第八十七話 昨日の弟子は今日の敵
――エルザと再会したシャナ。しかし、五年前と変わり果てた彼の強さに、なす術なく倒れた。一方その頃、ギルドでは……。
★
僕とスバルは、ラゴンさんに言われた通りに親方の部屋へ訪れた。スバルがノックをしたんだけど、中から予想外の声から返事が来たのには驚いた。
「あ、入って入って〜」
……親方だ。
僕とスバルは顔を見合わせた。ラゴンさんから呼ばれたからには、中で待機しているのも彼だと思っていたけど……。
僕らは訝しげな顔をしながら中に入った。
「やっほ〜! スバル久しぶりぃ」
やはり、中で待ち受けていたのはビクティニのウィント親方だった。彼はスバルに向かってヒラヒラと手を振る。
「おっ、スバル治ったのか! よかったな!」
「ギルドのみんなが心配していたぞ」
ドキッ。
訂正する。待っていたのはウィントさんだけじゃなかった。彼に向かい合う形でラゴンさん、そしてル、ルテアさんが……!
僕は無意識に右の頬をさすっていた。
「あれ、ルテア? 何でここにいるの?」
「なんだか俺がここにいるのがおかしいような言い方じゃね?」
「……お前、スバルにどんな印象を持たれている?」
スバルがそう言うものだから、ラゴンさんが呆れたようにルテアさんにそう言った。
「別に変な印象を持たれてねぇっすよ!」
「じゃあ、彼女たちの冷たい視線はなんだ?」
「はいはーい、二人ともおしまいっ! 取り合えず、みんな座ってねー」
ウィントさんが二人の会話にやんわりと入って僕らにそう促した。いや、ラゴンさん、『彼女たち』って……。さりげなく僕を巻き込まないでください……!
「みんなに来てもらったのは他でもない、“眠りの山郷”の件についてだ」
やっぱり、親方がいる空間でも、裏親か……副親方のラゴンさんがその場を取り仕切っていた。彼の放った言葉に、スバルが耳をピクピクさせる。
「え? でもそれって、誰かが報告書とかを書いてるんじゃないですか?」
スバルの言葉に、ラゴンさんは大きく頷く。
「実にその通り。今回の報告書はシャナがしっかりと作成した。しかし、ここまで大きな仕事となると、報告書だけでは足りないのだ。実際に仕事をした者から、報告書の裏付けをとらなければならない」
ふーん、そういうものなんだね……。僕が納得しながらスバルを見ると、彼女も僕と同じような表情をしていた。そこにルテアさんが「で、俺はその補助ってわけだ」と、添えた。
なるほど、じゃあ僕らは山郷での行動を言えばいいんだね!
「じゃあ、僕らに教えてねー」
ウィントさんが軽く促してきたので、僕らは山郷での出来事をはじめから順番に話すことにした。
山郷に行く途中、傷ついたトニア君に会ったこと、その後すぐムンナの大群に襲われたこと、それはナハラ司祭が僕らを怪盗と勘違いしていて、僕らは怪盗を捕まえることになったこと、その後ヴェッタさんが探偵を騙って現れたこと、宝玉を見張っていたが盗まれて、ローゼさんが犯人を推理したこと、そして、逃げるヴェッタさんを追いかけていたら四本柱のジャローダに遭遇したこと、後をシャナさんたちに任せて、トニア君に追い付いた僕らの前に、新たな四本柱・エルレイドが現れたこと――。
「――ちょっとまて!」
と、僕らがここまで話したところで、ラゴンさんがおっかない表情で待ったをかけた。
「新たな四本柱がエルレイドだと!? そんな報告は一つも上がっていないぞ!」
えぇ? そんなはずはないよ! だってシャナさんもそのエルレイドと遭遇してるし……。
「師匠が報告書に書き忘れたとか?」
