仲裁役員の説明会
――これは、シャナとルテアが仲裁役員に任命され、救助隊選抜メンバーがビクティニのギルドに訪れた少し後の出来事である。
★
マスターランクの探検隊であるバシャーモのシャナは、ギルド一階の大広間でのある光景を前に呆然と立ちすくしていた。
その光景と言うのは、ある一匹のポケモンが移動式掲示板を大広間の中央に移動させている、という光景だ。
そのポケモンというのは――。
「――ルテア、いったい何をしているんだ……?」
「ん? おう、シャナか! グッドタイミングだ、ちょっと手伝ってくれよ」
ルテアはシャナの質問には答えずに豪快な声で言った。レントラーであるルテアは四足歩行をするポケモンだ。掲示板を移動させるのは確かに骨がおれる作業である。彼がシャナに助けを求めるのはある意味当然と言えた。
「……お前は何をしようとしているんだ」
シャナが怪訝そうな表情でたずねる。それもそのはず。移動式掲示板は本来、号外やお知らせ、はたまた遠征の説明のための巨大な地図などを貼るための臨時掲示板だ。特別なイベントがあるとき以外は滅多に出さない代物である。
探検隊でもあまり使わない掲示板を、救助隊であるルテアがいじっているのはみょうちくりんな光景だ、とシャナは思った。いや、救助隊である以前に……。
あの、ルテアがだ。
「お前……親方にそれを使う許可は取ったのか?」
「あ? ウィント親方? あったりめえだろ」
「でも、またなんでお前がそれを使うんだ?」
「ちょっと待て。“お前が”ってどういうこった」
「お前、事務作業嫌いだったろう。……『明日は槍が降るかもなぁ』」
シャナは冷静に、副親方・ラゴンがよく使う皮肉を引用する。
「おまっ……! ひでぇ!! なにそれ、俺が移動掲示板を使っているのがそんなにおかしいのか!? お前の中の俺ってどんな印象なんだ!?」
ちなみにルテアはラゴンがその比喩を頻繁に使うことはよく知っていた。だからこそ怒りを込めた声で抗議する。
――印象も何も、お前ってやつは……。
口を開こうとしたシャナだが、ルテアにまともな説明をしたら確実に怒りを買うと判断し、彼の印象は話さずに心に秘めておくことにした。
シャナはゴホンと咳払いをひとつして、話題をそらす作戦に出る。
「で? お前はその掲示板で何をしようとしているんだ?」
「説明会」
「……は? 説明会ッ!?」
ルテアの即答にシャナの声が裏返る。なんだ、明日は槍どころか矛が降ってきそうだ、と内心で驚く。
「せ、説明会って、なんのだ……?」
「なんだお前、仲裁役員のクセに話を聞いてないのか?」
ルテアが逆に質問で切り返してきた。それを言うときの表情が若干シャナのイライラメーターに反応する。
「……聞いていないな」
「ラゴンさんがさ、せっかく仲裁役員っつうポストを作ったんだから仕事しろって言ってよ」
「全く、あの人は……!」
シャナの脳裏にドヤ顔のラゴンが現れる。「ま、せいぜい頑張れよ」と、語りかけてくる脳内ラゴンを、彼は慌てて振り払った。
「で、ラゴンさんがその……説明会とやらをしろと言ったのか?」
「ざっつらいと!」
「はぁ……」
なるほど、とシャナはため息をつく。
ラゴンは、ルテアに説明会を開け、と言って満足したのか、あるいはルテアが伝えてくれるとでも思っていたのか、シャナにはそのことを伝えていなかったのである。
彼はなかなか無責任なところがあるのだ。だからこそ、そばにいるリオナが忙しいわけだが。
「説明会って、いったいなんの?」
「救助隊と探検隊の違いについて、だと」
「あぁ、なるほどな」
救助隊と探検隊。
二つの組織は似たように見えるが、その活動目的、システム、ランク制度等に違いがあるのだ。
しかもお互いの本部は別大陸にある。一応支部はどちらの大陸にもあるものの、やはりお互いの組織について知らないことも多い。
だから、仲裁役員がその違いを説明してやれというのだ。
「ちなみにルテア、その説明会はいつ行うつもりなんだ?」
「何言ってんだ。――今日にきまってんだろ?」
「………………は?」
今のは空耳だろうか? シャナは耳の穴に指を突っ込む。
いま、『今日』という単語が聞こえた気がした。耳鼻科に行くべきだろうかと心配になるシャナ。
「…………今日?」
「ああ! 今日の午後から、ここ――大広間でな!」
「……ちなみにルテア、ちゃんと説明の準備は出来てるからそんな大口を叩いてるんだろうな?」
「おいおい、冗談よせよ!」
ルテアはニカッと歯を見せて爽やかに笑う。嫌な予感がする……。
「――原稿作りはお前がしてくれるんだろ?」
「………………」
シャナの手首から炎が吹き出た。
――てめぇ、俺に丸投げかぁああああッ!!
★
時刻はすでに午後を回っていた。
大広間のど真ん中に移動掲示板を設置して、シャナとルテアは説明会の最後の打ち合わせに入る(実際にはシャナがルテアに段取りを教えるだけだが)。
打ち合わせは大広間の一番端っこで縮こまるようにしていたのだが、シャナがふと掲示板の前を見てみると、そこにはポケだかり(結構な人数だ。シャナが知っている顔もちらほらある)が出来ていた。これにはシャナも驚かざるを得ない。
掲示板を見えやすくするためか、側には小さいポケモンたち、後ろには大型ポケモンがたたずんでいる。
――まさか、たかが説明会にここまで人数が集まるとは。
彼がそんなことを考えていると、ルテアが「よっしゃ!」と叫んで尻尾をブンッ、と振った。危うくシャナはそれに当たりそうになる。
ルテアは勝手に大広間の真ん中――つまり観衆の前に立ちはだかると、彼らが一斉に沸き立った。
「お、おいルテア……! 何を勝手に……!」
――まだ心の準備が……!
