へっぽこポケモン探検記




















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第六章 探究と追究編
第八十八話 “槍雷”、語る
 ――ウィントさんとルテアさんがギルドを発ったあと、その場で待機しろと言い渡されたはずのラゴンさんが、すぐにショウさんを呼んだ。いつでも治療をできる状態にしておけ、という通達らしい。果たしてその通達の後、まるで狙ったかのように、怪我をしたシャナさんを伴ったルテアさんが帰ってきたんだ。ラゴンさんの判断が見事に的中したわけだ。





 ギルドの大広間では、いつもの喧騒とはまた違うざわつきで溢れていた。そんな彼らの話題は、もっぱら二つに分けられる。
 一つは、とある探検隊が生きていたということ。そしてもう一つは……あのシャナさんが瀕死の怪我を負って担ぎ込まれたこと。
「師匠、大丈夫かな……!」
 その喧騒の中で、スバルは呟いた。
 彼女は、シャナさんのことが心配でたまらなかったのか、しきりにシャナさんの治療を行っている部屋に入りたがっていた。しかし、彼女にもそれが逆に彼らの邪魔になることがわかっているため、どうにかそちらへ行くことを我慢をしている。だから僕は、ちょっぴりピリピリしている今のスバルには話しかけにくかった。もちろん僕自身も、シャナさんが心配だったけど……。
 そして、数時間後。
「ほらほら! いつまで大広間でたかっているのだ、探検隊諸君! 用がないなら帰るなり、依頼をこなすなりしてこい!」
 僕らのいる大広間に、そう大声を撒き散らしながらラゴンさんが現れた。僕らがその方を向いてみると、ラゴンさんの後ろにルテアさんもいた。
 今まで話題に引き寄せられていた野次馬たちは、ラゴンさんの声に、ゾロゾロとその場を離れ始めた。多分ラゴンさんの一言で、彼がこの場に留まることを許すまいということをわかったからだろう。結局、一分後にはあんなにいた探検隊の数もまばらになっていた。
「ルテア!」
 スバルはルテアさんに近づいて、やっとのことでシャナさんの様子を聞くことができた。
「ルテア! 師匠は……師匠は大丈夫なの!?」
「あーあー、そんなに叫ぶんじゃねぇよ、大丈夫だから!!」
 見るとどうやらルテアさんは、精神的にかなり疲弊しているらしい。その様子から、やっぱりシャナさんがかなり危険な怪我を負ったんだと嫌でもわかってしまった。ルテアさんは、普段の彼としては珍しく、深いため息をついて目を細めた。
「……あいつの負った怪我のいくつかが、致命傷スレスレだったらしい。それと、“毒々”ももらっていて……。意識が戻ればひとまず安心らしいが、意識も戻ってねえ。今も危険だってよ。とにかくショウは手を尽くした。しばらくは様子見だ」
 危険な状態……。事は思った以上に深刻らしかった。まさか、シャナさんが死んじゃうなんて……考えたくもないよ……!
「そんな……! 師匠死んじゃったりしないよね……?」
「今はあいつを信じるしかねえ」
「……誰に攻撃されたんですか? まさか、“イーブル”?」
 僕は核心とも言える部分をルテアさんに聞いた。ルテアさんは僕の質問を聞いた瞬間、ただでさえ険しい顔つきをさらに険しくする。
「“イーブル”……。あいつは“イーブル”なんだよな……」
「『あいつ』? あいつって誰?」
 スバルは耳をピクピクさせた。そして、彼女はルテアさんに詰め寄る。ここまで切実なスバルの表情を、僕は久しぶりに見た。
「ねぇ教えて、師匠にいったい何があったの!? ルテアは、知ってるんでしょ……!?」
 ルテアさんは答えなかった。しばらくうつむいて何かを考えていた彼は、たっぷり数分間沈黙した後、僕たちにその赤い双眸を向ける。そこには、決意の色がかいま見えた。
「あいつに何があったか俺にはわからねぇが、『多分こうだったんだろうな』っていうのは大体予想できる。多分あいつは、かつての仲間に会いに行って……攻撃されたんだ」
「かつての……」
 仲間……?
「この話をするには、まず五年前のあいつと、俺たちのことを説明しなきゃならねぇ。……長くなる。それでも聞いてくれるか?」
 『聞いてくれるか?』だって?
 そんなことを聞かれて、断る理由なんかこれっぽっちもなかった。僕とスバルはお互いに顔を見合わせて頷き合う。そして……。
「教えて、ルテア。長くても聞くよ」
 スバルが厳かに言った。するとルテアさんは、ふっ、と短く息を吐いて、歩き始めた。
「立ちながら話してたらくたびれちまうな……。どこかで座りながら話そうぜ」





