第一話 願望は交鎖
[御三家]剣流の住む小島
照り付ける太陽の下でひたすらに動く影が2つ…
「浅いッ!!もっと本気で来なければ勝ち残ることなど
不可能に近いぞッ!!」
「ッ!!」
怒声を浴びせたのは剣流:剣ドリュウズであった
そしてそれに対して険しい顔をしながらも
必死に剣を撃ち込んでいるのは
剣流4代目当主:剣ミジュマルであった。
そう、二人は剣の稽古をしていたところだった
一ヶ月後には始まってしまう
生存競争の為に。
正直に言って歴戦の猛者であるドリュウズから
してみればミジュマルのそれは「軽い」剣だった。
それはミジュマルの優しさなのか、それとも
叶えたい願望などないと言う虚無感が生み出している
「軽さ」なのかは分からなかったが。
それは紛れもない不安要素の一つであり
他の参加者に漬け込まれかねないのだ。
その証拠に本来優先的にサモナー資格を貰える筈の御三家
である剣流の一族なのにも関わらず
ミジュマルは未だにサモナーの力を受け取っていない。
願望器が認めていないと言うことだ。
修業を始めてから五年目…
ミジュマルの実力は剣神と呼ばれ称えられた
ドリュウズが師なのだから恐らく技能的な面だけで
見れば世界でも5本の指に入るくらいではあろう。
しかし意志が足りない。
剣の重みが証明している。
残り一か月……
どのようにしてこの弟子を育て上げるかが
ドリュウズの課題であり
どのようにして覚悟と意志を持つのかが
ミジュマルの課題であった。
何かミジュマルを変えられる出来事、キッカケが
あれば………
「ハァァァァッ!!!」
鋭い一撃を繰り出してくるミジュマルだが
「………………フン」
やはり、足りない。
彼を変えるような出来事をドリュウズが願ったからか
どうなのかは分からないが
これから巻き起こるであろう戦禍を
船着き場に残された剣流の物ではない小舟が
波に揺られながら静かに物語っていた……
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−時雨の里−
切り開かれた森林の奥、そこに様々な施設が見える
武道場のような物、宿舎など……
紛れもなく騎士を育成する施設
「時雨斬撃殲滅騎士領」の本拠地であった。
とは言えども最近は戦争など全く無く
入ろうとする者が居ないどころか
辞めていく者も少なくはない。
悲しい話だが彼等は貧窮状態にあった。
よく見れば施設も長い間使われていないかのように
寂れて朽ちている物も多い。
これでも「御三家」の一つであるからには一族が只々滅んでいくのを黙って良しとするほど彼等は潔くはなかった。
「よう、元気にしてたか?じーさん」
男は気軽な声で何者かに話しかける
声をかけた人物は 時雨デスカーン
騎士領の中でも実力あるものしかなることの出来ない
「一級」の名を持つ騎士でもありその中でも
選りすぐりの十二人を選んだ「十二騎士皇」の一人でも
あった。
「なんじゃ…最近姿を見せないと思ったら……
とっくのとうに逃げ出してしまったのかと思っ
ておったわい」
ニヤリと笑う老人はどこか好々翁とした雰囲気を漂わせている
時雨アーケオスである。
彼もまた、デスカーンと同じく「十二騎士皇」の一人である。それどころか現時雨の里ではNo.2に入るほどの指揮権と人望と騎士としての技能を持つ。
更に400年も生きていると言う話もあり得体の知れない
人物でもあった。
「俺をそんな血も涙も無い糞野郎みたいに言うなって
じーさんと俺の仲じゃないか」
そう嘯きながら「特産品わらび餅」と書かれた木箱を手渡してくるデスカーン。
事実、デスカーンを最近見かけなかったので多少心配は
してはいたのだが、まさか里が貧窮していると言う一族存続の危機と言う時期に観光地を巡っていたとは……
怒りを通り越して呆れるアーケオスであった。
「……お主に危機感と言う言葉は無いのか?」
「細かい事は気にするだけ無駄だぜ?
そんなことよりじーさん、ヒトモシと一緒じゃないのか?
アンタらは何時も一緒にいるじゃないか。
孫と祖父みたいな感じでほのぼのすんのに」
和やかな空気が一瞬にして冷たい物に変わる
その言葉に対して一瞬話すべきか迷った。
−−いや、何れ分かることか−
「………ヒトモシは「一級」になったんじゃよ……」
この言葉だけで伝わる。全てが。
「………は?…」
驚きを隠せないといった表情のデスカーンに更に追い討ちを掛けるかのように宣告をする。
「騎士皇に選抜された……と言うことじゃ」
「…悪いジョーダンだな……じーさん!!!」
声を荒らげて掴みかかるかのように詰め寄ってくる
デスカーン
「あんな年端も行かねえ子供をバルトロメイに送るのを承諾しやがったのか!?誰だ!そんなこと提案して実行しやがった血も涙も無い糞野郎は!!?ウルガモスか?それとも……」
「…ウルガモス……彼が提案しキリキザンが認めた……。
すでに決定事項でありヒトモシに対する一級特殊訓練も始まっている………一週間前じゃったかな……。キリキザンとウルガモスが会合を開いていたよ……」
淡々と事実のみを述べる
が、デスカーンにはその様子が気に食わなかったようで
更に声を荒らげる。
「アンタ程の騎士が居て何で止めなかった……!!??
