第九十三話 平穏
「うぅ……リーフさん……。どうして……僕よくわからないですよ……」
それからしばらく時間がたち、涙を流していたルッグが涙声をすするように言った。言うまでもないがその悲しみは大切な存在を失ったからに他ならない。彼の横ではスパークも必死にこらえるように顔を押さえている。
「なんでだ……なんであいつがいなくなんなきゃいけないんだよ……」
ウォーターもルッグと同じだった。言いようのない悲しみをこらえきれずに体を怒りと悲しみでプルプルと震わせていた。
「……リーフは……僕達の世界を助けるためにこの世界に来て……自分が消えることを承知で……、
なんで……なんでぼく達に一言も言ってくれなかったんだ……!!せめて一言だけでも言ってくれれば……!!」
最後まで自分はパートナーの役に立つことができなかった。補助的な意味だけではなく少しでも彼女に安心感を与えることができたのではないか。あんな過酷な運命を背負ってるなんて自分に話しかけてくれてもいいんじゃないのか……!!ファイアには怒りさえ感じていたのだ。
「やはりお前達に余計な心配はかけたくない。余計なことを話したばかりに目的に支障をきたすと考えたんじゃないのか。ファイア」
今までのいきさつをただ腕組みをし、黙って傍観していたノコタロウも口を開けた。尤も彼の言う事には誤りがあった。リーフはディアルガとの戦闘時の後に消滅の事実をしった。だがファイア達には既にリーフは知っているものと捉えていた。
「とりあえずファイア、こんな雨のなかじゃ体が冷えるから--」
「--------ッ〜!!」
スパークがファイアを連れて行こうとした矢先、ファイアはいきなり当てもなく走っていった。驚くもスパークは彼の後を追っていった。ルッグ達も後追うとしたがラックに制止された。彼曰くあまり大人数だとかえってめんどくせぇとのことだ。
「仕方ない。僕達は一旦戻りましすか。でも、しばらくは活動も休止ですね」
ある程度は立ち直ったのかルッグもリーダーを任命された責任からか、自ら指揮を執るようになった。ウォーターもルッグ程ではないにしろ立ち直ったのかコクリと首をたてにふった。
--湖近くの森--
「……ッく、ぜぇ……ぜぇ……ったく、どうしたんだッ……!!」
ファイアを追ったスパークは近くの森で肩で息をしながらもなんとかファイアに追いついていた。逃げ出したわりにはファイアは抵抗する様子もなく大人しく、ただスパークと同じようにハァハァと荒い息使いをしていたが。
「と……父さん……?」
「どうしたんだ一体!?」
口ではそう尋ねるもスパークにはあらかた予想はついていた。今更言うまでもない、リーフを失ったことの悲しみにこらえきれず思わずその場から逃げだしてしまったのだ。ファイアの顔はいまだ涙、鼻水でぐずぐずと鳴らしながら汚れていた。
「悔しかったんだ……」
「----?」
こんなことは初めてではなかった。親と子の関係上落ち込んだ息子を父親が話を聞くことなど珍しいことではない。心の中ではこの懺悔の念を一番信頼できる父親に打ち明けたくファイアは口を開く。
「悔しかったんだ。ぼく、リーフにいつも助けられたんだ……。でもぼくはいつまでたっても変われずにいていつもリーフや父さんに迷惑ばっかりかけて……。今だってこうやって逃げ出して父さんに迷惑かけちゃったから----」
「…………」
後半に至っては涙声になってファイアは口を動かした。スパークは何も口にせずに耳を傾けた。ファイアにはどこか心の底で安心していた感覚があった。この言いようのない不安と憤りを誰かと共有したかったという気持ちがどこかしらにあったのだろう。
「……何で落ち込んでるかと思ったら、下らんことで心配して損した」
「-----ぇ?」
今まで数えるほどしか聞いたことのない父の低い声にファイアはビクリと体を振るわせる。顔をあげた瞬間スパークの黄色い小さな拳がファイアの顔に飛んできた。刹那、ファイアの体がぬかるんだ地面に突っ伏した。驚いたファイアは泥だらけの体そっちのけでスパークを確認するとそこには鬼面のスパークがいたのだった。
そのただならぬ彼の形相に恐れたファイアはたどたどしい口調でそう反論しようとするも、スパークに睨まれて黙り込んでしまった。
「変われずにいた!?ふざけるな!!探検家初めてちょびっとしかたってない臆病者のお前ごときが簡単に変われるとでも思ってんのか!!」
