01
「大して攻撃力もない中途半端ガイヤクが…どうせ攻撃積みのかくとうになんて勝てもしねえのによ だいたいブイズだからってでしゃばり過ぎなんだよ 足手まといだからてめーはすっこんでな」「はぁー本性現したね オレがブイズだからって妬んでやんの 攻撃持ってるクセに防御ねえんだしゴミカスやんけ あとオレは特防特化だ覚えとけ…」
昼下がりの時刻、ちょうど今は冬が明けたばかりの季節。まだ少し肌寒さを感じるが頬を撫でる風は時折甘い香りを見せてくる。そんな誰もが(花粉症である場合を除いて)うっとりとしてしまうような時にかかわらず、この若草芽吹いたばかりの青い原っぱの真ん中で口悪く罵倒しあう声が。
一方の名を《ルート》。種族はアブソル。艶っぽい白くなめらかな体毛、深緋色の瞳と、筋肉質ながらもゴツゴツとしない体つき。災いをもたらすと忌まれるがこれは偏見である。
またもう片方の名は《クロト》。かのイーブイからの進化した種族。ルートとは対照的に黒く闇に紛れる体毛、身体の随所にみられる黄色のリング状の模様が特徴。目全体は紅色、瞳孔が一段黒くなっている。ルートに比べ少しつぶらだ。
なぜこれほどまで互いを罵りあうのか。簡単だ、単純にソリが合わないだけである。出会ってからすでに半年程度が経とうとしている。が、彼らは不思議なことに今までただの一度も離れたことがない。ここまで仲が悪いと、今にも殺し合いでも始まりそうな勢いだが、そういったことはやはり起きたことがない。
相手に明かさずとも、考えることというのは誰にでもあるものである。
薄い雲がどこまでとなく均等に空を覆っている。雨は降らなさそうだがお天道様が顔を見せることはなさそうだ、というような空模様。
そこで彼らはなにをしているかというと、ポケモンたちの世界ではメジャーな《バトル》だ。タッグを組むタイプの《ダブルバトル》。ここまで彼らの様子を見てからでは馬鹿馬鹿しいが、ルートとクロトが組んでいる。想像はつくだろうが、味方同士で相手のことなど目もくれずいがみ合っている光景というのはなんとも滑稽である。彼らの相手には、はたはた迷惑なことだろう。
彼らと対するはミミロップのミロとギギギアルのアールのふたり。彼女らは(片方に性別などないけれど)何気なく、ポケモン同士の挨拶としてルートとクロトに声を掛けた。しかしその顛末がこれである。
「…真面目に勝負してください……」
そう言わずにはいられなかった。
ひとまず仕切り直してしっかり相手へ向かったルートらであるが、初めからチームワークの差でがっつりと押されている。お前のせいだお前のせいだと、戦っている最中でも罵倒する精神は忘れていない。こんな調子で勝とうというのがおこがましくも見えるが。
戦いも大詰めとなってきたところ、相手のミロが妙な動きに出た。クロトはすぐに察知した。とびひざげりだ。あの技を食らったら二人ともたまったものではない。なんとか直撃は防ぎたい。なんとなく狙いは片方のルートに見える。どうにかしなくては、と焦る。ルートのダメージの程度の方がもちろん耐久型の自分より大きい。ここでクロトは大きな賭けに出た。
「覚悟–––っ!!」
ミロは空中動作に入ってしまった。もう時間がない。
「…おおらっ…!!」
「…っぐう!?」
なんと味方のルートをアイアンテールで吹っ飛ばしてしまった。そんなクロトにもしっかりとした狙いがあった。
ミロの狙いのルートを目標の座標から動かしてしまえば、空中において方向転換など出来ないので、ミロはそのまま硬い地面へ落下し自滅する。ルートはアイアンテールのダメージだけで済む。ルートはどちらにせよ痛いが、いいこと尽くしなこの作戦に従った。
「ひっ…!!《ウソ…でしょ…!!》」
当たり前だがクロトが思い描いた通りにミロは自滅した。
「っ…うう…何しやがる…」
「フン とびひざげりマトモに食らうより何倍もマシだろっ」
「とびひざげり…?なっ…!」
ルートは目の前に膝から落ちたミロの姿を見た。そこで初めて、クロトが自分に何をしたかも知った。
「……。」
なんだか胸になにかつかえるような、妙な気持ちになった。
