へっぽこポケモン探検記




















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第六章 探究と追究編
第九十話  闇の中で見た光
 ――彼は夢の中をさ迷っていた。ただひたすらに、どこへ向かうのかもわからず……。





 鈍痛が目覚まし代わりとなって、彼の意識が覚醒した。まぶたを開くのも一苦労だった。全身が攻撃された痛みでズキズキする。
「うぅ……っ! 痛いよ……!」
 彼は何とかして体を持ち上げた。オレンジ色の毛が生えた体に、小さいくちばし。手はなく、鳥ポケモン特有の三本の爪を持った脚。
 彼――シャナはアチャモであった。
 彼のそのあどけない姿の所々に、深い傷が刻まれ、毛は血で固まっている箇所もあった。
「ここは……どこ……っ?」
 痛みにうめきながら持ち上げた頭で辺りをキョロキョロと見渡すが、眼前に広がるのは漆黒の闇ばかり。周囲には、見知った姿はおろか風景すらない。黒以外の色が見つからないのだ。
「痛い……苦しいよ……! 誰か、助けてッ……!」
 シャナはなんとか立ち上がり、痛みに悲鳴をあげる体に鞭を打ちながら、ゆっくりとあるきだす。
 助けてくれる誰かを探して。
「みんな……どこいっちゃったの……!?」
 ――不安、恐怖、孤独、苦痛。
 あらゆる負の感情がシャナの心に流れ込んできた。苦しいのに誰も助けてくれない。それどころか、誰も……見つからない……。
「助けて……助けてよッ……!!」
 ――僕はこんなにも、痛くて苦しいのに……!
「……うぅ……うわっ」
 ついには何かにつまづいて転んでしまった。立ち上がることすらできなかった。ただただ、荒い呼吸を繰り返しその場にうちひしがれる。
 と、その時。
「……うっ、あれ、は……?」
 倒れたシャナの前方で、誰かが立っているのを見た。しかもそれは、あまりにも見知った人物の姿だった。シャナはもう一度だけ立ち上がり、その方に向かう。そこには……!
「し、しょう……!」
 頭から燃え盛る炎、長い手足に、杖を持ったゴウカザル――。
 死んだはずの彼の師・グレンだった。
 名を呼ばれたグレンは、目の前に来たアチャモを静かに見下ろしていた。
「やれやれ……心配になって来てみれば、こんな調子かのう、シャナ」
「師匠……! 僕を……連れてってよ!」
 シャナは息をするのも苦しいはずなのに、不思議なぐらい大きな声で彼にそう叫んでいた。
 だが、シャナを見るグレンの表情に変わりはなかった。
「無理じゃ。わしはお主を連れていけん。お主はまだこちら側に来てはならんのじゃ」
「どうして……っ? どうしてなの!? 助けてッ! 僕も連れていってよッ!!」
「いかんと言っとるだろう!」
 ビクッ。グレンの一喝に、シャナの体が大きく震えた。目の縁に涙が溜まる。
「お主がこちらに来るのは早すぎるんじゃ。お主は、まだやり残したことがあるじゃろう?」
「……つらい……もう、僕はダメなんだ……!」
「甘えるでない!」
 ゴンッ。
 老師の杖が地面に当たった。無音の世界の中で、彼の杖の音だけが強く響く。
「……お主がもしいなくなったら、誰が悲しむと思う? お主の弟子は? お主に憧れて探検隊になった者たちは? お主がお世話になった者たちは?そして何より――」
 グレンの目元がにわかに緩くなり、寂しげな表情を作り出した。
「――お主の親友は?」
「……ルテア……」
 シャナが無意識にその名を呼ぶと、グレンは深く頷き、今度は優しい目で彼を見た。
「エルザもおらん、わしも死んだ。……それに加えてお主もいなくなったら……残されたルテアはどうなるんじゃ。本当に、独りになってしまうんじゃぞ」
「……ルテアが、独りに……」
 彼の中で、コリンクの頃のルテアが脳裏をよぎった。いや、それだけではない。ルクシオの頃も、レントラーの頃も……。
 なにより、彼がいる思い出には必ず自分もいたのだ。
 自分がその親友を必要としていると感じているときは、向こうも同じことを感じている。自分が親友を失いたくないと思っているのなら、彼もまた、自分を失ってほしくないと、思ってくれている。
 そんな彼から、自分がいなくなったら……?
「……お主は、親友の待つ場所に戻りたくないのかの?」
「……戻りたい……戻りたいっ! でもっ、周りが真っ暗で戻り方がわからないよっ……!」
 シャナの目の縁から涙が溢れだした。
 帰りたい。その思いがあるのに、道標がないこの漆黒の空間で、いったいどうすればいいのか。自分の無力と、途方にくれた虚無感とで泣いた。
 そんなシャナに、グレンはゆっくりと近づいた。一瞬その手で彼に触れようとして……。
 その手を引っ込めた。
 両手で杖を持ち直し、彼に優しく話しかける。
「言ったじゃろう、シャナ……。困難が訪れても、心を強く持て。折れそうなときは、独りにならぬことじゃ、と」
「ひっく……独りに……ならないこと……?」
「お主が道に迷っても、その周りに道標が何もなくとも、道標はお主の仲間が指し示してくれるはずじゃ。……ほら、もう泣くのはよしなさい」
「うぅ……うん……」
 シャナは頭を震わせて涙を振り払った。だが、まだあどけない顔には不安の表情が残っている。
 と、その時。
 ――!
「……?」
 シャナは何もない漆黒の空間を見上げた。頭の上から、微かに何かの音がしたからだ。
「……何の音……?」
 そばにいたグレンも、その微かな音に上を向き、フッと穏やかに顔を綻ばせた。
「やはり、持つべきものは友じゃの……」
 彼はシャナに向き直った。
「シャナ、この声のする方に向かいなさい。そこが、お主の行くべき場所じゃ」
「……一人で?」
「一人で、じゃ。わしは行けん。……さぁ、行きなさい」
 グレンの声がシャナの背中を後押しした。シャナは少し戸惑いながら、怪我をしたせいでびっこを引きながらも、何かが聞こえる方に、向かうのだった。