アンタの発言力ならどうにかなることもあっただろう!?」
勿論自分も不服だ、
騎士皇に選抜されると言うことは即ち死地に赴く事と同義。自分とて孫のように接していたヒトモシに殺し合いなどに参加して欲しく等無い。
しかし里の意志ならば従うのが常であろう
それが彼の出した結論であった。
それを敢えて口に出す程彼は浅はかではなかった。
「…………………」
無言。それは自分はこれ以上この件に関わるつもりは無いと言う意志表明と同等であった。
「……チッ…!見損なったぜ……じーさん……アンタは他の騎士と違って理性的に物事を見られる奴だと思ってたのに………」
勝手に期待して勝手に裏切られたと。
しかしそもそも里に居ない上に観光していたような輩にとやかく言われたくはないし、事態を知らなかったのはデスカーンだけだ。
それに恐らく自分が仮に意見しても「上層部」の圧力も有るのだろう、揉み潰されるに違いない。
そしてキリキザンに期待している自分が居るのも事実だった。
彼ならこの状況を何とかしてくれる
彼なら全てを丸く納めてくれると
それこそ勝手な期待だ、しかし
現頭領である時雨キリキザンにはそう感じさせる何かがあるのだ。
「……キリキザンの野郎は……時雨御殿だな……」
確認するように言うとデスカーンは御殿の方向に去っていった
その憎悪に溢れた背中を見ていられなくなりアーケオスは
溜め息をついた。
自分にも騎士領を救いたいと言う気持ちはある。
だが何を持って救われたと里の者達は認識するのだろうか。多くの犠牲を出してまで悲願を達成したとして果たして我等は勝ち残った時に良しとするのだろうか?
答えの無い問いをぶつけながらも彼−−時雨斬撃殲滅騎士領一級岩泊騎士、時雨アーケオスは生存競争への準備へと向かった。彼もまた選ばれた者だ。その方法は褒められたものでは無いが、アルケーのサモナーとしてせめて最後までキリキザンを助ける、それが彼に出来る唯一の救済策だった。
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時雨御殿
そこは時雨騎士領の最奥にある大屋敷で築450年だと言う。
赤く光る屋敷の壁に大きく時雨と刻まれている。
ちょうどその玄関に向かおうとしていたときに
デスカーンの目当ての人物−
時雨キリキザンは玄関の戸を開けて出てきた
時雨キリキザン
若くして時雨の「一級」を手にし、「十二騎士皇」の座を手にした天才。更に時雨騎士領の実質的なトップなのだからもはや完全無欠である。
「………おい……待て……キリキザン………」
声をかけるとキリキザンはその鋭く、紅く燃えるようなルビーの瞳を此方に向けた。
「どうした?純黒の騎士よ。我に何か用件が?」
純黒と言うのはデスカーンの二つ名である。
時雨の騎士は一級になると二つ名を与えられ
その名を御殿の宝物庫にある「騎士皇帳」に記すことが許されるのだ。
「……用件……か………
単刀直入に言うぞ………何故だ?
何故ヒトモシを騎士皇にした?」
デスカーンは怒りを押し殺して静かに聞いた。
キリキザンはデスカーンを静かに見据えて答えようとはしなかったが…
「……答えろ…キリキザン……」
キリキザンは考えるような素振りを止め
デスカーンに対して正面から対峙した。
そして残酷な宣告をする。
デスカーンにとって
ヒトモシにとって
残酷極まりない言葉を
「……騎士として戦地に赴くのは当然だ………あやつにはその運命を覆すほどの力が秘められていると確信しているのだ………我は……な。」
キリキザンは何処か遠い目をしていた。
しかしデスカーンが聞きたいのはそうでは無い。
そう言うことではない
「他にも成人してる騎士がいるだろうが!!
餓鬼に命のやり取り何て言う重荷を背負わせん
じゃねえ!!」
キリキザンは憤るデスカーンに対して目を細めていい放つ
「子供でも騎士は騎士、老人でも騎士は騎士。
命は平等に与えられている。奪う権利も守る権利も平等だ。よって戦力になると認識出来れば何等問題など、無い。」
冷酷。デスカーンにとってその一言に尽きる解答。
許せない……許さない……許されるわけがない
こんな話があって堪るものか
そして何かが彼の中で崩れ去った
次の瞬間デスカーンは動いた。
およそ騎士としての技能など無いに等しい怒りに任せた一撃だった。
「うおおおおおおおお!!!!!キリキザンッ!!!
黒銀霊布!!!」
無数の影のような物がキリキザン目掛けてデスカーンの足下から伸びた。影の先端には銀色に輝く鋭利な刃物のような物が見える。
が……キリキザンは微動だにせず
冷たくデスカーンを見据え右手を掲げる
「……騎士法:
改竄すべき騎士の結末…」
次の瞬間
デスカーンの視界は暗転した……
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暗黒の城、そう形容するのが相応しい。
黒と呼ぶには余りにも荘厳すぎる
住む者の威厳を感じさせる城だった。
「アルガスタ邸」
御三家:ダークレスウェルの所持する最大規模の城だ。
その一室。
暗い雰囲気を漂わせるそんな部屋は食事や談話目的の部屋なのだろうか、長い卓と椅子が並べられていた。
全てが「漆黒」に染められた部屋。
その一番奥の椅子に足を組むようにして座っている人物
この城の持ち主、
ダークレスウェル・ゾロアークその人だ。
まさに尊大なその姿は並大抵のポケモンならば萎縮して声をかけることさえしないだろう。
「ご報告申し上げます」
そんな彼に話しかける影、
ゾロアークの腹心であるサウザンド・サザンドラだ。
彼もまた威厳とは違うが他の者に有無を言わせない空気を纏っていた。
「我等が本拠地に乗り込んだ挙げ句の果てに内装を悉く破壊していた時雨の騎士と見られる男を捕らえました」
如何致しましょう?とサザンドラ。
ダークレスウェルは呆れたように
「始末しろ、そんな無粋な事をするような騎士などに用は無い。戦争に置いても早死にするのが関の山だ」
御意に、と
影は闇の中に溶け込むように消えていった
「………宜しかったのですか……?」
とゾロアークに質問するのは
同じく腹心、ステラロック・ギガイアス
「よい。拷問してまで聞き出したい情報など持ち合わせて は居ないのでな。我等が気に止めておくべき存在は時雨キリキザンただ一人。そこいらの騎士程度、気にかける必要すらない。そもそもこのような者を差し向けるなどキリキザンのすることではない」
冷たく言い放つゾロアーク
騎士領の誰が想像出来ただろうか?
