第五十七話 激昂の忍蛙
~~ とある漢方屋 ~~
--ガチャリ
横柄のガルーラが経営する漢方屋にリーフが捜し求めていた漢方が入荷されてすぐ、入り口の扉が開かれた。入ってきたのはゲッコウガのレグルスだ。リーフが用件を尋ねるとリーファイ基地にブラザーズに頼まれて薬を買いに来たとのことらしい。
「もしかしてリーファイのお方ですか?」
「お方って……、最近入ったようなもんだけど……」
猫なで声でレグルスに寄るガルーラの姿は誰がどう見てもお手本のような媚びへつらっているような態度にレグルスは所謂引き気味な様子。最近入ったの部分を耳にしたガルーラは途端に額に縦のしわを露骨に増やす。
「なんじゃいしょうもない!!新入りに用はないんじゃ帰れ帰れ!!」
「はいぃ!?」
これまた絵に描いたような手のひら返し。”しっし”と追い払うしぐさと共に暴言を吐き散らかすガルーラの姿にレグルスは思わず閉口。ズルズキンがいさめるもガルーラの罵詈雑言はとまらない。そんな暴言を止めたのは--
--パリーン!!
窓ガラスが割れる音と共に鉄球が飛び込んできた。鉄球は窓ガラスを突き破ってリーフの脳天目掛けて飛んできた。音に反応して思わず振り向いたリーフの顔面に鉄球がクリティカルヒット。声を上げることなくドサリと音を立てて倒れた。
「リーフ!?」
レグルスが倒れた彼女の様子を気遣うが意外にもリーフはすんなりと起き上がった。鉄球を受けたにも関わらず”死ぬかと思った”と軽く漏らす程度の様子に--
(普通死ぬだろ……)
そう思わずにはいられなかった。またも扉が開くといかにも柄の悪そうなリザードンがスカタンク、マタドガス、ゴルバットを引き連れ--片手に鉄球を手にした状態で乱入してくる。その種族のチームに見覚えのあるリーフが彼らの名を叫ぶ!
「ド、ドクローズ!?」
「ケッ、アニキの鉄球食らってピンピンしてやがるぜあいつ」
「ヘヘッ、相変わらずゾンビみてぇな奴だな」
セリフから察するにやはり鉄球を投げ込んだのはこのリザードンだろう。当然謝ることなどしない彼らを目に前にして空気は一瞬にして悪くなる。自分の店を損傷されてガルーラも黙ってはおれずにリーダーのリザードンに詰め寄る。
「ちょっとアンタ等!!ようもアタシの店で--」
「おいおいちょっと待った。俺たちはここに買い物しにきただけなんだぜ?鉄球はトレーニングで投げてたら暴投しちゃっただけで侘びを入れに来たついでにな?」
ガルーラの言葉を遮って口先では弁明するもそのリザードンの横柄な態度にガルーラも”はいそうですね”と納得する訳もなく怒りを収めない。そんなことはお見通しとリザードンは懐から大きな袋を取り出す。
「ほらよ、これでここにある薬全部くれや。窓ガラスの金を含めてもこれで足りるだろ?」
袋の中身を確かめるとガルーラの目の色が変わった。目を疑うような大金が袋の中に詰め込まれていたのだ。この大金を目にすると今まで烈火のごとく怒っていたガルーラの表情がうそのように口角を吊り上げ、リザードンの手を握った。
「いやーお待たせしましたー神様仏様お客様ー!!こんなこぎたねぇ商品ですがいくらでも持っていってくださいませー!!」
見境なく強きに媚いるガルーラの態度にリーフもこれには困惑、抗議しようとするもまるでゴミを見るような目つきと共に今度はリーフに向かって暴言を吐き続ける。
一通り暴言を吐き終えた後、また笑顔でリザードンと接するガルーラは彼から金を受け取ろうと手を伸ばし、リザードンのほうも手渡そうと手を伸ばした。
「--?」
リザードンの右腕をレグルスが掴む。リザードンは苛立った様子でレグルスを睨むがレグルスも負けずとリザードンを睨み返す。レグルスが掴んだ手に力を込める。
「いでででででででででででででででで!!!!」
握りつぶすように腕に思い切り圧力をかけられ思わずうめき声を上げる。手下のスカタンク達が詰め寄ろうとするもレグルスに睨まれてそろいもそろって三体とも身を竦める。
「おいトカゲ野郎。テメェは順番は守らなければいけないってことを知らねぇのか?」
今まで見せたことのないような粗暴な言葉遣いのレグルスにリーフも目を見開いた。しかしリザードンも負けじと言い返す。
「ケッ、このババアが俺たちに売るっつったから--」
リザードンの言い訳に近い弁明を受けてレグルスはガルーラを睨んだ。その迫力に射竦められたガルーラは冷や汗と共に必死に自分が助かる言い分を思考していた。
「じ……じゃあタイマンで勝負して勝った方の言い分を聞くってのはどうですか?」
すっかり弱腰になったガルーラからの傍から耳にするととても平等なものではなかった。しかし意外にも両者ともに納得した様子。流石に店内でのバトルはまずいということで店外でバトルすることに。今までに見せたことのない激昂するレグルスの姿にリーフは違和感を感じる。
