第四話 三馬鹿の安定感 1
『無理無理無理無理無理!!!』
全身汗だくになりながら全力で首を横に振るこのチコリータとリオル。数秒前にルッグから目の前のオノノクス、クロバット、ドラピオンを討伐しろと命じられたのだ。
「ななな……なんでわたし達が倒さなきゃいけないんですか!!」
アレフト達に対するあの強気な態度はどこへやら、チコリータのリツキはあの三体のことを怖がっており討伐を拒否した。だがルッグの言葉は彼女が思っていたほど生易しいものではない。
「君達はもう探検隊だ。怖いからだとか自分は新米だからなんてで逃げられるほど生易しいものじゃないんだよ」
「うぅっ……」
ルッグの言うことは正論。だからこそパワフルズの2人は反論ができずに黙りこくってしまった。そのやり取りを今まで黙って見ていたオノノクス、ノンド達も口を開く。
「なぁ、俺達も姫……じゃなかった、暇じゃないだ!!邪魔をするならするで邪魔しないならさっさと帰ってくれ!!」
「そうだそうだ!!どっちにするかはやくしろ!!」
本来なら邪魔をする相手は相手するべきではない筈だがこの三人は邪魔をするなら邪魔をしろと言ってきた。目的わかっているのかとルッグは密かに思っていた。
「おれ達はちょっと暴れたかったところなんっすよ。だったら容赦しないからね」
ドラピオン、ラオンが立ちふさがっているパワフルズを一睨みしながら詰め寄ってくる。ドラピオンというおっかない種族に睨まれたからかパワフルズはビクリと体を震わせる。そして--
「……リオ君」
「うん……わかったでやんす。これがオイラ達パワフルズの……」
『初依頼だ(ね)!!』
リオの口から初めて口癖”やんす”が消えた。互いの手と蔓をパンと音をたててはたきあった。
「それじゃリオ君はあのドラピオンをよろしく!!あとはわたしが引き受けるから!!」
「おっけい!!」
そう言い切る前にリオはラオンに”はっけい”で突っ込んでいった。しかし--
「あぁ?」
「ひやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁっ!!」
怖い顔。それももろに目にしてしまったリオは本来の効果などなかったように凄まじい逃げ足で逃げていった。ラオンも一瞬は驚きながらも猛ダッシュで逃げるリオを追いかける。
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「…………俺達の相手は君か」
「いっとくけど僕らは強いよ?」
リツキの相手をすることになったノンドとクロバットのバット。自分で自分を強いと形容するこの2人を彼女は大したことはない小悪党だと考えていたのだ。無論自分達が舐められていることは露とも知らないノンド達はリツキに文字通り牙をむく。
「ハサミギロチン!!」
自慢の大あごを用いたハサミギロチン。当たれば一撃のこの技だが如何せん命中率がよろしくないうえにノンドの実力では経験不足なリツキにも簡単によけられた。
「は、葉っぱカッター……!!」
ハサミギロチンをかわし、葉っぱカッターを飛ばした。しかしどちらも相性が悪くかわすことなく簡単に受け止められていった。葉っぱカッターはむなしくひらひらと地面に落ちていく。
「へへへっ、俺達にそんな貧相な技で勝てるとでも思っているのかな〜?」
「これでも食らいなよ!!捨て身タックル!!」
さながら人間でいう側転に似た動きで捨て身タックルを繰り出してきた。その高速の側転……もとい捨て身タックルは勢いを増してリツキに近づいて行く。だがリツキは微動だにせずにじっとバットを見据えていた。
ピタリ
「ん?」
猛スピードの捨て身タックルはなぜか唐突に攻撃を止めてバットはその場でただ元のように浮遊していた。まさか決まるはずの攻撃を急に止めたクロバットを見てノンドもルッグも首をひねっていた。
「君……まさか”カウンター”しようと考えてなかった?」
「なっ……!!」
バットに指摘されてからのリツキの焦り方からして彼女は本当に捨て身タックルをカウンターしようと考えていたのだろう。--確かにカウンターなら避けなかったのもわかるな--
「ジェットさんが教えてくれたんでね。だいたい普通じゃない動きをする奴には不用意に攻撃するなってね」
「くぅっ……」
さながら自分の玩具を自慢する子供のような笑みを浮かべるバットにリツキは悔しそうに唇をかむ。一見頭の悪そうなこのクロバット達に自分の戦法を見透かされるとは思ってもいなかったのだ。
「ふぅ〜ん」
「”ふぅ〜ん”ってノンド。君もジェットさんの話聞いてたんじゃないの!!」
「えぇ!?オレ、ジェットさんがそんなまともなこと言った?」
「言ったよ!!ノンドの耳が悪いんじゃないの!!」
「なんだとぉ!?お前、オレが悪いっていってんのかぁ!!」
なぜかいきなりノンドとバットの口げんかが勃発。無論これをやすやすと見過ごすリツキではない。
「めざめるパワー!!」
自身の体の周りに透明色の球体をいくつか散りばめ、それらを一気にケンカしているノンド達に放出した。球体がノンド達にぶつかり彼らの体の一部を凍りつかせた。リツキのめざめるパワーは氷タイプだった。
上手い具合に不意と弱点をつけた安心感からか安易に苦手技を食らって倒れているノンド達に近づいて行った。
「--!!危ない!!」
「えっ?」
ルッグが呼びかけるも時すでに遅し。攻撃から立ち直ったノンドの拳がとんできたのだ。反応が遅れ、そのまま瓦割りをもろに受けそのまま声をあげて吹き飛ばされ、勢いよく壁にたたきつけられる。
弱点技が決まったから油断していたのかリツキの表情は余裕から一変、壁によりかかりながらパニックに陥っているようにルッグには見えた。無論敵であるノンドやバットは容赦なく追撃を加えようと近づいてくる。
「--!!来ないでっ!!」
パニックから抜け出せないのかリツキは無造作に蔓の鞭を振るうも軽くノンドにあしらわれた。抵抗も空しくノンド達は目の前に立つ。
--ちっ!!やっぱり駄目でしたか!!