「…なにボサッとしてんだ!せっかく一匹削ったんだぞ!早くあいつを倒すぞ!!」
「ちっ…言われなくたって分かってるよ…」
どうも、素直な気持ちになれなかった。でも、こんな気分になったのは初めてだった。
どうにかその後の活躍でアールを退けることが出来たふたり。相当疲れた。だがルートは、先のクロトの挙動に奇妙な違和感と疑問を抱き続けていた。モヤモヤが拭えきれぬまま考えていると、突然クロトが
「……お前のおかげ ありがと」
などと言い出した。
いやいや。
おかしいだろ。
なぜ今までこのような互いの関係を築いてきたにもかかわらずそんな事が言えるのか。その一言が耳に入るや否やルートは困惑の頂点に達した。どう返したらいいかも分からずに
「べ べつにお前のためじゃないから」
などと言ってしまった。くそ、これじゃツンデレじゃないか。
今日ひとつめの大きな後悔だった。
ふたつめの後悔をするまでにさほど時間は掛からなかった。
冬が開けたばかりとは言えど、日差しはあるので空気はしっとりと優しい暖かさを持つ。薄く張った雲たちはいずこかへ消え、お日様が顔を見せている。木々の生い茂る森をふたりは歩く。木漏れ日がちらちらと地面を照らしている。風でサラサラと葉たちが心地よい音を奏でると、地に当たる光たちはそれに合わせて踊る。
その傍ら、ルートは引き続いて悶々とした気分に襲われていた。クロトはクロトで何かイライラしていて落ち着かない。今日に限って、いつもは暇さえあれば相手の粗を探して口撃をしているところだが一言も口にしない。
その静寂を突き破る大きな怒号がルートの耳に刺さった。
「…お前…オレのモモンの実食ったろ!!勝手に…!楽しみにしてたのに…!!」
といったようなことだったが、悲しいことにルートには全く身に覚えがない。突然濡れ衣を着せられたまったものではないとなるところが、ルートは別のことに可笑しみを思い始めた。あのクロトがモモンの実などという可愛いきのみを貯蔵していたことはおろか、それを失って怒り心頭になる樣がルートの笑いを誘ってしまった。
「お前…モモンの実なんて食ってんのかよ…っ…!w」
「う…べ 別に…いいだろっ!何食ったって……」
クロトは自分の発言を思い出さされ、即座に反省をした。が、それを表へと映しだすことはまだ彼には早いようだった。
いずれにせよ、勘違いからなった必要以上な恥をかいたクロトの気持ちの落ち方は留まるところを知らない。ずっと何も喋らなければ顔すら上げないとなると、さしものルートでもいやに罪の意識を感じてしまう。濡れ衣を着せられたことへの怒りなどよりも、自分の言葉によって彼が落ち込んでしまっていることが頭によぎる。同時に、何故こんな気持ちになるのかも妙でたまらない。謝りたくもねえし、かといってじゃあなんで俺はこんなに後ろめたい気持ちに…
どこを目指すわけでもなく森を歩いたふたりだった。
そんなルートに、あるチャンスが訪れた。
森の中にモモンの実のなる木を見つけたのだ。ここで彼はひらめいた。この木の実たちを集めてこっそりクロトの家へバレないように置いておけば、彼の落ち込みが解消されるばかりか、この胸につかえる何かもサッパリなくなりそうだ。ここまで考えるのに二秒も掛からなかった。すぐさまその木のもとへ向かいモモンの実たちを採った。
バレないように彼の家へ置かねばならないので、クロトより先にそこへ到着しなければならない。急いで五つ程度の木の実を採るとすぐさま彼の家へと急行した。どうして自分がこんな想いになるかなど、最早考えるだけ無駄だと気づいたときだった。
「…なあルート…お前………あれっ」
後ろを振り返ってルートの名を呼ぼうとしたが、彼の姿はすでになかった。こっぱずかしいような気持ちにもなったが、自分の中で押し殺した。本当は言いたいことがあっのだが、その点ルートがいなくて少しほっとしたりもした。
「……ううう…《んだよ…フン!あいつなんていなくたって変わんねーや…》」
そう自分に言い聞かせ、家路を急いだ。
