vs.カイリュー (前編)
ガラガラと何かが背後で崩れる。 どこかでガラスが割れ、目の前に棚が倒れてくる。 それでも、レンは止まらなかった。
「ちくしょ、一体何がどうしたんだよ」
ぼやきながらも走る。
ウツギ博士と親交があり、幼い頃から研究所にちょくちょく遊びに来ていたレンは、建物の間取りや部屋の位置関係をしっかり把握していた。 タマゴがありそうな部屋を片っ端から覗き、ないと分かるとすぐさま次へ。
(ナナヒに貰われていく運命なのが癪だけどさ、生まれる前に卵焼きになって終わりっつう一生よかはマシだろ)
唐突に吹き出た炎をかわし、なおも走る。
残るはこの研究棟の最奥、第3研究室のみ。 レンは両手を前に出し、ほとんど体当たりするような勢いでドアを押し開けーーようとして急停止した。
「バルルルルルル!!!」
橙色の巨体、血走った目、地の底から響くような声。 何でだか怒り心頭のカイリューが彼女の前に立ちふさがったからだ。 こいつが、この数分の崩壊の原因なのはほぼ間違いなかろう。
「オニユリっ!!」
太い腕の凶悪な一撃を飛び退いてかわし、レンはモンスターボールを投げる。
溢れる光がレンの前に集まり、軍鶏のようなシルエットを形作る。 威勢のいい鳴き声。 レンの右腕として、学園のポケモン300匹斬りなど様々な武勇伝を生んできた、ワカシャモのオニユリが現れた。
「オニユリ、そいつを頼む!」
そう指示して、レンは駆け出す。 同時に動き出したオニユリが、カイリューの太い尻尾を掴み、壁に巨体を叩きつける。 開かれた道をレンは猛突進。 ドアをぶっ飛ばす勢いで部屋に飛び込んだ。
部屋のド真ん中に置かれたよく分からない機械。 そこに置かれた3つのタマゴ。 ここまでは、レンの予想通りの光景だった。 だが。
「‥‥‥誰だお前?」
レンは眉をひそめた。
壁をなめる炎より真っ赤な髪。 黒いジャンパー。 振り返ったその目はこちらを突き刺すよう。 レンと同い年ぐらいのいかにも不良ですという少年が、タマゴに手を伸ばしたままの格好で固まっていた。
ドガアアアアアアアッッッッ!!!!!!
真後ろからの爆風に、レンの細い身体は呆気なく吹っ飛んだ。 床を転がって衝撃を殺し、パッと起き上がって身構える。 見ると、少年はタマゴを2つ抱え、さっと身を翻すところだった。 その先にはーー窓。
「あっ、待ててめぇ、っと!」
追いかけようとしたレンは、右に跳ぶ。 オニユリとカイリューが取っ組み合って、もみくちゃになりながら倒れ込んできたのだ。
再び立ち上がった彼女の視界の片隅に、残されたタマゴが映った。 レンは手を伸ばし、何とかこの修羅場からこのタマゴだけでも守ろうと、胸に抱いた。
瞬間だった。
ピキッという軽い音をレンは聞いた。 どう考えても、組んず解れつの闘いを繰り広げている目の前の2匹が立てた音ではない。 そう、タマゴの殻を砕いたようなーー。
はっとして腕の中を見ると、白地に緑のぶち模様がついたタマゴに、大きな亀裂が入っていた。 それが何を意味するのかレンが理解する前に、キーーーーーッという引っかくような音とともにタマゴがパックリ割れた。
レンは腕に大顎ポケモン、ワニノコを抱いていた。