へっぽこポケモン探検記




















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第一章 予感編
第一話 始まりは日常から
 忘れ物は無いだろうか? まず、薬を入れるビン、それを入れる袋、そしてなにより、僕自身が歩ける状態であるか? ……うん、健康そのものだね。
 さて、準備は万端、気分も上場。じゃあ出かけようじゃないか!
「いってきまー……」
「あ!!ちょっと待った!」
 僕が最初の一歩を踏み出しながら大きな声で叫ぶのをさえぎる声がした。ギクッ……。まさか、何か忘れ物が……?
 そう思って僕は後ろを振り返った。そこには当たり前だが僕の家がある。森の木を切って作った質素な家だ。と、そこのドアが開いて中から現れたのは……。
 長い蛇のような水色の胴体、尻尾には青い澄んだ水晶の珠が三つ。顔には本来耳があるところに白い羽のようなもの、そして澄んだ瞳――ドラゴンポケモンのハクリューだ。
 僕の声をさえぎったのは、このハクリュー――リンだった。
「リン、どうしたの?」
 僕は聞いた。たぶん眉をひそめてたかも。だって誰でも歩こうとしたのに止められたらそうならないかい?
「忘れ物だよ」
 リンは器用に尻尾で僕に向かって袋を手(手というよりは尻尾)渡した。僕がその袋を受け取ると、ジャリンと音がする。
 しまった! 僕はとんでもないものを忘れてしまったようだ。何かって? それは、ものを買うときに必要なお金さ。
「あんた、普通買い物に行くのにお金を忘れる?」
 う……それを言われると僕のドジなところが露骨に引き立たれるじゃないか……。
「ちゃ、ちゃんと確認はした……はず……」
 うう……情けない言い訳……。いや、言い訳すらなってないよ……。そんな僕の心情を探ってくれたのか、リンは「ふふ……」と笑って僕の頭を尻尾でなでてくれた。
「さあ、行っておいで」
「うん」
 僕は今度こそリンに向かって言うつもりだった言葉を、元気良く叫んだ。
「行ってきます!」





 僕の名前はカイ。見ての通り、ドジが目立つリオルという種族のポケモンだ。
 いや、あのね、いつもドジを踏んでるわけじゃないんだよ? ただちょっとほかのポケモンよりアレだけで……って、今のを見てそんなことを言っても信じてもらえないよね……。
 さっき僕に忘れ物を持ってきてくれたリンは、僕を育ててくれる保護者のようなポケモンだ。もちろん、本当の親ではない。まさかハクリューからリオルが生まれるなんてタマゴグループを無視したことは、天地がひっくり返ってもありえないからね。
 じゃあ僕の親はどこにいるかって? それはわからない。僕の親は僕が生まれたときから消息不明、生きているかどうかも定かじゃない。あるいはリンなら親について何か知ってるかもしれないけど、聞いてみたことは無い。だって、別にさびしくもないし知りたいとも思わなかったから。
 僕は今、海辺の岬と向かっている。ぼくの家は海に近いところにあるんだ。家から岬の反対のほうへ向かうと小さいけど里がある。住んでいるポケモンは少ないけどね。 それで僕はその岬で何をするのかというと、あるポケモンに会いに行くんだ。


 海辺の岬まで行くと、僕は息を切らしていた。ちょっと、まだ少しの距離しか歩いてないのに疲れる……。僕は深呼吸を繰り返しながら辺りに目をこらした。すると……やっぱりいた! 岬の先端に目的のポケモン発見!
 そのポケモンはちょこんと岬に、僕に背を向ける形で座っている。
 全身が薄ピンクの肌に包まれていて、しっぽはおおきくやわらかそう。頭の上には神々しいって言っちゃあ大げさだけど、立派なシェルダーというポケモンの冠を被っている。
ヤドキングというポケモンだ。
 僕は静かにそのヤドキングに近付いた。その背後で止まる。
「ねぇ、ヤド仙人、また瞑想?」
 すると、ヤドキング――ヤド仙人(本名不詳。勝手に僕がそう呼んでいる)は背を向けたまま早口に言った。
「阿呆、瞑想中に話しかける奴がおるか!無礼もん!」
「じゃあ、いつ話しかければいいの?だって、毎日いつでも瞑想中じゃない?」
「そんなもん――わしの機嫌のいいときに話しかければよかろう!」
「……」
 そうだね、見ての通りこの変じ……いや、このヤドキングはこういう性格だ。仕方が無い。こういうときは取って置きの……!
「そうかぁ……話し相手になろうとしたのに、ヤド仙人は瞑想中かぁ……。しょうがない、また今度……」
「待ていっ!!」
 ビクッ! ヤド仙人が急に叫んだ。何、いったい! 心臓が飛び出るかと思ったじゃないか……。するとヤド仙人はクルッと振り返って僕を見る。
「今のわしはすこぶる機嫌がいい。よし、おぬしがそこまで話がしたいと言うのなら、相手になってやらんことも無いぞ?」
「……う、うん……」
 さすが、『話し相手作戦』、効果テキメン……。やっぱり、仙人はさびしがりやなんだね。