 ルテアさんが向かった場所は何の偶然か、僕がローゼさんと話をしたあのカフェテラスだった。席についた僕らは、各々好きな飲み物を注文し、そのあと暫くは沈黙がその場を支配していた。と、おもむろにルテアさんが口を開く。
「どんな運命のいたずらかは知らないが、俺の口からあいつの過去を話すことになろうとはな……」
 そう言ったルテアさんは、僕たちと視線を合わせた。
「黒衣の(さら)い屋。お前たちも一回なら誰かに聞いたことがあるだろう? かつて俺たちの周りで、幼い子供たちに対して誘(さら)を繰り返した大犯罪者だ」
「あ、それって……たしか師匠が昔に失敗した依頼……」
 山郷に行く前に、リオナさんがちらりとその話を僕らにしたことがあった。シャナさんが一度失敗した依頼。そして、彼が探検隊を辞めるきっかけとなった依頼……。たった一回の失敗で、シャナさんはなんで探検隊をやめることになったのだろうか?
「……たぶん。お前たちは、“黒衣の(さら)い屋”事件を単純な一事件だとしか聞いていねぇだろう。だがな、あいつは……いや、俺たちは五年もの間、トレジャータウンにも……ましてやギルドにも公にはしていないあの事件の真実を隠してきた」
「ギルドにも公にしていない真実?」
 スバルが首をかしげながらぺラップ返しに聞く。
「つまり、その事件は、ただ子供が誘(さら)されただけじゃなかったってこと?」
「ああ。……いつかこのことは話さなきゃならねぇと思っていた。そろそろ潮時ってことかもな……」
 僕はここまで悲しそうな、沈んだ顔をしたルテアさんを、恐らく始めて見た。
「これから話すのは、俺と、黒衣の(さら)い屋……そしてあいつの過去にまつわるすべてについてだ――」
 ルテアさんはそう前置きをして、僕らが話を聞き入る体制になったことを確認すると、厳かに語り始めた。




 俺がガキの頃、俺には二人の親友がいた。尊敬する師がいた。あいつの話をするには、まずその頃らへんから話し始めないといけねぇな……。
 コリンクだった俺には、アチャモだったシャナと、エルザというラルトスの二人とよくつるんでいた。……二人も薄々気付いてるだろ? “眠りの山郷”でお前らを襲ったエルレイド、あいつがエルザだ。
 子供の頃のシャナの両親は、探検家だった親父を探検中の事故で、その後すぐ病気でお袋を亡くしていた。そんで、シャナは俺の親父が養子として預かっていた。だからあいつは、俺からすれば兄弟に近い親友で、今でもそれは変わらねぇ。

 そう言えば、シャナがカイに絵本をあげたことがあったな? 恐らく両親は、子供だったシャナにあの絵本を読み聞かせていただろう。
 確かあいつはあの本を『愛着が沸いて捨てられなかった』と言っていたが。あんな性格のシャナのことだから、もしかしたら幼くして失った両親の温もりを忘れられないせいで絵本を捨てられなかったのかもしれねぇ。……いや、きっとそうに違いない。
 まぁあいつはあんな性格だからな。俺たち家族が一緒に住もうと言ったときも、あいつは俺たちに気を使って一人で暮らしていた。……あいつは、何でも一人で背負ってたぜ……。

