第七十三話 もう一つの世界へ
「お久しぶりです。リンさん」
リンと対面して丁寧に頭を下げるのは。純白のドレスを着用した緑髪をしたような頭が特徴的な比較的人間に近い形をしたサーナイトと呼ばれるポケモン。
すでにリンのことは知っているからかお互いに気やすい雰囲気で話している。
「お久しぶりね。来てもらって早々で悪いんだけど頼めるかしら?」
「はい、リンさんの助けになるならできる限りのことはいたします」
既に悪夢へ干渉するという話をつけているからやり取りは実にスムーズに進んでいった。サーナイトの口ぶりからリンへ大恩があるからなのか快く依頼を承諾していた。彼女をリーファイ基地へと案内し、ルッグが眠っている部屋へと二人が合流する。
想像以上に早い到着に驚くリーファイ、この場で関係性を尋ねるのは無粋とは思いながらも一旦気になってしまったウォーターはグラスに小声で話しかける。
「(あのサーナイトって一体誰なんすか?えらく早く到着しましたね)」
「(さっきも言ったが彼女は私の夢で何度かあったことがある。またリンに助けられたことがあるらしく彼女には恩義を感じてるからすぐにでも来てくれるらしい……)」
心なしかグラスの表情が曇っているように見受けられた。らしいと語尾が濁されるところから彼の知らないところでの出来事なのだろうか。
ルッグを診ること数分、真剣な表情のままサーナイトは顔をあげる。
「--すぐにダンジョンへ向かう準備をしてください」
「えっ?」
「準備ができたらこの方の夢の中へと送り込みます」
夢の中に送り込む。干渉はできるとは聞いていたが想定外の返答に思わずリーファイも面食らう。「ど、どういうこと……?」とファイアが尋ねる。
「うまく言えませんが……強力な邪気を感じます……。私一人では手に負えないような……とても危険なものです……」
ルッグの辛そうな顔やまともな方法では目を覚まさない容態
、そしてサーナイトの感覚からルッグの状態はよくないものだろう。
いの一番にリーフが志願する。すでに先の喧騒のことなど頭にないリーフはルッグを助けることを最優先に考えていた。
夢の中にはリーフとファイア、そしてリンが同行することとなった。あまり多人数を送り込むのは負荷がかかるらしく三人が限界とのことだった。
「準備はいいですね?」
その声をきっかけにリーフ達は徐々にぼんやりとしていく意識を感じた。
次に意識がはっきりしたときにはリーファイ基地とは全く違った空間に立っていた。浮足立つような感覚は自分たちが夢の中へと送り込まれたのだと実感するには十分な判断材料であった。
「--!?何者だ!?」
発せられた声はサーナイト--ましてリーファイやブラザーズの面々の声ではない。敵かと思いリーフ達は警戒をあらわにする。
声の主であろうポケモン--ニンフィアは嫌悪感を露骨に浮かべていた。その表情は自らのテリトリーに足を踏み入れられ激昂した伝説のポケモンにどこか似通っていた。ニンフィアがギロりとした目つきで睨んできたためにリーフ達は早速戦闘かと内心肩を落としていた。
凝視していたニンフィアだが突然驚愕に似たような表情へと一変する。その目線の先にいたのは--
「--リンか!?何故お前が!?」
------
「眠りについたまま起きないポケモンが増えてるか……」
ニンフィアがリンと顔見知りらしく戦闘はどうにか免れることができた。状況がわからないリーフとファイアが置いていかれないように過去のことを話していた。
リンの口からはこのニンフィア--ベガはいがみ合ったこともあったがブラザーズと行動を共にしたこともあり、あのサーナイトを助けるために協力しあったこともある関係だということを知らされた。今は訳あってこの世界にいるとのことだ。
だがそれだけでは何故ベガだけがこの世界にいるのかなどリーフもファイアも疑問に思っていたが、よほど過去に触れられたくないからか露骨にベガが顔をしかめたためにそれ以上は言われなかった。当たり障りのない過去と今はこの世界にいることしか分からずリーフ達も今一つ納得がいかない様子。
