隆一の真意
庭から自転車を引っ張ってくると、家の前の道路に隆一(りゅういち)が待っていた。
隆一とは一応幼馴染になる。
髪は金髪で、顔も中々イケメンなのに、何故かあまり女の子にモテない。原因は性格に難あり、ということなのだろう。
「お、来た来た」
俺と目が合うと、隆一は控えめに笑って自転車に跨り、先に出発してしまった。俺は慌てて追いかける。
「おいおい、待ってくれよ。俺を待っててくれたんじゃないのかよ。一緒に学校行くの久しぶりだろ? せっかくだからゆっくり行こうぜ」
「お前とゆっくり学校行ってたら、遅刻しちまうだろうが!」
そう言い放ち、隆一の奴は更に速度をあげる。
「なんだよ、連れない奴だなぁ」
なんてつぶやきながら、だんだん小さくなっていく隆一を見送る。
もちろん、追いかけるのを諦めた訳じゃない。
馬鹿め、連日、遅刻ギリギリか数分遅刻している俺の自転車速度をなめてもらっちゃ困るぜ。
ハンドルをギュっと力強く握り締め、サドルの座り具合を確認。
サドルの座り心地は良好、右のペダルに足を掛け、遠く先に見える隆一を確認する。
家から学校まではほぼ一直線、文字通り真っ直ぐ進むと学校に着くまで4つほど信号があるので、大体の学生は1つ目の交差点で裏道に入る。
たった今、隆一は右に曲り、裏道に入った。
ギアを1番軽くして、思いっきりペダルに体重を掛ける。
「うおおおおおおお」
テッカニンの羽の羽ばたきに負けないくらいの速度でペダルを漕いで漕いで漕ぎまくる。ビュンビュンと朝の冷たい風が頬や目に突き刺さるのが、疾走している感じがして妙に気持ちいい。
ギアを1番重くしたほうが速度が速いなんて言われてるが、毎日死線をくぐって来た俺から言わせて貰えば1番早いのはギアを軽くして全力で漕ぐ、だ。
だが1番、重要なのはサドルの高さ、これの調整によって自転車の速度は亀にも兎にもなる。ポケモンで言えば.....いい例えば思い浮かばない。
個人差はあるだろうが自転車を水平にした時、地面に足がつま先だけ着く位が丁度いい。
「うおおおおおおお」
隆一なんかにはあっという間に追いついた。
「お、お前、意外と早いんだな」
隆一は心底驚いているようだった。
「遅刻常連者なめんな」
「だったら遅刻するなよ......」
隆一は更にスピードを上げたが、俺は余裕でそれに落いつき、隆一の横に並んだ。
「秘訣、教えてやろうか」
「お前の異様に早い自転車の速度のか?」
「もちろん」
隆一ははぁとわざとらしくため息を吐いた。
「どうせ聞きたくなくても勝手に話すんだろ」
「まさか、そんな訳ないだろ。そうだな、じゃあ“どうか教えてください”か“一生のお願いですから、どうか教えてください”のどっちかで返事をしてくれ」
「じゃあ“ずっと前に貸した漫画、いい加減に返せよ”で」
「よし教えてやろう。速さのコツはな」
「おい漫画」
「...サドルの高さなんだよ。少し高いなと思うぐらいの高さがベストなんだぜ」
「.......それだけじゃないと思うんだがな」
そういって隆一は高速でペダルを漕ぐ俺の足に視線を送った。
俺と隆一は家が隣なので、幼稚園や保育所より前からの付き合いになる。誕生日も数日違いで、生まれた病院が一緒だったので、生まれたときからの付き合だとも言える。
幼稚園の頃、生まれて間も無くの梨夏を一緒に面倒見たりしたっけ。母さんが留守の時、梨夏が漏らしてしまい、オムツ取替えが嫌だった俺たちは、鼻を摘みながら家から逃げ出した。その後、家に帰って俺は母さんにめちゃくちゃ叱られた。なんてこともあったなぁ。
隆一とは保育所、幼稚園、中学校と同じだが、小学校は5年生のときから一緒だった。
それは隆一がトレーナーズスクールに通わさせられていたからだ。
トレーナーズスクールは、将来優秀なポケモントレーナーになる為に、トレーナーになれる年齢の前から色々とポケモンに関する知識を身につけることが出来る場所で、授業の一環として、他の人よりも早くポケモンバトルを実践することができる。
トレーナーズスクールは小学校の変わりに通わさせられることが多いが、別に大人が通っても問題ない。
トレーナーになりたい子供達にとっては、憧れの場所であるが、トレーナーになるのとは違って、この学校に通うには親の許可が必要である。
逆に言えば、親に通えと言われれば、そこに通わなくてはならない。隆一もその口だ。
俺もトレーナーになりたいと夢見ていたときもあったが、別にトレーナーズスクールに通いたいとまでは思わなかったな。寧ろスクール卒業してお高くとまってる連中をぶちのめしてやりたいと思ってた。
しかし、隆一はポケモントレーナーにならず、小5になると同時に、俺と同じ小学校に転校してきた。スクールに通うのは親の強制だが、トレーナーになるかならないかは本人の自由だからだ。
中学校への道のりの途中、利夏が通っている小学校を通る
隆一は小学校を見つめた。
「なあ、梨夏ちゃんは元気にしてるか」
「ん、まあ、あいつは相変わらず元気にしてやがるよ」
「そうか」
隆一が小学校に来てからは、毎日、俺と利夏と隆一の三人で遊んでいた。あ、タツノスケを合わせて三人と一匹か。
「ちょっと、話をしていいか?」
「話?」
隆一はキィと自転車にブレーキを掛ける。俺も慌ててブレーキを掛け、隣に並んだ。
「学校に着いてからじゃだめなのか?」
「まあな」
「遅刻してもしらないぞ」
「お前が言うかよ......」
小学校の校舎の天辺にある時計を見ると、学校が始まるまであと15分あった。ここから中学校までは多く見積もっても4分ぐらいで着く。そこまで時間に余裕がある訳ではない。
「一年生の頃は、一緒に学校行ってたけど、俺が家を出るのがだんだん遅くなってな、去年の冬辺りだったかな、いよいよ俺が起きる時間が登校時間ギリギリでさ、ついに2人で遅刻してしまった日、あの日以来一緒に登校しなくなったよな」
「当たり前だろ、寧ろ遅刻するまで一緒に登校してやったことを感謝して欲しいんだがな」
「だから、どうして今日は珍しく待っててくれたのかなと思ってさ」
「それはだな....お前、彼女作るんだってな」
「は?」
「だからお前彼女作るんだろ?」
な、なんで隆一がそのこと知ってるんだ???
