本日も晴れ。
七月半ばの日差しが、木々の足元に色濃い影を作る。 その年は特に暑い夏で、このオツキミ山の山腹に生息するポケモン達は、皆気温が下がる夜までなりを潜めてしまっているようだった。
今、道無き道を淑やかな足取りで登っていく一体を除いて。
炎タイプは熱にはめっぽう強い。 このキュウコンも例に洩れず、草いきれの漂う中を平然と歩んでいた。 煩わしそうに雑草をわけて進む。 出来れば焼き払ってしまいたいのだが、草むらを住処にしているポケモン達から顰蹙を買うともっと面倒なので、地道に押しのけて進む。
だからやっと目的地に到着した時、彼はほうっと大きく息をついた。 そこは草に覆われた中で突然開けた広場のような場所だった。 キュウコンくらいの大きさのポケモンが十体程は収まる広さがある。 それを見て取ってから、キュウコンは声をあげた。 鈴を振るような美しい声。 凜として涼やかな響き。
「定刻通りに来たぞ。 私と手合わせしたいという御仁は貴方か?」
その言葉に、キュウコンに背を向ける格好で立っていたそのポケモンは振り返った。
「俺はゴーリキーのニキだ。 お前こそ、オツキミ山最強のポケモン、キュウコンのミコトだな?」
「最強かどうかは知らないが、いかにも、私がミコトだ」
ニキはその言葉を聞いて満足げに頷いた。
「そうか。 よろしく頼むぜ。 俺の爺さんの代からこの山の頂点に立ち続けているお前を倒して、俺は名前を残してみせる」
「私ごときに勝ったところで伝説になるかどうかは疑問だが、こちらこそよろしく頼む」
ミコトは静かに頭を下げてみせた。
次の瞬間、ニキはその筋骨隆々の巨体からは想像もつかない素早さでミコトに肉薄し、右の拳を振りかざした。 しかし、爆裂パンチが捉えたのはミコトの影だけ。 彼はやすやすと身をかわすとニキの背後に回り、口を開けた。 火炎放射がニキの背中を直撃し、肉の焼ける異臭が辺りに広がる。
ニキは痛みに一瞬だけ顔を歪めたが、すぐさま第2撃のクロスチョップを繰り出す。 それをみとめたミコトはアイアンテールを使う。 鋼化した9本の尻尾を盾のように使い、クロスチョップを真っ向から受け止めた。 衝突点から火花が散る。
単純な力比べでは、やはりゴーリキーの方に軍配が上がる。 ニキは空気を震わせる凄まじい雄叫びとともに、全身を使ってアイアンテールを押し返した。 ミコトがよろける。 ニキはその好機を逃さず、雷パンチで追撃した。
しかし、ミコトに隙はなかった。 紫電を纏ったニキの拳は金色の狐を打つ事なく、見えない力によって止められる。 それと同時に彼は今度こそ苦悶の声をあげた。 見えない力が全身に作用し、その身体をギリギリと締め付け始めたのだ。
神通力である。 エスパータイプの技の中でも強力な部類に入り、ニキへ与えられるダメージはかなり大きいものだった。
それでもニキはどうにか立っていた。 痛みでグラグラする頭の中に、麗しい声が流れ込んでくる。 ミコトが話しているのだ。
「貴方は十分に強い。 一戦交えられた事を嬉しく思う」
嫌みでもないし、社交辞令とも違う。 心からニキに感服し、尊敬の念を表明していた。 攻撃を当てる事だけに全身全霊をかけていた自分とは全く違う、心身の余裕。
「しかし、勝ちは私がもらう」
ああ、そりゃあ最強な訳だーーそう考えながらニキは熱風を受け、意識を放棄した。
あらかじめ用意していた幾つかの木の実で対戦相手のニキの手当てをし、ミコトはその場を去った。 攻撃は1回も受けなかったが、少々疲れた。 湧き水で喉を潤して好きなモモンの実でも探しに行こうかと考えながら、さらに山を登っていく。
その時、背後の茂みがわずかな音を立てた。