「えぇ、この子たちの仲間も突然眠りだしておきなくなったの。それであたし達がここへ送り込まれたわけ」
「ったく、だからといってお前だけならまだしもどこの馬の骨ともわからない輩に気やすく足を踏み入れられたくないな」
ベガに睨まれ一瞬身を竦ませるファイア。その隣のリーフは不愛想な態度に思うことるのか口を開こうとした--
「勝手に足を踏み入れて不快になったなら謝ります。ですが僕たちの仲間を一刻も助けたいから手掛かりが欲しかったんです」
リーフより先にファイアの口が動いた。自分でも信じられないと思わずハッとしたような目を見開く。
一瞬だけ驚きを浮かべるベガだが、即刻つまらなそうな不愛想な表情へと逆戻り。
「まぁいい、お前らの仲間とやらはどんなやつだ。とっとと教えろ」
立て続けに不遜な口調を続けるベガにさすがにリーフも眉をしかめた。明らかに場の空気が悪くなったことを察したリンは慌てて仲裁に入る。
「(ごめんなさいね。彼、不器用だからあたし以外にはいつもこんな喧嘩腰の態度で……)」
「おい、だれが不器用だ。私はハナからこいつらと馴れ合う気なんぞないだけだ」
口調こそは変わらないがその語気はどことなく今までに醸し出していた他者へ嫌悪感のような感覚が薄くなっていた。やはりリンの言う通り彼女の前でのみ心を許しているだろうと推察していた。
「これって……どゆこと?」
「
「そういえばさ……」
「…………」
ベガは口を利かないがリーフは続ける。どうせまともに話す気などないことはすでに察していた。
「わたし達、もともと仲間の夢の中へと向かったつもりなんだけど……なんでいけなかったのかな?」
「----直接お前らの世界から個人の夢の中への干渉は不可能だ」
「ど、どういうこと?」
「直接っていうことはこういうことじゃない?」

リンは手元にあった書き物から今ベガといる世界は現実世界と個人の夢の世界の中継点になっているという意味合いの図を手渡した。
「もういいだろ。ホラ、お前らのお仲間のズルズキンか?」
気が付けばルッグのもとへとたどり着いていた。他のポケモンと同じように気泡の中で眠っている。一向に起きる気配がないあたり、やはり悪夢の影響を受けているのだろうか。
ルッグに間違いないと確信したリーフとファイアは首をたてにふる。溜息を交えながらもベガは「いくぞ」とだけ発した。
その直後、またもリーフ達の意識はぼやけていっていた。
リーフ達が目覚めたときに見た光景、それは悪夢の世界のイメージとは程遠いような喧騒が聞こえる場所であった。悪夢に対して抱きがちな陰鬱なイメージとは正反対ともいえる光景にリーフもファイアも面を食らった様子だ。
「ねぇ……これどゆこと?」
「有り体に言えば、悪夢ってのは当人にとって嫌なものが映し出される。だからお前らの仲間にとってこの騒がしい中に放り込まれるのが嫌なものってところだろう」
「なるほど、つまりそこら中にメガニウムの姿があるのはルッグさんにとってわたしが好き放題に騒ぐのが嫌なことってことか!!」
「君、自覚してるなら少しは自重したら?」
ついこの間もルッグを怒らせたリーフに溜息を交じらせながらファイアが突っ込んだ。よきリーダーだと思っていた娘がとんだトラブルメーカーな一面を垣間見たリンは一抹の不安をよぎらせながらも足を進める。
進んでも手掛かりになりそうな代物も見つからず行き止まりと言わんばかりに進路がふさがっていた。
「おやおや、こんなところにお客様がこられるとは……」
聞き覚えのない怪しげな声がし、緊張が走る。リーフ達の眼前には二体のポケモンがいた。一体は見覚えのないムウマージと呼ばれるポケモン--
「な、なんでここに……」
もう一体はめったに見せないリーフの狼狽した様子の先には彼らもよく知ったポケモンの姿があった。
「--ジェット……」