時雨斬撃殲滅騎士領の中でも最も残忍で残虐性を持つ
一級騎士、十二騎士皇の時雨マラカッチがこの時点で
既にサウザンド・サザンドラによって討ち取られているということを…
まあ、確かにその性格が災いして命令違反や処分を
受けたことがあるにはあるのだが
まさか単身敵の本拠地に(正面から)侵入した挙げ句
捕らえられて敗北等と言う愚の骨頂とも言える行動をするとは誰も思わないだろう。
思う者が居てはならない
絶体に。
暫く間を置いてから
ゾロアークが語り出した
「平等な権力と言うのは素晴らしい言葉ではないか?」
唐突な問い掛けに一瞬何を言われているのか分からなかったがそんなギガイアスを横目で見ながらゾロアークは続ける。
「平等と言うのは民草にも与えられるべき言葉であり世界の中枢を司る概念でもあると私は考える。この世のすべてのポケモンには等しく命が与えられているその命をどう使おうがその命の持ち主の勝手だ。しかしまて、と言うことは命を奪う権利も同等に平等なのだろう。ならば真の平等などを掲げている間に世は終わりを迎えるぞ。」
つまり−とゾロアーク
「詰まり平等な権力を与えると言うのは「平和」と言うシ ステムを維持するために必要な要素ではなく寧ろ不純物 と言うことになるな。
確かに近年では戦争も無く「平和」が続いているのやも しれない。しかし、だ。それはほんの少しの不純物で崩 れ去る脆弱極まりないものであると誰もが知っていなが らも無視を決め込むのだ。」
愚かだろう?とゾロアークは続ける
およそ「平等な権力」を掲げている組織の長が
発するような言葉ではなかったが
ギガイアスは考え込む
確かに我等が君主が言う通り、
今までは「平等な権力を与える」のが全ポケモンの為、
「平和」の為に繋がると勝手に思っていた。
しかしそれは余りにも幼稚な考えだったのか?
寧ろ不純物なのか?
否
「ならば「平等な権力」を与えても争い、命の奪い合いを
起こさないようにすれば良い。」
そんなことは不可能では?
所詮は生き物。争わずには生きていけないのでは?
「だからこそ不可能を可能にする奇跡の具現化である願望 器に託すのだ。私の思い描く理想の「平等」をな。」
成り立っているようで歪。
歪でありながら正論。
抱えている闇の量は尋常ではないが彼の理想には
惹き付ける何かがあったのかもしれない。
長年に渡り彼に支えていたギガイアスは彼の理想のために助力を惜しまないことを改めて決意した。
奇しくもキリキザンとゾロアークの考え方には通ずる所があった。しかしこの二人が相容れることは無い。
己の信じた道以外に興味など無いからだ。
何時の世の中も理想の中に生きる人は希望を持って生きている。しかしそれが絶望と隣り合わせの生き方であると何人が
認識しているのだろうか?
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時雨デスカーンが里に戻る3日前の時雨騎士領。
通称「時雨御殿」と呼ばれる屋敷には
二人の人物がいた。
一人は時雨斬撃殲滅騎士領十二騎士皇の時雨キリキザン
紅く鋭く光るルビーのような眼を持つ男。
向かい側に座っているのは
時雨騎士領前代の頭、時雨ウルガモス。
とは言えども彼もまたアーケオスと同様に450年前の時雨騎士領創成時から今まで存命していると言う所から
彼がトップの座を独占していたことは語る必要はないだろう。
が12年前にキリキザンがその独占制を破壊し時雨に新たな風を巻き起こしたのだ。
アーケオスが彼に期待するのはここにも理由があるのかもしれない。
「すべての支度が整ったようだな小僧」
笑っているのだろうか?その表情は掴み所が無く分からないが。
「ええ……御提案の通りに十二騎士皇に
戦士に選ばれる可能性のある者達の始末を命じてありますが。」
ただ、とキリキザン
「我にはこの作戦が余り効果的では無いように思われます がな?正々堂々と戦う騎士にまるで寝込みを襲うかのよ うな真似事をさせるとは」
虫の鳴くような声で笑う老人、ウルガモスはそんなキリキザンの抱く不満を一蹴した。
「サモナー候補に上がるような輩を早めに始末しておくに越した事はないわい。サモナーとしての資格を得ても戦闘開始は一ヶ月後。それまでは積極的に戦闘しようとは思わないからのう。しかも資格者を倒せば資格者よりも強者であると言う立証にもなり資格がそのまま騎士皇に移る事も考慮しておるのじゃよ」
