へっぽこポケモン探検記




















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第六章 探究と追究編
第八十九話 親友とは何か
 ――シャナの過去を“シャインズ”の二人に話したルテア。そして、エルザを逃がしてしまったウィントは……。





 森の中でしばらくたたずんでいたウィントは、そのままそこにいても仕方がないので、トレジャータウンに戻ることにした。
「お腹空いたなぁ……」
 ウィントはギュウと鳴るお腹を擦りながら呟いた。技を繰り出したのが久しぶりだからだろうか、こんな空腹は滅多に感じることがなかった感覚だ。彼はギルドには寄らず、腹ごしらえのためにカフェに寄ることに決めた。
 彼がカフェの中に入ったのは、奇しくもルテアたちがカフェから出た直後であった。

「ウィント? ……こっちです、こっち」
 彼がカフェに入ると、すぐに近くから聞きなれた声が上がった。声に気づいた彼がその方を向いてみると、見通しメガネをかけたフローゼル――ローゼが、自分に向かって手招きをしていた。ついこの前に彼とここで会話をしたばかりなのだが、彼はすでにこのカフェに入り浸り状態になっているようだ。
「ローゼ!」
 そんなローゼの姿を見たウィントは、目をキラキラ輝かせて向かいの席に座った。先程まで頭の中に渦巻いていた重苦しい考えが、彼を見た瞬間に少し軽くなったような気がした。ウィントにとってローゼは、いつのまにか心置きなく思いを吐き出せる相手になっているからだ。
「何かあったのですか」
 席についたウィントへ、ローゼは前置きもなくそう聞く。しかし、語尾は疑問系でもその声音はすでに断定口調であった。
 ウィントは、彼の質問に少し目を伏せる。
「……かつての弟子に、会ったんだ」
「弟子、ですか」
「ローゼ、君にも関係ある話だよ……聞いてくれる?」
「わたくしにそれを拒む理由はありませんね、はい」
 ローゼは即答した。自分に関係がある話と言われたのもあるが、やはりウィントがここまで真剣に、自分に向けて話を聞いて欲しいと言っているのだ。その話の内容がどれ程重いか。それは探偵でなくても容易に推理が可能だ、と彼は思った。
 そして、もうひとつ。ローゼには、ウィントがこれから何の話をするのかも薄々勘づいていた。『君にも関係がある』。そう言われてわからないわけがない。
「聞きましょう」
「うん。実は――」
 ウィントは高いながらも厳かな声音で語り始めた。五年前の悪夢――“黒衣の拐い屋”事件の真相を。





 ギルドに戻ったルテアの心には、暗雲が立ち込めていた。
 なぜだろうか。
 今まで秘密にしていた、背負い続けていた親友の過去の真実をあの二人に話すことで、自らの心が少しは楽になると思っていたのに。彼の心はそれと裏腹に、さらに正体のわからない不安を募らせることとなっている。
 ――俺はいったい、何が不安なんだ……? 大丈夫だ、あいつは絶対目を覚ますさ……。
 慌てて自分を奮いたたせることで、その不安を払拭しようとする。何を心配することがある? 今まで乗り越えられないことがあったか? シャナを信じるんだ、と。
「――ルテア!」
「えっ……?」
 いきなり後ろから声をかけられた。ルテアの肩が一瞬震える。
 背後からの声は、普段ギルドにいる誰の声とも当てはまらなかった。しかし、その声はルテアの記憶にしっかりと刻み込まれている声で、それでいて決して忘れることのない声だった。
 ルテアは信じられない気持ちで振り返る。そこには……?