 おっと、話が逸れちまったな。それで、俺たちは三匹で、“探検”という名のお遊びをしたことがあった。家の近くの森に入って、お約束と言うかなんと言うか、道に迷ってうっかり俺がドンカラスの縄張りに入っちまったんだよ。
 そこで俺たちを助けてくれたのは、グレンと言う名のゴウカザルのじいさんだ。じいさんとの出会いが、俺たちのすべての始まりと言っても良い。じいさんは元探検隊だったんだよ。
 じいさんが探検隊だと知った俺は、二人を誘って弟子入りを申し込んだ。そう、最初俺は救助隊じゃなくて、探検隊“フレイン”のリーダーだったんだよ。
 え? 何でそんなチーム名にしたかって……? か、勘違いすんなよ!?字を間違えちまったのは事故だからな!?
 探検隊になった俺たちは、まぁ色々いざこざもあったが、着実にランクをあげていき、ついにマスターまで上り詰めた。特にシャナは、戦闘において破格の強さを見せつけていたな。
 ……だが、気づかなかったんだ。この時からエルザの心のなかで、すでに闇が生まれていたことを、な。
 俺たちは早く気づくべきだったんだ。だが、気づくことができなかった――。

 ギルドを卒業したあと、俺は救助隊になりたいことをシャナと相談した。
 え? 何で救助隊になりたかったかって? そりゃ……。俺は誰かを助けることが性に合ってるって気づいちまったからさ。
 シャナは俺の話を聞いて、最初はそっけない態度であしらった。その時の俺はそれはもうショックだったぜ。だって無視(スルー)だぜ!? そりゃさすがに俺だって落ち込むさ。
 で、ブルーになっていた俺だが、次の日の早朝になって急に、シャナは俺を外に呼び出した。
 何をするかと思えば、あいつは俺の前に、救助隊のフォンさんを連れてきたんだ!
 そして、俺に言った。『行ってこい』ってな。あいつは、俺が相談する前から、俺が救助隊になりたいことを気づいていたんだ。俺はシャナのおかげで救助隊になれたんだ。
 俺が抜けたことで、探検隊“フレイン”はエルザとシャナの二人になり、シャナが新しくリーダーとなった。
 そして、運命のあの日が訪れたわけだ。

 その頃トレジャータウンでは、“黒衣の(さら)い屋”という異名を持つお尋ね者がいた。幼い子供だけを誘(さら)するっつう、とんでもねぇ野郎だ。目撃されたときに黒いマントだかフードだかわからねぇ格好をしていることからその名が付いたらしい。が、その種族も名前もわからねぇ。
 “フレイン”はギルドきっての依頼で、その“黒衣の(さら)い屋”を捕まえることになった。そして、現行犯で奴を見つけた二人は、そのまま逮捕をしようとした。だが……。