俺の顔を見つめる隆一は、少し顔色が悪かった。
「昨日の深夜、1時ぐらいにお前の母さんから電話があったんだよ」
「え、き、昨日?夜?母さんから?」
「ああ、電話に出るや否や、いきなり『ウチの春季の彼女作るのをエスコートしてやって頂戴』って言われてさ、ホント、電話出たのが俺でよかったよ」
サーっと血の気が引くのが分かった。
「.......」
深夜1時ぐらいって言えば、俺が母さんを追い出したあとになる。
ということは、隆一は、梨夏と俺のことも聞いたのだろうか。
「他にも色々言われたけどさ....その、俺、眠くて何言われたかは全然覚えてない」
「........」
どうして母さんがそんなことを....? どうしてって、理由は分かってる、俺、つまり自分の息子に彼女を作ってもらいたいからだ。その為に、息子の友達に、それも夜遅く、電話してまで、そんなこと頼むか?
ありえない....母さんが...そんな...。
「その、なんか喋り方に鬼気迫るものがあってな、失礼だけど、狂ってるとしか言えなかったよ」
嫌な考えが、ぐるぐると頭の中で混ざり、どろっとしたスープのようになった。スープは俺の体中の血管に流れ込み、身体に悪寒、めまい、吐き気を引き起こす。
重たい重力が全身にかかり、俺の足は地面に張り付いたようにうごかなかった
「か、母さんが....ゴメン」
やっとのことで振り絞って出た言葉はこれだけだった。
「俺のことは気にするな」
隆一はそれだけ言うと、俺の肩をポンと叩く。
「俺もさ、お前の母さんには色々と世話になってな、寧ろお前の母さんの方が俺の真の親って感じでさ、だからよく分かるんだよ、お前の母さんがおかしいってのがな」
「.....それは、俺も前から薄々感じてたよ。昨日の夜、母さんにああいわれたとき、確信に変わったよ」
「まさかお前に向かって、直接彼女作れって言ってきたのかよ!?」
「当たり前だろ、だからお前に電話がかかって来たんだろうが」
「いやいや普通逆だろ? 実の息子に向かってそんなこと中々言えないと思うぜ? 特にお前の母さんの場合、あの人、大雑把で何でもはっきり言うように見えてさ、実は繊細っていうか、デリケートな部分はあんまり触れてこないって言うか」
「なんで俺の母さんについてお前の方が詳しいんだよ」
「まあとにかくさ、深夜俺に電話してくることよりも、お前に直接言ってきたほうが変だってことだよ。お前の母さんの場合特にな」
「そうなのかなぁ」
なっとくの行かない俺を見て、隆一はやれやれとため息を吐いた。
「親が親なら子も子だな」
「俺は母さんみたいにおかしくなって無いぞ!」
「そうじゃなくて潜在的な部分が、だよ」
「潜在的な部分ってどういう意味だよ」
「遺伝子って言えば分かるだろ」
「遺伝子って何?」
「....時々、お前が本当に俺と同い年なのか疑いたくなるよ」
「うっせー」
「実は俺より歳が一つ下だったりしてな」
「誕生日ほぼ一緒じゃねーかよ、病室も隣だったし」
隆一はワザとらしく顎を手のひらで覆い、うーんと呻き声を上げ考え込む仕草をしてみせた。
「だとすると、どこで差が開いたのだろうか」
「さーね、ボクにはわかりませーーん」
「うわっ、今の言い方ガキくせ」
「わーわーなんいも聞こえないなー、何言ってるのかわからないなー」
「まったく、そんなんだからお前は彼女が出来ないんだよ」
「お前も居ないだろうが」
「おれは特別なんだよ」
「はいはいどこが特別なんでしょうか、詳しくお聞きしたいですね」
「まあ続きは昼休みにしようぜ」
隆一はパンと手を叩き、自転車に跨った。
「おいおい学校で話すのは駄目だったんじゃないのかよ」
隆一はしらんぷりで話を続ける。
「昼ごはん食べながらな、俺が厳選に厳選を重ねたとっておきの美女子ランキングベスト5を紹介してやるぜ!」
「順位はともかく、誰が選ばれるか大体予はがつくけどな」
「そりゃそうだろうよ、だって同級生に女子が12人しかいないからな」
「そもそも、そんなランキング紹介されたって、俺なんかが釣り合う訳ないだろ。告白すらさせてもらえなかったりして」
「当たり前だろ、だからお前はランキング外から選ぶんだよ」
「ああ......なるほどね」