第八十六話 救世主
「んで、ジェットさん」
「なんじゃらほい?」
ジュプトルを追って街を飛び出したルッグ達三人は走って彼のもとを目指していた。しかし残念なことに彼ら三人はジュプトルが行った先は把握していないというのだ。
「ジュプトルはどこの時の歯車を狙ってるんですか?」
「へっ!!我輩がそんなことも知らねぇとでも思ってるのか?」
『思う!!』
ルッグとそれに部下のラオンまでえ声をそろえてそう断言した。断言されたジェットは”うぅ…”と声を漏らす。
「我輩の情報網をなめんなよチンピラ共。常に我が組織の部下達には様々な目撃情報等を駆使して組織に有益な情報の出入りを頻繁にさせているのだ!」
「でも、手に入れたとしても全然使いこなせてないですよね。(現に僕と戦った時僕のことなんにも知らなかったし……)」
痛いところを突かれまたも声を詰まらせるジェット。そんな彼を見てラオンは声を抑えながら笑っていた。
「と、とにかく!奴の居場所は分かってる!!巨大岩石群と呼ばれる場所にいるらしいぞ!」
「(確か以前ジュプトルと対峙した時の……)」
巨大岩石群。そこはかつてリーファイがジュプトルと対峙した場所である。皮肉にも一度は敵として追った相手を今度は助けに向かうことになろうとは彼も思ってなかったろう。
「でもジェットさま〜。あそこって結構距離あるけど大丈夫なんですか?」
「心配ご無用〜。ちゃんと乗り物は準備してある!!」
「ほ、本当に!!」
流石は組織と言ったところだろうか。ジェットは“乗り物”を準備しているという。ルッグやましてやそんなものとは縁のない下っ端のラオンは彼の言う”乗り物”に期待していた。
「あれを見るがいい!!」
ジェットが指(?)差した先には彼が言う“乗り物”が存在していた。しかしルッグ達の表情は先ほどまでの喜々とした顔つきが嘘のようにしんみりした顔つきへと豹変していたのだ。
「ジェ…ジェット様…。これって……」
「はっきり言って……
自転車(チャリ)ですよね……(しかもママチャリって……)」
ルッグが言った乗り物、自転車こと通称チャリ。それもママチャリが三台彼らの目の前にぽつんと置かれていたのだ。
「チャリがなんだ!!乗り物は乗り物だろ!!それともなんだ!?三輪車や一輪車の方がいいってのか!?おぉ!?」
「いや、だからって……(さっきヘリで来たんじゃなかったっけこのヒト?)」
ルッグが怪訝そうな顔でジェットを見ていた。ラオン曰く彼はヘリを使っていたと聞いたからなおさらだろう。
「あっ!!ジェット様!!」
「なんだ!ラオンよ!お前も文句あんのか!?」
ジェットは怒りを交えた声でラオンを怒鳴りつけた。ラオンは”違います!”と首を横に振って否定する。
「チャ……チャリのサドルに……
ブロッコリーが……」
こみあげる笑いをこらえながらラオンはそう言った。そう、どういうわけか彼のチャリ三台共にブロッコリーがサドルに刺さっていたのだ。元にあるべきサドルはカゴのなかにいれられてる。
「これどこの”日○”ですか」
「ご丁寧にサドルまでカゴの中に入れてるし…」
いまだにこみあげる笑いをこらえるルッグとラオンとは対照的に、ジェットは憤慨したように体を震わせていた。
「誰だ誰だ!!こんなくだらねぇもんしたのは!!見かけたらそいつのチャリにカリフラワーブチ込んでやる!!」
なんだか同レベルような発言をしながらジェットは指されていたブロッコリーを引き抜きながらサドルを定位置に戻す作業をしていた。おそらくブロッコリーをサドルから抜いている悪役は全国津々浦々探しても彼しかいないと思われるだろう。
--------------------
「出発!!」
「ジェットさん…。まじっすか…///」
