第三話 “テレポート”
――そこは、薄暗い洞窟の中だった。
「な、何が……?」
何が起こったんだ!? 数秒前まで僕はザングースの“はかいこうせん”を受けるはずだったのに……?
僕が周りを見渡すと、その洞窟は家具のほとんどが岩でできていて、何やら怪しい小瓶や実験道具が散乱している。
ここは、ヤド仙人の家……!
「おお……!無事じゃったか!」
その時、ヤド仙人が洞窟の影から姿を現して僕の元に駆け寄る。
「や、ヤド仙人……!」
僕は、ヤド仙人に倒れこむようにして駆け寄った。もう僕の体は限界を越えている。頭のなかは、ヤド仙人に会えた安心感と、なぜ自分がここに居るのかという疑問符でいっぱいだった。
「仙人……これは、どういう……?」
「ワシがお主を“テレポート”でここまで引き寄せたんじゃ!!」
「“テレポート”……!?」
そうか、急に空間が歪んで視界が遠のいたのは、そういうことだったのか……。いや、待って。じゃあ……!
僕は、頭の中がカッと熱くなるのを感じた。なんで仙人がテレポートを使えたのか、テレポートって自分以外を瞬間移動が出来るのか、という疑問は、今の僕には消え去っている。
「どうして……どうしてリンを助けなかったの……!?」
僕は思いっきり叫ぶつもりだった。だけど、実際にはゴニョニョがささやくような声しか出ない。
「仕方がなかったんじゃ……!!あの連中は、おぬしを狙っている!お主やリンでは到底かなわん!!」
ヤド仙人は、顔を歪めて悲痛に叫ぶ。僕は、こんな仙人は初めて見た。
「あの連中……って、仙人、なにか知ってるの……?おしえてよ!」
頼むよ、誰でもいいからこの状況を説明して! 僕がそう思いながらそう訴えかけると、ヤド仙人は苦渋に満ちた表情になる。そして彼は深いため息をついて、短い腕を僕の両肩に持っていって手を置いた。
「よく聞くんじゃ、カイ。ここももう危ない。おぬしはこれからとんでもなく大きな出来事に巻き込まれる、そして大きな判断をいくつも迫られることになるじゃろう」
ヤド仙人は予言じみたことを静かに、厳かに僕に伝えた。一字一句、僕が聞き逃さないように区切りながら。
実際、これは仙人の『予言』で間違いなかったと後で思うけど、このときの僕はひどく混乱していてろくに仙人の言葉を受け入れられなかった。
「え、な、なに……? 早く、早くリンを助けなきゃ……!」
「だめじゃ! あそこには行ってはならん! この里のものではかなわないんじゃ!」
ヤド仙人は僕を諭すように言った。だけど、それってリンを放っておくってこと……!?
「カイ、いいか、機会が来るまでは逃げ切るんじゃ! 絶対に連中につかまってはならん!! 今からワシが“テレポート”でおぬしを遠くへ飛ばす! 絶対に逃げ切るのじゃ!」
「な、なに……?」
いきなりの急展開、切羽詰まったヤド仙人のものすごい剣幕、そして、仙人の言葉の意味……いきなり降りかかった出来事の数々で、僕の脳は“オーバーヒート”寸前だった。
何かを言わなきゃいけないのに、言葉が出ない。いったい、僕は−僕らはどうなっちゃうんだ……!?
「動くでないぞ、カイ!おぬしを“テレポート”で飛ばす!」
「え、ど、どこに……?」
恥ずかしながら、僕はかなり裏返った声を上げる。ヤド仙人はそれを無視して両手を僕の前に突き出した。ちょ、ちょっと待って……! まだ心の準備が……!
「動くなと言ったじゃろう! 怪我したいのか!?」
ヤド仙人がシェルダーの冠の下の額に汗をかきながら怒声を飛ばす。
「行くぞ、カイ!」
仙人が叫んで僕に“テレポート”を掛ける、そのとき……。
「いたぞ!!」
「「!!」」
洞窟の入り口から鋭い声が響いた。さっきのグラエナの声だ……! 僕の周りの空間は、すでにゆがみ始めている。
「間に合うんじゃ……!」
ヤド仙人がそう叫んだのと、仙人の背後の入り口からさっきの三匹がなだれ込んでくるのは、ほぼ同時だった。
「な!あいつ、“テレポート”をかけようとしてるぞ!」
「逃がすな!」
「言われなくても! “辻斬り”!!」
キリキザンがまさに僕のほうに辻斬りを飛ばした。だめだ! 間に合わない……!
「なんのおお!!」
ヤド仙人は“テレポート”のために両手を僕のほうにかざしたまま、“辻斬り”のほうへ背を向けた! 危ない!!
「がっ……!」
エスパータイプもかねているヤドキングに、あくタイプの“辻斬り”は効果抜群のはずだ。ヤド仙人はそれをもろに受けてしまったんだ!!
「せ、仙人!!」
仙人は、何とか足を踏ん張ったおかげで倒れることはなかった。しかし。
「うわぁあっ!?
僕の周りを包んでいたゆがんだ空間が、大きく歪んで、僕はそれに思いっきり引っ張られた!そして、さっきのように、(しかしさっきよりも乱暴に)僕の視界がだんだんと遠ざかり、小さくなっていく。
「さあ、行くんじゃ……! カイっ!!」
ヤド仙人が、そう叫んだのがだんだん小さくなって、語尾は完全に聞こえなくなった。
「仙人ーーー!!」
僕の叫び声もむなしく、視界は完全に遠ざかった。空間のゆがみと、“テレポート”による浮遊感で、そのまま僕の意識は途切れた――。