第八十一話 最低な奴
「なぁ、”やみのかこう”って敵の本拠地なんだろ?あの裏切り者のクソガエルをぶっとばすんだよな?」
ダンジョンへ向かう寸前にウォーターに話しかけられる。元々レグルスのことは気に食わない様相だったがこの裏切りで完全に敵意を持っているようだ。しかし万全の状態でないために戦闘許可がおりず変わりに討伐してほしいという感情からたずねたのだろう。
「うーんそうだね……」
「戦闘を回避できないようなやむを得ない場合ならいざ知らず、回避できるなら無理に相手すべきではないだろう。あくまでも止めるべきは騒動の親玉だ」
後ろからスパークが待ったをかける。当然この待ったにはウォーターも不服を露にするが状況が状況である。渋々それ以上抗議することはなかった。
戦闘は回避できないような状況でレグルスと対峙してしまったリーフはできる限り回避する術が思案する。無駄に体力を消耗しないという考えもあったが、かつては仲間だったという情からか若干ながらためらいもあった。
「レグルス……どうしてあんな奴らに加担してるの?みんなに悪夢を見せるような奴なのに……」
「悪夢?そんなことは俺にとってどうでもいいことなんだよ」
どうでもいい。レグルスの返答はあっけからんとしたものだ。その返答で彼は極めて利己的で非情な性質なのだろうかと思い込むものだったが、その後の返答は意外なものだった。
「俺は妹が……たった一人の家族さえ助けられればそれでいいんだよ」
「妹……」
思い返してみればレグルスとの出会いは妹を探し助けるためにリーファイに協力を要請する代わりに仲間として手を貸すという所謂契約に近い形でチームに加入した流れであった。
その最終目的である妹を助け探し出すことが裏切ることで成就できるなら、表面上はこの行為にはおかしなことはないようにも見受けられる。
「まさか……あいつ等に……」
「そうだ!!奴らの命でお前のクビをとってくれば妹は解放されるんだ!!だが俺は失敗してしまった……」
半ばやけ気味に自身の境遇を暴露するレグルス。しかしリーフからしてもそんな連中が大人しくクビをとってきたからといって”はいどうぞ”と大人しく開放するなんて思えなかった。
「だがまだ間に合う……ここでお前のクビをとれば帳消しにできる……」
焦燥に駆られるレグルスは水の刃を生成する。もうこの様子では戦闘は回避できないだろう。
しかし焦りで動きが大振りになったレグルスの攻撃はリーフの素早さでも容易に回避できる程になっていた。
彼女の鈍重さを知っているレグルスはそんなリーフに攻撃を回避されて尚更焦りを見せて大振りになっている。
「クソがぁ!!俺だって、俺だってなぁ!!大切なヒトのために戦ってたんだ!!俺のどこがお前と違うんだよぉ!!」
「レグルス……」
普段のような猪突猛進ながらも落ち着いたような動きすらも見せなくなったかつての仲間に対してリーフが向けたまなざしは怒りではなく哀れみが浮かんでいた。
「やめろ!!そんな目で俺を見るなぁ!!」
自分が必至こいて始末しようとしてる相手に怒りどころか同情すら向けられてレグルスは屈辱感を覚えていた。
自分だって大事な者のために戦っていた。なのにリーフは仲間に囲まれて自分は何もかも失ってしまうのか。
戦況は確実にリーフがレグルスを追い詰めていた。それもレグルスの攻撃を捌いた上で反撃を確実に加えていく戦い方のために精神的にもレグルスの戦意を削いでいった。
レグルスが膝をつくまでに時間はかからなかった。息が上がった状態で跪いた彼はすっかり戦う気力がなくなっていた。
「……もういいでしょう?」
「嗚呼……懲りたよ……」
ボロボロの状態で項垂れる。一瞬でもリーフを始末したと思ったのにあえて泳がされていた挙句、その後の戦闘でも手も足もでなかった自分自身に不甲斐なさを覚えていた。
「すげぇよなお前は……仲間に囲まれて……大事なものを守れる力もある。俺みてぇな奴は仲間を裏切った挙句何一つなしとげられねぇ屑野郎さ……」
「…………」
自傷気味に想いを吐くレグルスを黙って見つめるリーフ。しばし沈黙が流れた後--