過去に前例が有るからな、と。ウルガモス
「………確かに、現にアーケオス翁がすでに資格:
錬金術を候補者から奪い取っているので否定はしませんが
それにしても騎士の誇りを侮辱する行為に代わり無い」
アーケオスは既に「北の大将軍:フリージオ」に勝負を挑み勝利していた。その結果として彼はサモナーとしての資格を得ていたのだ。
利点については納得は出来る。
だが騎士としてのこれからの戦に対しての「モチベーション」の問題もある。
まあ、価値観の違いなのだろう
議論を続けても平行線であることをキリキザンは悟ったので話題を変えた。今日ウルガモスを呼んだメインの話に。
「しかし、何故貴方は結界の騎士を十二騎士皇に推薦した のですか?確かに彼は他の騎士では到底敵わない恐るべき能力の使い手ではありますが、何も早すぎるのでは……」
結界の騎士−−時雨ヒトモシの二つ名だ
「我の思惑では彼は次世代の騎士領トップに立つ器があ るとも考えていたのですが………」
そう、ヒトモシの持つ力はそれほどまでに強大なのだ
もしかしたらウルガモスもそれを恐れているのかもしれない、ふと思ったが直ぐに心の中で首を振る。
この男が恐れるものなど無いのだと。
それほどまでにこの男は次元の違う存在なのだ。
「そう言う御主とて確か9歳の時には初陣を体験していた であろうが…子供だろうと老人だろうと騎士は騎士じゃよ。しかも次期トップとして見込みのある者ならば今のうちに実戦を体験させておいた方が好都合であろうに……」
まさかこの言葉を逃げ道としてデスカーンに言う日が来てしまうとはキリキザンは夢にも思わなかった。
誰を傷つけてでも里を救う、何が行く手を阻もうとも
ヒトモシもデスカーンも救う。
それは不可能かもしれない、少なくともキリキザン一人では無理だ。
なればこそ頼もうではないか
託そうではないか
願望器に
時雨キリキザンが立ち去った後
「……次期トップ?ハッ……!馬鹿馬鹿しいのう…キリキザン……貴様がイレギュラーなだけで元々この騎士領は儂の私物だ……貴様が消えればばもう一度儂の物に戻るのだ次期トップは儂だ元から貴様らは儂の私物だ貴様の手など借りなくても儂が時雨をもう一度栄えさせて見せるわい!!」
老人の狂笑は御殿に響き渡った
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右を見ても左を見ても辺りは暗闇で
見通しも利かない。
が突如現れるイメージ、
その内容は余りにも杜撰で残虐。
自分のよく知る幼子が何度も何度も見たこともない影に
害される、そんな悪夢のような風景。
流す涙も発する言葉も無くした所でふと気付いた。
悪夢なんだ。つまり夢だ
ならば恐れることはない
現実で無ければ何も意味をなさないのだから。
しかしその考えは突如自分に向けられた凶器によって覆される。紅い炎に包まれる。
熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!!!
燃え盛る炎は留まることを知らず
自分の内側から焦がし溶かしていく
夢の中だと言うのに意識が朦朧としたところで
彼−−−時雨デスカーンは覚醒した。
「ガァァァァァッッ!!!」
呻き声とも断末魔とも取れる声を発しながら
起き上がる
「ハァッハァッ………」
夢…か
分かってはいたが………
夢とは言え不吉なイメージは拭えない
それは身近な者と自分に迫り来る「死」を連想させる
それも考えうる限り生易しい終わり方とは程遠い
改めて回りを見渡す、
鉄格子、情けなのか布団、そして体には技の発動を封じる
「封印」が施されていた。
そうか−俺はキリキザンに………
そこまで思い出してから彼の内側には
先程の炎とは違う……憎悪の炎が燃え盛る。
だがこうも拘束紛いの事をされていてはどうしようもない。
寧ろこの程度の罰で済んでいるのは奇跡か
仮にも里のトップに謀反を起こしたのに牢屋行きとは
とことん自分がキリキザンにとって脅威に思われていないと言うことに怒りと失望を覚えたが
そんな感情は次の瞬間に吹き飛んだ
開いている……鉄格子の扉が……
キリキザンが閉め忘れたとは考えずらい
つまりこれはデスカーンの考えに賛同する者の
手助けと言うことなのか……?
