vs.カイリュー (後編)
「へ?」
思わず間抜けな声が出た。
レンの腕の中で今誕生したワニノコはパチパチとまばたきし、そして周りの惨事を見て目を見開いた。
「何だよ、これ」
生まれて初めての声がワニノコの口から零れた。 生まれてすぐの第1声がそれってどうなの、と思いつつ、レンは自己紹介することに決めた。
「……えーっと、オッス、オラレン。 特技は跳び蹴りとポケモンと話が出来ること。 どぞよろしく」
「おう。 ……ってえええええええ!? 俺の言ってる事分かるのか!?」
「お前、なかなかクサいノリツッコミするんだな」
後ろでの激闘を束の間忘れ、呑気なやり取りをするレンとワニノコを現実に引き戻したのは、新たな爆音と入ってきた入り口が崩れる音だった。 時間はもうない。 レンはその音を聞いて真剣な表情に戻ると、ワニノコに突然頭を下げた。
「先に謝っとく。 すまん、あたしはあんたの親でもなければトレーナーでもないんだ。 赤の他人の言うことなんか聞きたかねえだろうけどさ、この状況を何とかするために、今だけあたしの指示で動いてくれないか。 頼む」
喋っている最中もずっと頭を下げていたので、ワニノコがどんな表情をしたのかレンには分からない。 だが、次に聞こえた彼の声は、とても真摯だった。
「俺は何をしたらいいんだ?」
相手のパンチを4発続けてよけ、頭を振って頭突きをかます。 しかし、相手のカイリューが手で頭を受け止め、そのまま握り潰そうとする。 オニユリはその手を振り払い、向こうの腹を蹴って一旦距離をとった。
強い。 これまでオニユリが叩きのめしてきたどの敵よりも、あのカイリューは手強い敵だ。 オニユリの攻撃を受けてもたいして堪えていないくせして、こっちへの攻撃は速くて重い。 今のところ何とか全てかわしているが、1撃でも食らえばこっちが圧倒的に不利になる。
化け物だな、お前。 彼女なりの賞賛の言葉をカイリューにかけ、右手で空を切る。 しかし、スカイアッパーを目前にしておきながら、カイリューは笑った。 ニヤァッという何とも言えない不気味なその笑みに、オニユリの背中が泡立つ。 次の瞬間、彼女の身体は、カイリューの神速をもろに喰らって吹き飛んでいた。
しまった、と思うのと同時に衝撃、さらに1拍遅れて痛みが襲ってくる。 呻きつつも立ち上がろうとしたオニユリの目の前に、雷パンチを準備したカイリューが立ちはだかった。 紫電を纏った拳が、傷付き思うように動けないオニユリを捉える、その時。
「睨みつける!」
突然2匹の間に躍り出た小さな青い影。 ワニノコがカイリューを睨みつけると、不意の事だったのとその眼光の鋭さに、一瞬カイリューがたじろいだ。
「オニユリ、今だ!」
聞き慣れた主人の声が耳に届くと同時に、オニユリは動いていた。 床を蹴ってしなやかに飛び上がる。 注意がワニノコに逸れ、カイリューは一瞬オニユリの事を失念していた。 留めを刺そうとしていたワカシャモの存在を敵が思い出す前に、オニユリはスカイアッパーを顎に叩き込んだ。
「ガァッッッ!!!!!」
初めてカイリューが苦痛の叫びを上げ、のけぞる。 その姿をみとめたレンは、声を張り上げた。
「ワニノコ、冷凍パンチ、オニユリは瓦割りだ!」
2匹は同時に声を上げて応える。 まるでずっとこのメンバーで戦ってきたかのように。 凍てつく拳と瓦をも砕く手刀を腹に受け、カイリューはくぐもった呻き声とともに倒れた。
レンはそのまま動かなかった。 さっきまでのオニユリの猛攻にびくともしなかったこいつが、こうもあっさり倒れるとは思えなかったからである。
しかし、5秒もしないうちに彼女は驚きの声を上げた。 倒れたカイリューの全身が黒い光に包まれたと思うと、
「…ミニリュウ?」
傷だらけのボロボロで、酷く衰弱したミニリュウになったのである。