「これからどうする?ケリをつけにいかない?」
「……え?」
思いもよらない言葉をかけられて思わず間の抜けた声が出る。その言葉の真意には共に黒幕と戦うという意味が込められれていることはレグルスにも察しがつくものだった。
「……お前、よくお人よしって言われねぇか?」
「よく言われてるよ」
裏切った挙句、敵対する組織について造反してきた自分に対してここまで言ってくれることに思わずレグルスは軽口を叩いた。リーフもその言葉通りよく言われたからか半ばこれまた自虐気味に返した。
先までの殺伐とした雰囲気から一変して少しばかり緩い空気が流れていた。
「--全く、ターゲットを仕留められないばかりかそいつに懐柔されるなんてね。これは流石に想定外でしたよ」
『--!?』
リーフには知らない声--しかしレグルスはよく知った尤も聞きたくない者の声が耳に入った。そこにいたのはコトの首謀者--ムウマージであった。
「あ、あいつは!?」
「あのムウマージが今回の悪夢騒動の首謀者だ。尤もアレは本物じゃないがな」
「本物じゃないって……」
「おやおや、ご丁寧に説明までするとは……。そうです、この私は所謂幻というやつですね。そしてレグルス、すっかり私との契約を果たす気はないようですね。大事な妹がどうなってもいいのですか?」
悪意を込めた眼差しを上から投げかけてくるムウマージに傷ついた体で睨み返してくるレグルス。
--落ち着いて考えてみれば何もこんな奴に従う道理なんてなかったじゃねぇか。たとえリーフの首をとったところでこんな奴が大人しく妹を解放してくれる保障なんかねぇだろうが。ったく……俺ってホントに--
「まぁいいです。どのみちあなた方はここで終わりなのですからね」
そう言い切った直後に上から大量のポケモン達が出現した。その光景は多くの探検隊を絶望させてきたモンスターハウスに酷似した様子だった。
ムウマージはポケモン達がふってきたことを確認して消滅していった。
「くっ!!レグルスは一旦下がって!!ここはわたしが--」
「”みずしゅりけん”!!」
自分が前に出て戦おうとしたリーフだが。その前にレグルスが立ち得意の手裏剣をポケモン達に投げつけた。
「とっとと行け!!」
「行けって……でもその傷じゃ……」
「バカ野郎が……こんなヨレヨレの俺を守りながらこの数相手にできると思ってんのかよ……!!」
できなくはない。あの数でも戦うことは。リーフはそう反論しようとして戦おうとする。
「あいつを……ムウマージをお前なら止められる……!!それができるお前がこんなところで消耗したらダメだろうが……!」
「--!!」
確かにレグルスの言う通りだった。この軍団と戦うことはできても流石に無傷で乗り越えるのはほぼ不可能であろう。黒幕のムウマージを討つための最善の手--今レグルスが取れる術は自分がおとりになって万全の状態のリーフを行かせることであった。
「----頼む……」
「わかった」
決意を込めたその目におされたリーフは最深部へと足を進めていった。”みずしゅりけん”の足止めもあってモンスター達の追跡をうまく足止めもできた。
「へへっ、なんとか言ったようだな」
狂暴化してる大量のモンスターとたった一体で--それも満身創痍の状態で対峙する。レグルスには無事にこの状況で切り抜けられるビジョンが見えなかった。
「--俺は家族も守るって約束も守れず、仲間を裏切った最低な奴……。
----それでも俺は……
最期くらいはこんな俺を仲間と認めてくれた奴の助けになりたいっていう自分の気持ちは裏切れねぇんだよ!!!」
--やみのかこう さいしんぶ--
手下を入り口や中間地点に派遣したムウマージは一人残って巨大な黒い水晶の前に立っていた。水晶はどす黒い渦を纏っている。
「さて……悪夢も広げてやみの力も増幅させました……。これでようやく……
--!!!?」
水晶を前に悦に入っていたムウマージだが突如としてぎんのはりが飛んできた。はりは水晶に直撃するが特に目立った外傷は生まれていない。
「……まさかあなたがこうしてくるなんて思いもよりませんでしたよ……
ジェット」