「お、親父……!?」

 彼の前にいたのは、ルテアと同じ種族のレントラーだった。しかしその毛並みを見てみると、所々に色素の薄い毛が混じっている。
 そのレントラーは、彼の父――ロディアだった。
「久しぶりだな、ルテア」
「なッ……何で親父がこんなところにいんだよッ!?」
 ルテアは父が目の前にいるのを疑ったが、それは目の錯覚ではない。こうやって会話をしているのがその証拠だ。
 ロディアは、ルテアの問いに少し眉をつり上げる。
「“息子”が重傷だと聞いて、心配にならない“父親”がいるか。シャナのことを聞いたから、町長の仕事も全部放り投げて来たんだぞ!」
「……親父」
 “息子”、“父親”……。
 ロディアとシャナは、本来血が繋がっていない。しかし彼は、彼の親友であるシャナの父親が死したことで天涯孤独になったシャナを引き取り、ルテアと同じように育ててきたのだ。そんな彼の愛情は、すでに血の繋がりを乗り越えていた。
「それで、シャナの容体は?」
 ルテアは、ロディアの言葉で我に帰る。
「致命傷がいくつかあって、意識が戻るまでは安心できねぇって……。死にそうなんだよ……今も」
「シャナは、生死をさまよっているのか」
 コクリ。ロディアの吐息混じりの問いに、ルテアは力なく頷く。そして、彼はうつむいた。
 親友が死んでしまうかもしれない不安。言葉に表せないほど漠然と、だが確実にルテアを蝕む不安。
 今まで無意識に自分のなかで押し込んでいた……カイとスバルに心配をかけまいと隠していたその不安が、父の姿を見た瞬間に一気に溢れ出てきた。
 ――涙という形で。
「親父ッ……! あいつが死んじまったらっ、俺はこれからどうすればいいッ……! これ以上、誰も俺から離れて欲しくねぇのにッ……!」
「……」
 師匠であるグレン老師、そして仲間だったエルザ……。自分の元を離れていった者たちの姿が、ルテアの頭をよぎっていた。
「どうしてっ、どうしてだッ! 誰のせいで、なんでこんなことにッ……!」
 目を強く閉じてルテアは叫んだ。父親だけには、誰にも見せまいとしていた不安をぶちまけた。誰かに聞いて欲しい。誰かに『大丈夫』だと言って欲しかった。
 ロディアはそんな息子を見て、一瞬彼も同じように顔を歪ませた。しかし、次の瞬間彼は目を強く見開いて、その尻尾を――。
「“アイアンテール”ッ!!」
 ――ルテアに叩きつけた。
「ぐわッ!?」
 硬化された彼の尻尾は、ルテアの顔に、正確には彼の頬に直撃した。ルテアはその威力に耐えきれず、顔から地面に崩れ落ちる。
 一瞬、自分と同じ目に遭ったカイの顔がちらついた。
「なッ……! なにを――」
「ふざけたことを言うのも大概にしろッ!!」
 ロディアは、ルテアが何かを言う前にありったけの声量で吠えた。ルテアの耳の鼓膜が震える。
「『誰のせい』だ? 『なんでこんなことに』だ? ふざけるなッ!! お前が一番シャナの近くにいながら、なぜこうなることを止められなかった!!」
「……」
「ラゴン君から聞いた。シャナに攻撃したのはエルザ君だそうだな。なぜお前が……一番近くにいたお前が! エルザ君とシャナの心に気づかない!?」
「そ、それは……あいつらが、なんにも言っちゃくれないから……!」
「ああ。『自分の気持ちを吐き出さない』、『自分の意見を主張しない』。それが二人の……特にシャナの欠点だろう。だがな……お前、一回でもそれをシャナに指摘してみたか?」
「……!」
 ルテアの赤い双眸が見開かれた。
「シャナに嫌われる覚悟で、それでもシャナのためを思って……その欠点を直すようにお前は何かしたか? いや、何にもしちゃいないだろう、だからこんなことになったんだ! はっ! 親友が聞いて呆れるッ!」
 ルテアの暴言はどうやらロディアの遺伝のようだ。とにかくルテアは、滝のように口から溢れ出てくるロディアの言葉にただただ面食らうしかない。