罠とも思えない
騎士道を重んじるキリキザンがそんなことをするとは
想像もできない
扉に近づく
なにも起きない 起こらない
なればこそとデスカーンは音を殺して脱出を試みる。
デスカーンが脱出に弄した時間は十分も掛からなかった。
いとも容易く逃げれたのはやはり何者かの助力なのか
自分を匿ってくれそうな所、なおかつ技の「封印」の術を解ける者がいるところと言えば彼に思い当たるのは
1つしかなかった
オーレライ・サード・スペクタル
通称「邪教」
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夕暮れに照らされた海はオレンジ色に光り
ドリュウズとミジュマルに修行時間の終わりを伝えた
「ねえねえ……ドリュウズ……」
小柄な少年……ミジュマルが語りかける
「修行の最中ずっと怖い顔してたけど…
どうしたの………?」
何か自分が彼に不愉快な思いをさせてしまったのだろうか?事実、ドリュウズには悩み事があった。
ミジュマルを生き残らせるために彼に伝えるべきであろう。
そう判断したドリュウズはミジュマルに正面から向き合って語りかけた。
「剣が軽いと最中に言っただろう。
何故重みが無いのか分かるか?」
ミジュマルは想定していなかった返答だったのか
少々戸惑っているようだった。
質問の仕方を変える
「お前が剣を振るう理由はなんだ?」
鳥の鳴き声が二人の回りを包むかのような錯覚に覆われた
しばらくしてからミジュマルが沈黙を破った
「
生存競争に勝ち残って剣流の願いを
叶えるため…だよね」
「そう言うことでは無く、お前個人の願望器に託す願いだ」
そんなことを言われてもミジュマルには叶えたい願いなど思い当たらなかった。
修行をして、ご飯を食べて……この日常でミジュマルは既に満たされていたから。
しかし、御三家の一つ。剣流として必ず殺し合いに参加しなければいけないと言う
御三家……
剣流、ダークレスウェル、時雨
これ等、三家の初代がこの忌まわしいバトルロワイヤルを
始めたのだ。
彼等はこの世界の創造主たる存在である「アルセウス」と500年程前に邂逅しその膨大な力の一部を願望器として具現化したのだ。
アルセウスの力から創られし願望器には特殊な能力があり、
・アルセウスの産み出した伝説上のポケモンの力の一部を
戦士は授かり使用することが出来る。
・世界に存在していた、もしくは存在している伝説の武器
を願望器の力で使うことが出来る。
そのため
戦士でないポケモンは完全にサポートに回ることになる。
戦士を倒せるのは
戦士のみ
一見、只の戦争のように感じられるかもしれないが
これは要するに世界中の争いや憎しみをたったの10人
の殺し合いで解決する「代理戦争」でもあるのだ
このシステムのお陰で「平和」が保たれているとも言える。
まあ、ダークレスウェルの当主からすればそれは
見かけ倒しという意見なのだが………
最もこの戦争を立ち上げた御三家の意志は
それぞれ異なり、
ダークレスウェルは「真の平和」
時雨は「戦争システムの永久的保存による騎士職の保護」
剣は……
「我々、剣流の目的はこの戦争の監視だ。」
ドリュウズが言う通り
本来的に剣流は「願い」が無いのだ。
残り二つの組織の暴走を未然に防ぎ
願望器の所有者を見極める
それが剣流の「命懸けで参加する戦争」に対する
スタンスだった。
だがこれでは正直に言って損な立ち回りであろう。
現に一代目は最後まで勝ち残り、現れた願望器を
未練無く打ち捨てた。
二代目は戦いの最中に外来のサモナーに連合を組まれて
倒れた。
まぁ結局仲間割れで他のサモナーは全滅したのだが
因みに三代目についてはドリュウズが生存している事から
察しはつくだろう。
そんなこんなでドリュウズは弟子であるミジュマルには
剣流の使命では無く自分の願いをかけて
戦って欲しいのだ。
御三家は半場強制参加なのだから逃げ道は無い。
せめて戦場に倒れるとしても
勝ち残るにしても
ミジュマルの努力と覚悟に相応しい結果に終わって欲しい
それが剣ドリュウズの願いだった。
伝えるべきであろう事は伝えた
少々恥ずかしかったが……
自分の考えを他人に伝えるのは実に難しい
「……ドリュウズ……僕は−−−」
ミジュマルが戸惑いながらも言葉を紡ごうとした
その瞬間
「うわぁぁぁぁぁ!!!!!」
叫び声が森の中に響き渡った
「!」
ミジュマルとドリュウズは同時に駆け出し
自分達の住居に急ぐ。
この声の主には二人は心当たりがあった。
剣流に代々仕えている者。
フォン・ツタージャ
「この島には僕ら三人以外居ない筈なのに!」
ミジュマルの言う通りこの島には剣流以外は居ない。
と言うか浸入は不可能だ。
ここは不可侵条約地帯なのだ、
一体誰が………
悲しいことだがダークレスウェルの考えに習うように
「平和」と言うものは不純物によって簡単に
崩れ去る物なのだ
平和な時間は過ぎ去ってしまった
時は残酷である
もう、彼らに覚悟について考えていられる時間は残されていなかった
__________________________
とある砂漠
一人の少年が歩いていた。
しかしその身形は一般市民とは異なり
高貴な身形をしていた。
どこか傲岸さを感じさせるその佇まいは何処かの誰かに
似ている
少年____レイト・ゾロアは砂漠の巻き上がる砂嵐
の中をゆっくりと進んでいる。
そしてある地点で立ち止まった。
「ここか」
地図を懐から取りだし赤いペケ印部分を確認する。
間違いない
この流砂の下にある
多少は怖かったが流砂の底に何が有るかは調査住みだ。
意を決して彼は流砂に飛び込んだ。
流砂の下
ソコはとてつもなく狭い空間だったが
目の前に光が見える。
つまり出入口があると言うこと。
しかも地面は「砂」では無く「木」であった。
これ間違いなく人工物であり
ポケモンがこの空間で生活をしていることを物語っていた
奥から声が聞こえる
入り口から漏れる光に顔をしかめながらも
その先へ向かう
「イイカゲンニシロ!!!コレハ商品ナンダ!
オ前ノオモチャジャアナインダ!!」
「ケチケチ!そんな事言ってるとケチってこれから
呼ぶぞーー!!」
怒声と能天気な声が何やら言い合いをしていた、
ゾロアは勢いよく扉を開けて
「おい!ロット・デュラック・ランクルス!!