 僕と仙人は岬をおりて、浜辺の崖にぽかりとあいている洞窟の中に入った。つまり、そこがヤド仙人の住処なのだ。
 洞窟全体は部屋ひとつ分の大きさで、椅子や机などの全ての家具がその洞窟の岩で出来ている。まあ、なにやら怪しげな実験道具や小瓶やらは岩じゃないけど。
 ヤド仙人は、言っちゃ悪いけど友達が少ない。たぶん、こんなに話しかけているのは僕ぐらいだろう。ヤド仙人は、里のポケモンに恐れられていて、あまり近づく者がいない。あるいは気味悪がら……いや、なんでもない。
「はい、仙人、いつものお願いね」
 僕はヤド仙人にビンの入った袋と、先ほどリンにもらったお金の入った袋(何ポケぐらい入ってるんだろう……)を岩の机の上においた。するとヤド仙人はなにやら不満そうな顔をしてそれを見た。そしてお得意の”サイコキネシス“でそれを手繰り寄せる。
「また里のもんに押し付けられてきたのか。まったく、ワシを気味悪がっているくせにもらうもんはちゃっかりもらいおって……」
 ……自覚あったんだ、意外だよ……。
 仙人は、その小瓶をひとまず下ろして怪しげな道具をガチャガチャと探った。そして謎の液体の入った小瓶をいくつか選んでそれを“サイコキネシス”で調合? っていうのかな、その作業をやっていく。
 たしかに、『調合』で間違いないんだろうけど、時々爆発したり異臭がしたりする実験のようなものを調合と呼んでいいものかどうか……。
 ひとつ念のために言っておく。仙人は決してマッド・サイエンティストではない。
 仙人は若い頃厳しい(それはもうものすごく厳しいと本人は豪語していた)修行を受けたらしくて、山篭りをしている間に万能薬を調合できるようになった……らしい。
 ヤド仙人がほら吹きでないとすると、だ。
 そして僕は、里の人がヤド仙人を気味悪がる(本人が自覚しているからもう遠慮しない)から、みんなの代わりににこうやって薬を仙人から里に届けている。里に下りるたび住民たちに「お前って物好きだよな」といわれることに対してはスルーすることにする。
 仙人は悪い人じゃないよ? ただちょーっときむずかしくて、ひねくれてて、自身の知識を長々と教授するだけでね。
 さて、ヤド仙人の『調合』が一段落すると、仙人はよいしょと岩の椅子に腰掛けて僕と向き合った。
「お疲れ様」
 僕は毎回行っているヤド仙人の住処で、勝手にお湯を沸かしてお茶を作った。それをヤド仙人に差し出す。勝手知ったるなんたら、というやつだ。
「ん」
 ヤド仙人はそうとだけ言って湯飲みに手を伸ばす。出来れば言葉で感謝して欲しいけど、まあいいや。
 え? 感謝してないんじゃないかって?
 ヤド仙人はお茶の入った器をコト、と置いて、ふぅ……と深いため息をついた。仙人にしては珍しいアクションだ。
「どうしたの?」
「悪い風が吹いている」
「はい?」
 悪い風……というのはいったいなんだろう? ヤドキングという種族は潮風に当たっても差し支えないと思うんだけど……。
「阿呆! そういうことではないわい! 悪い予感がするということじゃ! わ・る・い・よ・か・ん!」
「悪い予感? じゃあ最初からそういっていればよかったのに」
「かあっ! これだから文学的センスの無い奴は!」
 ……わるかったね。
「それで、何が悪い予感なの?」
「ふむう……」
 ヤド仙人は唸り声をあげながら腕を組んだ。
「わしの予知能力をもってしても、詳しいことはわからん。ただ、とてつもなく悪い予感がするということだけじゃ」
「ふーん……?」
 僕は曖昧に相槌を打ちながら、茶をズズ……と飲んだ。

 ――そのとき、僕は悪い予感について深く考えなかった。その悪い予感が、すぐそばに迫っているとは、知る余地もなく……。


「それでな、カイ。予知能力というのはそもそも……」
「え?」
 ヤド仙人は、いきなり何の前触れもなしに、なにやら『ご教授モード』になった。僕は一気に緊張が強まる。なぜって? 一回仙人のご教授が始まった日には、僕はそこから動けないんだ……。
 僕はあわてて帰ろうとした、が……?
「どこへ行くんじゃ、人がせっかく話をしているというのに!」
 仙人は動こうとした僕を“サイコキネシス”で固定した。ああ……もう手遅れだ……。
 その後、僕はヤド仙人から、『予知能力』についてのレクチャーを散々聴かされることになった。

 ――まさか、これが悪い予感の正体……?

■筆者メッセージ
 執筆に全力投球します。目を通していただきありがとうございます。
ものかき ( 2014/01/15(水) 11:26 )