「――お別れじゃ、シャナ」





 ――……ナ……!シャナ……!

 声がする……。
 誰かの、声がする。
 僕は、その声がする方向へただひたすら走った。
 つまづいて、転んで、血だらけになったままの体で。
 それでも、ただひたすらに、名を呼んでくれる方向へ……。
 僕のからだのどこに、そんな気力が残っているかはわからない。でも。
 ――生きたい。
 生きたい……。生きたい。生きたい!
 まだその名を呼んでくれる誰かがいるなら……。
 まだ、自分を必要だと言ってくれる、親友(とも)がいるから……。
 僕は――俺は、生きたい……!

 ――生きたい!

 そして俺がたどり着いたその場所で、眩しい光に包まれた――。





「シャナ……頼む、目を覚ましてくれよ……!」
 ギルドの二階、意識不明のシャナが寝かされている部屋で、ルテアはまだ彼に声をかけ続けていた。
 シャナは時々、何かにうなされているかのように呻き声を漏らしていた。傷の痛み故か、浄化したはずの毒に侵されている故か。そんな彼に、ルテアは声をかけることしかできなかった。そんな自分の無力がもどかしかった。
 ルテアは怯えていた。シャナはいつ息が止まるかもわからない状態だという。もし、自分の前からシャナがいなくなったら――?
 考えたくもなかった。それこそ、五年前のシャナのように自分が廃人になってしまいそうで怖かった。彼は固く目をつぶる。
「シャナ……!」

「ル、テ……ア……?」

「!」
 ガタン!
 自分の耳に入ってきた消え入りそうな声に、ルテアの体が反応して音をたててしまった。
「おいシャナッ! 俺だ、わかるかッ!?」
「ル、テ……うッ…」
 ルテアが薄く目を開けたシャナに顔を近づけて小さく叫んだ。すると彼は、痛みに呻きながらもその名を呼ぶ。
「待て、辛いんなら無理すんな。気分は? なにかつらいか?」
「……っ、さ……」
「『さ』?」
 彼が何かを言いかけたので、ルテアはそちらに耳を寄せる。すると……。
「……さ、むい……」
「……へ?」
 予想だにしなかった単語がシャナの口から出たので、ルテアは思わずポカンと口を開けて呆けた声を出した。
 ――寒い?
 この空間がそんなに寒いとはルテアには思えなかった。この部屋の温度は快適で、むしろ少し暑いぐらいなのだが、とルテアは思った。
 だが、彼は思い直す。
 シャナは炎タイプだ。炎タイプは体内で炎を形成する種族のため、平均体温が他よりずば抜けて高い。しかし、今のシャナは自分で体温を維持できないぐらいに衰弱しているのだ。ならば平均体温が低い本人からすれば、この空間は確かに『寒い』。それほどに、シャナが弱っているということだった。
「わかった。今あったかくしてやっから、心配すんな。誰か呼んでくる」
 そう言って、ルテアはシャナのいるベッドから離れ外に出ようとする。と、その時。
「まってくれ……!」
「!」
 シャナがルテアを引き留めた。ルテアはすぐに反応してシャナの方に舞い戻る。
「どうした?」
「……おま、えが……俺を、呼んでてくれたのか……?」
「……」
 ルテアは、シャナの質問の意味がわからなかった。なので彼は、一瞬躊躇った後にぎこちなく頷く。
 確かに自分は意識が戻っていないときにも、絶えず彼に話しかけた。
 するとシャナは、注意していなければ到底聞こえないかすれた声でこう言った。
「……俺は……暗い場所をさまよっていた……行くべき場所がわからなかった……だが、その時……お前の声が……聞こえたんだ……俺は、それを頼りに、歩いて……ここに来ることができた……」
「……」

「――ありがとう」

 いきなりルテアは、何かが込み上げてきた。喉がつまる。そして、その正体に気づいてしまった彼は慌てて後ろを向き、天井を仰ぐ。
「……はっ、はは。水臭ぇなっ……俺とお前の仲じゃねえかっ……!」
 どうやって抑えても、彼の喉から発せられた声の震えを止められなかった。
 目元から落ちるモノもまた、抑えることができない。
 彼は、それ以上何も言うことができずに、部屋から出た。
 外に出て一人になり、それでやっと、我慢せずに泣くことができた。

「――シャナッ……! お前が、生きててくれて…良かったッ……!」


ものかき ( 2014/05/14(水) 12:52 )