唐突だが世界平和の為にバルトロメイに置いてボクのパートナーになれ!」
唐突も唐突。
不法浸入。
失礼無礼意味不明極まりない物言いを前にして
ランクルスと呼ばれた男
ロット・デュラック・ランクルスはそのくりくりとした
目を丸くするのばかりであった。
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ピリヤ・ココロモリは非日常を求めていた。
何か自分を楽しませるモノ
自分を笑わせるモノ
苦しませるモノ
泣かせるモノ
怖がらせるモノ
彼にとっての「非日常」とは生き物の持つ「感情」
そのモノであり
彼にとって他者とは娯楽を司る神であった。
そんな彼は様々な「非日常」を試してきた
爆弾による歴史ある建造物の破壊から
ホラービデオの観賞まで
別段彼自信が狂っている訳ではない
楽しいことを好きになるのは誰だって同じだ
その方向性は他者多用なのだ。
そんな彼は最近は「宗教」にハマっていた。
しかし只の宗教に入るなんて
彼にとっては魅力的では無かった。
好運なことに彼の求める「非日常な宗教」は
彼の身近な所にあった。
その非日常な「教典」を読んで彼はズッポリ
のめり込んでいた
オーレライ教会に。
入信してから早2ヶ月。
内容は確かに他の宗教よりかは少々過激だった。
最初こそ邪教の教えを胸に毎日祈りを捧げていた
しかしやはり「飽き」は誰にも等しく回ってくる
そんな彼は今、オーレライ教会にいた。
しかし普通の信者である彼は立ち入りを許されていない
「地下室」にいたのだが………
「……うーん……ヤッパ駄目なのかねぇコレ」
邪教の秘密の地下室ならば何か禍々しいモノが
見られるかもと言う淡い期待を胸に浸入したのだが
コレと言って収穫は今だ無い。
「あーあー正直期待はずれなんだよねぇ」
漁っていた戸棚を閉め。
最後の獲物
本棚に手をかけようとしたその時に
ちょうど一冊の本が棚から落ちた。
「うわっち!なんなんだ__」
しかし彼の言葉は途中から尻すぼみになってしまった。
何しろ落ちた本から禍々しい紫色の障気が漂っていたのだ
その非日常の光景に目を輝かせた彼は
躊躇い無く本を手に取り最初のページを開く。
そして事もあろうか声に出して序章のページを読み上げて
しまったのだ
オーレライ・サード・スペクタルの所有する
秘宝中の秘宝。
「
死者無限復活読本」
死したものを復活させ尚且つ自分の支配下に置くことが可能
死んだ後も死したものの栄光や伝説を無視して尊厳を凌辱し拘束する邪悪極まりない呪物。
本来ならば復活させたいモノの名前を唱えるのが必須だが
それを唱えなかった場合はどうなるのか?
唱えたモノを復活させる道具で唱えないと言う想像に至る者は少なくとも今までは居なかった。
それを実証したのがピリヤ・ココロモリだった。
呪本から強大な魔力の渦が巻き起こる
「なんだなんだ!!??これから面白いことが始まるのかぁ!?」
目をキラキラさせてはしゃぐ彼はまさに無邪気そのものだが
渦巻く魔風の中から
彼の目の前に膨大な魔力と邪気を放つ異形のモノが
現れた
その虹色に輝く羽根を持った
ナスカの地上絵を思わせる男は
丸い目を開いてココロモリを見据えた。
そして
「この私、ゼロ卿を再び現世に呼び戻し、呪いと魔力を捧げて供物としたお方はどちらかな?」
最悪な事に、現界と同時にバルトロメイの参加資格である能力、
魔術師の力を手に入れて仕舞うほどその存在は
イレギュラーだったのだろう
オーレライ・サード・スペクタル開祖
ゼロ・オーレライ・ヴィ・シンボラー
最凶のサモナー
1000年の歳月を越えて現世に復活した瞬間であった。
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オーレライ復活教会
重い体を引き摺りながら時雨デスカーンは
目的地へとたどり着いた。
身体中に技法封印がはられていても
彼は「十二騎士皇」の一人。
そんな簡単に倒れたりはしない。
疲弊は酷かったが教会の扉を開けて呼び掛ける。
「……おい、出て来てくれブルンゲル………」
呼び掛けと同時に誰も居なかった教会の椅子に腰かけた男の姿が表れる
チェスター・オーレライ・ブルンゲル
現在の教祖
デスカーンの盟友でもある。
「やれやれ………久しぶりに会ったと思ったら何引き連れて帰ってきたんだい?」
珍しい物を見るような目でデスカーンの
身体中に施された技法封印を見つめる。
「騎士領で揉めちまってな……」
「そいつぁ災難だったなぁ……」
瞬く間に解除してブルンゲルは再び椅子に腰をおろした。
特殊な呪いの解除ともなると中々デスカーンでは
難しい。
やはりその類いに精通しているものに頼むのが安全策だ。
「で?封印の仕方がかなりえげつないんだけどもねぇ
ホントの所は何があったン?」
ブルンゲルはデスカーンを静かに見つめる。
自分の身に起きたことと救いたい人が居ることをブルンゲルに包み隠さずにデスカーンは話した。
「成る程な。ならば話は簡単だろう。」
デスカーンは瞠目した。簡単だと!?