時刻はちょうど、日が沈む間際といったところ。今朝の曇りはウソのようで、橙と青のグラデーションを遮るものはなく美しく映えている。
「…これでよし…と あいつが帰ってきちまうと都合悪いな…早めにおいとまするとしよう…」
クロトの住処は奥十メートル程度のほら穴。少し入ったところへモモンの実たちを置いてさっさとずらかろうと考えていたが、どうやらそれは甘かったようだ。半年間聞かぬことはなかったあの声がルートの鼓膜を揺らした。
「…おっま…!獣(ひと)ん家で何してんだッッ!!」
「へぇ…っ…!?《ウソ…だろ…!!》」
何よりも何よりも悪い形で失敗した。ここまでキレイに失敗するのは珍しいものなのではないかと、オーバーヒートしたルートの残りわずかな脳で思ったりもした。顔がヤケドでもしたんじゃないかと錯覚するレベルで熱くなった。冷や汗が噴き出したがそれを冷ましてくれることはなかった。
「は…はは…はっ…」
「ああ!?言い訳があんならハッキリ言えや!聞いてやるからよぉ…盗みでも働こうと…そうか…!やっぱりモモンの実はオレの勘違いなんかじゃなかったんだなッ!?」
言い訳すらも思い浮かばないほどにショックを受けたルート。
「おいコラなんとか言いやがれ…!!」
「……《どっ…どうしたら良いんだ…俺はこの手元のブツが見られたらそれこそマジで終わる…こ…これをバレずに持ち帰っ…いや泥棒の疑いがあるのにそいつは流石にムチャだろおお〜っ…》」
「…あん……?てめーその手で隠し持ってるヤツは一体なんだ?」
ぎくり。
「……もし物盗りじゃねェってんなら見せられるよなぁ?もっとも…ここで罪を認めちまうのも一手だけどな!」
「う…うるさい…誰がお前の持ちもんなんか盗るか……!《クソっ…これを切り抜けるにはどうすりゃあいいんだ…!?》」
「関係ないね!見せろッ!」
パシンっ、とルートの前足をはじいた。
「《あ 終わった–––––》」
隠していたものはクロトのお目にかかった。クロトは目を疑った。
「……???なんでお前がこいつを…あっ もしや…てめー!!やっぱり盗んだのはてめーだったんだなッ!!それでオレにバレたから無かったことにしようとしたんだなッ!!」
「ち 違っ…!」
「違くなんてねえな!ま オレはココに食べ物なんて置いとかねえからこっから持ち出したってことはねえだろうけどよ…お前がここにきてモモンの実を持ってる理由なんてそれしかねえだろッ!!」
「違うったら違うんだよ…!!」
「何がどう違うんだ説明しやがれ!!」
「俺はお前のためを思ってこれを持ってきたんだ…!!俺が盗ったわけでもねーけど……とっ とにかく!お前が落ち込んでたから!ったく…黙って受け取れ!」
クロトはこれらの言葉の意味がよく分からないでいた。お前のためを思って?何を血迷ったことを言っているんだと感じずにはいられなかった。
「…はっ……?」
「だから!お前が誰かに持ってかれて!落ち込んでたから!俺が!代わりに!どうにかしてやろうと思ったの!!」
ルートの顔が燃え上がるかのように赤くなったのを見た。同じくして、自分の頬も赤らむのも感じた。
「いっ…い 言い訳だ言い訳だっ!そんなもん信じねえぞ!!きっとお前が盗みを…」
「何度も言わせんじゃねえよこっちだって恥ずかしいのガマンしてこんな問答してるんだ…!」
「知るか!ったく…帰れ帰れ!!ここはオレん家だ!オレはお前に侵入を許可した覚えなんて無いぜッ!もー…とっとと消えやがれ!!フンッ!」
「そっ そ そ そんな言い方ねえだろ!?」
「…う うるせえやい!!去れ去れ!!《そんなバカな…あいつが…オレのために…だってぇ…?いやいやっ…信じちゃいけねぇ!》」
「……か 勘違いはするなよ…俺がいっつもこうだと思うなよなッ!あばよっ!!」
そう吐き捨てると、苛立ちと恥ずかしさを滲み出しながらどこかへと歩いていってしまった。それを見送り、大きなため息をついた。
「……なんだよ…あいつ…。《うう…クソクソクソっ!モモンの実だなんて余計なことしてくれやがって…!》」
クロトの胸のざわつきが収まることは今夜中にはなかった。