「あいつはそんなでかい記載漏れはしないはずだぜ」
スバルの言葉にルテアさんが首を捻った。たしかルテアさんはエルレイドに遭遇していないはずだ。エルレイドに接触したのは僕、スバル、トニア君、そしてシャナさん……。
そして僕らは今まで怪我だったり修行だったりでラゴンさんたちにエルレイドについて報告する余裕はなかったから、シャナさんが報告しない限りエルレイドの存在は上に知られることはない……。
もしかして、シャナさんは……。
「あいつ、まさかわざと報告しなかったんじゃねぇだろうな……!」
ルテアさんが、低くドスの聞いた声で唸った。シャナさんに限って、そんな勝手なことをするとは思えない。だけど、もし彼がそうしたとしたら、ひとつの疑問が残る。
「師匠はなんでエルレイドの存在を隠す必要があるの?」
スバルが、僕が思っていたことと同じことを聞いた。すると、なぜかウィントさんたち三人は、全く同じタイミングで顔を強張らせた。な、何……?どうしたのみんな……。
「……エルレイド……まさか」
僕とスバルが不思議そうにしていると、ルテアさんが切羽詰まったような……自分の言葉を信じられないような口調で小さく呟いた。そして、ラゴンさんに顔を向ける。
彼もまた同じような顔で、ルテアさんと視線を合わせた。
「あいつ……何か隠しているとは思っていたが……。シャナはどこだ? 今すぐ探してここに連れてこい!」
「いやラゴン、シャナはもうギルドにはいないよ」
「え?」
ウィントさんが難しい顔をして首をゆっくりと横に振る。そして、まるっこい目を細めると、部屋の窓から彼方に鋭い視線を投げ掛けた。
「ちょっとこれはまずいかもね……」
「親方? どういうことですか!」
ルテアさんが珍しく切羽詰まったような声でウィントさんに尋ねる。その声は、少なくとも僕の不安を煽るには十分な威力を持っていた。
そしてウィントさんは、意を決した表情になった。彼はこちらにキッと振り返ると……?
「ルテア! 僕は先にシャナのところへ行くから、後からついて来て! 大急ぎで!!」
「え、ちょ、親方様、俺たちはどうすれば!?」
ラゴンさんが、今からでもスタートダッシュしようとしたウィントさんに、半ば叫ぶように尋ねた。すると。
「君たちはここで待機! 動かないでね!」
『えぇっ!?』
僕たち三人の声がきれいに重なった。しかし、ウィントさんはそんなこともお構いなしに、ビュンッ!と窓から高速で飛び出した。
「カイ、スバル! そこで大人しくしてろよッ!」
そしてルテアさんも僕らに大声でそう言い残すと、部屋の入り口から走り出ていった。
★
高速で飛び立ったウィントは、トレジャータウンより先にある森へと直進した。
そこは、かつてシャナが“黒衣の拐い屋”と対峙した場所、そして……。
「エルザ……」
弟子を失った場所でもあった。
茂みに突入したウィントは、すぐにこの近くで技が使われているのを感じ取った。ひとつはエスパータイプ、もうひとつは炎タイプ……。彼らは恐らく交戦中だろう、とウィントは考えた。そして、彼はその場にたどり着いた。
果たして、そこにはシャナとエルレイドがいた。しかし、シャナの方は技を食らってボロボロになっていた。エルレイドは、そんな彼に向かって今まさにとどめをさそうとしているところだった。
――させないよ!
「終わりだ、シャナ……。これで……俺は――」
「――『俺は』……なんだい?」
ウィントは両手を前につきだした。そしてそこから、自身の体より数倍も大きな火の玉を作り、エルレイドに向かって投げつけた!
ゴオッ!