「ああ。要するにお前がバルトロメイに参加するヒトモシを守れば良いんだろ?サモナーになってキリキザンとかウルガモスとか言う奴等の魔の手からさ?」
ブルンゲルはさらっといい放つ。
「ちょうど僕にも試してみたい事があってね?この教会の地下には面白い道具が沢山あってだねぇ年代物の強力な武器が眠ってンのよ。」
「良いのか……?大事な物なんじゃ………」
心配そうにするデスカーンに対してブルンゲルは構わないと言う。
「言った通り多すぎるんでね、そろそろ処分したいものもあるんだわ。使えなさそうなのは処分するから好きなの持ってけや。」
ついでに とブルンゲルは言う。
「僕にも叶えたい願いがあってね……」
ちょうどいい、僕と組まないかい?と
デスカーンはその申し出を喜んで受けた
「すまん……すまない……ブルンゲル………ありがとう……!」
もはや羞恥も無くデスカーンは泣きはらす。
友人の好意に感謝して泣きはらす。
デスカーンの決意……
ヒトモシの救済
それが彼が願望器に託す願いであった。
しかしデスカーンには資格取得に時間をかけている時間は無い。
デスカーンはそもそもあまり霊力が高い訳ではない。
オーレライに伝わる霊薬で一時的に力を底上げして、願望器足る存在に認識させるしかない。
なんとしても叶えるしかない
どんな苦難が待ち受けていようとも……
この歩みを止めることだけは絶体に赦されない
自分自信が許さない。
血も涙もない糞野郎……!
俺は貴様らを許さない……!
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レイト・ゾロアの唐突な発言によって
固まってしまった男ーーランクルスを見てゾロアは
咳払いをしてもう一度言う。
「改めてーー僕の名前はレイト・ゾロアと言う。
今回の生存競争に参加したいのだがーー君の実力を見込んで僕のパートナーとして生存競争に参加して欲しい。」
丁寧に言い直す。
最初からーーと出かかった言葉を飲み込みランクルスは
「えぇとー一応言っておくけども僕は只の武器職人なんだけれどもね?生存競争だなんてとんでもない!怖くて参加できないよ……?」
怯えたような目でゾロアに訴えるランクルスだったが
ゾロアはそれを鼻で笑って返す。
「武器職人?今は本当にそうだとしても君が過去にあらゆる戦場において数々の武功をあげてきた騎士だって事は調べがついているのさ!さぁ!頼むよ!」
決して聞き過ごす事が出来ない言葉を聞いてランクルスは表情を変える。
その過去は隣に居る男ーーブリストル・ゴルーグしか今では知らない筈の話だ。
騎士と言う栄光に目が眩み多くの命をこの手にかけた自分の触れられたくない部分。
「………君は…君の後ろには何が潜んでいる……?」
怯えたような目を止めて厳しい視線をゾロアに向けるランクルス。
ゾロアは一瞬怯んだように肩を震わせたが
意を決して
「バルトロメイの御三家……闇同盟……」
と答えた。
成る程……彼の組織ならば自分の過去を調べることなど
造作もないだろう……
ゾロアは続ける
「……だが安心してくれ……奴等とはもう……僕は関係ない。
完全に袂を別つ形だ。君に頼む理由は別にある。
僕には叶えたい願いがあるんだ。」
「ふぅん……よく分からないんだけれどもねー
詰まるところ僕にバルトロメイに参加して欲しいんでしょ?だったら期待にそえないようで悪いけど答えはノーだよ。僕の過去を調べたなら分かるでしょ?僕はこの手でもう命を奪いたくないんだよ」
ランクルスは悲痛に満ちた表情でゾロアの望みを断る。
「いや、ちょっとまってくーー」
ゾロアのその言葉は第3者の存在によって続ける事は叶わなかった。
まず唐突に何者かがゾロアの背後に現れ刃物を取り出す。
そしてランクルスが近くにあった槍を掴んで何者かに投擲する。
何者かが後ろに跳ねのく。
ここまでの動作が一瞬のうちに繰り広げられた。
「……いきなり攻撃するなぁ!!」
唐突に槍を投げられてゾロアは堪らず声をあげるが
やっと背後に居たものに気付いたのだろう。
慌ててランクルスの居る方に後ずさる。
「うわぁぁぁぁ!!??」
そんなゾロアの様子を見て何者か___
体中に包帯を巻き付けた眼光の鋭い男は笑う。
それも可笑しそうに
たいそう可笑しそうに。
「クックック……笑笑笑……」
変な笑い方だった………
そして名乗りをあげる。
「私は時雨斬撃殲滅騎士領、十二騎士皇が一人
時雨アギルダー。神速の騎士と知る人は言う……」
クックック………とさも可笑しそうに騎士時雨アギルダー
は笑う。
−−−ずっと………尾行されていた………
時雨の里を出た時から………
実の事を言うとランクルスに依頼する何日か前に
ダークレスウェルの陣営であると言うことを隠して時雨騎士領の里に行ってパートナー候補を探していたのだが断られてしまった。
こうして最後の期待を混めてランクルスの所に来たのだが………裏目に出てしまったようだ………
「アイツは君の知り合いなのかな?ゾロア……困ったお客人を呼び込んでくれるのだね……君は……。」
「知り合い……だけども味方じゃあないよ………奴は
御三家、時雨の騎士だ。巻き込んでしまってすまないけれどかなりの使い手だよ………」
と、深刻に言うゾロア。
「うーん……何で僕が戦うみたいな流れになってるのか全く分からないんだけれども……」
「それはーー」
ゾロアの言葉にアギルダーが続ける。
「それはキサマ−−ロット・ランクルスがサモナーに選ばれる可能性があるからだ。よってキサマも排除対象となる。」
「奴等……時雨の騎士はバルトロメイが始まる前にサモナー候補を暗殺しようとしてる……らしい………」
ゾロアが補足する。
「はぁ…………正しく巻き込まれたって事だよねぇ………」
ランクルスは溜め息と共にアギルダーと対峙する。
「クックック………笑笑笑……相手がランクルスならば不足なし………存分に楽しませて貰おうか………」
アギルダーの手裏剣がランクルスに肉薄する……!!
