何故、状況説明の省略はかくかくしかじかで表されるのか?
「レン!」
声を上げたコウヘイをはじめ、その場にいた生徒、教師、ウツギ博士とその助手、建物の消火活動にあたっていたワカバタウンの消防団員達は、目を完全な円形になる程見開いた。
燃え盛る研究所に飛び込んだきり行方不明だった女の子が、煤まみれのボロボロで、同様に煤まみれのオニユリと何故かワニノコを連れ、おまけに重傷を負って意識のないミニリュウを肩に担いで現れたのだ。 驚くなという方が無理だろう。
「レン、どうしーー「あんた、何でワニノコを「ウツギ博士!」
質問の嵐をスルーし、レンは鬼気迫る表情でズンズンとウツギ博士に迫った。
「な、何だい?」
「こいつの治療お願いします。 説明はその後で」
「かくかくしかじかーーと、まあざっとこういうわけでして」
研究所の中で奇跡的に無事だった回復マシンにひとまずミニリュウを入れてから、レンがタマゴを助けに研究所の奥へ駆け込んでからの出来事を説明すると、その場にいた全員の目が点になった。 あんぐりと開いた口は塞がりそうもなく、漫画のようなその顔に、レンはえええー……という心の声を聞いたような気がして、何故かいたたまれない気持ちになった。 どうにかこの空気を壊そうと、なおもレンは喋る。
「とにかく、今の話のロン毛野郎がカイリューを研究所で暴走させて、人が逃げた隙に御三家のタマゴをパクろうとしたーーこれが事件の顛末だと思います。 ところで、」
こいつはお返しします、とレンはワニノコを抱き上げた。
「冷凍パンチを覚えていますし、バトルの才能はあると思います」
「あらほんと!? 流石私のポケモンね」
タマゴをほったらかしで真っ先に逃げたくせして、自分のモノになるポケモンが優秀そうだと聞いて自分の手柄のようにふんぞり返るナナヒ。 てめえがトレーナーじゃ豚に真珠だがな、と言いたいのをこらえ、レンはワニノコをウツギ博士に返そうとした。 しかし。
ワニノコはレンの腕にしがみついて離れない。 さらに、いやいやと首を振っている。
「どうしたんだ?」
レンは訳が分からず、ワニノコの顔を覗き込む。
「………もしかして、レンの事が気に入ったんじゃないかな?」
アイナがおずおずと口にしたその言葉に、ワニノコは反応した。 ブンブンと猛烈に今度は縦に首を振っている。
「俺はあいつよりレンがいい」
「あいつよかあたしがいい? おー、そりゃ見る目はあるけどさ…」
「ちょっと、待ちなさいよ! 私が貰う予定だったんだから、私の所へ来るべきでしょう!! それは私のよ!」
「それって…ワニノコは物じゃないんだぞ」
金切り声が止んだ。 どこまでもどこまでも自分がワニノコを手に入れる事しか考えていないナナヒに、コウヘイの言葉が突き立つ。 学年きっての優等生は背筋を伸ばし、その場にいる一同を見回して言った。
「僕は、ワニノコの意志を尊重するべきだと思います。 もし御三家が来なくても、ナナヒにはニャルマーがいるから実習には行けますし」
きゅうしょにあたった!
なんて表示が出そうなくらいにナナヒの顔が歪む。 それでもなおまくし立てようとする彼女に追い討ちをかけるように、他の生徒たちが、そうだそうだ、諦めろ、欲張んな、しつけーぞ!などと口々に援護射撃を始めた。 ナナヒが日頃、みんなにどう思われているかが分かるというものだ。
「……レンはどう思う? ワニノコの事」
アイナがそっと、隣のレンの顔を覗き込んだ。
「…あたしは」
レンは僅かに言いよどんだ。 思いも寄らないワニノコからの申し出に驚いているうちに、とんとん拍子で話が進み、後はお前次第という状況に戸惑っているのだ。 しかしレンとしても、生まれてすぐあの危険な局面に放り込まれたにも関わらず、自分の言葉を信じて落ち着いて動いてくれたワニノコには好印象を抱いている。 オニユリとも上手くやってみせたし、彼が仲間に加わってくれればいいと思う。 んな事言うとまたあのバカ女がうっさいかな、と刹那考えたものの、まあバカに気使うのも阿呆らしいなと思い直し、口を開いた。
「あたしは、こいつが一緒にいてくれるなら凄く嬉しいですが」
「よしっ!!」
その言葉を待っていたワニノコが、嬉しそうに声を上げる。 満足そうにレンの腕の中に収まったその姿と、周りから自然と起こった祝福の拍手が、ナナヒをこれでもかと打ち据えた。 優しいウツギ博士は彼女の事を気の毒に思ったのだろう、最早ぐうの音も出ない少女にそっと近づいて心から申し訳なさそうにこう言った。
「あの……がっかりさせてしまってごめんよ、ナナヒさん」
この言葉が留めを刺したのであった。