「いいか、親友っていうのはな、ただ仲良く過ごしているだけじゃないんだよ!! そいつのことを本当に想っているのなら、そいつの欠点を指摘してやれ。そのときはどちらも辛い。だがそれが相手のためなんだ!」
「わ……わかったようなこと言うんじゃねぇよバカ親父ッ!! テメェに何がわかるッ!! わかってたまるかッ!」
 ロディアは、いつもルテアとシャナの側にいるわけではない。なのでルテアは、何もかもわかっているようなロディアの発言に、黙って耐えられなかった。だがロディアの毅然とした態度は変化しない。
「じゃあなぜお前は今も、シャナのそばにいてやらないッ!?」
「……っ」
 喉まででかかったルテアの次の反論は、ロディアのその言葉によって引っ掛かったまま出てくることがなかった。
 そばに。
 親友のそばに。
 今も生死をさまよっている親友のそばに。
 なぜいてやらないのか。
 なぜ……いられないのか。
「お前、本当は気づいているんだろう? お前がシャナのそばにいられないのは、自分がシャナに親友として何もしてやれなかったからだ、と。何もできなかったのを、咎められるのが怖いんだろう?」
「……うぅっ、くっ……!」
 ロディアの言葉は、ルテアの漠然とした不安を、確かなものにした。その影響なのか、彼の口から嗚咽が漏れ、さらに強く涙が流れた。
 彼が感じていたのは、罪の意識。
 親友に何もできない自分に対する自責が、知らず知らず不安と共に彼の心に広がっていたのだ。
「俺っ……俺、あいつに、とんでもねぇことを……! 俺はどうすればいいんだよッ……!」
 ルテアは叫んだ。
 ロディアは途方にくれた息子に、先程とは違う眼差しを向けた。そして、彼に近づいて優しく声をかける。
「……今からでも遅くはない。シャナのそばにいてやれ。目を覚ますように声をかけ続けるんだ」
「それで、あいつは助かるのか……?」
「わからない。だが……今シャナは道に迷っている」
「道に……?」
「言うなれば、自分だけでは抜けられない迷路に、シャナは迷い込んでいるんだ。ならお前は……道案内をしてやれとまでは言わない。だが、親友が迷っているのなら、一緒に迷路を抜ける道を探して、一緒に歩くべきだ。……それが親友ってものだろう?」
「……親父……!」
 ルテアの心が、少しクリアになった気がした。今までシャナに、親友として何もできなかった自分が今なにをすべきか。数分前に再会した父親が、その答えを示してくれたのだ。
 ルテアは前を向いて、しっかりとロディアを見た。その顔に、先程までの不安は微塵も感じられない。
「俺、なんとなくやるべきことがわかったぜ。へへっ……。なんか親父に助けられちまったな……」
「当たり前だ。私が何年、シャナの父さんと親友として生きてきたと思ってる?」
「……そうだな」
 ルテアはそう呟き、ロディアの脇を通りすぎた。目指すはシャナのいる部屋だ。
「……行ってくるぜ、親父」
「ああ、行ってこい」



 ロディアは、ルテアの姿が曲がり角に消えるまでずっと見送っていた。そして、今は亡き親友に思いを馳せる。
「……お前も、シャナが目を覚ますように祈っててくれ……」
 彼の呟くような小声は、誰にも聞き取られることなく消えていった……。

「――ゴウカ……」





 ルテアは、静かにシャナのいる部屋のドアを開けた。
 そこにいる――ベッドに横たわっているシャナの姿を見て、ルテアの心はまたチクリと痛んだ。
 死んだように意識がない親友、いつ息が止まるかわからない状態、だがこれ以上手の施しようがないもどかしさ。
「……おい、シャナ」
 彼はそんな胸の痛みを押し込めながら、小さな声で彼に声をかけた。
「目を覚ましてくれ……お前が死んだら……許さねぇ」
 今は、こいつの方が何倍もつらい、そう思いながら――。

ものかき ( 2014/05/11(日) 15:48 )