これまでは傍観することを貫いていたルッグだがこれ以上戦わせるのは不可能だと思い、武器の棒を持って飛び出した。
「ドラゴンクロー!!」
--ダメっ!!
攻撃を受けそうになりリツキは目を瞑った。だが彼女の予想とは裏腹に攻撃は飛んで来なかった。目を瞑った直後に“ガキイィン”と強い音が聞こえてきた。リツキは恐る恐る目を開ける。
「……!!ル、ルッグさん!?」
「…………」
名前を呼ばれるもルッグは彼女に受け答えはせずにノンドのドラゴンクローを棒で受け止めて続けている。
「よくわかりましたか?」
「えっ?」
唐突に流れに関係のない言葉を口走ったルッグにリツキは素っ頓狂な声をあげた。だがルッグは続ける。
「探検隊は道楽でできるようなものじゃないんです」
--常に危険と隣り合わせ。いつ知らない敵に襲われるかわからない。ルッグには伝えたいことが山ほどあった。だがあえて彼はそれだけで言葉を済ませた。
「も、もしかして!!」
「うん。わかったならそれで構わないよ」
「おい!!オレ達を無視すんな!!」
眼前の敵に思い切り眼中にないような扱いを受けノンドは怒りをあらわにするも--
「あぁ?じっとしてなさい。動くとブッ飛ばしますよ」
ルッグがノンド達の方へ振り向いた途端に彼はそれまでの(ズルズキンにしては)柔和な表情を一変させ、ズルズキンという種族そのものの目つきの悪さ、否それ以上に恐ろしい顔つきでノンド達を睨めつけた。さてそんな顔で睨まれた2人はというと……。
『こ、こえええええええええええぇぇぇ!!』
この有様だ。ノンドもバットも互いにひっつきガクガクと震えていたのだ。ルッグはノンド達を威嚇しながら口を開ける。
「さっきも言った通り君達は探検隊だ。こうやって危険なこともよくあることを覚えててもらいたいんです。それでも君達は探検家を続けるつもりですか?」
「…………はい!!」
一瞬はためらったもののすぐにリツキは返事した。”迷いはない”その声質からルッグはこのことを読み取ってふっと笑みを浮かべた。
「よく言いました!!」
よくできましたとでも言わんばかりのこの言葉を口にした直後、ルッグは今まで棒で防いでいたノンドを蹴りで吹き飛ばした。
「さ〜て、バカオノにボケ蝙蝠さん。かかってきなさ〜い」
「調子にのるなよチンピラ!!バット!!」
「おっけ〜」
ルッグの両端にはノンドとバットが挟み込むようにスタンバイ。後に彼らはルッグに向かって突っ込んでくる--
「それっ」
『へぐううぅっ!!』
ルッグが容易くジャンプし回避。突進の如く突っ込んでいったノンド達はそのままお互いに衝突してしまう。その光景はどう見ても攻撃ではなくギャグであった。
「けっ!!バット!!おまえがふがいないからいっつもいっつもオレ達は失敗ばっかすんだ!!」
「なんだとこの野郎〜!ヒトのせいにするなよ!!!」
「さって、これ以上やっても無駄でしょ。早くポケモン達を解放してください」
仲間割れしている互いに攻撃しあってるノンド達に構わずに棒を突きつけてルッグは半ば脅すかの如く言い放った。当の本人であるノンドはビクリと体を震わせた。先ほどのあの顔を思い出したのだろう。
「わ……わかった!!ポケモンは解放するから勘弁してくれ!!」
「よしっ……だったらボールを……」
「アクアジェット!!!」
不意に響いた技名を叫ぶ声。ルッグの横から水を纏った何かが猛スピードで突っ込んでき、そのままルッグに直撃する。アクアジェットを食らったルッグは飛ばされそうになるもかろうじて踏みとどまった。
「おいやめろ!!お前の敵は我輩達ではないだろうが!!」
「だからってポケモンを誘拐してはいいてことにはならないのでは?」
アクアジェットを出した張本人、サメハダーのジェットは部下達を(といっても形上は部下ではないのだが)攻撃していたルッグを咎めた。だがルッグは誘拐を指示した張本人であるジェットに引くことなく言い返す。
