第三十七話 殺意の波動に目覚めた ファイア
~~Side 三人称 空の頂 ~~
「キサマッ!!何をしに来た!」
「お久しぶりですねグラスさん。以前お会いした時は--」
「キサマと世間話をするつもりなど毛頭ない!!何をしに来たと聞いている!!」
突然に表れた巨悪。グラスは剣を取り出して威嚇をする。鬼でも裸足で逃げ出す程の迫力にも関わらずバクフーンはうすら笑いを浮かべていた。どこにそんな余裕があるのか詮索する暇はグラスにはない。
「単刀直入に申し上げましょう。ファイアをこちらに渡していただきたい」
「--!!!」
--おかしい……。何故奴が私がファイアと同行していたことを知っていた……!?奴らには悟られないように動いてきた……。仮に見つかってもあそこまでたどり着くには相当な時間がかかる筈……。
グラスの一瞬だけ浮かんだ動揺はバクフーンには彼が目的のファイアと同行していることは瞬時に把握した。これはごまかすことは出来ない……。
「フン、キサマは私がそう簡単に仲間を売り渡すとでも思って聞いているのか?」
「そうですね……。あまりアナタとは戦いたくなかったのですが……いたしかたない……」
グラスは剣を構え、バクフーンは背中の炎を勢い良く燃え上がらせる。まさに一触即発の空気が漂っていた時--
『グラスさーん!』
ファイアの声だ。あまりに戻るのが遅いグラスを心配して追ってきたのだが状況は悪化することは明白であった。バクフーンは口元を釣り上げて、グラスはチッと舌打ちする。案の定バクフーンの姿を目視してしまったファイアの表情は一変する。さながらジャローダに射すくめられたニョロトノのごとく硬直した体をガタガタを震わせる。
「久しぶりだな……ファイアよ……」
「な、なんで兄さんがここに……!!」
「何で?そんなの決まっているだろう……!?
お前が憎くて憎くて殺してやりたかったからなぁ!?」情緒不安定としか言い表せない程明らかに狂っているバクフーンの言動。その目付きには普段の冷静な彼の面影はどこにもない。ただ防衛本能のまま敵を攻撃しようとしているダンジョンの野生ポケモンと酷似していた。またも変わり果てた実兄の姿にファイアは戦慄。ガタガタと震えてるしかない。
「どうしたファイア?やっぱりお前はリーフにおんぶだっこしてもらわないとダメなお荷物だったのか?」
--情けない。もっと強くなったと思っていたのにこのザマだ。
こんなところは兄弟なのだろうかファイアもバクフーンもほとんど同じことを考えていた。ただファイアは自分の戒めとして、バクフーンは目の前の敵と張り合った戦闘ができないことに興ざめした意味というところでのみ違ってはいたが。今すぐにでもファイアを始末したかったバクフーンはあまりに情けない実弟の姿を見て興ざめて気分が変わる。
「くっ……!」
「頂上だ」
「えっ……?」
「ファイア、私はこのダンジョンの頂上で待っている。そこで決着を付けよう。グラスさん、その情けない弟を精々私と戦えるほどに鍛え上げるようお願いしますよ……ククク……」
「待て!!」
グラスが止めるもバクフーンはニヤニヤと笑いながら去っていく。このいきさつでもファイアは呆然と立ちすくしている。否、あまりに突発的すぎて考えが追いついていないのであった。
「……どうする?ファイア?」
こんな状態じゃとてもじゃないが修行、ましてやあのバクフーンとの戦闘なんてできたもんじゃない。ファイアのことを気にかけたグラスであったが……。
「どうするって……何がですか?」
意外にもファイアの立ち直りは早い。そればかりかその目には炎タイプらしい闘志がメラメラと燃え上がっている。
「何がですって……こんな状態じゃ修行なんか……」
「もう嫌なんです!!」
グラスの言葉を遮ってファイアが叫ぶ。その目には闘志が宿っていると同時にほんの少しだけうっすらと涙が浮かんできている。
「いつもいつもぼくはリーフに助けられてばかり!一人じゃたたかえてないから敵にはバカにされて!こんな自分が情けなくていい加減嫌なんです!だから……グラスさんに修行を見てもらいたかったし……」
「敵があらわれたから自分の手だけでカタをつけたいと……」
ファイアの真意を知ってあえて"だけ"の部分を強調するグラス。彼だけであのバクフーンが倒せるようになるのは相当な時間と労力を要することはどちらもわかっていた。
「覚悟しろよ……?」
「はい?」
「今から私の手でお前をあいつと対等に張り合うようにお鍛え上げる。そしてアイツと戦うのだ。覚悟はできているか?」
ファイアに待っているのは先ほどとは比にならないほど過酷な特訓。そして負ければただでは済まない実兄との戦闘。間違いない。これ以上はないほどの試練が彼を待ち受けることになる。
「はい!!」
「よし……ただ奴との戦闘はお遊びや修行とは違う。少しでも無理だと思ったら私も入るからな。行こう……」
~~ Side 吹雪の島 ~~
「許さないわよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!!」
吹雪の島にて置いてけぼりを食らったシャンデラ--トウロウとカポエラー--タック。あろうことか彼らは目の前の敵を差し置いて、仲間内で喧嘩をしていると敵に逃げられるという大失態を犯してしまった。
それに気づき勝手に逆上したトウロウは癇癪を起こした子供のように暴れまわっている。
「しかしトウロウ様。今から奴らの基地に乗り込むのはいささかリスクが高いかと……」
ダンジョンを攻略した探検家達が自分達の基地にもどるのは至って普通のこと。そこを襲撃しようかと少しは考えたがどう考えてもリスクのほうが高い。万全の状態の的がフルメンバーで待ち受けているのだから。
「心配ないわタック。こんなこともあろうかと次の章の台本を入手してきたわ。コレで奴らの行き先もバッチグーよ」
「台本って……どっから入手してきたんですか……。(しかもバッチグーって古いなぁ……)」
「ふふふっ、台本の入手経路はトップシークレットよ」
トウロウの"サイコキネシス"で台本を燃やさないようにペラペラとめくっていった。"吹雪の島"の次の章のページを開ける。
「なるほど……次はあそこに彼らが向かうと……。しかしトウロウ様もずいぶん執念深いというかしつこいというか……」
「何がしつこいよ!さぁ見てなさいチーム"リーファイ"!!私をコケにした報い……次章から毎回肩を叩いて振り返ったところに指を指す悪戯をしてあげるわ!!タックも手伝いなさい!」
「はい、もちろんです……」
(そういうところがしつこいんだよ全く……)