砂漠の地下………そこで繰り広げられる戦闘は何処の誰にも知られることなく始まった……。
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アルガスタ邸地下拷問部屋。
その一室に男、サウザンド・サザンドラはいた。
ゾロアークの腹心でもある彼には何もなかった、
たった一人のポケモンである自分を自分だと
認識することが出来なくなるほどの「絶望」を
過去に味わった事があるからだ。
誰にも等しく「絶望」は与えられるべきである。
「絶望」に敬服の念を抱くことすら烏滸がましい。
そう考えている、
絶望とは感情の負の部分の具現であるがゆえに
目で見ることの出来ない芸術であると信じている、
そんな歪な存在である彼にとって
バルトロメイとは蜜のようなモノだった。
願いを叶えられず絶望
仲間を失って絶望
裏切られて絶望
選ばれずに絶望
絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望
希望の対極的存在。
平和の名の元に他者に絶望を届けられる闇同盟には
心地好さを感じていた。
「………………」
始末を命じられた名も知らぬ時雨の騎士
早速執行を開始した
上がる呻き喚き嘆き懇願
全てに色が着いて
混ぜ合わさり
極上の「絶望」となるのだ。
自分が絶望を味わったのならばその分に等しく絶望を全てのポケモンが味わうべきなのだ。
「平等」に。
だからこそ闇同盟に入った。
他者に絶望を届けられる唯一無二の存在それが自分。
彼にも輝かしい時代はあった。
騎士として栄光を、誉れある戦いを望んだ時期はあった。
しかしすべては、運命はそう簡単に彼に希望を与えなかった。
その時の事を思えば思い出せば思い出すほどに彼の傷は広がるのだ。
あの苦々しい記憶。
かつて共に高めあった仲でもあった同胞だと思っていた騎士に裏切られた。
絶望を魂に刻み込まれた。切り刻まれた。
だから、奴に同じ絶望を味会わせるまで他者の希望の光を糧に生きていこう。
絶望の化身。そう呼ぶに相応しい男の背後にはつい先程まで闇同盟本拠地「アルガスタ邸」の内装を悉く破壊していた時雨の騎士が転がっていた。
滅多刺しにされたその体は見るも痛々しい様子だ。
この様子ではもう生きては居ないだろう。
__否。
動いた。
サザンドラもそれに気付いたのだろう。
まさに一瞬であった。
勢い良く起き上がった傷だらけの男。
時雨マラカッチは狂った笑みを浮かべながらサザンドラに肉薄する!
「時雨騎士法:針鋭呪鱗!!」
途端、サザンドラの足元から剣の如く鋭い針が拷問部屋の固い床を貫いて飛び出してきた!
「くっ………!!」
それでもとっさに後ろに跳ねのいて致命傷は避けたようだった。
「おやおやぁ……?かわされてしまいましたかぁぁぁぁぁ????」
騎士__時雨マラカッチは曲げすぎと言いたくなるほどに首を傾げる。
狂ったような笑みを浮かべながら。
サザンドラは咄嗟に状況を確認する。
倒した筈の騎士__決して手心を加えてはいないが……
間違いなく息の根を止めた筈なのにも関わらず……
奴は生きている。
そして奴は自分から見て3メートル程度の位置に居る。
さて…戦うか……逃げるか……。
選択肢は二つあったが
選べるのは一つしかなかった。
「どんなタネかは知らないが殺して死なないならば__
死ぬまで殺すだけだ……」
サザンドラは相手から情報を引き出せるかもと言う淡い期待に賭けて話しかける。
「ええ。ええ。ええ。分かりますよ分かりますよ!
貴方は今。殺した筈なのに何故!コイツは生きているんだ!?と言う驚愕の表情をしていらっしゃいますねぇぇ!!!???」
マラカッチは狂った笑みを浮かべながら話を続ける。
「考えても見てください!!そこの貴方!!!!
殺して死なないなんて事があり得ると思いますか!??」
いいえ、ありえませんんんんん!!!!
そう叫ぶとマラカッチは先程サザンドラを貫こうと床から出てきた針を引き抜いてサザンドラに向けて構える。
「………幻術………か……」
サザンドラは最悪の可能性を考慮した。
既に敵の掌の上に居た事に。
明らかに優位性を失ってしまった。
「御明察のようですねぇぇぇ!!??
時雨騎士法:針鋭呪鱗!!!!!??」
正に突き……であった。
真横にかわしたサザンドラだったが
マラカッチはその勢いのまま扉を貫きその先の壁をも破壊した。
どうやらあの針のような剣はかなりの攻撃性と頑丈さをかねそろえているようだった。
「ンンンンンンン!?!?!?まぁたかわしちゃったんですかぁぁぁ!!??いい加減に串刺しになってくださいなぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
扉の向こうから不気味な声が聴こえたと思うとサザンドラの足元から更に針剣が飛び出してきた。
かわしながらサザンドラは考える
幻術と針を使った遠距離攻撃。
狭い室内で戦うのは不利………
ならば……
「千影………残忍蛇手!!」
サザンドラが叫ぶと彼の手は壁まで伸び拷問部屋の石造りの壁を粉砕した。
壊れた壁の向こうからは光が差し込んでいる。
サザンドラは素早く外に脱出した。
続いて壊れた壁の穴を更にぶちこわしてマラカッチが
登場した。
アルガスタ邸の庭である。
マラカッチは両手に針剣を持っている。
どうやら二発目の針も引っこ抜いて来たらしい。
狂気と絶望の第二ラウンドが始まるゴングが夜闇に鳴り響いた。