を握り返した。
「ロディアさんはルテアのお父さんなんだよ」
 と、そこへスバルが補足を加えた。……って!
「る、ルテアさんのお父さんッ!?」
「いやぁ、お恥ずかしながら、あいつの父親です」
 そういうロディアさんの表情は、言葉とは裏腹に少し得意気だった。
 た、確かに顔立ちが似ているとは思ったけど、まさか父親だったとは……! ルテアさんを礼儀正しくしたらこうなるのかな……? え、今の発言は失礼だって?
「スバルは前からロディアさんを知ってたの?」
「うん。だって私が拾われた町の町長さんだもん」
「あ、そっか」
 確かに拾われたとなれば、スバルがその町で生活していくには、何らかの形で町長であるロディアさんと接触するはずか。
「まぁ、シャナの元気な姿も見られたし、スバルちゃんにも会えたし、私はそろそろ町へ帰ろうかな」
 ロディアさんはそう言って、よいしょと腰を浮かせた。それを見たスバルが残念そうな顔をする。
「えぇー? もうちょっとトレジャータウンにいればいいのに」
「いや、だってほら……仕事すっぽかしちゃったわけだし、早く帰らないとそろそろ家内が怖そうだから」
ロディアさんが、言葉と一緒に苦笑をしたのにつられて、僕らまで思わず苦笑いしてしまった。
「義父さん、来てくれてありがとうございます」
 シャナさんが律儀に、ベッドに座りながら頭を下げる。ロディアさんは目を細めた。
「うん。もう無茶するんじゃないぞ。この年になると今回みたいなことは心臓に悪いんだからな」
「……り、リアルな冗談はよしてください」
「それなら気を付けるように。じゃあ、お大事に」
 ロディアさんは僕らにそう言い残して出口の方へ向かった。と、その扉を開けた瞬間――。
「……あ」
 ――ルテアさんだ。
 彼は、いきなり向こうから扉が開かれるとは想像もしていなかったらしい、その表情は完全に無防備なものだった。驚きで口を開けて小さく声をあげてしまう始末だった。
「おお、ルテアか。父さんはもう帰るからな」
 ロディアさんは、ルテアさんのそんな表情でもいつも通りに声をかけた。その声で、ルテアさんは我に帰ったようだ。
「あ、ああ……仕事サボんなよ」
「お前じゃないから大丈夫だ」
「よく言うぜ」
 ルテアさんがそう言うと、ロディアさんは破顔一笑してルテアさんの脇を通りすぎる。
 去り際に、彼は一言だけルテアさんに耳打ちをして部屋を出た。一体なんと言ったのだろうか、僕からの距離では聞き取ることができなかった。
 部屋にはシャナさんに僕とスバル、そして入り口付近にいるルテアさんの四人だけになった。なぜだろうか、妙に気まずい雰囲気が空間を支配している。
 多分、普段場を盛り上げるスバルとルテアさんが静かなせいだ。どちらかと言うと、スバルはこの雰囲気に飲まれているのもある。
「……」
 そして、ルテアさんはなにも言わずに、入り口の前で回れ右をしてしまった。そしてそのまま去ってしまう。
 え゛、なんで中に入らないの?
「あ、ルテア!」
 スバルが、様子がおかしいルテアさんの後を追おうと立ち上がった。と、その時。
「待て」
 待ったをかけたのは、シャナさんだった。そして彼は……。
「……俺が行く」
「「えぇ!?」」
ちょ、ちょっとシャナさんそれは……! 数日前に瀕死の怪我を負っていたのに、今動いても大丈夫なの!? ショウさんが“絶対安静”とか言ってなかったっけ!?
「し、師匠……!」
 だが、そんな僕やスバルの心配をよそに、彼はさっさとベッドから降りて出口へと小走りで行ってしまう。
 と、シャナさんは外へ行く前に、なにかを思い出したように立ち止まった。
「あ、スバル」
「な、なんでしょう……」
「……“都合のいい地獄耳”はやめろよ」
「……は、はい」
 そう答えるスバルの表情は、ばつが悪そうだった。





 部屋からでたシャナは、ルテアの背中を追っていた。彼に声をかけるようなことはしなかった。今の彼が声をかけられるような雰囲気ではないことは、今までの彼との付き合いでわかっている。
 普段豪気な彼があんな行動を取るのは、なにか重要なことがあるときだ。彼が救助隊になりたいという相談を受ける前にも似たような表情になっていたからだ。


 ルテアとシャナはお互いに、沈黙の距離、そして物理的な距離も微妙に保ったまま、そのまま地下一階のバトルフィールドへ来てしまっていた。
 そして、やっとルテアはそこで歩を止めた。ゆっくりと振り返り、鋭い目でシャナに向き合う。
「シャナ」
「……なんだ」
 どちらもしっかりとした声音だった。
 しばらくの沈黙、そして――。

「――“十万ボルト”!!」

「!?」
 まさに、彼の二つ名にふさわしい槍のような稲妻が、シャナに目掛けて飛んできた。シャナはとっさに転がってその電撃をやり過ごす。
 もちろん、突然の攻撃に驚かない彼ではない。起き上がったときのシャナの表情は、先程よりも幾分険しかった。
「おい、いったい何のつもりだ!」
「……んだよ」
 ルテアは少し俯いてなにかを呟いた。シャナは眉を潜める。
「……なんだって?」
「……だから、ムカつくっつってんだよ!!」
「……」
 ルテアの叫びがそのままフィールド中に木霊した。そして、耳の痛い少しの沈黙の後、ルテアは先程よりも小さい声で言い放つ。
「だから、テメェは一発ぶん殴っとかねぇと気がすまねぇ」
「……俺が、お前にいったい何をした?」
「何をした、だと……!?」
 ルテアはそういった直後に、目にも止まらぬ速さでシャナに走り、硬化した尻尾を彼に振るう。“アイアンテール”だ。
「ぐっ……!」
 シャナは両腕で受け身の体制をとったが、衝撃に耐えられず倒れ込む。そこへルテアは、前足を使って彼が立ち上がれないようにその両肩を押さえ込んだ。
「なんで……なんでテメェは、“眠りの山郷”でエルザに会ったことを黙っていやがった……!!」
「……っ、それは……」
「テメェは、いっつもそうだ!勝手に一人でしょいこんで、勝手にウジウジ悩んで、勝手に自己完結して、勝手にネガティブになりやがって!」
 シャナの肩に乗ったルテアの手、そこに込めた力が強くなった。シャナは顔を歪める。
「いっちいちお前の顔を伺うこっちの身にもなってみやがれッ!! なんにも言わずに引きこもりになったかと思えば、仕舞いにはNDだッ!! ……もう懲り懲りなんだよッ!!」
「……っ」
 シャナは図星を突かれて、先程とは違う意味で顔が歪んだ。そして、彼は苦しそうにか細い声を出す。
「……それを……お前はずっと言いたかったのか……!?」
「ああそうだよッ! なんも言わねぇし、何かと自分だけで責任を取りたがるし!だから――」
「…ざ…な……」
「あぁッ!?」
 シャナが何かを呟いた気がした。その言葉を聞き逃したルテアは、言葉を中断して聞き返す。すると――。

「――っざけんじゃねぇええッッ!!」

 今までに聞いたことのない叫びが、フィールド中に轟いた――。

ものかき ( 2014/05/15(木) 13:49 )