出発はありふれたもの
迷える子羊
「ママ、ママしっかりして!」

 ママが死んじゃう。 幼い頭にもその恐ろしい事実が迫っていることは分かった。 ニンゲンと、その家来のせいで。
 2日前からニンゲンに追いかけられて、ママはあっちこっちに怪我をしていった。 私を、ニンゲンから守るために、こんなにボロボロになった。

「心配いらないよ。 あんなトレーナーどもにお前を渡すものですか。 お母さんが必ず守ってあげるからね」

 お母さんはそう言ってくれたけど、ニンゲンたちにいじめられてだんだん弱っていった。 そうして、さっきとうとう倒れてしまった。

「お母さん、お母さん」

 ごめんなさい、全部私のせいなの。 ニンゲンはみんな、私を捕まえようとしているのに、どうしてお母さんまでこんな───

「お前のせいじゃないよ」

 お母さんが小さな声で言う。

「悪いのは全部、あの人間たちだよ……」

 その時、お母さんが酷く苦しみだした。

「お母さん、お母さん!!」

 どうしよう、どうしたらいい? 誰か来て、お願い、誰か。

「誰か、誰か助けて!」





「おうおう、これは思ったよりひでーな…」





 そのモココは、それまで見てきた中で1番酷い怪我をしていた。 白くてふわふわなはずの毛並みは血や土で汚れ、あちこち焦げたり引き抜かれたりしてところどころはげてしまっている。 両手の指では数えられない数の痣が見られ、額からはまだ血が流れている。 何より酷いのは毛が生えていない腹部を横切った真一文字の切り傷だった。 傷自体はそんなに深くはなさそうだが、傷口が腫れ上がって気持ちの悪い紫色になっている。 恐らく毒突きかポイズンテールかがかすって毒を受けたのだとレンは推測した。
 とにかく、すぐポケモンセンターに担ぎこまなければ最悪の事態は免れない。 抱き上げようと1歩近づきかけてレンは飛び退いた。 青白い電撃、草が焦げる臭い。 2秒遅かったら電気ショックをもろに受けるところだった。

「メルル、メーッ!」

 まだ幼いメリープがふるふる震えながら泣き声をあげてレンとモココの間に割って入った。 どうやらこいつがあの連中が血眼になって探しているメリープらしい。

(はてさて、どうしたもんだろ。 お母ちゃんがこんなにされたら、そりゃ人間不信にもなるが)

 しかし、人間のせいで死にそうな母親を助けられるのもまた人間なのだ。 レンはバッグを肩から下ろして地面に置き、モンスターボールを取りつけた腰のホルスターも外して隣に置いた。 ポケットの中身まで出して持ち物をすっかり置いてしまうと、意外な行動に目をみはっているオニユリとシズルに言った。

「帰ってくるまで荷物番頼むぞ」

 そして地面に片膝をつき、メリープに話しかけた。

「1回だけでいい、人間に身ぃ任せてくれないか。 あたしがあんた達親子を抱いて、ポケモンセンターまで絶対に送ってやる。 もしちょっとでも裏切る素振りが見えたっていうんなら、炭になるまであたしに電撃喰らわせてくれたってかまわない」

 野生のポケモンや血走った目のトレーナーがうろついている中、丸腰になるのは危険極まりない行為だったが、何もしない、できないというのを見せるのが1番だとレンは思ったのだ。 メリープは躊躇ったが、やがて苦しげに息をする母親を振り返り、レンに目を戻して言った。

「……メルル」
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YUI ( 2015/06/05(金) 14:15 )