 ――エルザが、急にシャナを攻撃し始めた。

 ……なぜかって?
 俺だってわからない。あいつの行動を信じたくなかった。だがシャナが言うには、エルザは自分を恨んでいたらしい。
 あいつは“強さ”を求めていた。どうしても勝てないシャナに対して、長い間嫉妬と憎悪を募らせてきたらしい。多分、リオナがエルザをフってシャナと付き合っていたのもでかい理由かもな。
 そして、あいつは最悪なことをした。元々お尋ね者だった“黒衣の(さら)い屋”に協力し、自らの手で子供を誘(さら)した。そうしてわざとギルドの目をつけられるようにして、シャナに不意打ちをする機会を狙っていたんだ。そして、エルザはシャナへ瀕死寸前の攻撃を仕掛けた――。
 ……その後?
 ギルドの方は、シャナがいつまでも帰ってこないから、何かあったんじゃねぇかって思った。そして、あいつを探してくれっつう依頼は、皮肉にも俺が受けることになった。そんで、崖っぷちスレスレで倒れているシャナを見つけたわけだ。
 目を覚ましたシャナから、俺はすべてを聞いた。あいつがシャナを妬んでいたのもそうだし、エルザがシャナに攻撃したのもそうだし、あいつが……崖に足を滑らせて谷底に落ちたっつうのもそうだし……。
 俺はその話を聞いて、あいつが死んだかと思ってたんだ。あの崖は落ちたら助かる場所じゃねえし、もし生きてていても、谷底に人が通りかかるわけがねぇ。だから、ギルドではあいつは死んだことになっていた。一応崖は捜索したんだけどな。遺体は見つからなかったんだ。
 誘(さら)された子供たちは全員、生きて帰ってくることはなかった。“黒衣の(さら)い屋”の奴が……。いや、もうこれ以上は言わなくてもわかるな……?
 事件の真相は、シャナの身を案じたウィント親方が箝口令を敷いたことで、ほとんど広まらなかった。
 だから、俺や親方以外は全くといっていいほど事件の裏を知らない。だから、あの事件はいまだに『シャナが失敗した依頼』としか認識されていないんだ。
 シャナは、あの事件の後探検隊を辞めた。誰にも止められるはずがなかった。
 あいつは子供が犠牲になっちまったのを自分の責任に感じちまったんだ。
 ……あいつはすべてを失ったぜ。自信も、仲間も、地位も、名声も……。
 だが皮肉なことに、それを待ち望んでいた本人はもういなかったわけだ。





「――だが、エルザは生きていた」

 ルテアさんは、絞り出すような声でその言葉を吐き出した。
「五年後になって……。今さらあんな形で再会することになるなんて、誰が想像した?あいつは……“イーブル”なんだぜ……?」
 かつてシャナさんを裏切ったエルザが、五年後、僕らの敵となって再び彼の前に現れた……。
 そのときのシャナさんは何を感じたのだろう?
 嬉しさ? 怒り? 悲しみ? それとも……?
 ふと、僕がスバルの方を見てみると、彼女は濡らした頬を手で強く拭っていた。
「……おいおい、なんでお前が泣くんだよ?」
 ルテアさんは苦笑いをしながら聞いた。スバルはしゃくりをあげながら答える。
「だっ、だって……! 師匠に、そんなことがあったなんて……! ひどいよ、師匠はなにも悪くないっ……! なのにっ……!」
「俺にだってわかってるさ……。もちろんシャナにも非はあるが、明らかに悪いのはエルザだ。そうだろう?」
 スバルは目を擦りながらコクコクと必死に頷く。そんな彼女を、ルテアさんは寂しそうだが穏やかな目で見つめていた。
「……スバル、お前がいなかったらシャナはあそこまで立ち直れなかっただろうぜ」
「……え?」
「お前は、森で倒れてたところをシャナに助けられただろ。その時、お前はあいつに言ったよな? 『ありがとう』って。あいつは、その言葉に救われたんだ」
 救われた……。シャナさんが、スバルに……。
 僕にはあまりピンと来ない言葉だった。瀕死のところを助けられたスバルが救われたのはわかるけど、シャナさんは……?
「……あいつは、お前の言葉を聞いて『まだ俺は誰かを救える』と思ったんだと。だいぶ後になって俺に話してくれたぜ」
 そういった後ルテアさんは、飲み物を飲み干してから努めて明るい声を出した。
「俺の話は終わりだ。大丈夫だ、あいつはしぶといからな。すぐに目を覚ますだろうぜ。心配すんな」
 彼は席を立った。そして、「ここは俺の奢りだからな」と言って、さっさとレジの方に去っていく。
 僕とスバルは顔を見合わせた。彼女は、心配するなというルテアさんの言葉をそのまま鵜呑みにはできない表情をしていた。それは僕も同じだ。
 なにしろ、先程のルテアさんの声音は、その励ましの言葉とは裏腹に小刻みに震えていたのだから――。

ものかき ( 2014/05/10(土) 17:24 )