「”ハイドロポンプ”!!」
右手を向けてそこから激流を放つ。水タイプの中でも屈指の高火力技というだけあって真っ向から食らうわけにはいかないとリザードンが空を飛んで攻撃を避ける。
”逃がすか”といわんばかりに地上から激流を連続で放ちまくる。地上から自身に向けて放たれまくる水流を目にした彼の脳裏には一つの策が思い浮かんだ。
「行けお前ら!!」
『--!!?』
リーダーからの指示を受けてスカタンク達が一斉にレグルスに向けて襲い掛かってきた。あっという間にタイマンのルールが破綻していた。しかし彼らがそんな恥を恥とも思わない手段も辞さない悪党であることを予期していたリーフはすぐにレグルスに加勢しにいく。
「待てリーフ!!来るんじゃねぇ!!」
「えっ!?」
意外にもそれを止めたのはレグルス本人だった。その怒声を耳にしたリーフは足を金縛りにあったかのごとく硬直する。
「俺等もルールをやぶっちまったらこんな屑共と同じになる!だから手を出すんじゃねぇ」
「けっ、馬鹿な奴だぜ」
ドクローズはタイマンというルールに固執するレグルスを馬鹿にするような目つきとともに彼を鼻で笑う。マタドガスとゴルバットは”たいあたり”と”きゅうけつ”でレグルスに襲い掛かる。
「げっ!?」
「き、消えた!?」
攻撃が届く瞬間に彼の姿が一瞬にして消えた。おろおろする二体の背後に--
「オラァッ!!」
”かげうち”で回り込んでいたレグルスが二体に蹴りを入れた。一発の蹴りで二体とも倒す辺り嫌でも彼の怒りっぷりがうかがえる。
隙ありと今度はスカタンクとリザードンが両脇からそれぞれ”どくづき””フレアドライブ”で攻め込んできた。”かげうち”で回り込まれないようにするための両脇からの攻撃だろうか。
しかしレグルスは相変わらず怒りつつも、それでいて冷静に右手を地面へと向ける。
「”ハイドロポンプ”!!」
今度は地面へ向けて激流を放った。その水流の反動を受けたレグルスの体は宙に浮いた。予想だにしていなかった彼の動きに虚をつかれたスカタンク達は自分たちの攻撃の勢いを止められず、お互いに衝突してしまう。
「いってぇ……この野郎なんで避けねぇんだ!!」
「なっ……!!そっちが避ければいいんでしょうが!!何のために羽根がはえてんすかこのボンクラリーダー!!」
「言いやがったなこのゴミが!!」
互いにぶつかったことで論争が勃発。戦闘の真っ只中に喧嘩しているところをレグルスが見逃すはずがない。落下の勢いとともに両腕に力を込めて二体の脳天目掛けてパンチを打ち込む。”れいとうパンチ”だ。氷の拳を食らったスカタンク達は凍り付いてしまう
スカタンク達が凍っている間にレグルスは気絶しているゴルバットとマタドガスをロープで縛りつけ、その懐に”爆裂の種”を仕込む。縄で縛り付けた二体を縄でぐるぐると回し、凍り付いているリザードンとスカタンク達に投げつける。
凍っているにも関わらずリザードン特有の尾の炎と”爆裂の種”が反応、小規模な爆発を起こしリザードン他三体は爆風で吹き飛ばされ、悲鳴とともに星になった。
「ケッざまぁみやがれってんんだ!!粗大ゴミ共が!!」
星になった彼らに一通り言うだけ言ってレグルスはリーフの方に振り向いた。見るとリーフはきょとんとした様子で彼のほうを呆然と見ている。どうしたのと言いたげなリーフに先にレグルスが口を開く。
彼は本来超がつくほど短気で喧嘩っ早い性格だった。だが本人もそれを自覚しており身内を拉致されてからはそこにつけ込まれないようにリーフと出会った当初は冷静な性格を装っていたのだ。そんな彼が本来の性格を露にできるのは信頼できる者が近くにいる時だという。
「なんかよ、短い間だけどお前と一緒に行動してたら楽しくなってな。もっと一緒にいたいなって考えてたんだ……。だから今から言わせてもらいてぇんだけどよ……」
「ん?何?」
改まった態度でじっとリーフの目を見据えるレグルス。一呼吸おいて切り出した。
「俺を仲間にしてく--」
「いいよー」
マジメに切り出したレグルスの言葉を遮ってリーフがあっさりと了承。思わず再確認するレグルスに再び”いいよ”と返す。ところがレグルスの表情はまだ僅かに曇りが残っていた。その様子を傍らで眺めていたガルーラが真意を察する。
「ははぁ〜ん、あのゲッコウガ、リーフさんに惚れてるね」
「えっ、そうなんですか?」
「雄ってのはこういうところで単純やからね……それにしても恋愛に奥手な男ってこうしてみると--
--気色悪いね」
--ドカッ!!
暴言の直後、ガルーラの脳天にげん骨が飛びそのままノックアウト。
「地獄に落ちてまえ!!」