「えぇい!!こっちはこっちで大変なんだぞ!!ハイドロポンプ!!」
「うわぁっ!!」
いきなり技を出されルッグは驚くもハイドロポンプを受け止めた。しかしハイドロポンプの威力に力負けし棒を弾き飛ばした。
「へぇ……思ったよりやるようですね」
「ってこのボケッ!!てめぇこの我輩を単なるお笑いキャラだと思ってたのかこらあぁっ!!」
「自分で言ってるし……。自覚あるんじゃないですか」
「おい!!言っとくがな我輩はお笑いも兼ねた悪役だからな!!忘れんなよ!!」
単にお笑いキャラだということが不服なのかは分からないがジェットは怒りながら否定した。ルッグもそれには呆れたのかはぁとため息をつく。
「……まぁいい。ここはお前達に免じて引いてやるとするか(電気はあいつ等に自家発電させるか)」
自家発電というワードがジェットの口から小声で飛び出たとたん、ノンド達がまるで縛られの種を飲んだかの如く硬直し動かなくなってしまった。察するにジェットは彼らに自家発電とやらをさせるつもりなのだろうか。
「ジェットさ〜ん!!自家発電するならノンドだけにしてくださいよ〜」
「なに〜、きっさまヒトのせいにするつもりか!!そんな奴には罰としてケツバット二百発だからな!!」
「えぇ〜!!」
とのやり取りをしながらジェット達はボールを残しながら穴抜け玉で去っていった。
「さて、ポケモン達を解放しないと……リツキちゃん。手伝ってもらえるかな?」
「は、はい……!!(あれ……リオ君やキュウコンさんはどこへ行ったんだろ……)」
ルッグに促されてリツキもノンド達によってとらわれたポケモン達を解放する。解放されたポケモン達はアリアドスの子を散りばめたようにその場から逃げるように姿を消した。だが一体だけなぜかその場を動かずに頭を抱えている。
「?大丈夫ですか?」
「お……おぉ、ちょっと吐き気が……うぅっ!」
どういうわけかそのポケモン、ピカチュウはなぜか吐き気を催(もよお)していた。だがルッグはそれよりも別のことで驚きをあらわにする。
「…………!!
ス、スパークさん!!?」
それもそのはず、そのピカチュウは彼の仲間の一人であるピカチュウのスパークだったからであった。スパークは少々顔色が悪く、気分も悪そうだ。
「なっ!なんでスパークさんが捕まっているんですか!!」
「いやぁ……。実はな」
笑っているがスパークはあからさまに何かバツが悪そうな様子を隠せなかった。スパークはこれまでの経緯を説明する
〜〜〜〜
いやぁ、あれは私が久々に飲みにいこうとした時だったんだ。
「なぁなぁあんたスパークさんだろ?」
「ん?そうだがあんた達は確か……」
その辺を歩いている私は声をかけられた。それはあのオノノクスとクロバットだった。敵だったとはいっても同盟を組んでるからな。
「いやぁ、単刀直入に言うけど一回あんたと酒を飲みたいと思ってね。ちょうどうちの組織で飲み会があるんだけど一緒に来ない!?」
「酒!?おう!!勿論だ!!早く案内しろ!!」
「わかったからキバをそんなに引っ張らないでっ!!」
いや〜酒と聞いたらどうにもテンションが上がってな〜。あいつらについて行ってしまったんだよ。それが思い切りあだになってな。
酒飲んだのはいいけどいま思ったらあいつ等の思うつぼだったな〜。酔ってたから油断して捕まっちまったよ。
〜〜〜〜
「ってことで捕まってから今に至るってわけだ」
まだ酔いが残っているのかスパークは笑い飛ばしながらそう言った。酒が原因で誘拐されたこのピカチュウを見てリツキも驚き、どちらかと言えば引き気味の様子だ。
「まぁそういう時もあるってことよ!!なっ!!飲んで忘れようや!!」
「…………」
酔いと吐き気が混同しているスパークは懲りずに飲もうと誘った。しかしルッグはしばらく口を閉じ--
「スパークさん」
「お?なんでぃ?」
「一週間……酒抜きです」
「うぇっ……?」
気の抜けた声を最後にしばらく彼は固まっていた。