働きたくないでござる
レンがキキョウジムを訪ねると、戦いを終えた同級生たちがどっと吐き出されていた。 ほとんどは目を回すパートナーを抱えた敗者だったが、その中にウイングバッジをケースにしまうコウヘイを見つけてレンは駆け寄った。
「よっ。 流石だね優等生」
「からかうなよ。 今から挑戦?」
「まーな。 中、混んでたか?」
「大丈夫、もう大体みんな挑戦して空いてるよ」
その言葉通り、閉館間際のジムの中はガランとしていた。 待つ事が大嫌いなレンとしてはこんなに嬉しい事はない。 今日1日で数十人の生徒を相手にして既に真っ白に燃え尽きたトレーナー達を容赦なく叩きのめし、やはり疲れきって目が死んでいるジムリーダー、ハヤトの元にたどり着いた。
「よく来たね挑戦者(チッ、またワカバのガキか…)。 俺はキキョウシティのジムリーダー、飛行ポケモン使いのハヤト(この名乗り何回やったろ……だりぃ)。 使うのは華麗に舞う空の支配者たち、電撃や氷や岩でイチコロなんて、甘く見てると後悔するぞ(ねみーよねみーよねみよねみーよねみよねみーよねみーよねみーよ)」
「ジムリーダー、心の声ダダ漏れ。 すいませんねワカバのガキで」
この体たらくだったがやはりそこはジムリーダー。 バトルは強かった。 30分の熱戦の末、ハヤトは残り1体、レンもオニユリが深手を負って実質シズルだけというところまできていた。
「残りはお前だけだ、頼むぞピジョット(早く終われ早く終われ早く)」
「シズル、あんな生ける屍棒読み野郎に負けてられねえぞ」
「ピジョット、エアスラッシュ!」
「水鉄砲!」
ハヤトの声を聞いてレンは指を鳴らし、叫んだ。 さっきまでの戦いでは、ポッポやピジョンが多用してきた風起こしに水鉄砲を当てることで相殺するとともに、生まれるスプラッシュを目くらましにする事でバトルを有利に進めてきていた。 しかし同じ手をそう何度も食らい続けるジムリーダーではない。 水飛沫など霧払いで吹き払ってやるとハヤトは腹の中で考え、唇を舐めた。
ところが、レンの指パッチンを合図にシズルは下を向き、水を勢い良く吐き出した。 すなわち水鉄砲を床に向かって放ったのだ。 そしてその水圧で、彼の小さな体は弾丸のように宙に飛び上がった。 エアスラッシュは彼の下の水の柱を切り裂き、飛沫が光り散る。
「なっ(何だよマジかよあれもう何だよ何だよ)」
これには無気力無感動なハヤトも流石に驚いたようだ。 水鉄砲の角度を細かく変えて進路を微調整しつつ、シズルは5メートルばかり打ち上がってピジョットに肉薄した。 その手に冷気が集中する。
「冷凍パンチ!!」
冷凍パンチはピジョットの胸に当たった。 鳥は悲鳴を上げて落下し、胴から床にたたきつけられた。 床から体を引き剥がすようにして立とうとするが、
「(やったやったやった終わりだ終わりだ終わりだ)………参ったよ君の勝t」
球速110キロのストレートがハヤトの右頬を直撃した。 冷たく硬いモンスターボールを食らって涙目で立ち尽くすハヤトを、鬼の形相で睨むレン。
「ふざけたマネしてくれるねジムリーダー。 これ以上働きたくねえからまだ戦おうとするポケモン戻して適当に負けるなんて、そんな形で勝たされるこっちの気持ちになってくれよ。 疲れてんのか何だか知らねえけど、疲れてる上でこっちの申し出を受けて戦ってるんだから言い訳にはならんよな。 あんた、何より自分のポケモンの気持ちを踏みにじってるの分からねーか? この姿見てそれでも投げるんじゃおしまいだ」
語気におされてハヤトはよろめいた。 そんなトレーナーの前でピジョットはとうとう立ち上がり、翼を広げた。 冷凍パンチを受けた右胸から右翼の付け根にかけて羽毛の下の皮膚が赤くなっている。 凍傷になっているのだ。 あれでは自由自在に空を飛ぶ事は出来まい。 飛行タイプ最大の売りを奪われても、彼は途中でバトルを投げようとせずに胸を張ってシズルとレンに相対した。
「ハヤト!」
レンは呼びかけた。 叫び声の尻尾が壁に吸い込まれ、束の間フィールドが静寂に包まれる。
「…ピジョット! 翼で打つ!」
ハヤトが声を上げた。 やつれているものの、さっきまでとは違って覇気のある顔をしている。 待ってましたとばかりピジョットが羽ばたいた。 傷ついた右翼の動かし方がぎこちなく、フラついていて1メートルも浮いていないが向かってくる。
シズルはちらりとレンを見た。 レンは綺麗な歯を見せて笑っていた。 嬉しくて楽しくてたまらない、そうこなくっちゃ、その笑顔はそう言っていた。
「迎撃すっぞ! シズル、水鉄砲!!」
ああ、あれだ、あの顔だ。
ピジョットに視線を戻し、シズルは大口を開けながら思った。 カイリューと戦った時もああいう顔をしていた。 俺はあの顔に惚れて、ついて来たんだ───。
放たれた水鉄砲はピジョットを直撃した。 それでもピジョットも左翼でシズルを殴りつけ、シズルは吹っ飛んで地面を転がった。 ピジョットの方も今度こそ地に伏せた。 どちらも起き上がらないかと思われた。
しかし。
「あぁヤバかった……。 どんな飛行タイプよか高い所に飛んでくところだったぞ」
シズルが立ち上がった。 勝負あった。