鯛焼きは頭から食うタイプだ(byレン)
1月8日 (水)
「んー、まあこんなもんか」
黒のインナーの上に赤のチュニックを着、スキニージーンズを履いて大きな銀の十字架のペンダントを首にかける。 ピンクのヘアゴムで髪をサイドテールに結えば、鏡の前で5分思案した末に決めたレンの当面のファッションの出来上がりだ。
「おはようレン。 何時までに向こうに着いたら良かったっけ?」
母モモカの声に迎えられて1階に行くと、既に朝食の用意が出来ていた。 シズルとオニユリはもう山盛りのポケモンフーズに取りかかっている。 麦茶を1杯飲み干し、一息ついてからレンは席についた。
「7時。 ふざけてると思わない? 早過ぎだろーーよう、ワタまる、エテぼう。 おはよ」
焼き魚をほぐすレンをかすめて飛んできたワタッコと、麦茶のおかわりを注ぐエテボース。 モモカのポケモンで、レンのお守りもしてくれた2体だ。 魚丸ごと1匹と白飯3杯、味噌汁3杯とサラダ1鉢にみかん2つを胃袋に入れながら、しばらくこいつらにも会えないんだなあとレンはしみじみ考えた。
ごちそうさまを言いつつ時計を見るともう6時半。 洗面を終えて銀色のジャンパーを羽織りながらそろそろ行くぞ、とオニユリ達に声をかけ、ベルトにモンスターボールが2つ取り付けてあるのを確認し、ランニングシューズに足を入れ、ボストンバッグを手にして母を振り返るとピッタリ35分になっていた。
「じゃあ、行ってくるわ」
「何かあったらすぐ電話してきてね。 今年は特に寒いから、無理して風邪ひかないように気をつけるのよ」
「了解。 それじゃ」
レンは片手を挙げる。 しばしの別れだ。
「行って来ます!」
モモカは、娘が見えなくなるまで手を振り、見えなくなった後も家の前に立ち続けていた。
「やっぱり親子で、姉妹ね」
長い旅に出ていくレンの後ろ姿は、父親や姉サクラのそれと同じだった。 迷いも恐れもためらいもない、ただ輝かしい次の瞬間を追い求める後ろ姿。 生まれてきて、食べて眠って遊んで学んでケンカして泣いて笑って驚いて、そして親元を離れて、また成長して戻ってくる。 姉を見送った時まだずっと小さかった妹は、いつの間にか母の背を追い抜いていた。
嬉しいような寂しいような、親にしか分からない感情が、じんわりと視界を滲ませる。 エプロンを目頭に当ててリセットして、モモカは微笑んだ。
「今日は家中お掃除して、久しぶりにケーキを作ろうかしら。 そうね、それを持ってお散歩に行きましょう」
出かけた者はいずれ戻ってくる。 その日まで戻ってくる場所であるこの家を守る事がモモカの務めだ。 しんみりは、この家族には似合わない。
一方、学園で形ばかりの出立式を終え、ワカバタウンを出発したレン一行は、トレーナーや野生ポケモンを蹴散らしながら邁進し、昼過ぎにはキキョウシティに到着した。
何、ちょっと端折り過ぎではないかって? 作者もそうは思うのだが、しかし、オニユリの火炎放射とシズルの水鉄砲でコラッタ10体を一気にぶっ飛ばしたり、ぼんぐり狂のおじさんに絡まれたりしているところなど、詳しく書いてもこれといって面白くなさそうなので、この辺は思い切って割愛させて頂く。
兎にも角にも、無事キキョウシティに到着した1人と2匹は、とりあえず昼飯にありつこうと旨そうな店を探して歩いていた。
「うどん、ラーメン、蕎麦、鉄板焼き……後で天下堂の鯛焼きも食わないとな」
平日の昼間なので、人通りはそれ程多くない。 昼食を食べに出てきた会社員、ベビーカーを押す若いお母さん、赤い髪の少年。
レンの心臓が飛び上がった。 つい昨日会ったばかりのタマゴ泥棒。 あいつもあんな真っ赤な髪をしていなかったか。 背格好もあれぐらいだった気がする。 しかし、確かめる事は出来なかった。 もう1度よく見ようと視線を戻した時には、少年の姿はどこにもなかったのだ。 最初から存在しなかったかのように、痕跡の1つもなかった。
探そうか、放っておこうか。 レンの中で束の間揺れた天秤は、オニユリの言葉で片方に傾いた。
「おいレン、あの店特上天丼が500円だって!」
どちらに傾いたかは明らかであろう。