第八話 シフォン・ライム
「ああもう!やってられるかよ!」
俺は大声を上げると、近くにあった岩に座った。ああ!もうなんでこんな状況になるんだよ!え?何があったって?話はこの洞窟、“湿った岩場”に入る前にさかのぼるんだがな…
「なあ。ほんとに行くのか?」
「行くしかないでしょ?」
「でもなんか…」
「入りずらいね…」
俺たちは依頼の真珠がある“湿った岩場”に来た。だが、見たからに中はじめじめとしていそうで中に入るのを躊躇っている状況だ。
「誰に向かって言ってるの?」
「気にしなくていい」
もう「人の心を読むな」と言ってもどうせこいつは読むんだろうな、でもよく人の心読めるよな。
「親からの遺伝だよ」
「あっそう。 …で、これからどうする?引き返す?中に入る?それとも引き返す?引き返えそうよ」
「そこまで入りたくないのあんた」
「そりゃあ勿論」
ルミアは「はぁ…」ため息をつく。そして少し考えた後、「よし」と呟いた。
「少し考えたんだけど、か弱い私とココアはギルドに戻って、馬鹿なあんた達は真珠を取ってきなさい」
「巫山戯んなよ女ギツネ」
「な!?」
「まずお前か弱くないだろ、ココアなら分かるけど、お前か弱くないだろ」
「何で二回も言うのよ!」
「まあまあ。二人共、皆で仲良く行こ?ね?」
俺たちの口喧嘩をココアが辞めさせる。するとルミアは俺に向かって「チッ」って舌打ちしてそっぽを向いた。
「ねえ。早く行こうよ。早く行って早く帰ってこれば良いだけじゃん」
「五月蝿いわねヘタレ、分かってるわよそんな事」
「何か酷くない!?」
「酷くない。ほんとの事だから」
「うっ…!ねえココア!何か言ってあげてよ!」
「え…。でもほんとの事だから…」
「ココアまで…」
「さ、仕方がないからもう全員で行くぞ!」
早く行かないと日が暮れちまうので俺は話を戻す。
「はあ、仕方ないわね。いいわよ」
「最初からそれで良かったのに…」
「うっ…うっ…」
そして、俺たちは洞窟の中へと入って行った。
〜〜 湿った洞窟 〜〜
暑い。とにかく暑い。洞窟の中では熱がこもっていてとにかく暑い。さらに所々に苔があるので、とにかく滑りやすい。ラウルなんてもう三回転けてる。
「あうう…。何でこんなに暑いの〜…」
「そう?私は別に平気よ?」
ルミアは炎タイプだから平気だろうけど俺たちはとにかく暑いんだよ。こいつ分かってて言ってんのか。
「お、敵だぞ」
俺たちの目の前に三匹のカラナクシと二匹カブトが現れた。俺たちは戦闘態勢を取る。
「先手必勝!」
俺は一直線にカラナクシの方へと走り出し、パンチを顔面にぶつける。
「ぐあっ…!」
ただのパンチだけでも一撃で倒れた。案外弱いな。
「手助け!」
「「電光石火!」」
ココアが手助けを発動すると、ルミアとラウルはもう二匹のカラナクシを電光石火で倒した。…電光石火か…いいな…。
「もう一発!パンチ!」
そんな事を思いながらも俺はカブトに向かって拳を振り上げた。そして思いっきり地面に叩き付けると、「ぐあっ…!」と少しうめき声を漏らしてカブトは倒れた。
その間にラウルももう一匹のカブトを倒した。
「結構弱いわね此処の敵」
「うん。でもこの暑さに地味に体力を削られている気がするよ…」
「たしかにそうだね…」
「さっ。じゃあ先にすすむ
」
最後まで言い終わる前に俺の目の前からラウル達が消えた。…え?消えた?