「めっちゃカッコ悪いんですけど…///」
サドルにブロッコリー事件(作者が勝手に命名)から数分後、ジェット達三人はチャリにまたがっていた。しかしジェット以外の2人はははずかしいですと言わんばかりに露骨に嫌な顔をしている。
「贅沢ぬかすな!!走っていくよりましだろ〜が!!」
『(走っていったほうがましな気がする……)』
そしてあろうことか三人はママチャリで出発した。目的のダンジョンに着くまでに彼らを見た野生のポケモンは襲いかかるどころか腹を抱えて笑っていたという。
-------------------------
ルッグ達が巨大岩石群に向けて疾走している時と同時刻、彼らが追っているジュプトルは一足先に時の歯車の捜索のためにダンジョンに足を踏み入れていた。時の歯車を集め時限の塔に納めないと世界の暗黒化は防げない。その使命感が彼を動かす原動力となっていたのだ。それを危惧したジュプトルは一層足を進めた。が、その時、
「大文字!!」
「っ!!」
頭上から彼を狙うように大文字が降り注いだ。間一髪大文字にいち早く気付いたジュプトルは横っ跳びにかわす。
「くっ!!何者だ!!」
大文字が飛んできた方を睨みながらそう一喝した。すると頭上からシュン!と音を立てて四体のポケモンが姿を現した。
「けっけっけ、流石あの野郎が言ってただけある奴だな」
下種な笑みを浮かべながら現れたのは一人のヒトカゲだった。ヒトカゲの後ろにはスカタンク・ズバット・ドガースの姿が。
「アニキ〜、こいつがあの害虫野郎が言ってたジュプトルって野郎ですかい」
「おぉ、確かこいつをぶっ潰せばいいんだよな」
「……何者だ貴様らは?」
ジュプトルは警戒したそぶりでヒトカゲ達を凝視する。ヒトカゲは待ってましたといわんばかりに口を開ける。
「オレ様はチームドクローズ改め、”G(ゴッド)スカルズ”!!そしてオレ様はリーダーのヒトカゲのアレフトだ!!」
「そしておれがスカタンクのガスだ」
「ちっ……」
”面倒な奴が現れたものだ”ジュプトルは舌打ちをしていた。見るからにこのチンピラのようなヒトカゲ達は自分を意味もなく襲撃しているものだと思っていた。
「俺達の目的はお前の持ってる持ち物全部だ。大人しく差し出せばお前を叩きのめすのは勘弁してやるぜぇ……」
「ありえない要求だな……。断る!」
「あぁ、そうかい……」
そう言い切るとヒトカゲ、アレフトはヒトカゲとは思えないような猛スピードでジュプトルに接近し炎のパンチで殴りつけようとした。
「ちぃっ!」
アレフトのスピードに反応できなかったのかジュプトルは自然と防御態勢をとった。しかしそれから数秒後、自分に攻撃しようとしていたヒトカゲは腹部に蹴りを受け悲鳴を上げながら吹っ飛ばされていた。
「な、なんだ!?」
「やぁやぁ、ご無沙汰ですね。ジュプトルさん」
「なんとか間に合いましたね」
「我輩のおかげだな!!」
三体のポケモンが安堵の様子を浮かべてそれぞれ漏らした。そのうちの一体のズルズキンにはジュプトルも見覚えがあったが残りのサメハダーとドラピオンには見覚えがない。用心深い彼はサメハダー達、ジェット達を見て警戒していた。
「お前は……、なんで俺を追ってきた!!」
ジュプトルはルッグに怒り半分驚き半分の様子で彼に尋ねた。
「なんでって……チャリで来たんですよ」
「いや、手段じゃなくて!なぜお前達は俺を追った来たんだ聞いてんだよ!」
「そんなもんどうでもいいでしょ」
ジュプトルの言葉をさらりと流し、ルッグはアレフトの方をちらりと見る。
「けっ!!てめぇは散々オレ様の邪魔をしたクズみてぇなズルズキンじゃねぇか」
「はっ!チンピラトカゲみたいなあんたに偉そうにぬかす筋合いはないですよ」