「----ッ!!」
驚きのあまり固まるファイアに対してスパークはバシィとファイアの背中をたたく。力が強いのかファイアの背中には痛みが走ったがそれ以上にスパークの言葉が重かった。ちょっと頑張った程度では成果がでる訳もない。今のお前ではまだ頑張ってる、努力しているという言葉を使って自分を美化している。父親の言葉はこのことを示していたに他ならなかった。
----僕……殊勝なこと言ってたようけど本当は……全然変わろうとしてなかった。簡単に変われたら誰も苦労はしない----
「たかだか13のお前なんかが簡単に完ぺきになるるわけなんかなんだよ!そんなちっぽけなことで悩んでる暇があったらちっとでも変われるようにしろ!」
普段あまり感情を荒らげない彼のこの激しい言動に複雑な気持ちになっていたのだ。驚きと父親の豹変に少しだが恐れが混じり茫然と口をぱっくり開けて話を聞いていた。。
「とにかく!もう人前であんな泣くところを見せるな!!わかったか!!」
大声で怒鳴りつけるスパークにファイアは反射的に”はい……”と返事をした。スパークは“返事が小さい!”とまたも怒鳴りつけ今度は大声で返事をした。それを確認したスパークはとたんにいつもの柔和な表情を戻していった。そしてすっとファイアの体を優しく抱いた。
「ったくガキが親にいっちょ前に変な気遣いはするな。もうちょっと頼れ、迷惑もかけろ。これぐらいのことができないで父親がつとまるわけないだろ?なっ?」
「う……ひっぐ……うわあああああああああぁん!!」
ファイアはスパークの黄色い体毛に顔を押し付け、思い切り泣いた。
--リーフ、君がいなくても君に頼らなくてもぼくはやっていけるよ、もう誰かに甘えないようにしよう決めたよ。でも……、今日だけは許してね……。
--ジェットの組織のアジト(ジェット side)--
リーフが消滅したことを確認した我輩はこの後黙って自分の部屋に戻っていった。あの消えたメガヤンマ、それにリーフが言っていた消滅?我輩はあまり意味が分からないからあの糞目玉焼きことネンドールのところに不本意だが聞いてみることにした。あんな野郎に知識をひけらかされるのは腹が立ってしょうがないがいたしかたないな。
「いいあんた達!!この科学の天才ネンドールちゃんが作った”ドリームスペシャルスペックまっし〜ん”は丁寧に運びなさいよ!!
--あらおかえり。サドルのブロッコリーのお味はどうだった〜?」
入ってきた我輩の気配に気がついたのかあいつはどさくさに紛れてとんでもねぇこと言いやがった。いつもなら即座にこいつをぶっ殺しにかかってるが正直そんな場合じゃないからな。
「おぉネンドールよ。ちょっと聞きたいことがあるがいいか?」
「あんたがあたしを名前で呼ぶなんてどういう風の吹きまわしかしらね?馬鹿なのに風邪引いたんじゃないの?」
バカは余計だ。ちょっとイラっときたから我輩は”うるせぇ目玉焼き”と言ったらいつも通りねと返してきた。ったくそんな下らんやりとりしてる時間はねぇんだよ。
「歴史を変えたら未来の者が消滅するって……。そんなことがあるのか?」
我輩の言葉をきいたあいつは目を丸くした。失礼な奴だ。我輩がこんなこと聞いちゃいけねぇのかよ。
「たとえば……、もし2000年の6/6にあんたの命を助けたヒトがいたとするでしょ?」
「お……おう」
ったく、こいつの話はたまに例え話から始まる。まぁ適当に相槌でもうっておくか。
「そのヒトがもしタイムスリップした奴に1999年の6/6にさっき話したあんたの恩人が殺されたら……、あんたはどうなると思うかしら?」
何を分かり切ったこと聞いてんだこいつは……。そんなもん我輩を助ける奴がいないってことは……、ま…まさか!!
「わかったようね。他に聞きたいことは?あたしはあんたと違って忙しいの!!ほら行った!行った!」
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「…………」
未来を変えるとそのあとの出来事はなかったことになる。即ちその未来世界で生まれたリーフはそのまま消えてしまったと……。くそがぁっ!!!
ドゴォ……
我輩にタックルされた近くの柱はそのままひび割れていった。なぜだ!!確かにあの時リーフ(やつ)は我輩を助けた!!なのになぜだ!!なぜ命を助けたあいつは消滅して我輩は生き残っているのだ!!何かおかしいのではないのか!!
