始まりは退屈で
主人公の家族は必ずと言っていいほど何かわけあり
「いつまでもワニノコってんじゃよそよそしいな。 何かいい名前考えないと」

 現在午後6時49分。 唯一一連の事件の犯人を見た人間として事情聴取を受けていて、すっかり遅くなってしまった。 とっぷりと日が暮れてポツポツと街灯が点いているだけの薄暗い家路を急ぎつつ、レンは頭を捻り始めた。

「うん……シズルなんかどうだ?」

「シズル?」

「そ。 文句なら作者に言ってくれ」

「シズルか。 俺もいいと思う」

「よしっ、決まりだな。 あんたはシズル」

「シズル、いい名前じゃん。 あたしはオニユリ。 よろしくな」

「おう」

 そこまで話したところで、レンの家が見えてきた。 僅かに流れてくる夕飯の匂いをグラエナ並みの嗅覚でキャッチし、ハンバーグだと確信した少女は満面の笑みを浮かべてドアを開けた。

「ただいま!」


「なんか………お前って家族も凄いのな」

 夕食と風呂と歯磨きを済ませて自室でゲームをするレンに、シズルは溜め息混じりに言った。

「え?どこが」

 何とかという中ボスをやっつけながらレンが返事をする。

「子供が火事場に飛び込んできたってのに、笑って済ませられないぞ普通」

 今日生まれたばかりで世間を知らないシズルが驚き呆れるくらいに、レンの母モモカの懐は深かった。 レンが爆発と崩壊の渦中に飛び込んでシズルを助けて連れ帰ってきたというぶっ飛んだ話を夕食の席で披露しても、母親は驚きもせず冗談をと一笑に付す事もなく、かといって何て危険な事をと叱りもしないで、柔らかく笑って言った。

「そんな事があったんだ。 あなたもオニユリもシズルちゃんも無事で良かったわ」

 それで終わりだった。 老人に道を教えたとか、木に引っかかった風船を取ってあげたとかそういう話を聞いた時の反応だ。

「ああ、そういう事。 確かにあの人は仏様だね、あたし怒ったとこ見たことない」

 そう返すオニユリは、日課のヒンズースクワット1000回に励んでいる。 その隣でピコピコやりながら、レンはあーと言った。

「神様仏様お母様だわホントに。 母さんの辞書には怒るとか憎むとか気に病むとかって言葉がない、多分。 そうじゃないと世界中飛び回ってばっかで連絡もろくに寄越さん親父に8年失踪してる姉ちゃん、そしてこのあたしと家族なんかやってられん」

「おいおい、8年失踪って…」

 気になるものの明らかに地雷であろう話題を前に口ごもるシズルを見て、レンは片手をひらひらと振ってみせた。

「ああ、気ぃ使わなくていいよ。 誘拐されたとか深刻な話じゃないの。 何て言うか蒸発?」

「蒸発も深刻だろ」

 レンはゲームに一旦ポーズをかけた。

「この際だし、全部話しておくか。 姉ちゃんはサクラって名前で、あたしと同じようにポケモンと話せる。 年は今年24で、パートナーはパチリス。 義務教育の後、トレーナーズスクールに1年通って14で旅に出てった。 で、半年後のジョウトリーグでベスト4までいって、どっかのジムリーダーにならないかって声がかかったらしいんだけど、それを断って1人武者修行の旅に行ったらしいんだわ」

「その後連絡が絶えちまったのか」

「いや、その後2年してから1度家に帰ってきたんだ。 あたしが学校から帰ったら、散歩に誘ってきて。 ワカバのはずれまで一緒に歩いて、そこでオニユリのタマゴをくれて、そいで暫く家に帰って来られなくなるって言われたんだ」

 10年近く経った今でも覚えている。 春の暖かい日の、うららかに晴れた午後だった。


『いきなりでごめんね。 訳があって何年か会えないしポケギアも繋がらなくなるけど、私は元気にしてるから。 心配しないでーーは無理か。 必ず帰ってくるから、信じて待ってて』


 どういう訳で帰って来られなくなるのかは聞けなかった。 何か切ないものを含んだサクラの笑顔、何でも断ち切れそうな覚悟が裏打ちされた声、パチリスのドングリの目。 全てがこれ以上は聞いてくれるなとレンに請うていた。 だから何も聞けないまま、レンは姉と別れる事になった。 それ以来、サクラからの連絡は1回もない。

「待つのが苦手なあたしなりに頑張って8年待ってみたんだけどさ、ここらが限界だ。 また、姉ちゃんに会いたい。 言いたい事も、聞きたい事も山ほどある。 だからーー」

 背筋を伸ばして真剣に語るレンは、眩しく見えた。 真夏の太陽、満月の光、夜空の星々を全部集めたような輝き。

「姉ちゃんが帰って来れない事情があるなら、あたしの方から会いに行く事にしたんだ。 ジョウト中旅して姉ちゃんの行方について手掛かりを集めて、どこにいるか突き止める。 実習中に分からなけりゃ夏休みがあるし、ジョウトにいないならカントーでもシンオウでもオーレの砂漠でも探しに行くつもりだ」

 しばらくの沈黙。 やがてレンは苦笑して頭を掻いた。

「いや、悪い。 ガラにもない事言っちゃったよ。 シリアスな話は終わり終わり。 人生何事もtake it easy。 気楽にいこうぜ」

 ヘラリと笑ったレンの横顔に、さっきまであった悲壮なまでの決意は見られなかった。 ゲームを再開した彼女の隣にオニユリが座る。

「レン、ジョウトリーグ優勝もサクラ姉さん探しもあたしらにドーンと任せなよ。 あたしもシズルもどこまでもあんたについていくからさ」

 勝手に頭数に入れられたシズルだったが、頷いていた。 レンは束の間キョトンとしたが、フフンと照れ笑いして言った。

「ありがとな」

 冒険の前日はこうして終わった。



「………ワニノコを取り損ねたか」

 同じ頃、30番道路沿いの森林地帯。 赤い髪の少年は、たった今生まれた2体のポケモンを冷静に品定めしていた。

「ヒノ!」

「チコ、チコー」

 水タイプはまた考えるか。 そう呟いてヒノアラシとチコリータをモンスターボールに入れ、少年は辺りを見回した。 今は少しでも進むべきだ。 今日はっきりと『奴ら』に背いた。 追っ手はもう放たれているだろう。
 彼は3つ目のボールを投げ、現れたヤミカラスに一言だけ言った。

「行くぞ」

 ヤミカラスは一声鳴き、少年の頭上を飛び始めた。

YUI ( 2013/05/06(月) 19:53 )