「…チクショー…《ハァーッ…あの後どんな顔であいつに会えばいいんだよぉぉ〜っ…》」
ルートの心も疲労困憊の様子だった。
今日の夜、彼らが眠れなかったことは言うまでもない。
【翌朝】
春先の不安定なカントーの空では珍しく、今日に限って雲が一つも見られない。深い深い青はまるで吸い込まれてしまいそう。
こんな言うことなしの空模様でも、彼らの心がスッキリとすることはなかった。
「……お…おはよ」
クロトが一言ルートに声をかけた。ルートはびくっ として慌てたように見えた。振り返りもせずに おはよう と返事をしただけ。
やっぱり昨日の晩の言い方はまずかったかな。せっかく持ってきてくれたのに、あれじゃ良くなかったかも知れない。いくら互いを嫌い罵っていても、自分のためにしてくれたのに…。が、それを受け入れられない自分も確かにここにいた。
濡れ衣を着せてしまったこと、何も聞き入れず懐疑的に付き合ったことの後ろめたさ。その裏腹、やっぱりルートに対する姿勢が素直になれない。
ルートはもう気づいているのに。
別にお互い嫌い合う理由も必要もないのにと。
「……昨日の…モモンの実…ありがと」
しばらく経ってから意を決して、ルートにそう話しかけてみた。
「そ そうか 喜んで…もらえた…なら……良かっ…た……」
いつもとあいつの様子がおかしいぞ、とは思ったが全く当然であると認識した。
今朝の会話はたったこれだけ。ルートはなるべく平静を装ったが、隠しきれているかどうかは別として動悸が止まらない。いつにも増した緊張からなる頭のクラクラは今まで経験したことのないくらいのクラクラだ。
「……《ううう…ブッ倒れちまいそう…なんでこいつといるだけでこんなにストレスになるんだろ……》」
意識も朧げにクロトと森を歩いていた。寝不足も相まってえもいわれぬしんどさ。
ルートを引いて歩くクロトは、また昨日の木の実貯蔵所を目指していた。彼は彼なりにできることをしようとしていたのだ。
「…いいか!?ソッコーで選べ!!この中から!!五つ!!」
「へぇぅっ…!!」
目的の場所へ到着した刹那、急にクロトが大声を張り上げるので喉から変な声が出た。
「お礼だ!!これでチャラだ!!貸し借りは無し!!いいなッ!?」
「うううえ…待って…今じゃなきゃダメかよ…!」
「お…オレはなッ!だーいっきらいなお前に借りがあるこの状態はモノすげーイヤなんだ!!」
「そ…そんなこと…別に見返りなんていらねーよ…」
「それはお前の都合だ!」
逆も然りだと口には出さなかったが、クロトの心中は察せるのでしぶしぶ好物のカゴの実を選択した。
「…それでいいんだな…よし 今夜オレの家に来い!そうだな…日が沈む頃に渡してやる」
「うーん…」
曖昧な返事をした。そうすると、さっさと森の奥へと消えてしまった。きっとカゴの実を探しにいったんだろうな…。
その日の夜、クロトに言われた通りの時刻に彼の家の前までやってきた。てっきり外で待っているものかと思ったが違ったようで、中に誰かがいるのが確認できた。
だが何やら様子がヘンだ。
言い争うような、それも女の声がするじゃないか。どういうことだろう?すぐには入らずに草の影から様子を伺うことにした。
「…ウソは聞き飽きた!もういいよっ!」
「ウソじゃねえよ!!分かんねえヤツだな…!」
といったような会話の内容だったが、どうやらアレはクロトの恋のお相手のようだ。明らかに穏やかな話ではない。今自分が現れてはクロトの面目が潰れることが目に見えているのでそのままにする。ルートとしても気になることには気になるので引き続き聞く。
「アタシ以外の女の子を入れるなんてどう言い訳するつもりよ…!」
「さっきから言ってんだろ!それは…」
「うるさいわね!!ウワキすんならもう少し用心深くした方が良かったんじゃないの!?」
「用心深くったって…」
「何よりの証拠でしょう!?抜けた毛の処理くらいしたらどうなのよこの低脳っ!!」
「い…低脳だぁ!?」
「じゃあ見なさいよコレを!白くて長い…どー見たってアタシらどっちかのものじゃないでしょ!」
あっ…。
白くて長い…。
俺のだ……!