ジュプトルを救援したルッグを見てアレフトは忌々しそうに呟く。ルッグのチンピラトカゲという言葉にアレフトは”アレフトだ!”と反論する。
「けっ!!クズが何体増えようと関係ねぇ!!てめぇには散々オレ様の邪魔してくれた恨み、今ここで晴らしてやるぜ!!」
今にも攻撃しようとせんばかりにアレフト達”スカルズ”は戦闘体制に入る。アレフトは部下達に”ズルズキン以外を殺れ”と命令しルッグに飛びかかってきた。
「火炎玉!!」
アレフトは口から文字通り五個ほどの火炎玉を飛ばした。火炎玉は勢いよくルッグに向けて飛ばされる。
「こんなもの!!」
ルッグ手に持った棒をさばき火炎玉を全て弾き飛ばした。しかし--
「うわぁっ!!」
「ぬおぉっ!!」
ルッグが弾き飛ばした火炎玉は近くでガス達と戦闘していたジェットやラオン達を巻き込まんとせんばかりに飛ばされた。ジェット達は辛くも火炎玉を避ける。
「あぶねぇだろこの野郎!!どっち向けて飛ばしてんだこのバケモン!!」
「あっ……、すいません……」
バケモンと呼び怒るジェットに対してルッグは平謝りをしていた。
「はははははははっ!!お前らも結構間抜けじゃねぇか!!オレ様をバカにする資格なんぞ---」
「んな笑ってる余裕なんてあるんですか!!」
ルッグはバカにした笑いを見せるアレフトに向けて勢いよく棒を振る。今までのアレフトなら間違いなく直撃させられると踏んでいた。しかし--
ガシッ!!
「ッ!!?」
先ほどまでげらげら笑っていたアレフトだが、突如として表情を変えてルッグの棒を掴んだ。ルッグはアレフトを振り払おうと必死に棒を振るうが……。
「ぐっ!(つ…強い…)」
アレフトの棒を握る力が強く逆にルッグの方が引きはがされそうになっていた。アレフトは自分の力に任せてただ棒を引っ張っていた。
「ぬおぉっ!!」
「とび膝蹴り!!」
ルッグは手に持っていた棒を手放した。その勢いで先ほどまで力任せに棒を引っ張っていたアレフトは自分の力を制御できずに後ろにつんのめりルッグのとび膝蹴りをまともに食らった。
「…………」
ルッグは飛ばされたアレフトの手放した棒を片手でキャッチしながらアレフトを凝視していた。何かおかしい、奴がこんな強い力を持っているわけがない。ルッグは今までの彼と比較して納得がいかない顔つきであった。
「けっ!!あの害虫め!!何が”私のつくった最強の力なのだ”だよ全く!!」
「害虫……?私が作った?」
アレフトの漏らした言葉、ルッグはそれらを復唱しアレフトに尋ねる。そして彼の脳内に一つの考えが導き出された。
-----------------------------
「ううぅっ……」
リーフは苦しそうな声を出して倒れそうな体に鞭を打って半ば無理やりに動かしていた。よほど重いダメージを受けたのか彼女の体ある無数の痛々しい傷が残されておりその過酷な状態を物語っていた。
「…………」
しかし、キモリのグラスは容赦なく、傷ついたリーフに追撃を加えようと腰に据えていた剣を抜く。
「行くぞ。リーフブレード」
グラスはキモリらしいスピードでリーフに切りかかろうと接近してきた。しかしリーフは避けようともせずに自分に向かってくるグラスを半ば睨むように見つめ、何かに集中していた。
「(今だ!!)守る!!」
リーフは剣を受ける寸前のところで守るで防御し、リーフブレードを防いだ。剣を握っているグラスの手には守るでふさがれたために若干のしびれを感じていた。
「ちぃっ!!」
グラスは舌打ちをし、バックステップで距離をとった。偶然にもリーフまで距離を置こうと下がっていたのだ。
「(守るは二度もだせまい!)リーフブレード!!」
グラスは再び剣に緑色のオーラを纏わせながらリーフを切りかかろうと突っ込んできた。守るを連続では使いずらいところを狙ってきたのだ。