「ジェ……ジェットさま……」
「なんだ!!」
こんなときに誰だ!!我輩は情けない声のしたほうに怒鳴りながら振り向いた。そこにはビクビクしたあのドラピオン、ラオンが震えて立っていた。情けない奴め……。
「ジェット様。来客です……」
「誰だ!!こんな忙しい時に!!」
「以前ジェット様とオレとで行動したあのズルズキンです……」
ズルズキン?あぁ、あのリーフの仲間のチンピラか。
「案内しろ」
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建物入り口付近にはあのズルズキン……ルッグだったっけな。
「よおよお。どうしたんだ藪から棒に」
「ジェットさん。あの時のヒトカゲは今どうしてます?」
ヒトカゲ……あぁあいつか。確かジュプトルを助けに言った時邪魔したあいつらだよな。んでラオンに持って帰らせたと。こいつはわざわざあんなことあったのにもう情報収集してんのかよ。
「わざわざそっちから来てくれるとはごくろうなこったな」
「これでもリーファイのリーダーを任されたんでね。これ以上落ち込んでいてもしかたないでしょ」
落ち込んでいたね……やっぱあいつも……。おっと今はそれどころじゃないか。
「まぁよい、ラオン!!ついでに我輩も一緒に奴のところに案内するのだ!!」
「はっ!!」
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んで案内されたのがこの建物の研究室だ。正直ここの陰鬱な空気は嫌いなんだよな。ったく!汚い空気に薬品の臭いが鼻を刺激してならんわ!!
「バット様」
「おっ!!ラオンちゃんにジェットさんじゃ〜ん♪それに……なんでこのヒトがいるの?」
ラオンをちゃんづけで呼んだこの気持ち悪いクロバット、バットは研究室の椅子に座りながら我輩達のほうを振り向いた。ルッグの方を見たとたん奴の機嫌が悪くなったが仕方ないか。とりあえず説得してみよう。
「と、言うわけだ。んでバットよ、お前にあの蜥蜴達のことをまかされたのだな?」
「うんそうだよ〜。ラオンちゃんが持ってきたこのヒトカゲちゃんたちの様子はばっちり調べ解いたさ〜」
翼でピースでもしてるんだろうなこいつは。んでなぜかこいつは部下や年下のことをちゃんづけで呼ぶんだよ。気持ち悪いったらありゃしねぇ。こんな奴なのになぜか科学者としてはそれなりにやれるんだよな、バトル下手だが……。おっと話がそれちまった。
「それで……奴らが強大な力を得た原因は分かりますか?」
「うん。あのヒトカゲ達をじっくり調べてみたけどね、何か別のポケモンの技とか特性が読みとれたよ。そうだね、なぜかわからないけどディアルガの能力がわずかに入ってたよ。しかもなんか普通のディアルガとはちょっと違ったけど……」
やはりな、あのメガヤンマのいった通り奴らはその力を与えられていた訳か……。
「それで今奴らの状態はどうなってる?」
「もうあの禍々しい力は抜いといたよ。今はあそこで寝さしといたよ」
ほぉほぉ、ああやって液体につけて休ませてる----ってうおぃ!!ヒトカゲ液体にぶち込んだらまずいだろ!!
「大丈夫大丈夫。心配ないさ〜♪あの液体は炎を消さない特殊な成分が入ってるからね」
マジかよ。都合よすぎるだろうが。まぁとりあえずこいつらが変に暴走することもなさそうだし……。
「わかった。ルッグ、これで文句はないか」
今まで黙って話を聞いていたルッグも首を縦に振った。どうやら納得したようだな。我輩達は研究室を後にし、施設の軒先まで戻っていった。
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「ところでジェットさん。これからはしばらくどうするんです?」
なんだその言い方は、我輩達がこれから悪さするとでも思っているのか。失礼な奴だな。
「フン!!まだ組織を裏切ったあのバクフーンの消息もつかめてないし時の停止の事件でこちとら損害を負ったんだ。しばらくは大人しくしてるぞ!!」
「それはよかったですね♪しばらくは平和な時間が送れそうですね」
口うるさいチンピラめ。我輩のことがそんなに信用できないのか、あぁ!?
「あんだとぉ!?そりゃどういう意味だ!!おぉ!?」
んなろ!!このドチンピラが!!手下の癖に我輩に指図すんじゃねぇ!!あぁ!?ルッグは手下じゃないだ!?ふざけんな!!我輩に協力する奴らは皆我輩の手下なんだよ!!
「----?誰と喋ってるんですか?」
「う、うるさい!我輩はお前達の調べ物につきあってやる程暇じゃねぇんだ!!さっさと帰れ!!」
「(さっきまで快く案内してくれた癖に--)はいはい分かりました。ぼくもこれから書類とかの用事があって忙しいんでこの辺でごきげんよ〜♪」
あの野郎……、最後の最後まで我輩をコケにしやがって……。