クロトはルートの抜け毛によって彼女に浮気を疑われてしまっているのだ。それを理解した時にはもう手遅れだったが、なんと後ろめたい気分になっただろうか。ヤバい、とても申し訳ないことをしてしまった、全ては自分のせいだと強く強く後悔した。自分は今何をするべきなんだろうととにかく焦った。
「もう一度だけ言うぞ…それは…オレn…」
「聞きたくもないよっ…!!今までの全てを裏切られたアタシの気持ちが分かるの!?」
「うるせえ!!だから!!それは!!オレのトモダチのものだって言ってんだろうがッ!!」
心臓がギュゥッとなった。
トモダチ。トモダチだと?耳を疑った。
「ふんっ!友達なんてテキトーなこと言って…!そうですかそうですか!アタシはあんたにとってお友達だったんですねっ!!」
「あ…待てよ!おい!」
「誰が待つか!もう良いわよっ!おしまい!!」
「サヤカ…!!」
「げっ…!《やっべえ女の子が出てきちまう…!!》」
急いでその場を離れようとしたが、彼女の目にはしっかりと彼の姿が映ってしまった。
「あんたか…あんたなんだな……」
「ひ…違っ…見ての通り俺はオスの…!」
「白い…身体…」
彼女の目にはもはや理性などなかった。
「アタシの…全てを奪った…お前は…お前だけは許さない!!」
「うおおおお待ってくれ!!誤解だ!!誤解!!おい!!」
「うぇっ ルート…!?《そうだった呼んだんだった…!!》おいサヤカ!!やめろ!!」
ルートをさながら獲物を捕らえるケダモノのように追うサヤカと、それを止めんとするクロト。必死で逃げるルートだったが、恐ろしいといったらありゃしない。
「逃げるな泥棒猫がッ!!」
「悪いな…!!俺はネコじゃねえんだ!!」
「ううう…!《このままじゃルートが……あれ…?》」
クロトの胸中にふと、そんな感情が芽生えた。ルートを憂う感情が。それをはっきりと頭で認識したのだ。
「……《な 何かの間違いだ…そうさ!間違いなんだ!》」
そう言い聞かせてはみるが、なんだかそれが苦しく感じた。走る息の苦しさより、そう思い続けることの方が。
気づいている。自分はウソをついているんだと。だけど……。
「ハァ…ハァ…ハァっ…!」
だいぶ長いこと走った。もう限界だ、諦めようとその場に伏した。が、どうやら上手くいったようでサヤカがルートのもとに現れることはなかった。クロトも自分に付いてきていたようだ。
「たす…かった……ハァーッ…ハァーッ……」
仰向けになって夜空を見た。息を切らしながら見る星空はいつも見る星空とは違うんだな。
「ハァ…ハァ…ったく……オレは走るカラダじゃないのに…」
「…じゃなんで付いてきたんだよ」
「決まってんだろ…!お前が心p…あっ」
「……ッハハハ…もういいよ分かってるから…俺はお前のトモダチなんだろ?」
「なッ…さてはお前盗み聞きしてたな!?あ アレは…その…とっさの言い訳で…!!」
「…もう良いだろ?別に俺たちトモダチで良いじゃんか 俺はもうお前のこと変な風に言ったりしないぜ?そんなもん意味がないんだから」
「ぬううぅ〜っ…」
クロトは少し考えたそぶりを見せてからルートの横にどんっ と仰向けになった。
「はぁっ…疲れたんだよ!!ったく……」
「ほんと…こんなに走ったの久々だぁ……」
「…ごめんなっ オレのせいだよ…あれは」
「…どうして?」
「……オレがもっと早くに気づけば良かったんだ オレたちがいがみ合う理由なんてないんだってことによ」
「…今更そんなこと言ったってムダだろ サヤカちゃんだっけ?お前の彼女?」
「ああ…」
「別にお前の心変わりの早い遅いなんて関係ないだろ アレは俺の体毛のせいさ つまりは俺の行いのせい…だから俺も謝んなくちゃ…な 早く気づけば良かったってのは俺も同じよ」
「うう…面目無い…」
「そんな顔するなって 明日また…探しゃいいだろ 俺がついてりゃその…サヤカちゃんは信じるだろうし…な?」
「な…一緒に探してくれるのか…!」
「当たり前じゃん 俺らトモダチなんだろ?」
「……!」
「もう昨日までの俺はいないんだ たった今から正式にトモダチさ お前が先にあの時トモダチだっつったんだぜ?異論は認めねえよ」
「……ああ…よし じゃ明日はたくさん手伝ってもらうぜ!」
「ハハハ…長いお手伝いになりそうだ」
「…うーん…あいつお前がオスだって分かってたのかなぁ?まぁ分かってくれた上だったら別に疑ってきたりはしないと思うんだがー…」
「あっそうだ お前あのコのどんなところに惹かれたんだ?」
「えっそれ聞くぅ…?」
「夜中で男同士なら恋バナはポピュラーだろ?」
「えええぇ…////」
こうして、ふたりの関係はまたひとつレベルアップした。また、彼らの心の変化がこれからたくさんのことを生み出すことになった。
今夜はふたりで語り合い、夜を明かした。
天空の天の川は、空を渡っている。