「み……身代わりっ……」
リーフは少ない体力を振り絞り、文字通りの身代わりを出しグラスの目の前に出した。驚いたグラスの剣の攻撃は止まらずにリーフ本体ではなく身代わりのほうを切り裂いた。
「…………」
驚きで途中で手を緩めたのか身代わりは消滅せずに場に残っていた。しかしグラスは少しも慌てずに剣を鞘に納める。
「……エナジーマシンガン」
グラスの右手からエナジーボールを小さくしたような球体を大量に放ってきた。リーフは身代わりが残っているので体力の回復をしようと光合成で光を溜めていた。
「……甘い」
身代わりは攻撃を受けそのまま消滅してしまった。しかしエナジーマシンガンの何発かは勢いを残してリーフに向かってくる。身代わりを貫通していた。
「きゃっ……」
小粒のエナジーボールはリーフに直撃。一発の威力こそは少ないものの数多く受けそれなりのダメージが蓄積し少ない彼女の体力を確実に奪っていた。
「れ、連続技だったなんて……」
リーフは攻撃に遅く気付いた自分を恨んだ。連続技即ちダブルチョップとか二度蹴りのような類の技は身代わりや頑丈を貫通する性能を持ち合わせている。リーフはダメージがかなり溜まっていたためかそのような思考すらも遅れがでるようになってしまったのだろう。
「……おかしい」
他のメンバーはリーフを心配そうな目で(中にはグラスをののしっていたのもいるが)ただ一人だけハガネのみは彼女の様子に違和感を感じずにはいられなかった。あのジュカインがなにかリーフに余計なことを吹きこんだのかと勘ぐり彼、ハジメのもとに近づく。
「おい」
ハガネの無愛想な、心なしか怒りを込めた声でジュカイン、ハジメに問いかけた。当の本人は相変わらずの様子で”何だい?”と振り向く。
「貴様、なんかリーフに吹き込んだのか。ことと場合によってはこの場でキサマをたたきつぶす」
バトル直前にリーフに何かを吹きこんだハジメを疑っていた。ハガネの言う違和感の原因がハジメが何かリーフに吹き込んだことだと考えていたのだ。
「成程、君は僕が彼女を陥れるために何かを吹き込んだと……。そう思ってる訳だね」
「そんなことは聞いていない。早く質問に答えろ」
ハガネは右手に炎を込めたままハジメを詰問した。今にもここで戦闘が勃発しそうな雰囲気である。しかしハジメは少しも表情を崩さずに……。
「わかったよ。僕はさっき彼女にね……
”攻撃をするな”と伝えたんだよ」
「…………!!!」
ハジメが言い終わった瞬間ハガネが炎のパンチで殴りかかった。ハジメはその攻撃を軽く先ほどのグラスに酷似したバックステップで回避する。よほど怒りがこみ上げたのだろうか彼の右手はガタガタと音を立てて震わせていた。
「貴様……それでさっきからリーフが技もださずにただ攻撃を受けていた訳だな……!!」
攻撃、それはバトルでは基本中の基本。ただダメージを一方的に受ける状況でどうやっても勝ち手段が見いだせる訳もないハガネは安易に言葉をうのみにしたリーフに呆れを感じながらもハジメにふざけてるのかと言いたげな様子で彼を睨んでいたのだ。現にリーフは一方的に攻撃を受けるかしのぐかのいずれかで全く技を出すどころか攻撃すらしていない。
「じゃあ当のあの二人を見てみれば?少しは僕の言ったことも分かるんじゃないかな?」
ハジメはなだめるかのようにリーフやグラスの方を指差した。それを見たハガネは先ほどの怒りの顔つきから一転口を開け驚愕の表情と化していたのだ。彼には信じられない光景、かたや苛立った様子で額の汗をぬぐうキモリ。そして……
ダメージが溜まってるにも関わらず勝ちを確信した好戦的な笑みを浮かべたチコリータが立っていたのだ。