「シャナ、何やってんだ早く来い!」
ルテアが叫んで強引にシャナを引っ張る。すると「ひゅー! 爆炎槍雷のお揃いだぜ!」と、観衆のうちの誰かが囃し立てた。
「……まったく……!」
いきなり観衆の前に出てしまったルテアに蹴りを入れたいシャナだったが、もう前に出てしまったものは仕方がない、と腹をくくることにした。彼はゴホン、と咳払いをする。
「えー、今から仲裁役員の説明会を――」
「救助隊も探検隊もみんな元気かーッ!?」
『イエーイ!!』
「……」
シャナの声はルテアの叫びであっけなくかき消された。観衆はルテアのテンションにノリノリである。
「んじゃ、今から説明会を始めるぜーッ!」
『イエーイ!』
「……」
シャナは思わず眉間を指でつまむ。
「お前ら……説明会をライブか何かと勘違いしているだろ……」
★(以下台本形式)
シャナ(以下:シャ)「えー、では説明会を始めたいと思います。今回のテーマは『探検隊と救助隊の違いについて』です」
ルテア(以下:ル)「これがまたさ、同じようで違うんだよなぁ〜」
シャ「じゃあまず、お互いの活動方針についての説明から。これは救助隊が先に説明した方が良さそうだな」
ル「おうよ。んじゃ説明するぜ! 初めて救助隊ができたのはこことは違う大陸だ。そのころ大陸では未曾有の自然災害に襲われていて、初めポケモンたちはなす術もなく怯えるしかなかった。そんななか、ポケモンたちの中で『自然災害からポケモンたちを救おう!』ってやつらが現れた。これが救助隊の始まりだ」
シャ「活動内容はシンプルだ。『災害で被害にあったポケモンを救助する』。これが主軸になっている。また、結成されてある程度経つと、救助のみならず災害があった場所の調査をする調査隊も結成された。どれだけ災害の規模が大きいのか、対処方法は……等を調べる」
ル「ま、これが救助隊の始まりって訳だが……あれ、次なんだっけ?」
シャ「……救助隊だけでは対処できない――」
ル「そうそう! だが、しばらく救助活動をしていると、救助隊だけでは対処できない課題が出てきた。その課題というのが……」
シャ「『地図に明かされていない未知なるダンジョンの開拓』だ。ポケモンを救助するには、ダンジョンの特徴や性質をよく知っておかなければならない上に、救助までの道のりを整備しなければならない。そのためには救助活動より先にダンジョンを調査しなければならなかった。そんな理由でできたのが――探検隊だ」
ル「未知なるダンジョンの踏破を主な活動目的とした探検隊は、救助隊から独立して、別大陸――つまりこの大陸に探検隊の基礎を築いたわけだ。わかったか、ボウズ?……おう、いい返事だ」
★
シャ「さて、ポケモン探検隊連盟、略してPEUと、ポケモン救助隊連盟――PRUの本部は別大陸にあるわけだが、お互いの本部までの交通手段は大きく二つに分かれる」
ル「まずひとつ目は、“運び屋”に乗せてもらう方法」
シャ「大陸内を飛び回り、手紙を運ぶ“郵便屋”のペリッパーたちと比べると、“運び屋”が行き来して物資やポケモンを運ぶのは大陸と大陸の間だ。ちなみに種族はカイリューたち」
ル「だが、カイリューたちだけじゃ大人数を短時間で運ぶのは不可能だろ? だからもうひとつの方法ができた。それが――“テレポート”だ」
シャ「PEU本部とPRU本部を、お抱えのエスパータイプポケモンの“テレポート”でつなぐ。こうすれば大人数を一瞬で移動できるってわけだ。ちなみに救助隊選抜メンバーは“テレポート”を使ってこっちに来た」
ル「ま、“テレポート”を使うには事前申請が必要だけどな。ちなみに、シャナは“テレポート”をすると“テレポート酔い”に――」
シャ「いらんことを吹き込むなッ!!」
★
ル「最後は救助隊と探検隊のランクについてだな」
(シャナが掲示板にランクが書かれた紙を張り付ける)
ル「見ての通り、救助隊のランクはノーマルから始まり、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤモンド……最後に最高ランクのマスターランクになるってわけだ。ちなみにゴールドランクから上は、昇格するごとに連盟から表彰状がもらえるぞ」
シャ「探検隊の方は同じくノーマルに始まり、ブロンズ、シルバー、ゴールド、ダイヤモンド、ウルトラ、スーパー、ハイパー、マスター、マスター☆、マスター☆☆、マスター☆☆☆、最後にギルドマスターランクになる。ギルドマスターランクになると自分のギルドを持てるようになるぞ」
ル「ここで知ってほしいのは、救助隊と探検隊のランク基準の違いだ。見ての通り、探検隊のランクは救助隊の二倍ある。つまり、同じゴールドやマスターでも、その中身はまったく違うってこった」
シャ「救助隊でのゴールドランクは探検隊ではハイパー、探検隊でマスターは救助隊だとプラチナとほぼ同じだ。ここを理解してもらわないと以後チーム同士が協力し合うときにトラブルが起きやすくなってしまう」
ル「オーケー? これだけわかってればお互いにやりやすいだろ。よし、これから打倒“イーブル”に向けて、救助隊も探検隊もどっちも頑張っていこうぜぇ!」
『イェーイ!!』
シャ「……やっぱりそのノリは崩さないんだな」