「は!?」
どうなってんだよ!俺はそう思いながらも右を見たり左を見たりする。やはりラウル達は見当たらない。
そして、ふと下を見ると三つの変なスイッチの様な物が地面にあった。
「何だこれ…」
俺はそう言ってそのスイッチに乗ってみると、急に周りの背景が変わった。
「…は?」
いやいや、まてまて。可笑しいだろ。ただのスイッチ踏んだだけで周りの風景変わるとか…あれ、ちょっとまて、周りの風景が変わったんじゃなくて俺がワープしたのか。って、そんな事有り得るのか?有り得ない…いや、此処はポケモンの世界だ。有り得るか。
「電気ショック!」
「うおっと。…敵か…」
俺は突然飛んで来た電気ショックをギリギリの所で避けると、なんだ?と思いながら技の飛んできた方を見た。其処には一匹のピカチュウが居た。
「あれ、この洞窟にピカチュウがいるんだ」
そう呟くとピカチュウは「そんなわけないじゃない」と言った。
「この洞窟にピカチュウなんてまず居ないわ」
「だとしたらお前誰だよ」
するとピカチュウは少し重そうに口を開いた。
「私はシフォン・ライム」
「へぇ〜。シフォンな。俺はライト。よろしく。」
「え…?」
ただ自己紹介しただけなのにシフォンは幻でも見るかの様な目で俺を見てくる。
「あ、あんた…。本当にライト?」
「? ああ。そうだが?」
何だこいつ。変なやつ。…ん?…まてよ…?有名な探検隊なら驚くだろうけど、まだ俺たちの探検隊は全く有名になってない。だから俺の名前を聞いて驚くヤツなんてまだこの世界にいるわけがない。…だとしたら…。
「お前…。まさかとは思うけど… お前も元人間か?」
「! あ…やっぱり…!」
すると、シフォンは涙目になってその場で踞った。
「えっ…。ちょっ…」
俺は何か勝手に泣き出したシフォンにどうすれば良いのか分からなかった。
…あれから十分程して今の状況に至るというわけだ。するとピカチュウは泣き止んだのかスッと立ち上がった。
「おい、もう大丈夫か?」
「あんた…!今の事は誰にも言うんじゃないわよ…!」
泣き止んで一番最初に行った言葉はこれだった。俺が心配してやっていたというのに…こいつ…。
「…さて、本題だ。お前、元人間だろ」
「ええ。そうよ、元人間。でもまさかあんたもポケモンになっていたとはね」
やっぱりそうか。さらに俺の名前を聞いて驚いている所からして俺の過去も知っていそうだな…。
「あ〜…。確かにお前と同じでポケモンになったんだが…」
「何?」
「…俺、昔の記憶がないんだわ」
その時、シフォンがまた泣きそうな顔になったが、今度はこらえて口を開いた。
「…覚悟はしていたわ。こうなる事は」
「じゃあ教えてくれ、俺の過去を」
「ええ。分かったわ。あなたは…」
「ライト〜〜!!」
シフォンが語り始めた瞬間。ラウルの声が聞こえた。俺は声のした方を見ると、ラウル達がこちらに向かって歩いてきていた。その時シフォンが少しくらい顔をした気がしたが、気のせいだろうな。
「あれ?そっちのピカチュウは?」
ラウルがシフォンを見て聞く。
「こいつはシフォン。さっきあったんだ」
「…どうも」
ペコッと頭を下げたシフォンにラウル達も頭を下げる。
「さて、じゃあとっとと依頼を終わらせて帰るか」
「うん。そうだね」
「こんな蒸し暑い所は早く出たいよ」
『帰る』という言葉を聞いて少しはやる気が出たのだろうか、ラウルとココアは少し嬉しそうに返事をする。
「お前どうする?」
俺はシフォンに問う。
「どうするって?」
「お前も一緒に来るかって聞いてんだよ」
首を傾げて頭に疑問符を浮かべているシフォンに俺は一緒に来るか来ないかを聞く。行かないと言っても無理矢理連れて行くだろうけど。
「…行く!」
少し考えたシフォンだったが、大きな声で返事をする。その時、俺はこいつは本当は無邪気な女の子なんだなと思った。