……燃え上がる火の玉がエルレイドに当たることはなかった。エルレイドが瞬時に後ろへ跳躍したからだ。ウィントはこれ以上彼をシャナへ近づけさせてはならないと感じ、茂みから出てエルレイドの前へ躍り出た。
「久しぶりだねぇ、エルザ」
ウィントの予想は、本人を目の前で見て確信に変わった。やはり、このエルレイドは死んだかと思っていた弟子――エルザだ。
「覚えてる? 僕のこと」
★
「ウィント=インビクタ……」
そう呟くエルザの声音は、尊敬、もしくは恐怖の域を越えた畏怖に近いものだった。だがそんな声音もすぐに消え、先程のように冷たく、堂々とした態度に戻る。
一方ウィントは、五年ぶりのエルザの姿と瀕死のシャナの様子を一瞥し、その異常な状況を理解した。と、その時。
「――シャナッ!」
その場にいる三人以外の声が響いたかと思うと、ウィントの近くの茂みからレントラー――ルテアが飛び出した。
彼もまた、五年ぶりに見たエルザと、瀕死の状態のシャナ、二人で違う驚きを感じながらも、すぐに倒れているシャナの方へ駆け寄った。
「おいシャナッ! 聞こえるか!? 返事しろ!」
「ルテア、彼は危険な状況だよ。ここは僕に任せて、シャナを連れてギルドへ戻るんだ」
「……くそッ」
ルテアは少しだけエルザを見ながら、ウィントの言葉を聞き、悪態をついた。
エルザに聞きたいことがたくさんあるのに――。
だが、ルテアはエルザよりシャナを選んだ。彼はどこからか救助隊バッジを取り出し、シャナと共にその場から強制退場した。
その場には、ウィントとエルザの二人だけが残された。
「……君はそちら側なのかい、エルザ」
先に言葉を発したのはウィントだった。普段の明るい雰囲気は影を潜め、今はただ鋭くエルザを見つめているだけであった。
エルザは沈黙したままだ。
「……五年間の間で、君に何があったかは知らないけど……君はかつての仲間を、僕の弟子を傷つけた。それが何を意味するか……わかっているよね」
「……俺は……」
一瞬の躊躇。
しかし、そのすぐ後には、エルザはもう意を決した顔をしていた。
「俺は、もうギルドにいたときの俺ではない。俺は“イーブル”の四本柱だ」
「……そう」
答えを受け取ったウィントの顔は、微かに寂しさと憂いを含んでいた。だが、次にエルザと視線を合わせたときに彼の顔にあったのは、弟子の不祥事を未然に防ぐことのできなかった自分に対しての責任感だった。
「まだギルドに戻る気が少しでもあったら……と思ったけど。君はもう僕の弟子じゃない。――敵だ。僕は敵に容赦しないよ」
そういった次の瞬間、ウィントは先程のように両手をつきだして、火の玉を作り出した。生成時間は一秒足らず。
「“弾ける炎”!」
彼はそれをエルザに向けて放つ。
「“テレポート”」
「させないよっ! ――“空間固定”」
「!」
エルザが“テレポート”で今いる空間から脱出しようとした瞬間、ウィントは短く叫んだ。
「何っ……?」
エルザの“テレポート”はなぜか発動されなかった。そんな彼に向かって“弾ける炎”が迫り来る。
「チッ……“サイコキネシス”!」
炎を避けることができないとわかったエルザは、“サイコキネシス”それを防ぐことにした。
なんとか第一撃をしのいだエルザだが、今のウィントの攻撃は危険なものだった。自分の強さでは彼に勝つことができないと悟ったエルザは、その場から移動するために体を動かそうとした。瞬間……。
「!」
――動かない。
手や足を動かそうとしたエルザだが、なぜだろうか、まるで金縛りにあったかのように、身動きを取ることができなくなっていた。
「……何を、した……?」
エルザは、まっすぐに自分を見据えるウィントに向かって問うた。
「“空間固定”――一定の半径内にある物体、空間……いろんなものを、“サイコキネシス”を使って分子レベルで固定しているんだ。ついでに、君の体も固定してるよ」
「まさか、“テレポート”が出来なかったのは……」
「“テレポート”は少なからず空間に干渉する技。空間を固定してしまえば使えないよね」
「……」
――強い。
エルザは素直にウィントに対してそんな感情を抱いた。今目の前にいるビクティニは、勝てるとか、勝てないとか、そんな次元の相手ではなかった。
「さて、君をギルドに拘束させてもらうよ。おとなしく捕まってね」
「……」
確かに、ウィントは強い。しかしエルザは思った。
――まだ敵を倒さないままでいるあたり、この親方は……。
「……甘いな」
「!」
「“フラッシュ”!」
迸る閃光。
いきなりの出来事に、無防備でいたウィントはその光をもろに食らってしまった。思わず目を閉じて、手のひらで顔を覆う。
そして、閃光が消えた瞬間にあたりを見回してみると……?
そこにエルザはいなかった。
どうやら、“フラッシュ”に目がくらんでいる間に、無意識に“空間固定”を解除してしまったらしい。エルザはその間に逃げ出したのだ。
「……逃がしちゃったかぁ……」
そういうウィントの口調は、いつものそれに戻っていた。
しかし、その目線は、エルザの去った方向を鋭く見据えていた――。