明けない夜の始まり〜Side:ホムラ〜
『光輝剣(ルクスブレイド)』と呼ばれる組織がある。
表向きの名前は『学校法人ルークス学園』。セイリュウのみならず、世界各国で人材育成に励んでいる、設立から今年で60年を迎えた由緒正しい学校法人、ということになっている。しかしその裏では、裏世界から現れるヴォイドの殲滅、ヴォイドによって親を亡くした孤児の引き取り、危険な魂唱師の取り締まりを行っている。言うなれば裏世界における警察組織だ。
そこに所属する私――表の顔はルークス学園の運動自慢、裏の顔は光輝剣実働5番隊隊員であるエースバーン、ホムラ・A・ファイアブランドは、訳あって隊長から呼び出しを受けていた。
「さて、君を呼び出したのは他でもない。近頃セイリュウで噂になっている連続失踪事件についてだ」
上司であり隊長であるウーラオスのオーガさんが、そう切り出した。
「君には次の裏世界の浸食が始まる際に、事件の調査を行ってもらいたい。パトロールと並行する形にはなってしまうが、よろしく頼む」
顔が固くなるのが自分でもわかった。上層部はこの事件に、裏世界に関係する何かが関わっているとみているのだろう。しかし実力を評価されているとはいえ、不安は尽きない。
「私を信頼してくださるのはありがたいのですが……他の隊員の方では、駄目なのでしょうか?」
私の問いかけに、オーガさんは資料の束をまとめながら答える。
「あいにく、近々ゲンブの方で大規模な演習が始まる予定でな。私直属の部下以外は動員が難しいんだ」
「なるほど……でしたら、その任務。全身全霊をかけて臨ませていただきます」
私が宣言する。オーガさんは満足そうに微笑んで頷いた。
「その言葉を待っていたよ。では、次の裏世界の浸食は3日後だ。それまでに準備しておいてくれ。……ああ、そうだ」
オーガさんは何かを思い出したように、立ち上がろうとする私を引き留める。
「この任務については、諜報部にも声をかけてある。もし君がいいなら、彼……アズールとバディを組んで任務にあたってもらうことになっているが」
アズール。その名前を聞いて、私の口角はわずかに吊り上がった。
「ぜひ、お願いします!」
………
……
…
「……ラ……ん、ホ……ラさん」
誰かが私を呼ぶ声。どうやらさっきまで夢を見ていたらしい。ゆっくりとまぶたを開けると、仮眠室の見慣れた天井と、頭上から私の顔をのぞき込んでいるインテレオンが見えた。
「ホムラさん、起きてください。そろそろ日付が変わります」
「ごめん、アズール……仮眠のつもりが、しっかり寝ちゃってたみたい」
彼はアズールこと安澄(アズミ)ルーカス。学校での私の同級生で、諜報部に所属する戦友。今回のバディでもあり……そして何より、私が長らく片思いしている相手である。
「さて、状況を整理しましょう。僕たちの今回の任務は、今セイリュウで起こっている連続失踪事件の調査。同時に裏世界のパトロールも並行して行います。しかし今回の浸食は『無明永夜』……ヴォイドや他の魂唱師と遭遇する危険性が高くなっています。油断はしないでくださいね」
「オーケー、とりあえずそんな感じかな。それで、今回の調査について。私に考えがあるんだけど……」
アズールが顔をこちらに向ける。私は昨日から考えていたプランを話し始めた。
「例の組織……『魔女の騎士団(ワルプルギスナイツ)』の周辺を洗ってみようと思うの」
「……あの組織に喧嘩を売るんですか?それならもっと人数が確保できてからの方が……」
アズールが難色を示すのも無理はない。『魔女の騎士団』は魂唱師たちで構成された武闘派集団。近年着々と力をつけており、過去には光輝剣ともひと悶着あったらしい。しかしその抗争で双方痛手を負ってからは不気味な沈黙を続けているという噂だ。
「あくまで調査なんだから、小回りが利いた方がいいでしょう?それに、あの組織がやられっぱなしのままでいると思う?」
「……そうですね。では、そちらを洗ってみましょうか。無理はしないようにしましょう」
私たちは会話を終え、夜の街へと踏み出していった。