戦いの始まり
秋の夜空は明るみを増し、夜明けを迎え始めていた。
カントー地方の小さな街カワシシティにある時計塔の頂点にある小さな展望用スペースに、一人の青年と一匹のポケモンがいた。
青年は、黒地に金で「implicit」の文字がプリントされているTシャツの上から赤いチェックの長袖Tシャツを羽織り、紺色のジーパンを穿いていた。ポケモンも青年のTシャツと同じような黒い体に、赤い襟巻のようなものを首の周りに持っていた。
二人とも、風に黒い髪と白い髪が静かになびいている。
「今日は伝説祭りだな」
青年の呟きにポケモンは頷きもせず、ただ世界を見降ろしていた。
「…………ごめんな、ダークライ。お前を巻き込むべきではないのに」
『謝るな。お前の望みは私の望みでもあるんだ』
ポケモン、ダークライの瞳に悲しい色を見た青年は謝罪の言葉を述べると、ダークライは今度は空を見上げながら言った。
『別に悲しんでなどいない。むしろ、お前の願いが叶うことが喜ばしいくらいだ。ただ、』
「俺たちがこうしなければいけなくなった運命が哀れだと、言いたいんだろう?」
ダークライは頷く。
「……母さんに昔、訪ねたことがあったんだ」
青年の言葉に、ダークライは青年の顔を見る。空も、下に広がる街さえも見ていない、世界を見ていない様な遠い目だった。
「何故母さんは父さんと違う種族なのに父さんと結婚したのか、とな……」
『確か、お前の母さんは遠い国にある種族の一人だったな』
「あぁ。だいぶ前の伝説祭りに参加した時父さんと出会ったそうだ」
青年はそう言うと、ズボンの右ポケットから折り畳み式の小型望遠鏡を取り出し、カワシシティの出入り口あたりにある橋を見る。
「母さんは、『あの人と出会って、私は救われた。だから、私はあの人のためになんでもするって決心したのよ』って笑って言った」
『あいつらしいな』
「だろう?聞いた時にはよくわからなかったが、今ならよくわかる。だから、絶対にやらなきゃ駄目なんだ」
ダークライは、それを聞いても何も言わなかった。否、何も言えなかった。
青年から滲みでる、強く決心した雰囲気がダークライにそうさせていた。
「――――来た」
青年は言うのと同時に立ちあがる。
『始まるんだな』
「あぁ。手始めに、一度奇襲でもかけておくか」
青年は腰にあるボールを一つ手に取ると、空に向かって斜め上へと投げた。それは弧を描き丁度青年の目のあたりの高さまで落ちてくると、ボールが開き中から赤い光が空に伸びた。赤い光は鳥の形になり、それは黒い羽毛に身を包み、胸の部分だけが白いふさふさとした毛が生えているドンカラスになると、ボールは青年の手に戻っていった。
「ズウ、あそこにいる“ユウ”の所に連れて行ってくれ」
愛称なのか、ズウと呼ばれたドンカラスはカウボーイの帽子のような形をした頭を縦に振ると、青年が乗りやすいように出来得る限り塔に近づいた。
『私はここで見守っていよう。用があれば呼ぶがいい、すぐに行く』
「おぅ。行くぞ」
静かな、しかし迫力があるような青年の声に、ドンカラスは翼を先ほどまでよりも大きく羽ばたかせ、青年が指差した方へと飛んでいった。
ダークライは、青年を見送る。
『…………哀れな者たちよ、運命に抗うがいい。そすれば、新たな未来を築けるだろう、か。とんでもないことを言う文献だったが、まったくもってその通りだ』
その呟きだけを残し、ダークライは展望用スペースにできた影の中に溶ける様に消えていった。